服部 剛 2016年2月5日20時20分から2016年5月19日22時51分まで ---------------------------- [自由詩]ドアノブ   /服部 剛[2016年2月5日20時20分] 風は密かに吹くだろう 人と人の間に 透明な橋は架かるだろう この街の何処かで 濁った世間の最中にも 時折…虹はあらわれる ――千載一遇の<時>を求めて 今日も私は 秘密の箱を開くように ドアノブに、手をかける   ---------------------------- [自由詩]「申」   /服部 剛[2016年2月5日20時25分] 今年は申年なので 翔子さんは願いをこめて、筆を持ち 半紙に大きく「申」と書いた。 翔子 さんが「申」の字を書くと 鼻筋の一本通った 何処か優しい ほんものの「申」の顔になる。 ――そうして僕は、文字の裏側に   宿ったいのちに、気づきます さあ、今年も一年 翔子さんの書いた「申」の鼻筋のように ひとすじの日々を、歩み出そう。        ---------------------------- [自由詩]死者の息/服部 剛[2016年2月5日20時27分] 死者と語らうには、飲むことだ。 向かいの空席に もう一つのお猪口(ちょこ)を、置いて。 自分の頬が赤らむ頃に あたかも体の透けた人がいるかのように 腹を割り、肝胆を晒すのだ。 語らう内に…この世の自分という役が 物語に置かれた ひとりの駒に―視えてくる。 明日のシナリオなんぞは 思い煩うことなかれ 日々の暮らしの一コマを 余白にして (忘れた頃にやってくる) 死者の息吹が、吹くように   ---------------------------- [自由詩]新生   /服部 剛[2016年2月14日23時06分] 卵であることは、苦しい 孵化するには、 薄い殻を…破らねばならぬ   ---------------------------- [自由詩]鍵   /服部 剛[2016年2月14日23時15分] 草茫々の只中を 分け入ってゆく…夜明け前 (突如の穴を、恐れつつ) それは完(まった)き暗闇に似て 清濁の水を震える両手の器に、揺らし あわせ、呑む。 ――我は信じる。   この手に朧(おぼろ)なひかりを帯びた   一つの鍵を。   ---------------------------- [自由詩]ましろい世界   /服部 剛[2016年2月14日23時30分] 翔子さんの筆から生まれた その文字は、無邪気に駆けている。 その文字は、歓びを舞っている。   「空」 誰もが自らを空の器にして 忘我の瞬間を、求めている。 翔子さんの持つ 筆から生まれる文字に、嘘は無い。 翔子さんの持つ 筆は(巧く書こう)と微塵も思わず 幾千のいのちを生み出してゆく。 硝子(ガラス)の如き空の心の 現象は、明日も ましろい半紙の世界に あらわれる     ---------------------------- [自由詩]老師の祈り   /服部 剛[2016年2月15日23時56分] 焙じ茶を飲む、向かいの空席 ふいに 誰か の気配があり… 在りし日の老師は 日々 南無アッバ を唱和した 目には見えない 誰か とは ――もしかしたら、お釈迦様? ――もしかしたら、イエスさま? ――あるいはもしや、親しき死者? 老師が天に昇った、あの日から 南無アッバ を唱えれば 風は吹き 涙の夜の傍らに、つき添う 誰か ここぞの機会の到来に、背を押す 誰か 姿も無いのに 何故かふつふつ…想いのほとばしる (アッバの世界)の領域に 僕は自らの存在をまるごと――投じます この人生という、仮の宿にて 天の想いをそっと開く 一輪の、すみれの花になるように   ---------------------------- [自由詩]夢の汽笛   /服部 剛[2016年2月15日23時59分] 房総の終着駅に停車して ひと息ついてる、ふたつの車両 ひとつは、黄色いからだで希望に満ち ひとつは、少々古びたからだの味わいで 親子ほど年の離れているようで 肩を並べ、明日をみつめている   房総・終着駅 終わりは、始まりであることを 告げ知らせるように 夢の汽笛は、今夜 ――僕等の夜空に響くだろう   ---------------------------- [自由詩]名前   /服部 剛[2016年3月6日19時18分] 在日コリアンの金さんは 日本語学校で覚えた 自分の名前を、漢字三文字 ゆっくり紙切れに書いて 少々照れつつ、こちらに見せた。 三十九年生きてきた、僕は すっかり忘れていた。 自分に名のある歓びを。 もう一度、ノートを開く。 筆ペンを、手に持つ。 白紙の真中に姿をあらわす 私の名前を、じっと視る。   ---------------------------- [自由詩]朝の号令   /服部 剛[2016年3月6日19時28分] 職場へと続く、朝の道。 近所の小学校のグラウンドから 空の青さへ響く、野球少年等の号令。 ひとりが「いーちにーさーんし」と、屈伸し みんなも「ごーろーくひーちはーち」と、屈伸し お経のように繰り返される 野球少年の懐かしい合唱に 背を押され――僕は往く いつもより少し、歩調を変えて。 今日という日の舞台へ続く 仄かな朝日に照らされた いつもの道を   ---------------------------- [自由詩]炎/服部 剛[2016年3月8日19時01分] 君よ、童心のまま 舞踏せよ 日々の動作の只中に あの炎を垣間見るまで   ---------------------------- [自由詩]掌ノ石/服部 剛[2016年3月11日20時19分] じっと見つめた掌に 透きとほったプリズム 君の望む色を 薄っすら、放射する  ---------------------------- [自由詩]珈琲の味/服部 剛[2016年3月11日20時23分] 腫れていた喉に 苦い珈琲を――流す。 少し、楽になったようだ。 時には苦いものも悪くない。   ---------------------------- [自由詩]風のいたずら/服部 剛[2016年3月11日20時29分] 死者はいつでも待っている あなたの過ぎゆく並木道で 枯葉舞う、からっ風と共に 思いの外 素敵ないたずらを、起こそうと   ---------------------------- [自由詩]能面の女/服部 剛[2016年3月17日23時29分] 能面被って 声を、殺して あえて明るい色彩の着物を身に纏い たとえそれが千年昔の恋物語であり 源氏に捕らわれた重衡(しげひら)が、死刑へ歩む 前夜の密やかな宴だとしても 透けた涙を、袖で拭い 踊り、舞うは 頼朝公の慈悲に遣わされた 千手という名の能面の遊女 重衡とすれ違い 交差し、静止する 一瞬に―― 永遠(とわ)に消えぬものが、あればいい 能楽堂の誰もいなくなった(松の絵)の 舞台に・・・今も脈打つ 歴史の気配のようなもの   ---------------------------- [自由詩]日々の風景/服部 剛[2016年3月17日23時48分] 桜吹雪の舞うのは 春のみか――? 否、人々は気づかぬだけ。 目を凝らせば 宇宙永劫二度と無い 今日という日の花びらが ほら、目の前に透けて ひらひらと   ---------------------------- [自由詩]キャッチボール/服部 剛[2016年3月23日18時30分] 一日の仕事を終えて 帰った家のソファに、坐る。 ママは台所に立っている。 人より染色体の一本多い、周は パパが足を広げた間に ちっちゃい胡坐(あぐら)をかいて 「おかあさんといっしょ」の ビデオを見ている。 パントマイムのお姉さんが テレビの中から 目には見えないボールを、投げた。 ボールは、周を通り過ぎて 背後のパパが、受け取った。 今日一日、パパは 目には見えないボールを ちゃんと投げれたろうか? しっかり受け取れたろうか? 仲間と歩む、日々の職場で ひとつ屋根の下の、この家で ママがまな板を叩く音(ね)を聞きながら 幼い周の頭を撫でながら ――パパはひと時、考える。 この手にのせた、見えないボール。 テレビの中のお姉さんを真似て 明日こそ、誰かに投げてみよう。   ---------------------------- [自由詩]名も無き人へ/服部 剛[2016年3月28日21時22分] 旅先のホテルの部屋にて 机の上に置かれた一枚の紙 「この部屋は私が清掃しました    ゆっくりお過ごし下さい             〇〇」 名前のみが直筆の 見知らぬひとの心遣いが 残った部屋のベッドに 独り、腰を下ろす 心を込めてシーツを替えてくれたのか お義理でバスルームを洗ってくれたか 幸福なひとなのか 孤独なひとか この部屋の 見えない気配に 支えられた空間で ぽつんと独り 〇〇さんに、礼を言う   ---------------------------- [自由詩]門/服部 剛[2016年4月9日20時08分] 門の前はひっそりとして 呆けた顔で、立ち尽くす 襤褸着(ぼろぎ)の男 雨の滴は、腕を濡らし 門柱に ぺちゃり と 白い糞はこびり、落ち (この世を覆う、雨空に  数羽の烏は弧を描き  声は乾いて、木霊(こだま)する) 雨はざあざあ降り頻り 何処からか、ぬるい風は 人肉の腐臭を鼻腔に、運び 男の呆けた目の先に 頼りない一筋の 水墨画の道は 霞の掛かる幕の向こうへ (光の門は…あらわれるのか) いつしか門柱に凭れ、坐っていた 襤褸着の男は 開いた蜘蛛の掌で濡れた地べたを、押して 片膝をゆっくり立てた   ---------------------------- [自由詩]亜十夢の丘/服部 剛[2016年4月9日20時43分] 私ハ、亜十夢。 アノ日カラ、人間ノフリヲシテ 娑婆ニ混ジッテイルノデス。 胸ノ蓋ヲ開イタ燃料ハ 何時モ ばうわう 燃エ盛リ 気ヅイタラ…今日モ日ガナ 鼻息荒ゲテ! 働キマシタ。 一日ノ終ワリニハ、丘ノ上ニ登リマス。 デッカイ杏ノ夕陽ノ下ニ広ガル、コノ世界。 今日モ健気(ケナゲ)ニ怒ッテ、笑ウ、人間達ガ 不思議ニ愛シク、想エ―― 仮面ノ頬ニハ 一粒ノショッパイ水ガ、零レマス。 丘ノ上ニ独リ立チ 目ヲ瞑リ、胸ニ手ヲアテレバ 私ニモドウヤラ(心)ハアルラシイ… 私ハ、亜十夢。 人間ノフリヲシテ モウシバラクハ、ココニ居マス。 何万光年ノ國ヘ還ル、ソノ日マデ。 ---------------------------- [自由詩]青い火/服部 剛[2016年4月11日20時23分] 天にはひとつの (視えない手)があり 私は、全ての恐れ・震え・野心を 不思議な手の上に、置く。 この胸に乱れた炎は いつしか――闇に溶け去り 静かな青い火となる。 そうして私は、目を開く。 目の前にある ひとつの些事(さじ)を、成すように。   ---------------------------- [自由詩]零の世界/服部 剛[2016年4月18日23時35分] ――あなたは、聴くだろう。 日々の深層の穴へ ひとすじの釣瓶(つるべ)が…下降する、あの音を。 ――漆黒の闇にて 遥かな昔に創造された、あなたという人。 遺伝子に刻まれた、ひとつの約束。 そうして 〇 年前 あなたは、世に産声を上げ 青い空の水面(みなも)は微かに、揺れた。 あの日、零(ゼロ)歳だった、あなた。 無垢な瞳を、凝らしていた。 (ふいに天井を過(よ)ぎる天使の姿) 渦巻く耳を、澄ましていた。 (窓外の風と花々の奏でる世界の唄) 大人になるにつれて 深まる夜に蹲(うずくま)る、人よ。 あなたは想い出すだろうか? 世界は交響曲であり 天のメロディを担うあなたが ひとりの音符であることを。 旅人は、山谷を潜(くぐ)り抜け 道は霧の彼方へ延びるだろう。 この世の秘密にふれる、その日まで。   ---------------------------- [自由詩]妻への詫状/服部 剛[2016年4月20日23時29分] 聖者などに、なれない僕は 凸凹だらけの人間です。 凸凹だらけの僕が、あの日 凸凹だらけの君と、出逢い 凸凹だらけの息子がおぎゃあっと生まれ 歩み始めた、日々の凸凹道。 青春の日、僕等は お互いを眩(まぶ)しく、かい被っていたけれど 君が悲嘆の闇に落ちた、夜には 歯を喰い縛り、横に立ち なんとか、支えていたけれど やがて生活に塗(まみ)れ いつしか安月給の夫を支える 妻の方が、ひいひい…息を切らしていた。 明日もめらめら、東に昇る陽をみつめ 再び僕は歯を食い縛ろうと、決意する。 凸凹だらけの僕等夫婦が 青春の日々を越えた 夫婦(めおと)の絆で結ばれて 「あなたと出逢って良かったわ」 って、君の顔がもう一度、晴れ渡るように。   ---------------------------- [自由詩]たまねぎ   /服部 剛[2016年4月23日17時25分] 夕暮れの帰り道で ジャージ姿の青年達が 手にしたスマートフォンと 睨めっこしながら下校している。 少々早足で追い越す、僕は 声無き声で呟いた。 ――染色体の一本多い、周は   彼等と異なる道を…歩むのか。 時折妻は、夜になると ちゃぶ台を引っくり返す とまでは、いかないが あまりに深い葛藤の暗闇を余す所なく 僕に、吐露する。 泉の如く?溢れ出る言葉に 只、うん、うん、と 無能に僕は頷いた、後 階段をゆっくり上がり 部屋のドアをぱたん、と閉めて ひと時坐って、考える人になる。  ――妻よ、今に見ていろ。   いつになるのか分からぬが   屈託もなく微笑む、幼い周の   存在という玉葱を   何処までも、何処までも   剥いてゆくなら…僕には、視える。 世界にひとつの 真珠よりも一際、丸く光る いのちの賜物   ---------------------------- [自由詩]路線図/服部 剛[2016年4月23日18時07分] あの日、僕は立ち尽くしていた。 天使について綴った原稿を 夢の鞄に入れたまま 古びた出版社の、門前で。 地下鉄の切符売り場で 曇り空の東京の地面の下 蜘蛛の巣状に張り巡らされた、路線図を 呆けて空けた口のまま、仰いで。 何処の出版社に飛び込めど 大抵は門前払いで 時折、優しい編集者は…五分ほど ほとばしる僕の言葉に頷いては 「お役に立てるかわかりませんが」 と、頭を下げた。 今日、僕は再び 切符売り場で、路線図を仰ぐ。 ふいにそよ風は頬を撫で 瞳のレンズに瞬く――フラッシュ。 蜘蛛の巣状の路線図は 無数に巡る、縁(えにし)の糸に   ---------------------------- [自由詩]旅人の舟/服部 剛[2016年5月9日21時52分] さぁ、足許の川面に揺れる 一艘の舟に乗ろう。 (自らの重みをぐぃ…と下ろして) 誰かが置いていったまま 傾いた左右の艪を、握り 今、漕ぎ出そう。 ――旅の始めは、後回しにならぬよう 川辺の草々が風に靡いて、おじぎして 示す、未来の方角へ (気紛れな向かい風の日々をも越えて) 時は、思いの外に遠くまで 君を運んでゆくだろう。   ---------------------------- [自由詩]本の世界/服部 剛[2016年5月9日21時59分] 知っていた? 君が一冊の本の 密かな主人公であることを。 ――ほら、百年後の美術館に   飾られた、額縁の中から   赤いシャツを着た女の人は   椅子に腰かけ   頁を捲る、音が聴こえる。 今、物語は第〇章 主人公は、遂に…   ---------------------------- [自由詩]コップの水/服部 剛[2016年5月9日22時08分] コップに入った残りの水を もうこれしかない…と、思うのか? まだこんなにある…と、思うのか? 私の受け取りようである。 底深い・・・・・井戸にも似て 汲み尽くせぬ あたりまえの日々 ---------------------------- [自由詩]自明のひと/服部 剛[2016年5月19日22時39分] (自明)とは 自ら明るい、と書く。 わたしの命の照明灯は 元来――明るいもの      ---------------------------- [自由詩]もう一度、蕾から/服部 剛[2016年5月19日22時51分] あなたは、咲こうとしている ――長い間 時に風雨に、身を晒(さら)し 時に日向に、身を開き 地中へ…根を張り巡らせて 世界にたった一人の、あなた という花を咲かせる為に 蕾の顔は今、空を仰いで 天と語らう   ---------------------------- (ファイルの終わり)