服部 剛 2016年8月12日21時42分から2016年12月12日12時03分まで ---------------------------- [自由詩]呼び声/服部 剛[2016年8月12日21時42分] 曇天に覆われた地平を 旅人は往く 遥かな場所から呼びかける 金の炎の稲穂等が 肩を並べて、かれを待つ あのVisionの方角へ   ---------------------------- [自由詩]鳥のひと/服部 剛[2016年8月12日21時52分] いつの時代も 人は飛ぶことに憧れ 長い時の彼方から 語り継がれた、鳥類の夢 ――DNAは体内で目覚めを待ち… 僕は羽ばたきたい でも、翼は無い されど往こう モノクロームの世界の只中へ 頭の思考を 空 にして 日々の道の重力が、ふと消える あの地点へ   ---------------------------- [自由詩]始まりの人/服部 剛[2016年8月17日23時33分] あの頃、彼の人影は発光した 暗闇に跪き、両手を組んで あの頃、彼は両手を差しのべた 背後の照明に、照らされて 顔の無い客席へ 歌だけを残して 若い彼が世を去った あの日から――僕は耳を澄ましている この世界で〈今〉も、脈打つ 巨きな幻の心臓音に あの頃より少し大人になった、僕は 無数の足が行き交うモノクロームの交差点で 立ち止まり、胸に手を…あてる 時を越えて 自らの内に姿をあらわし ふたたび発光する 彼の人影   ---------------------------- [自由詩]函館山の麓にて/服部 剛[2016年8月26日8時56分] 遠い山々の緑がくっきり浮かぶ 夜明け前 烏等は唄を交わし始める。 旅の宿の眼下に広がる風景 明るみゆく教会の隣に 洋風の家があり 朱色の屋根の下に 昔――亀井勝一郎という 文士がいた、不思議を思う。 今、僕は決意する。 この手に一本のペンを持ち 世に二人といない自らの旅を往く 新たな物語の日々へ   ---------------------------- [自由詩]いのちの音/服部 剛[2016年8月26日9時04分] 今日 私は知った。 私は私であり 私ではない。 明け方の 山の彼方にゆらめき昇る あの太陽により 産声をあげた日から 棺に入る日迄 我が心臓は、脈を打つ   ---------------------------- [自由詩]日向の本/服部 剛[2016年9月16日23時56分] 函館山の麓(ふもと)で腰を下ろし 遠い山間から、昇る 夜明けの太陽に瞳は滲み ぼくは呟く。 ――ほんものになりたい、と。 積丹半島の神威岬に、独り立ち 遥かな楕円の水平線に、目を細め 全身を風に包まれながら 最果ての夕陽が 雲間から顔を出した時 ぼくは呟く。 ――長い間纏(まと)った職を脱ごう、と。 旅から帰り 所長に辞表を、手渡した。 その夜ぼくは、散歩した。 裸の魂に 不思議な風は吹き抜けて ぽつん、と光る街灯の方へ 歩調の音を、刻みゆく。   * 〈或る夜の夢〉 あなたの名前が題名の 一冊の伝記を 窓から吹く風は、捲り ましろい頁の上に 浮かぶ万年筆は 自動筆記を、始めます   ---------------------------- [自由詩]ポプラの唄/服部 剛[2016年9月16日23時59分] 秋の夕陽のふりそそぐ 歩道の人々に紛れて ひとりの妊婦が傍らを、過ぎた。 ――そっと僕は祈る。 遠い背後から ポプラ並木の囁きが さわさわと…夕凪に運ばれて 僕の靴音は、密かな幸いを唄い出す。   ---------------------------- [自由詩]旅人の手/服部 剛[2016年9月20日20時47分] 鉄格子の間に坐る、あなたは じっと――待つ 小さい窓から射し込む 一条の光にふれる、あの瞬間を 旅人の静かな足音は やがて…遠くから響き あなたはゆっくり、立ちあがる (深く澄んだ瞳がみつめている) 今も尚、血の通う あなたの手にふれたい…と 旅人の手は 鉄格子の闇の中へ   ---------------------------- [自由詩]九月二十六日(月)午後/服部 剛[2016年9月30日23時46分] 初老の吉田先生と、四十一歳の僕が 久々に語らう鎌倉の地下の珈琲店 ――今、人生の岐路にいます そっと頷き、眼鏡越しの瞳は優しく潤む   ---------------------------- [自由詩]九月二十六日(月)夜/服部 剛[2016年9月30日23時55分] 友の家の玄関を開けば、ひょっこり顔を出す 新妻とすでに五才の少年は、知ってる顔! 友がぎたあで弾き語るアンパンマンの唄を BGMに祝杯のワインを啜る、幸福な夜      ---------------------------- [自由詩]九月二十七日(火)朝/服部 剛[2016年10月4日22時39分] 徐行する細道で、フロントガラスの前方から 前の職場の老人ホームで今もボランティアの おばちゃんの姿は…近づき、五年ぶりの再会に 窓を開ける――あらっ元気?と、カナリアの声   ---------------------------- [自由詩]九月二十七日(火)夜/服部 剛[2016年10月4日22時45分] 喪服の参列者の前に立ち、老師は語る 酸素吸入器をする妻の最期の伝言 (あ・り・が・と・う) 帰る前に僕は 老師の手を握り、子等の頬に涙は光る   ---------------------------- [自由詩]九月二十九日(木)夜/服部 剛[2016年10月4日22時49分] 今年で二十回目の「遠藤周作忌」 オープニングの黒人霊歌の合唱は 皆を郷愁に誘い、温かな気配に僕は涙ぐむ 某作家のイタズラされた思い出話に、会場は湧く   ---------------------------- [自由詩]九月三十日(金)夕/服部 剛[2016年10月9日1時53分] 職場のデイサービスに来るお婆ちゃんは 僕の駄洒落にいつも笑ってくれる 入所施設が決まり、最終利用日に家まで送る 立ち去る僕に「またね」と語った、遠いまなざし     ---------------------------- [自由詩]十月一日(土)午前/服部 剛[2016年10月9日1時55分] 二ヶ月前に保育園で講演すると 個性の強い息子に深く悩むママの揺れる瞳が 僕の心象に灼きついた――今日は運動会 手を繋ぎ走る母子の背中に、エールを贈る      ---------------------------- [自由詩]十月四日(火)朝/服部 剛[2016年10月9日1時57分] おとといは仄かに薫ったキンモクセイ 昨夜の雨で濡れた路面に、花びらの星は散らばり しゃがんだ僕は呟いた ――今日という日の、星を探そう      ---------------------------- [自由詩]十月七日(金)夜/服部 剛[2016年10月14日18時29分] 息子を可愛がる友が体調不良、受診するよう 車で迎えにいくが、岩の腰は上がらなかった が、三日後に入院、翌日息子も高熱で入院 同じ気管支炎に「不思議です」のメールを受信   ---------------------------- [自由詩]十月八日(土)夕方/服部 剛[2016年10月14日18時36分] 講演会で初めてみる、彼の顔は 元受刑者というレッテルの仮面を外せば (もうひとつの素顔)が視え、休憩時間に 窓辺で佇む僕の瞳に、窓外の夕陽が滲みた   ---------------------------- [自由詩]十月九日(日)夜/服部 剛[2016年10月14日18時41分] 偶然のメールをもらい 夜の大船に繰り出せば レゲエライブのSOULTRIN 何処までも走れそうな青春の夜      ---------------------------- [自由詩]十月十日(月)午後/服部 剛[2016年10月19日20時15分] 世を照らすには? 君がここに来ないことです 僕の質問に答えた講演者の、眼鏡の奥で 黒目の力は凄みがあり、会場は一瞬静まった 帰って妻に話すと同じ凄みで、握手をされた   ---------------------------- [自由詩]十月十二日(水)朝/服部 剛[2016年10月19日20時16分] 初めてある女子大で、講演した 椅子から立ち上がるや否や、スイッチON! 学生さん達の内面に星は煌めき、笑いも湧き ラスト3分で僕は言葉の直球を――投げた      ---------------------------- [自由詩]生命の樹/服部 剛[2016年10月19日21時00分] ひとつ屋根の下で暮らした、お婆ちゃん 僕が生まれるより前に病で逝った、お爺ちゃん 幼い僕の頭をかわいいかわいいと撫でた、ひい婆ちゃん 娘の幸いを願って逝った、嫁さんのお母さん 年老いたある日突然走り世から去った、嫁さんの愛犬クロ 病んだ心のまま途中下車した、若き日のままの友 病の暗闇と闘い抜いた、ある若き歌姫 モノクロームの写真立てから今もこちらを見守る、高齢の詩人 夢の中で(君の息子を守る)と囁いた、作家の面影 どうやら私という人は 私の思いを遥かに越えて 黄泉の國の死者達の息吹に 生かされて ひとりでいながら、単なるひとりではなく もし、いのちの樹が立つならば 無数の祖先は、地中深く根を張り巡らせ 無数の子孫は、星々を仰ぎつつ…枝葉を広げ みゃくみゃくと、みゃくみゃくと生命は 今・ここに宇宙にひとりの者として 息を吸い――息を吐き 我は宇宙に只ひとりの者として 自らの内に包む 無限に輝くいのちの石を   ---------------------------- [自由詩]お天道様ノ声―天守閣跡地にて―   /服部 剛[2016年12月1日21時43分] 紅葉の葉群は節々に 詩(うた)を織り成し、風にさやぐ 皇居の午後 天守閣跡地の畔(ほとり)で 古い木目のベンチに腰を下ろす 巨きな四角い石垣の隅に立つ、優しい松の 頭上に広がる水彩画の空から 照らす――ひかりに目を瞑る 背後の木々の緑から 小鳥等の詩声(うたごえ)は響き 両手を器にした、僕の 体の隅々にまで ひかりは沁み渡ってゆく 振り返れば、人並に苦労して 時にとぼとぼ…しょっぱい涙を零しつつ ここまで歩いてきたが この世に…まだまだ悲嘆は隠れているが 今日僕は、初めて 日の本の国の道を味わい ゆっくり歩み 自らを徐々に回復しながら ――ひとつの予感が芽生えたのです あの天守台跡の上に広がる 初冬の空から世を照らす お天道様は 無音ノ声で、一人ひとりの国民に 今日も囁きかけている 言葉にならぬ、地上の生の歓びを   ---------------------------- [自由詩]小さな太陽/服部 剛[2016年12月2日21時49分] 先日、職業というものを 脱いだ僕は これから日々遍在する 小さな太陽になろう ――〈今・ここ〉に日溜り、在り。 本当は誰もが 小さな太陽を宿すという 昔々のヒトの記憶を 互いの瞳の内に、交信するように   ---------------------------- [自由詩]十月十三日(木) 夕方 /服部 剛[2016年12月6日8時35分] 編集者Kさんに退職を伝えると、厳しい一言 ――原稿を依頼するには、肩書を ――その発想は面白くないっすよ! 僕の嫁さん子供まで心配する瞳が、少し潤む      ---------------------------- [自由詩]十月十九日(水) 午前 /服部 剛[2016年12月6日8時44分] 久々に姉さん女房が噴火した…避難のため 思わず外でジョギングする僕を――こんちわ 職場の先輩の太ったおじさんが 原チャリで風を切り、小さくなってゆく   ---------------------------- [自由詩]十月二十三日(日) 夜/服部 剛[2016年12月8日11時34分] 昔の職場のボランティアのおじさんと初めて 焼き鳥屋で飲み、定年退職の日の花道を語り 僕も「来月退職します」と、打ち明けた 手渡された絵手紙の松明(たいまつ)は…滲んで燃える   ---------------------------- [自由詩]十月二十七日(木) 午前/服部 剛[2016年12月8日11時43分] 幼稚園の頃の先生の御主人の告別式で 献花の百合をそっと置き、一礼した後 頭を上げる――(剛君、ありがとう) 眼鏡越しに充血した瞳は、無音で叫ぶ   ---------------------------- [自由詩]十月二十七日(木) 夜/服部 剛[2016年12月8日11時52分] 酔い覚めの秋の夜道で、編集者のおじさんに 「義父のケアとダウン症児の息子を育み  嫁さんの負担を減らす為仕事を辞めます」 と言うや否や「偉い!」と握る手の…暖かみ   ---------------------------- [自由詩]十月二十九日(土) 午後/服部 剛[2016年12月12日12時03分] 遠藤周作が友に贈ったスペインの母子像は 展示ガラスの内側で互いに微笑み、通じ合う 晩年の見舞いで友の妻は母子像を担(かつ)いでいった 今頃極楽にて二人盃を交わす音が、聴こえる   ---------------------------- (ファイルの終わり)