服部 剛 2016年10月19日20時15分から2017年2月28日14時42分まで ---------------------------- [自由詩]十月十日(月)午後/服部 剛[2016年10月19日20時15分] 世を照らすには? 君がここに来ないことです 僕の質問に答えた講演者の、眼鏡の奥で 黒目の力は凄みがあり、会場は一瞬静まった 帰って妻に話すと同じ凄みで、握手をされた   ---------------------------- [自由詩]十月十二日(水)朝/服部 剛[2016年10月19日20時16分] 初めてある女子大で、講演した 椅子から立ち上がるや否や、スイッチON! 学生さん達の内面に星は煌めき、笑いも湧き ラスト3分で僕は言葉の直球を――投げた      ---------------------------- [自由詩]生命の樹/服部 剛[2016年10月19日21時00分] ひとつ屋根の下で暮らした、お婆ちゃん 僕が生まれるより前に病で逝った、お爺ちゃん 幼い僕の頭をかわいいかわいいと撫でた、ひい婆ちゃん 娘の幸いを願って逝った、嫁さんのお母さん 年老いたある日突然走り世から去った、嫁さんの愛犬クロ 病んだ心のまま途中下車した、若き日のままの友 病の暗闇と闘い抜いた、ある若き歌姫 モノクロームの写真立てから今もこちらを見守る、高齢の詩人 夢の中で(君の息子を守る)と囁いた、作家の面影 どうやら私という人は 私の思いを遥かに越えて 黄泉の國の死者達の息吹に 生かされて ひとりでいながら、単なるひとりではなく もし、いのちの樹が立つならば 無数の祖先は、地中深く根を張り巡らせ 無数の子孫は、星々を仰ぎつつ…枝葉を広げ みゃくみゃくと、みゃくみゃくと生命は 今・ここに宇宙にひとりの者として 息を吸い――息を吐き 我は宇宙に只ひとりの者として 自らの内に包む 無限に輝くいのちの石を   ---------------------------- [自由詩]お天道様ノ声―天守閣跡地にて―   /服部 剛[2016年12月1日21時43分] 紅葉の葉群は節々に 詩(うた)を織り成し、風にさやぐ 皇居の午後 天守閣跡地の畔(ほとり)で 古い木目のベンチに腰を下ろす 巨きな四角い石垣の隅に立つ、優しい松の 頭上に広がる水彩画の空から 照らす――ひかりに目を瞑る 背後の木々の緑から 小鳥等の詩声(うたごえ)は響き 両手を器にした、僕の 体の隅々にまで ひかりは沁み渡ってゆく 振り返れば、人並に苦労して 時にとぼとぼ…しょっぱい涙を零しつつ ここまで歩いてきたが この世に…まだまだ悲嘆は隠れているが 今日僕は、初めて 日の本の国の道を味わい ゆっくり歩み 自らを徐々に回復しながら ――ひとつの予感が芽生えたのです あの天守台跡の上に広がる 初冬の空から世を照らす お天道様は 無音ノ声で、一人ひとりの国民に 今日も囁きかけている 言葉にならぬ、地上の生の歓びを   ---------------------------- [自由詩]小さな太陽/服部 剛[2016年12月2日21時49分] 先日、職業というものを 脱いだ僕は これから日々遍在する 小さな太陽になろう ――〈今・ここ〉に日溜り、在り。 本当は誰もが 小さな太陽を宿すという 昔々のヒトの記憶を 互いの瞳の内に、交信するように   ---------------------------- [自由詩]十月十三日(木) 夕方 /服部 剛[2016年12月6日8時35分] 編集者Kさんに退職を伝えると、厳しい一言 ――原稿を依頼するには、肩書を ――その発想は面白くないっすよ! 僕の嫁さん子供まで心配する瞳が、少し潤む      ---------------------------- [自由詩]十月十九日(水) 午前 /服部 剛[2016年12月6日8時44分] 久々に姉さん女房が噴火した…避難のため 思わず外でジョギングする僕を――こんちわ 職場の先輩の太ったおじさんが 原チャリで風を切り、小さくなってゆく   ---------------------------- [自由詩]十月二十三日(日) 夜/服部 剛[2016年12月8日11時34分] 昔の職場のボランティアのおじさんと初めて 焼き鳥屋で飲み、定年退職の日の花道を語り 僕も「来月退職します」と、打ち明けた 手渡された絵手紙の松明(たいまつ)は…滲んで燃える   ---------------------------- [自由詩]十月二十七日(木) 午前/服部 剛[2016年12月8日11時43分] 幼稚園の頃の先生の御主人の告別式で 献花の百合をそっと置き、一礼した後 頭を上げる――(剛君、ありがとう) 眼鏡越しに充血した瞳は、無音で叫ぶ   ---------------------------- [自由詩]十月二十七日(木) 夜/服部 剛[2016年12月8日11時52分] 酔い覚めの秋の夜道で、編集者のおじさんに 「義父のケアとダウン症児の息子を育み  嫁さんの負担を減らす為仕事を辞めます」 と言うや否や「偉い!」と握る手の…暖かみ   ---------------------------- [自由詩]十月二十九日(土) 午後/服部 剛[2016年12月12日12時03分] 遠藤周作が友に贈ったスペインの母子像は 展示ガラスの内側で互いに微笑み、通じ合う 晩年の見舞いで友の妻は母子像を担(かつ)いでいった 今頃極楽にて二人盃を交わす音が、聴こえる   ---------------------------- [自由詩]十一月四日(金) 午後/服部 剛[2016年12月12日12時12分] 尾崎豊の墓前にて、線香の先から煙は昇る ――あれから二十四年の時は流れ 物思いに耽り、ふと見下ろした線香の 1|2はすでに燃え…今を生きる、と合掌する     ---------------------------- [自由詩]十一月七日(日) 午後/服部 剛[2016年12月12日12時23分] 御高齢のS師宅で、心のケアの学校の ヴィジョンを皆で語らい、同世代のO師は ――僕等の間にフィロソフィアを視ることです と呟いた時、新たな頁の捲れる音がした      ---------------------------- [自由詩]聖夜の木/服部 剛[2016年12月20日23時35分] クリスマスツリーは、何処か寂しい 聖夜の言葉にならない歓びを 言葉ではなく 自らのからだに灯る 無数の色の明滅で語り 少し温まった人々の靴音が過ぎ往くのを 夜道でそっと、見守るから クリスマスツリーは、深夜の道に独り立ち 聖夜を過ぎたあなたの冬の心に、独り立ち 密かな声で無数の光を…語るでしょう   ---------------------------- [自由詩]降誕の夜/服部 剛[2016年12月20日23時57分] 聖夜――教会に集う私たちは 蝋燭(ろうそく)の火を一人、二人……と増やしてゆく 私たちは探している 暗闇に射す、一条のひかりを 私たちは待っている 永遠(とわ)に消えない、只一つの火を 今夜、もう一人の誰かが 自らの内に、生まれようとしている ほの暗い ミサの静寂(しじま)のひと時に 私たちは聴く 夜空の星々が囁きあう 遥か昔のベツレヘムから 時を越え 私たちの心の馬屋に響き渡る あの産声を   ---------------------------- [自由詩]聖夜ノ火/服部 剛[2016年12月21日0時17分] 聖夜、互いに灯す 蝋燭(ろうそく)の火をみつめ、私は想う 日々出逢う人々と織り成す 唯一の時を生きようと あなたの何げない指先に あなたの語る素朴な言葉に あなたが注ぐまなざしの中に あの方はいる 聖夜、互いに集う 心の馬屋に 幼子の産声は響き――育まれゆく あの方と共に これから始まる 日々の巡礼   ---------------------------- [自由詩]日の出/服部 剛[2017年1月1日23時36分] 海の向こうの山間(やまあい)に 新しい太陽は揺らめき昇り 闇のベールで覆われた部屋は 暁(あかつき)に染まりゆく 自らが 主演キャストであるという 夜明けの予感に 私という存在を丸ごと――あずけよう 鏡に映る自画像が 自分であって…自分でないような 世界にひとつの物語 今、幕を開ける   ---------------------------- [自由詩]物語の日々/服部 剛[2017年1月1日23時43分] 窓から新年の陽は射し 部屋は暁(あかつき)に染まり 自ずと、両手を合わせる 机上に置かれた 題名の無い本の表紙を そっと、開く 序章の頁(ページ)の余白に現れる あなたの後ろ姿   本の中に広がる365日 笑いと涙で織り成す 物語の日々へ ひとすじの足跡を…つらねゆく   ---------------------------- [自由詩]掌ノ像/服部 剛[2017年1月1日23時49分] 目を瞑(つむ)り、祈る 自らの内面に加速する独楽(こま)を、視る 回転を増すほど加熱する、私の核 この掌は伸びるだろう 天に縋(すが)って――まっすぐに   ---------------------------- [自由詩]もみじの手/服部 剛[2017年1月13日22時18分] 仕事を辞めてから 5才の周ちゃんと過ごす時間が増えた 染色体が一本多いゆえ 絵本を読んでも  あーうー 歌を歌っても  あーうー だが時折、大きな黒目をぴくりとさせて 第六感で<何か>を感じているらしい 開き直ったパパは がんがんろっくんろーるのCDを流し 小さな両手をつないで Dance Dance ♪♪ パパの大きな手の平から 楽しい波動は…伝わり けたけたけたけた周ちゃんの喉から 鈴の笑いは鳴り出(い)だす 10分…20分…と踊るうちに 少々疲れた周ちゃんは くにゃりと坐り パパに凭れ 微かな鼾を始める 仕事が忙しすぎた頃はあり得なかった 小さないのちの体重を あずけて もみじの手をぴたり パパのあぐらの足にのせて   ---------------------------- [自由詩]バナナの色/服部 剛[2017年1月13日22時25分] 昨日は青みがかっていたバナナが 今日は黄色くなっていた 一日でバナナが変わるなら 今日のわたしの色あいも 一味変わっているかもしれない   ---------------------------- [自由詩]酒の効用/服部 剛[2017年1月19日19時57分] 昼からわいんを飲み 赤ら顔でぐらすを手に 体を揺らし、厨房へ   細長い空間の 小窓から ――正午の日は射して 何処からか、聴こえる 白髭のかみさまの 高らかな 笑い声   ---------------------------- [自由詩]風人間/服部 剛[2017年1月19日20時39分] 駅の切符売場で 僕が地面に置いた、紙袋を 風を切って 倒していった幼い少年は くるり、振り向き 「ママ切符買ってみる!」 「あら、横からすみません…」 一歩後ろに下がった、僕は 少々ほほえましく思う (まぁ子どもだからしゃあないな…) 大人になってやったら、困るけど (でも、待てよ)   大人になった僕等は 日々の「理由づけ」で いつのまに脳の思考が 凍(こお)っているかもしれないなぁ ほんとうに<ここぞ>のときは童心で 目的地へ一直線――もアリである 古(いにしえ)からの便りによりますと… かの宮沢賢治さんも 時折は (誰かを思いやるあまり) 熱いハートの高鳴りで 一陣の風そのものになり 「日々の場面」を切り裂いてゆきました   おぉやばい、踏切がかんかん鳴り出した 券売機に小銭を入れて、切符を買おう   ---------------------------- [自由詩]ユメノセカイ/服部 剛[2017年1月19日21時00分] 鏡に映る人は誰? 姿の無いそくらてすは、遥かな過去から 耳に囁く ――汝自身を知れ 机に置かれた器は何? 音の無い声でぷらとんは、透けた国から 耳に囁く ――ものの背後にいであ在り     *  西暦二〇一七年  この世の街の移ろいは…夢  ゆき交う群の靴音も…夢  今日という日が夢ならば  どんな宝を見出そう?     * 鏡に映る人の 背後には いであの透けた人影が薄っすら、重なり わたしをわたしたらしめる   ---------------------------- [自由詩]空の呼び声/服部 剛[2017年1月24日21時37分] 私の背後には、いつも 不思議な秒針の音(ね)が響く   ――いつしか鼓動は高鳴り ――だんだん歩調も早まり 時間は背後に燃えてゆく この旅路に 数珠(じゅず)の足跡は…刻印され 黄金の日々の方角へ 曲がりくねった道や 長い坂の向こうを見据えた 目線の先には、只 広やかな青い空 空色の画布に 巨きな時計は 薄っすらと浮かび 不思議な秒針の音が響き 旅の途上に立ち止まる、私を 遠い空から呼びかける   ---------------------------- [自由詩]火ノ心/服部 剛[2017年1月24日21時40分] 暗闇に小さな火は点り 蝋燭(ろうそく)は徐々に溶けてゆく 白いからだの多くは 残されている あなたのわざの多くは 残されている 小さな火 身を揺らし 夜を仄かに照らし出す    ---------------------------- [自由詩]十一月二十二日(火) 午後/服部 剛[2017年2月21日23時56分] 退職の日が近づいたので 休日の職場でロッカー整理をする がらん、とした空洞をひと時みつめ 新たなる日々の摂理に、身をゆだねる   ---------------------------- [自由詩]十一月二十三日(水) 夕/服部 剛[2017年2月22日0時02分] デイサービスの帰りの時間に、マイクを持ち 「あと数日で辞めます」と告白する あるお爺ちゃんは天井仰いで…目を瞑り あるお婆ちゃんは「寂しいよ」と立ちあがり   ---------------------------- [自由詩]十一月二十四日(木) 午後/服部 剛[2017年2月22日0時07分] 退職前、最後の休日は 五十四年ぶりに十一月の雪の日で 雪化粧した紅葉の下を潜りつつ 「真生会館」への道を往く   ---------------------------- [自由詩]十一月二十五日(金) 夜/服部 剛[2017年2月28日14時42分] 送別会で酔っ払い所長の隣りに、腰を下ろす ――俺は昔上司に嫌われ、必ず見返す!って   決意して、ここまで歩いて来たんだよ そんな所長の男気を初めて知った、退職前夜   ---------------------------- (ファイルの終わり)