服部 剛 2016年3月23日18時30分から2016年7月28日0時59分まで ---------------------------- [自由詩]キャッチボール/服部 剛[2016年3月23日18時30分] 一日の仕事を終えて 帰った家のソファに、坐る。 ママは台所に立っている。 人より染色体の一本多い、周は パパが足を広げた間に ちっちゃい胡坐(あぐら)をかいて 「おかあさんといっしょ」の ビデオを見ている。 パントマイムのお姉さんが テレビの中から 目には見えないボールを、投げた。 ボールは、周を通り過ぎて 背後のパパが、受け取った。 今日一日、パパは 目には見えないボールを ちゃんと投げれたろうか? しっかり受け取れたろうか? 仲間と歩む、日々の職場で ひとつ屋根の下の、この家で ママがまな板を叩く音(ね)を聞きながら 幼い周の頭を撫でながら ――パパはひと時、考える。 この手にのせた、見えないボール。 テレビの中のお姉さんを真似て 明日こそ、誰かに投げてみよう。   ---------------------------- [自由詩]名も無き人へ/服部 剛[2016年3月28日21時22分] 旅先のホテルの部屋にて 机の上に置かれた一枚の紙 「この部屋は私が清掃しました    ゆっくりお過ごし下さい             〇〇」 名前のみが直筆の 見知らぬひとの心遣いが 残った部屋のベッドに 独り、腰を下ろす 心を込めてシーツを替えてくれたのか お義理でバスルームを洗ってくれたか 幸福なひとなのか 孤独なひとか この部屋の 見えない気配に 支えられた空間で ぽつんと独り 〇〇さんに、礼を言う   ---------------------------- [自由詩]門/服部 剛[2016年4月9日20時08分] 門の前はひっそりとして 呆けた顔で、立ち尽くす 襤褸着(ぼろぎ)の男 雨の滴は、腕を濡らし 門柱に ぺちゃり と 白い糞はこびり、落ち (この世を覆う、雨空に  数羽の烏は弧を描き  声は乾いて、木霊(こだま)する) 雨はざあざあ降り頻り 何処からか、ぬるい風は 人肉の腐臭を鼻腔に、運び 男の呆けた目の先に 頼りない一筋の 水墨画の道は 霞の掛かる幕の向こうへ (光の門は…あらわれるのか) いつしか門柱に凭れ、坐っていた 襤褸着の男は 開いた蜘蛛の掌で濡れた地べたを、押して 片膝をゆっくり立てた   ---------------------------- [自由詩]亜十夢の丘/服部 剛[2016年4月9日20時43分] 私ハ、亜十夢。 アノ日カラ、人間ノフリヲシテ 娑婆ニ混ジッテイルノデス。 胸ノ蓋ヲ開イタ燃料ハ 何時モ ばうわう 燃エ盛リ 気ヅイタラ…今日モ日ガナ 鼻息荒ゲテ! 働キマシタ。 一日ノ終ワリニハ、丘ノ上ニ登リマス。 デッカイ杏ノ夕陽ノ下ニ広ガル、コノ世界。 今日モ健気(ケナゲ)ニ怒ッテ、笑ウ、人間達ガ 不思議ニ愛シク、想エ―― 仮面ノ頬ニハ 一粒ノショッパイ水ガ、零レマス。 丘ノ上ニ独リ立チ 目ヲ瞑リ、胸ニ手ヲアテレバ 私ニモドウヤラ(心)ハアルラシイ… 私ハ、亜十夢。 人間ノフリヲシテ モウシバラクハ、ココニ居マス。 何万光年ノ國ヘ還ル、ソノ日マデ。 ---------------------------- [自由詩]青い火/服部 剛[2016年4月11日20時23分] 天にはひとつの (視えない手)があり 私は、全ての恐れ・震え・野心を 不思議な手の上に、置く。 この胸に乱れた炎は いつしか――闇に溶け去り 静かな青い火となる。 そうして私は、目を開く。 目の前にある ひとつの些事(さじ)を、成すように。   ---------------------------- [自由詩]零の世界/服部 剛[2016年4月18日23時35分] ――あなたは、聴くだろう。 日々の深層の穴へ ひとすじの釣瓶(つるべ)が…下降する、あの音を。 ――漆黒の闇にて 遥かな昔に創造された、あなたという人。 遺伝子に刻まれた、ひとつの約束。 そうして 〇 年前 あなたは、世に産声を上げ 青い空の水面(みなも)は微かに、揺れた。 あの日、零(ゼロ)歳だった、あなた。 無垢な瞳を、凝らしていた。 (ふいに天井を過(よ)ぎる天使の姿) 渦巻く耳を、澄ましていた。 (窓外の風と花々の奏でる世界の唄) 大人になるにつれて 深まる夜に蹲(うずくま)る、人よ。 あなたは想い出すだろうか? 世界は交響曲であり 天のメロディを担うあなたが ひとりの音符であることを。 旅人は、山谷を潜(くぐ)り抜け 道は霧の彼方へ延びるだろう。 この世の秘密にふれる、その日まで。   ---------------------------- [自由詩]妻への詫状/服部 剛[2016年4月20日23時29分] 聖者などに、なれない僕は 凸凹だらけの人間です。 凸凹だらけの僕が、あの日 凸凹だらけの君と、出逢い 凸凹だらけの息子がおぎゃあっと生まれ 歩み始めた、日々の凸凹道。 青春の日、僕等は お互いを眩(まぶ)しく、かい被っていたけれど 君が悲嘆の闇に落ちた、夜には 歯を喰い縛り、横に立ち なんとか、支えていたけれど やがて生活に塗(まみ)れ いつしか安月給の夫を支える 妻の方が、ひいひい…息を切らしていた。 明日もめらめら、東に昇る陽をみつめ 再び僕は歯を食い縛ろうと、決意する。 凸凹だらけの僕等夫婦が 青春の日々を越えた 夫婦(めおと)の絆で結ばれて 「あなたと出逢って良かったわ」 って、君の顔がもう一度、晴れ渡るように。   ---------------------------- [自由詩]たまねぎ   /服部 剛[2016年4月23日17時25分] 夕暮れの帰り道で ジャージ姿の青年達が 手にしたスマートフォンと 睨めっこしながら下校している。 少々早足で追い越す、僕は 声無き声で呟いた。 ――染色体の一本多い、周は   彼等と異なる道を…歩むのか。 時折妻は、夜になると ちゃぶ台を引っくり返す とまでは、いかないが あまりに深い葛藤の暗闇を余す所なく 僕に、吐露する。 泉の如く?溢れ出る言葉に 只、うん、うん、と 無能に僕は頷いた、後 階段をゆっくり上がり 部屋のドアをぱたん、と閉めて ひと時坐って、考える人になる。  ――妻よ、今に見ていろ。   いつになるのか分からぬが   屈託もなく微笑む、幼い周の   存在という玉葱を   何処までも、何処までも   剥いてゆくなら…僕には、視える。 世界にひとつの 真珠よりも一際、丸く光る いのちの賜物   ---------------------------- [自由詩]路線図/服部 剛[2016年4月23日18時07分] あの日、僕は立ち尽くしていた。 天使について綴った原稿を 夢の鞄に入れたまま 古びた出版社の、門前で。 地下鉄の切符売り場で 曇り空の東京の地面の下 蜘蛛の巣状に張り巡らされた、路線図を 呆けて空けた口のまま、仰いで。 何処の出版社に飛び込めど 大抵は門前払いで 時折、優しい編集者は…五分ほど ほとばしる僕の言葉に頷いては 「お役に立てるかわかりませんが」 と、頭を下げた。 今日、僕は再び 切符売り場で、路線図を仰ぐ。 ふいにそよ風は頬を撫で 瞳のレンズに瞬く――フラッシュ。 蜘蛛の巣状の路線図は 無数に巡る、縁(えにし)の糸に   ---------------------------- [自由詩]旅人の舟/服部 剛[2016年5月9日21時52分] さぁ、足許の川面に揺れる 一艘の舟に乗ろう。 (自らの重みをぐぃ…と下ろして) 誰かが置いていったまま 傾いた左右の艪を、握り 今、漕ぎ出そう。 ――旅の始めは、後回しにならぬよう 川辺の草々が風に靡いて、おじぎして 示す、未来の方角へ (気紛れな向かい風の日々をも越えて) 時は、思いの外に遠くまで 君を運んでゆくだろう。   ---------------------------- [自由詩]本の世界/服部 剛[2016年5月9日21時59分] 知っていた? 君が一冊の本の 密かな主人公であることを。 ――ほら、百年後の美術館に   飾られた、額縁の中から   赤いシャツを着た女の人は   椅子に腰かけ   頁を捲る、音が聴こえる。 今、物語は第〇章 主人公は、遂に…   ---------------------------- [自由詩]コップの水/服部 剛[2016年5月9日22時08分] コップに入った残りの水を もうこれしかない…と、思うのか? まだこんなにある…と、思うのか? 私の受け取りようである。 底深い・・・・・井戸にも似て 汲み尽くせぬ あたりまえの日々 ---------------------------- [自由詩]自明のひと/服部 剛[2016年5月19日22時39分] (自明)とは 自ら明るい、と書く。 わたしの命の照明灯は 元来――明るいもの      ---------------------------- [自由詩]もう一度、蕾から/服部 剛[2016年5月19日22時51分] あなたは、咲こうとしている ――長い間 時に風雨に、身を晒(さら)し 時に日向に、身を開き 地中へ…根を張り巡らせて 世界にたった一人の、あなた という花を咲かせる為に 蕾の顔は今、空を仰いで 天と語らう   ---------------------------- [自由詩]梟の目/服部 剛[2016年5月19日23時06分] 枝に留まった、夜の梟(ふくろう) 少々首を傾げ まっ黒いビー玉の瞳で あなたをじぃ…と、射る ――梟は、仮の姿で   ふっくりとした着ぐるみの中に   小さな哲学者がいるらしい 存在自体が宇宙の知恵を、語っている 黙していながら 黙しているのではなく 何かを、こちらに問いかけるように   ---------------------------- [自由詩]路面の文字/服部 剛[2016年5月28日23時10分] 路面に、跳ねた 鳥の糞すら 書家の一筆の如き、あーとだ ――この世界は   詩に充ちている ---------------------------- [自由詩]中野〜高円寺探訪記/服部 剛[2016年5月28日23時59分] 「中野ぉ〜中野ぉ〜でございます」  ぷしゅー…っ ドアが開いたホームには なぜかお巡りさんが、目を配らせている。 今日は伊勢のサミット最終日 オバマさ んは広島原爆ドームにて黙祷する――。 賛と否の、意見はふたつに分れそうだが アメリカ初の黒人大統領の置き土産は、 日の本の国の時代の裂け目に新たな風を 呼ぶだろうか?    * 人々賑わう中野駅。線路沿いを歩いてい たら、眼鏡に野球帽のとってもとっても 小さいおじさんは 不思議なほど満面の 笑みを浮かべ 散歩者の僕を、横切った。 (その時…微かな風は起こった) 今年5才の我が子はダウン症児で歩きも 話しもしなくとも日々楽しげにぽんぽこ 太鼓を、叩いてる――もしや、幸福は、 個人の内面に依るものか?    * 生まれて初めての散歩道を歩くのだから 線路沿いの道をあえて、反れて…反れて …そこは少々寂れた昭和の匂いの商店街。 煎餅屋さんにふとん屋さんに輪業屋さん ――平成28年の我が国にレトロな風情 の商いよ、庶民の心を温めよ…店も減っ た小路を抜けて、曲がって、現れた小さ い団子屋の名前は「渥美」…寅さんとは 関係はなかろうが、どうやら旅人気分に なってきた。    * 調子にのって加速する我が歩行。いつの まにやら、高円寺駅を通り過ぎ、ルック 商店街で風を切る。イタリー・フランス ものの古着屋さんから、水煙草屋さんを 通り過ぎ…カフェ「分福」の店前に立つ 小さい黒板に白いチョークでメニューが 書かれている。電球でほの明るい満席の 店内を硝子越しに覗きつつ…我が胸に、 ひとつの願いは萌え出ずる。 (朗読会を主宰するミキさん・ちひろ君 と久しく再会する今夜、中央線の音響く 高架下のライブスペース「無力無善寺」 のドアを開いたら、受付のふたりと握手 して集う皆で「福」を「分」けたいなぁ)   ---------------------------- [自由詩]頬の赤らむ夜の恋唄/服部 剛[2016年6月13日0時19分] フォーク歌手があこーすてぃっくぎたあを 掻き鳴らす、ある夜のライブハウスで偶然 隣り合わせたお洒落な婆ちゃんが「じゃあ」 って店内から出てゆく、繁華街のネオンの 合間をゆっくり抜けて小さくなってゆく… 猫背を脳裏に浮かべて、ふいに、昔恋した 誰かに何故か似ていた横顔の輪郭が重なり 後からじわっと無性にお洒落な婆ちゃんが 愛しくなっちゃって僕は思わずグラスの氷 をからりん、と鳴らしてぐいと琥珀の液体 を流し込む――(そうして唄歌いの弾き語 りは夢心地のBGMになるのです)…あの 夏の日にあまりにカッコ悪くずっこけた僕 のあの娘は今頃何処でどうしているのやら。   ---------------------------- [自由詩]緑の懐より/服部 剛[2016年6月13日0時28分] 林の中に、ふりつもる 無数のつややかな枯葉を 踏み拉き… 幾世代もの祖先を想い 自らの重みを、歩いていた。 ――遠い空では、飛行機の音が   長い長い尾を引いていた…      何処までも      ---------------------------- [自由詩]呼び声/服部 剛[2016年6月13日0時33分] 或る授賞式のホールにて 首を回して 天井の鏡を仰いだ、遠くに (もう一人の僕)と目があった。 おーい   ---------------------------- [自由詩]ある日の献血/服部 剛[2016年6月17日18時33分] 林の中を歩いていたら 3ヶ所を蚊に、刺され むず痒さを耐えながら ぎこちなくも、歩いた。 (もう会うこともなかろう、蚊の腹は  僕が痒い分、充たされたのか?) 思い巡らせ歩いていたら 痒みと同時に、妙な安堵を覚えつつ… (でも、デング熱にはなりたくないから  明日の散歩は「虫よけスプレー」に頼るのか  それともぱちん、と潰すのか?) 我が内面に湧き起こる 〈自己愛〉と〈ささやかな優しさ〉を 秤にかけて、揺れながら ぎこちない痒みのままに歩む、僕は なけなしの血を捧げよう。 今日も この地球という家の何処かを舞いながら 笑ったり、泣いたりしている 一匹の蚊。   ---------------------------- [自由詩]春の屋形船/服部 剛[2016年6月23日18時58分] はらはらと…桜舞う 花冷えの夕空の下 隅田川に浮かぶ、屋形船。 賑わう船内に 三味(しゃみ)の音は鳴り 柱の影で 芸者は男に、酒を注ぐ。 少し離れた柱に凭れ 旅人は独り お猪口(ちょこ)で悴(かじか)む両手を、温める。 遠くには、朱色の五重の塔が 身を赤らめつつも、天を指し 頬の火照る旅人も、目を細め 吾妻橋の遙かには いとも小さい富士の山 酩酊(めいてい)舟は、夕凪にゆれ 芸者の頬を過ぎる ひとひらの花 旅人は熱い酒をぐいと、飲む――。 この世の夢に酔うように。   ---------------------------- [自由詩]旅人の橋/服部 剛[2016年6月23日19時30分] 今も昔も旅人は 長い橋を渡るだろう ――何処(いずこ)から何処へ? 傘に弾ける豪雨に身を屈める日も 雪の坂をずぼり…ずぼり…上る日も 灼熱の陽炎(かげろう)ゆらめく夏の日も 背には各々(おのおの)の荷を負い この鼓動と歩調だけは どこまでも止むことなく もしも、少々疲れた時は 茶屋で一服、腰を下ろし (心の窓を少し開いて) 隣の旅人と語らおう そうして、再び旅人達は 地を踏み締めて、立ち上がる 遙かな過去から 数珠(じゅず)の糸でつながれた 今日という日を、明日へ繋ぐように 一枚の風景画に架かる あの橋を渡ってゆく ---------------------------- [自由詩]夢ノ声/服部 剛[2016年7月14日0時05分] 夏の夜の旅先にて ふらり、身を入れた店で フォアローゼスの水割りを傾けながら もの想う もうずっと探してる あふれる時を 氷がからん、と合図して ようやく僕は、目を覚ます 瞬きをする・・・目を閉じる (こみあげる血潮は体内を上昇する) 遠い日の斜面の先端に立つ、黒い人影よ あなたは何故、時を切り裂くように しきりに旗をふるのか? 転寝(うたたね)の夢の最中(さなか)に、響く声 ――日々ノ倦怠ヲ焼却炉ノ火ヘ   投ゲ入レヨ   ---------------------------- [自由詩]琥珀の水/服部 剛[2016年7月15日20時18分] 人々の賑わう風呂屋の食堂で ハイボールのジンジャー割りを ぐぃと飲み、机上に置く。 ジョッキの内側に広がる 琥珀の海に 細かな気泡が…昇ってる。 この世には重力というものがあり 誰もが各々(おのおの)荷を負って 日々の坂道を登っているが 時にはそんな自分への褒美として 露天風呂あがりの汗ばむ 喉に 琥珀の水を、流す いつのまにやら 火照り面(づら)の 酔いどれ人は知るだろう。   この世と逆さの重力を ---------------------------- [自由詩]湯けむりの夜/服部 剛[2016年7月15日21時01分] 風呂場には蛇口の摘みが、二つある。 「青」と「赤」の捻(ひね)りを、調整セヨ。 ある日、老父は云いました。 「クールヘッドとウォームハートが、処世術」 (目に見えぬ人のこころの調整は  なかなかどうしてままならぬ…)   火と水や   月とすっぽん   侘びと寂び ――少々呆けている内に どぼぼぼぼぼ…と風呂は沸き 日々草臥(くたび)れたわたくしの 全ての肉を、湯舟に浸す。 久方ぶりに   ふう…   ---------------------------- [自由詩]ひとの蕾/服部 剛[2016年7月15日23時34分] 日々の些細な場面の中に 潜んでいる 蕾 ――花よ、世にたった一人の、花よ 0歳の蕾 40歳の蕾 100歳の蕾 いつかドラマの 年老いた主人公はTV画面の中から 私の目を見て云った 「もう遅い、ということは無い…」 さあ、日光や雨水をそそぐように あの〈まなざし〉をそそごう 刷新の日々へ、歩み出す この世に一人の自分という 密かな主人公に   ---------------------------- [自由詩]人の翼/服部 剛[2016年7月19日0時56分] 本当に行きたい道を往く人は この世の中になかなかいない。 人の目を気にして 敷かれたレールに乗ることで 平均台の上 両腕を翼にして…一歩を、進める あの醍醐味を、久しく僕は忘れていた。 人の目なんぞは、気にせずに 生身の声を あの頃の空へ――叫ぶ時 ようやく僕は、想い出す。 ひとりの人の只中に長い間、隠れている 天使の名残が 肩甲骨の辺りに、疼(うず)くのを   ---------------------------- [自由詩]透明の街/服部 剛[2016年7月26日1時55分] 路面に無数の石は埋もれ ひとりひとりの石の顔は 瞳を閉じて、哀しみ唄う この街には色がない (透きとおったビルの群) この街には声がない (透きとおった足音の群) いつからか 前方に立つ灰色の壁を あの日の彼の面影が 片手をついて、跳び越えていった…   * やがて壁の向こうの雲間から 顔を出す 金色の陽は、街を照らし 久しく忘れていた…鼓動を胸に ふたたび僕は、歩き始める      ---------------------------- [自由詩]ひとすじの光/服部 剛[2016年7月28日0時59分] 梅酒に酔っ払い …鼓動は高鳴り (一本の染色体が、視える) 細いひとすじに 今夜、雷鳴は閃くだろう わたくしという存在の 只中に      ---------------------------- (ファイルの終わり)