服部 剛 2015年11月1日23時04分から2016年2月15日23時59分まで ---------------------------- [自由詩]潮騒ノ唄   /服部 剛[2015年11月1日23時04分] 誰もいない秋の浜辺に、立ち 吸いこまれそうな 青空 に手をのばす、僕の 頬を ぶおう! と 嬲(なぶ)る――一陣の風 沖の方から 幾重もの波は打ち寄せ 波飛沫の散る、ひと時の間に 湧き立つ・・・新しい りびどー いてもたってもいられず、僕は ふたたび連ね往くだろう 波打ち際に 何処までも刻まれる・・・黒い足跡を   ---------------------------- [自由詩]無題/服部 剛[2015年11月2日20時49分] 赤い羽根の天使はリュートを抱き ふくやかな指を、無数の弦に滑らせる 世にも美しい音楽を探るように   ---------------------------- [自由詩]机上の対話/服部 剛[2015年11月3日22時27分] 天に昇った恩師が好きだった 白のグラスワインを 向かいの空席に、置く。 あまたの想い出を巡らせ、僕は 白いゆげを昇らせる 珈琲カップを手許に、置く。 ――そうして夢の対話は、始まった。 一冊の本の中にいる、主人公が 長いトンネルの暗闇を抜けて 日向(ひなた)の道を往く、あの物語について。   ---------------------------- [自由詩]秋の運動会/服部 剛[2015年11月3日22時43分] 万国旗は青い風にはたはた…揺れ 園児等が駆け回り、賑わう 秋の運動会。 染色体が人より一本多く まだ歩かない周と、並んで坐る パパの胸中を過(よ)ぎる、問い。 ――僕等はあわれまれる、家族であるか? 『親子で一緒に徒競走』の種目となり 白線の前に並んでいたが いざ、スタートの時間には すやすや、周は夢を見て ぶらーん、ぶらーん、と人形みたいに ぶら下げながら、パパはおどけて走るのだ。 眠り続ける周を、妻の腕(かいな)にあずけ 「綱引きに参加してください」のアナウンスに 腕を捲(まく)ったパパは先頭に立ち よいしょ、よいしょ!で勝つと同時に 見知らぬ周囲のパパ達と、ハイタッチ。 額の汗を…拭いつつ ママに抱かれた周のもとへ まっすぐ――戻るパパに気づいて 目覚めた周が すろーもーしょんで 笑顔を開いた   ---------------------------- [自由詩]言葉のゆげ   /服部 剛[2015年11月21日0時00分] 古びたティーポットの、口先から 白いゆげはしゅるるるる… ぼくの唇からも 凍える誰かを暖める言葉が、たち昇るといい   ---------------------------- [自由詩]空白の頁/服部 剛[2015年11月22日23時57分] あの日、出逢いの風は吹き 互いの杯を交わしてから ひとり…ふたり…銀河は渦巻いて 空白の頁(ページ)に――僕等の明日はあらわれる ---------------------------- [自由詩]恋/服部 剛[2015年11月22日23時58分] 恋は昇ったり降りたりで、草臥れる。 恋は遠のいてゆくほどに、懐かしい。 太陽は、今も僕の胸に燃え盛り 永遠(とわ)に手の届かない――幻   ---------------------------- [自由詩]丸い背中   /服部 剛[2015年11月22日23時59分] 毎朝みる、幾人かの顔が 通り過ぎる朝の道の向こうから 杖をつき、背を丸め…近づいてくる 95歳のトメさんと、目が合う。 ――あら、今週も会ったわねぇ 毎週火曜は、通院らしい。 毎週土曜は、僕の働く デイサービスに、やってくる。 僕と妻と染色体が一本多い息子の写真が 某新聞に載った翌日 自宅でみつけた同僚は嬉々として デイの廊下の壁に、貼る。 トイレから出たトメさんは、はっと気づき ひと時新聞記事を、読む。 ――あなた、大変ねぇ…ボクは大丈夫? 翌週土曜も――ボク元気? 翌々週も――ボクはどう? 僕の顔をみるや否や歩み来て、声をかける。 作り笑いで礼を言いつつ 口には出さぬ、言葉を思う (あんまりあわれまれるのもなぁ…)   * 3週間ぶりのトメさんが 朝の道の遠くから 段々と…近づいてくる (最近は土曜が休みだったので) 目線を上げたトメさんと、目が合う。 ――あらあなた、ボク元気? ――はい、元気、だいじょぶです! 爽やかな朝のあいさつ トメさんは病院へ 僕は職場へ 背後に遠のいてゆく…丸い背中を、 振り返る 何故か突如、小さい言葉の温もりが これから日々の現場へ向かう 僕の胸中にじゅわ、と沁みた。   * ふたたび土曜の夕方 ――またお待ちしてます 窓越しに手を振り トメさんを乗せた送迎車は、門を出る。 隣で手を振っていた上司は、呟いた。 ――来月からトメさん、息子夫婦と離れ   団地でひとり暮らしなんだよな…   ---------------------------- [自由詩]日溜りの墓   /服部 剛[2015年11月24日19時57分] 府中の霊園の芝生に、僕は坐る 目の前の ?遠藤家 の墓前に 炎と燃えるポインセチアの植木鉢と グラスに日の射すワインを、置いて 初めて訪れた十五年前の夕暮れ 左右に生けた紅白の薔薇は さやかな風にゆれ… 五年前の夏は、妻と銀の指輪を交し 四年前の秋は、生後間もない ダウン症児の周ちゃんと パパとママは初めての遠出をして 遠藤先生に会いにきた   四ツ谷の教会へお墓が引越しをする 前日――こうして少々頬を赤らめ 遠い校舎の窓から琴の奏でる「桜」を聴きつつ 目の前に透けておられる 遠藤先生の面影と、僕は   一つの約束を交す ――ふたたびあの日の風は吹き…   墓前の花や草々は、身をゆらす   正午の過ぎた、芝の日溜り   ---------------------------- [自由詩]楽園   /服部 剛[2015年12月9日23時37分] 久しく忘れた地上の園を 人々が想い出すように この世には 時折、虹があらわれる   ---------------------------- [自由詩]赤い糸―結婚の祝辞―/服部 剛[2015年12月13日0時41分] どっかーん…! 太陽の砕けた花火の如く  あの日、きみと出逢った歌舞伎町の夜。 厚化粧のきみは 難聴のハンディをもろともせず くらしっくをBGMにくるくる 地下の舞台で乱舞しながら 体から発光する 熱い、熱い、生への衝動。 ある日のイベントで見かけた きみの傍らに ぴゅあでしゃいな女の子が ずーっと俯いていたけれど きみが活躍するにつれ 丸い瞳の女の子の顔は段々とあがり… これからもきみの存在は 詩友の僕と、嫁さんと、ダウン症児の 息子の間にも、太陽として めらめら昇り 僕等の日々を、俯く人々の影を ぱあっと日向に変えるだろう。 新たなる門出の向こうに、僕は視る。 今日から旅を始める ふたりの間を仄かに結ぶ、赤い糸を。 覚束なく、何処までも 未知なる物語の日々へ連なってゆく 二人三脚の足跡を。   ---------------------------- [自由詩]愛し仔を送った、君へ/服部 剛[2015年12月27日23時59分] 君の相棒が16年着た 体を脱いで、天に昇った。 あまりにも静かに消える 湯気の後に――消えぬもの。 透き通ったビー玉の瞳 あの日のままの鳴き声 呼んでいる いくども、いくども 「猫語」の辞書はなかれども < アリガトウ、哀シマナイデ  アナタト過ゴセテ  本当ニ、僕ハ幸セダッタ・・・> 白混じりの灰色の 少々ふっくりとした、毛並の 後ろ姿は 夜の帳の向こうへ、消える。 暗闇のスクリーンに、現れる 無数のシャボン玉の中に 淡く甦る 宝の場面達を・・・胸に抱き 静かに君は、立ち上がる。 明日の日向の方角に 二つのつま先を、揃えて。   ---------------------------- [自由詩]年の瀬のそば屋にて   /服部 剛[2015年12月29日23時33分] 浅草のそば屋の座敷で、酒を飲む。 年の瀬の店内は無数の会話で、飽和して 向かいの席に数分前、若いふたりが坐った。 隣の机で、三人家族は静かに語らい 幼い息子はパパの腿(もも)に、じゃれている。 今朝、七つ上の姉さん女房は 家の曇った窓を拭きながら 「いってらっしゃい!」と 送り出してくれたので、僕は ちびり…ちびり… こうしてお猪口(ちょこ)を、啜ってる。 お猪口を啜っているうちに 年の瀬に賑わう人間達が 何故か無性に愛しくなり みるみると…視界はぼやけ 僕は厠(かわや)に、駆け込んだ。 厠から出た、僕は ポケットから携帯電話を取り出して ショートメールで 「嫁さん」宛に一行の言葉を、送信した   ---------------------------- [自由詩]窓/服部 剛[2016年1月11日19時49分] 汝の心に 余白の小さい窓を、開けよ。 あの古(いにしえ)の風の吹くように―― ---------------------------- [自由詩]小さい火/服部 剛[2016年1月11日20時02分] 遥かな過去にも未来にも、二度と訪れない 今日という日に巡り逢う、隣の人の心象に 閃(ひらめ)く火花を――灼きつける。 宇宙に灯るマッチの如き、我が生よ。  ---------------------------- [自由詩]手を添える/服部 剛[2016年1月11日20時21分] 法事の後に、故人を偲び 「献杯」してから口に注いだ麦酒(ビール)により みるみる僕の顔は真っ赤になり 吐き気をもよおし 頭痛の額に少々冷えた、手を添える。 そうして僕は平手で 白いシャツに覆われた(体)の隅々を さする… ――日頃こんなにも頑張っていた、疲れてた   (きみ)を忘れて、ごめんね。 この(体)をさすりながら…僕は気づいた。 (体)を労(いたわ)ることは  世界にひとりの 愛しい自分を、労るということ。   ---------------------------- [自由詩]異国の夢   /服部 剛[2016年1月12日22時11分] オランダのチューリップ畑の畔(ほとり)に 浅い川は緩やかに流れて カーブを描く辺りに 一人の風車は立ち やがて赤と黄色の無数の蕾(つぼみ)は 過ぎゆく風に身を傾げ 遠い風車の巨きな十字は 音も無く…回り始める。 ――僕は、風車になりたいなぁ… ――なれるわよ、あなたなら ――一体どうすればなれるかなぁ… ――空から、川から、花の蕾から   大気に降りそそぐあの風を、吸う時   あなたはあなたに、なるでしょう 傍らに現れた 天使の面影は ふっ と消えた。 目が覚めた、朝の部屋。 窓を透ける、仄かな日射し。 ――青い硝子(ガラス)戸が一瞬かたり、と揺れた。   ---------------------------- [自由詩]「一」   /服部 剛[2016年1月12日22時34分] 「一」という字の、地平を 我が胸に…刻む 「一」という字の、地平から 熱い湯気は…立ち昇る。 「一」という字の、念力で 切り拓かれる、明日。 いつの日か ふり返った背後に 思いのほか、彼方へのびる ――ひとすじの道      ---------------------------- [自由詩]この足下に   /服部 剛[2016年1月13日18時28分] 日常風景の只中に、立つ そこを掘るべし。 ――足下(あしもと)に隠れた、天への通路。   * (君の投げたボールは  君に返ってくるだろう)   * 昔々、葉蔭の下に坐っていた お釈迦様の、瞳は開き 立ち上がるその前に――芽生える ひとつの霊感。   * ――私は想う。 この足下に今も尚…水を吸い 大地の下に張り巡らされゆく 無数なる根の先を。   ---------------------------- [自由詩]恋文について/服部 剛[2016年1月15日23時30分] 今迄の僕は ゴミ箱行きの恋文を 山ほど書いた。 けれども全てが徒労だと 一体誰に言い切れようか? どうせなら 純粋花火の一粒を 無心に念じ…封じ込め 世界にひとつの手紙を書こう。 (一匙(ひとさじ)の、知恵を入れて) たった一行の言葉が 世界を開く 1/100の明日に、僕は賭ける。   ---------------------------- [自由詩]麺麭の顔   /服部 剛[2016年1月15日23時50分] 自分の中に、経験が溜(たま)ってくると いよいよあなたと私に、別々の顔が現れる。 背が高いとか、低いとか 体が太いとか、細いとか 頭が良いとか、悪いとか 線を引くという行為の、ナンセンス。 (存在の比較を――消去せよ。  背後から日射す、ゆりいか!) 燃え盛る、竃(かまど)の扉を開き 鉄板を引き出せば 大きさ・形・焼き具合の 唯一無二な麺麭(パン)達が 和やかな顔をほっくり並べ しゅるしゅる…湯気を昇らせる。 ---------------------------- [自由詩]ドアノブ   /服部 剛[2016年2月5日20時20分] 風は密かに吹くだろう 人と人の間に 透明な橋は架かるだろう この街の何処かで 濁った世間の最中にも 時折…虹はあらわれる ――千載一遇の<時>を求めて 今日も私は 秘密の箱を開くように ドアノブに、手をかける   ---------------------------- [自由詩]「申」   /服部 剛[2016年2月5日20時25分] 今年は申年なので 翔子さんは願いをこめて、筆を持ち 半紙に大きく「申」と書いた。 翔子 さんが「申」の字を書くと 鼻筋の一本通った 何処か優しい ほんものの「申」の顔になる。 ――そうして僕は、文字の裏側に   宿ったいのちに、気づきます さあ、今年も一年 翔子さんの書いた「申」の鼻筋のように ひとすじの日々を、歩み出そう。        ---------------------------- [自由詩]死者の息/服部 剛[2016年2月5日20時27分] 死者と語らうには、飲むことだ。 向かいの空席に もう一つのお猪口(ちょこ)を、置いて。 自分の頬が赤らむ頃に あたかも体の透けた人がいるかのように 腹を割り、肝胆を晒すのだ。 語らう内に…この世の自分という役が 物語に置かれた ひとりの駒に―視えてくる。 明日のシナリオなんぞは 思い煩うことなかれ 日々の暮らしの一コマを 余白にして (忘れた頃にやってくる) 死者の息吹が、吹くように   ---------------------------- [自由詩]新生   /服部 剛[2016年2月14日23時06分] 卵であることは、苦しい 孵化するには、 薄い殻を…破らねばならぬ   ---------------------------- [自由詩]鍵   /服部 剛[2016年2月14日23時15分] 草茫々の只中を 分け入ってゆく…夜明け前 (突如の穴を、恐れつつ) それは完(まった)き暗闇に似て 清濁の水を震える両手の器に、揺らし あわせ、呑む。 ――我は信じる。   この手に朧(おぼろ)なひかりを帯びた   一つの鍵を。   ---------------------------- [自由詩]ましろい世界   /服部 剛[2016年2月14日23時30分] 翔子さんの筆から生まれた その文字は、無邪気に駆けている。 その文字は、歓びを舞っている。   「空」 誰もが自らを空の器にして 忘我の瞬間を、求めている。 翔子さんの持つ 筆から生まれる文字に、嘘は無い。 翔子さんの持つ 筆は(巧く書こう)と微塵も思わず 幾千のいのちを生み出してゆく。 硝子(ガラス)の如き空の心の 現象は、明日も ましろい半紙の世界に あらわれる     ---------------------------- [自由詩]老師の祈り   /服部 剛[2016年2月15日23時56分] 焙じ茶を飲む、向かいの空席 ふいに 誰か の気配があり… 在りし日の老師は 日々 南無アッバ を唱和した 目には見えない 誰か とは ――もしかしたら、お釈迦様? ――もしかしたら、イエスさま? ――あるいはもしや、親しき死者? 老師が天に昇った、あの日から 南無アッバ を唱えれば 風は吹き 涙の夜の傍らに、つき添う 誰か ここぞの機会の到来に、背を押す 誰か 姿も無いのに 何故かふつふつ…想いのほとばしる (アッバの世界)の領域に 僕は自らの存在をまるごと――投じます この人生という、仮の宿にて 天の想いをそっと開く 一輪の、すみれの花になるように   ---------------------------- [自由詩]夢の汽笛   /服部 剛[2016年2月15日23時59分] 房総の終着駅に停車して ひと息ついてる、ふたつの車両 ひとつは、黄色いからだで希望に満ち ひとつは、少々古びたからだの味わいで 親子ほど年の離れているようで 肩を並べ、明日をみつめている   房総・終着駅 終わりは、始まりであることを 告げ知らせるように 夢の汽笛は、今夜 ――僕等の夜空に響くだろう   ---------------------------- (ファイルの終わり)