服部 剛 2015年12月29日23時33分から2016年4月11日20時23分まで ---------------------------- [自由詩]年の瀬のそば屋にて   /服部 剛[2015年12月29日23時33分] 浅草のそば屋の座敷で、酒を飲む。 年の瀬の店内は無数の会話で、飽和して 向かいの席に数分前、若いふたりが坐った。 隣の机で、三人家族は静かに語らい 幼い息子はパパの腿(もも)に、じゃれている。 今朝、七つ上の姉さん女房は 家の曇った窓を拭きながら 「いってらっしゃい!」と 送り出してくれたので、僕は ちびり…ちびり… こうしてお猪口(ちょこ)を、啜ってる。 お猪口を啜っているうちに 年の瀬に賑わう人間達が 何故か無性に愛しくなり みるみると…視界はぼやけ 僕は厠(かわや)に、駆け込んだ。 厠から出た、僕は ポケットから携帯電話を取り出して ショートメールで 「嫁さん」宛に一行の言葉を、送信した   ---------------------------- [自由詩]窓/服部 剛[2016年1月11日19時49分] 汝の心に 余白の小さい窓を、開けよ。 あの古(いにしえ)の風の吹くように―― ---------------------------- [自由詩]小さい火/服部 剛[2016年1月11日20時02分] 遥かな過去にも未来にも、二度と訪れない 今日という日に巡り逢う、隣の人の心象に 閃(ひらめ)く火花を――灼きつける。 宇宙に灯るマッチの如き、我が生よ。  ---------------------------- [自由詩]手を添える/服部 剛[2016年1月11日20時21分] 法事の後に、故人を偲び 「献杯」してから口に注いだ麦酒(ビール)により みるみる僕の顔は真っ赤になり 吐き気をもよおし 頭痛の額に少々冷えた、手を添える。 そうして僕は平手で 白いシャツに覆われた(体)の隅々を さする… ――日頃こんなにも頑張っていた、疲れてた   (きみ)を忘れて、ごめんね。 この(体)をさすりながら…僕は気づいた。 (体)を労(いたわ)ることは  世界にひとりの 愛しい自分を、労るということ。   ---------------------------- [自由詩]異国の夢   /服部 剛[2016年1月12日22時11分] オランダのチューリップ畑の畔(ほとり)に 浅い川は緩やかに流れて カーブを描く辺りに 一人の風車は立ち やがて赤と黄色の無数の蕾(つぼみ)は 過ぎゆく風に身を傾げ 遠い風車の巨きな十字は 音も無く…回り始める。 ――僕は、風車になりたいなぁ… ――なれるわよ、あなたなら ――一体どうすればなれるかなぁ… ――空から、川から、花の蕾から   大気に降りそそぐあの風を、吸う時   あなたはあなたに、なるでしょう 傍らに現れた 天使の面影は ふっ と消えた。 目が覚めた、朝の部屋。 窓を透ける、仄かな日射し。 ――青い硝子(ガラス)戸が一瞬かたり、と揺れた。   ---------------------------- [自由詩]「一」   /服部 剛[2016年1月12日22時34分] 「一」という字の、地平を 我が胸に…刻む 「一」という字の、地平から 熱い湯気は…立ち昇る。 「一」という字の、念力で 切り拓かれる、明日。 いつの日か ふり返った背後に 思いのほか、彼方へのびる ――ひとすじの道      ---------------------------- [自由詩]この足下に   /服部 剛[2016年1月13日18時28分] 日常風景の只中に、立つ そこを掘るべし。 ――足下(あしもと)に隠れた、天への通路。   * (君の投げたボールは  君に返ってくるだろう)   * 昔々、葉蔭の下に坐っていた お釈迦様の、瞳は開き 立ち上がるその前に――芽生える ひとつの霊感。   * ――私は想う。 この足下に今も尚…水を吸い 大地の下に張り巡らされゆく 無数なる根の先を。   ---------------------------- [自由詩]恋文について/服部 剛[2016年1月15日23時30分] 今迄の僕は ゴミ箱行きの恋文を 山ほど書いた。 けれども全てが徒労だと 一体誰に言い切れようか? どうせなら 純粋花火の一粒を 無心に念じ…封じ込め 世界にひとつの手紙を書こう。 (一匙(ひとさじ)の、知恵を入れて) たった一行の言葉が 世界を開く 1/100の明日に、僕は賭ける。   ---------------------------- [自由詩]麺麭の顔   /服部 剛[2016年1月15日23時50分] 自分の中に、経験が溜(たま)ってくると いよいよあなたと私に、別々の顔が現れる。 背が高いとか、低いとか 体が太いとか、細いとか 頭が良いとか、悪いとか 線を引くという行為の、ナンセンス。 (存在の比較を――消去せよ。  背後から日射す、ゆりいか!) 燃え盛る、竃(かまど)の扉を開き 鉄板を引き出せば 大きさ・形・焼き具合の 唯一無二な麺麭(パン)達が 和やかな顔をほっくり並べ しゅるしゅる…湯気を昇らせる。 ---------------------------- [自由詩]ドアノブ   /服部 剛[2016年2月5日20時20分] 風は密かに吹くだろう 人と人の間に 透明な橋は架かるだろう この街の何処かで 濁った世間の最中にも 時折…虹はあらわれる ――千載一遇の<時>を求めて 今日も私は 秘密の箱を開くように ドアノブに、手をかける   ---------------------------- [自由詩]「申」   /服部 剛[2016年2月5日20時25分] 今年は申年なので 翔子さんは願いをこめて、筆を持ち 半紙に大きく「申」と書いた。 翔子 さんが「申」の字を書くと 鼻筋の一本通った 何処か優しい ほんものの「申」の顔になる。 ――そうして僕は、文字の裏側に   宿ったいのちに、気づきます さあ、今年も一年 翔子さんの書いた「申」の鼻筋のように ひとすじの日々を、歩み出そう。        ---------------------------- [自由詩]死者の息/服部 剛[2016年2月5日20時27分] 死者と語らうには、飲むことだ。 向かいの空席に もう一つのお猪口(ちょこ)を、置いて。 自分の頬が赤らむ頃に あたかも体の透けた人がいるかのように 腹を割り、肝胆を晒すのだ。 語らう内に…この世の自分という役が 物語に置かれた ひとりの駒に―視えてくる。 明日のシナリオなんぞは 思い煩うことなかれ 日々の暮らしの一コマを 余白にして (忘れた頃にやってくる) 死者の息吹が、吹くように   ---------------------------- [自由詩]新生   /服部 剛[2016年2月14日23時06分] 卵であることは、苦しい 孵化するには、 薄い殻を…破らねばならぬ   ---------------------------- [自由詩]鍵   /服部 剛[2016年2月14日23時15分] 草茫々の只中を 分け入ってゆく…夜明け前 (突如の穴を、恐れつつ) それは完(まった)き暗闇に似て 清濁の水を震える両手の器に、揺らし あわせ、呑む。 ――我は信じる。   この手に朧(おぼろ)なひかりを帯びた   一つの鍵を。   ---------------------------- [自由詩]ましろい世界   /服部 剛[2016年2月14日23時30分] 翔子さんの筆から生まれた その文字は、無邪気に駆けている。 その文字は、歓びを舞っている。   「空」 誰もが自らを空の器にして 忘我の瞬間を、求めている。 翔子さんの持つ 筆から生まれる文字に、嘘は無い。 翔子さんの持つ 筆は(巧く書こう)と微塵も思わず 幾千のいのちを生み出してゆく。 硝子(ガラス)の如き空の心の 現象は、明日も ましろい半紙の世界に あらわれる     ---------------------------- [自由詩]老師の祈り   /服部 剛[2016年2月15日23時56分] 焙じ茶を飲む、向かいの空席 ふいに 誰か の気配があり… 在りし日の老師は 日々 南無アッバ を唱和した 目には見えない 誰か とは ――もしかしたら、お釈迦様? ――もしかしたら、イエスさま? ――あるいはもしや、親しき死者? 老師が天に昇った、あの日から 南無アッバ を唱えれば 風は吹き 涙の夜の傍らに、つき添う 誰か ここぞの機会の到来に、背を押す 誰か 姿も無いのに 何故かふつふつ…想いのほとばしる (アッバの世界)の領域に 僕は自らの存在をまるごと――投じます この人生という、仮の宿にて 天の想いをそっと開く 一輪の、すみれの花になるように   ---------------------------- [自由詩]夢の汽笛   /服部 剛[2016年2月15日23時59分] 房総の終着駅に停車して ひと息ついてる、ふたつの車両 ひとつは、黄色いからだで希望に満ち ひとつは、少々古びたからだの味わいで 親子ほど年の離れているようで 肩を並べ、明日をみつめている   房総・終着駅 終わりは、始まりであることを 告げ知らせるように 夢の汽笛は、今夜 ――僕等の夜空に響くだろう   ---------------------------- [自由詩]名前   /服部 剛[2016年3月6日19時18分] 在日コリアンの金さんは 日本語学校で覚えた 自分の名前を、漢字三文字 ゆっくり紙切れに書いて 少々照れつつ、こちらに見せた。 三十九年生きてきた、僕は すっかり忘れていた。 自分に名のある歓びを。 もう一度、ノートを開く。 筆ペンを、手に持つ。 白紙の真中に姿をあらわす 私の名前を、じっと視る。   ---------------------------- [自由詩]朝の号令   /服部 剛[2016年3月6日19時28分] 職場へと続く、朝の道。 近所の小学校のグラウンドから 空の青さへ響く、野球少年等の号令。 ひとりが「いーちにーさーんし」と、屈伸し みんなも「ごーろーくひーちはーち」と、屈伸し お経のように繰り返される 野球少年の懐かしい合唱に 背を押され――僕は往く いつもより少し、歩調を変えて。 今日という日の舞台へ続く 仄かな朝日に照らされた いつもの道を   ---------------------------- [自由詩]炎/服部 剛[2016年3月8日19時01分] 君よ、童心のまま 舞踏せよ 日々の動作の只中に あの炎を垣間見るまで   ---------------------------- [自由詩]掌ノ石/服部 剛[2016年3月11日20時19分] じっと見つめた掌に 透きとほったプリズム 君の望む色を 薄っすら、放射する  ---------------------------- [自由詩]珈琲の味/服部 剛[2016年3月11日20時23分] 腫れていた喉に 苦い珈琲を――流す。 少し、楽になったようだ。 時には苦いものも悪くない。   ---------------------------- [自由詩]風のいたずら/服部 剛[2016年3月11日20時29分] 死者はいつでも待っている あなたの過ぎゆく並木道で 枯葉舞う、からっ風と共に 思いの外 素敵ないたずらを、起こそうと   ---------------------------- [自由詩]能面の女/服部 剛[2016年3月17日23時29分] 能面被って 声を、殺して あえて明るい色彩の着物を身に纏い たとえそれが千年昔の恋物語であり 源氏に捕らわれた重衡(しげひら)が、死刑へ歩む 前夜の密やかな宴だとしても 透けた涙を、袖で拭い 踊り、舞うは 頼朝公の慈悲に遣わされた 千手という名の能面の遊女 重衡とすれ違い 交差し、静止する 一瞬に―― 永遠(とわ)に消えぬものが、あればいい 能楽堂の誰もいなくなった(松の絵)の 舞台に・・・今も脈打つ 歴史の気配のようなもの   ---------------------------- [自由詩]日々の風景/服部 剛[2016年3月17日23時48分] 桜吹雪の舞うのは 春のみか――? 否、人々は気づかぬだけ。 目を凝らせば 宇宙永劫二度と無い 今日という日の花びらが ほら、目の前に透けて ひらひらと   ---------------------------- [自由詩]キャッチボール/服部 剛[2016年3月23日18時30分] 一日の仕事を終えて 帰った家のソファに、坐る。 ママは台所に立っている。 人より染色体の一本多い、周は パパが足を広げた間に ちっちゃい胡坐(あぐら)をかいて 「おかあさんといっしょ」の ビデオを見ている。 パントマイムのお姉さんが テレビの中から 目には見えないボールを、投げた。 ボールは、周を通り過ぎて 背後のパパが、受け取った。 今日一日、パパは 目には見えないボールを ちゃんと投げれたろうか? しっかり受け取れたろうか? 仲間と歩む、日々の職場で ひとつ屋根の下の、この家で ママがまな板を叩く音(ね)を聞きながら 幼い周の頭を撫でながら ――パパはひと時、考える。 この手にのせた、見えないボール。 テレビの中のお姉さんを真似て 明日こそ、誰かに投げてみよう。   ---------------------------- [自由詩]名も無き人へ/服部 剛[2016年3月28日21時22分] 旅先のホテルの部屋にて 机の上に置かれた一枚の紙 「この部屋は私が清掃しました    ゆっくりお過ごし下さい             〇〇」 名前のみが直筆の 見知らぬひとの心遣いが 残った部屋のベッドに 独り、腰を下ろす 心を込めてシーツを替えてくれたのか お義理でバスルームを洗ってくれたか 幸福なひとなのか 孤独なひとか この部屋の 見えない気配に 支えられた空間で ぽつんと独り 〇〇さんに、礼を言う   ---------------------------- [自由詩]門/服部 剛[2016年4月9日20時08分] 門の前はひっそりとして 呆けた顔で、立ち尽くす 襤褸着(ぼろぎ)の男 雨の滴は、腕を濡らし 門柱に ぺちゃり と 白い糞はこびり、落ち (この世を覆う、雨空に  数羽の烏は弧を描き  声は乾いて、木霊(こだま)する) 雨はざあざあ降り頻り 何処からか、ぬるい風は 人肉の腐臭を鼻腔に、運び 男の呆けた目の先に 頼りない一筋の 水墨画の道は 霞の掛かる幕の向こうへ (光の門は…あらわれるのか) いつしか門柱に凭れ、坐っていた 襤褸着の男は 開いた蜘蛛の掌で濡れた地べたを、押して 片膝をゆっくり立てた   ---------------------------- [自由詩]亜十夢の丘/服部 剛[2016年4月9日20時43分] 私ハ、亜十夢。 アノ日カラ、人間ノフリヲシテ 娑婆ニ混ジッテイルノデス。 胸ノ蓋ヲ開イタ燃料ハ 何時モ ばうわう 燃エ盛リ 気ヅイタラ…今日モ日ガナ 鼻息荒ゲテ! 働キマシタ。 一日ノ終ワリニハ、丘ノ上ニ登リマス。 デッカイ杏ノ夕陽ノ下ニ広ガル、コノ世界。 今日モ健気(ケナゲ)ニ怒ッテ、笑ウ、人間達ガ 不思議ニ愛シク、想エ―― 仮面ノ頬ニハ 一粒ノショッパイ水ガ、零レマス。 丘ノ上ニ独リ立チ 目ヲ瞑リ、胸ニ手ヲアテレバ 私ニモドウヤラ(心)ハアルラシイ… 私ハ、亜十夢。 人間ノフリヲシテ モウシバラクハ、ココニ居マス。 何万光年ノ國ヘ還ル、ソノ日マデ。 ---------------------------- [自由詩]青い火/服部 剛[2016年4月11日20時23分] 天にはひとつの (視えない手)があり 私は、全ての恐れ・震え・野心を 不思議な手の上に、置く。 この胸に乱れた炎は いつしか――闇に溶け去り 静かな青い火となる。 そうして私は、目を開く。 目の前にある ひとつの些事(さじ)を、成すように。   ---------------------------- (ファイルの終わり)