服部 剛 2015年6月26日20時22分から2015年11月22日23時58分まで ---------------------------- [自由詩]夢の地図/服部 剛[2015年6月26日20時22分] 遠い旅先の、見知らぬ街で 風に震える…痩せっぽちで 牙を向く、狼の哀しみ 暗雲に覆われた空を仰いでは 見知らぬ人々の靴音、行き交う   孤独な雑踏の 只中で 今日も独り、立ち尽くす ――探してた命のルーツは、何処にある…? 一滴の雨が頬に、落ちる いつしかアスファルトには 無数の滴の輪が、弾ける ぐっしょり濡れた、全身が 涙みたいな存在の 異郷に於ける、旅人の現在(いま) ひとまずは、安宿に帰ろう そうして布団に、包まろう 夢の中に広げる地図に 〇をしてゆく 印等が 点と、点を、結ぶ 地上の星座となるように   ---------------------------- [自由詩]路上の歌人   /服部 剛[2015年7月13日23時58分] 君は今日も、渋谷ハチ公前の 路上でギターを掻き鳴らし スクランブル交差点を行き交う 無数の靴音の、彼方には 紫色の夕空と…ひとすじの雲があり 警察に止められ、君の路上の歌声は 3曲で終わった ――3曲目が、よかったよ 軽く君に手をあげてから 人波に紛れた僕は 街を彷徨い、やがて日は暮れ 道玄坂の路地裏に潜りこみ 「Hard Rock Cafe」の座敷で ピンク色のスプモーニを、一杯 黒褐色のポスターに いつの間にか世から姿を消していた カート・コバーンの澱んで澄んだ、瞳の奥は この世の果てを射抜いたようで 僕の心臓は畏怖に…震え 今、店内にはスプリングスティーンの 「涙のサンダーロード」が流れている そう――僕等は、あの頃から探していた そして、これからも この脳髄に、夜明け前の雷鳴が閃(ひらめ)く あの歌を   ---------------------------- [自由詩]夏の夢/服部 剛[2015年7月16日19時55分] 真夏の陽炎(かげろう)揺れる アスファルトの、先に 琥珀に輝く円い岩が ひとつ、置かれている。 額の汗を拭って、歩く 旅人の姿は段々…近づき 数歩前で、立ち止まる。 鏡に映るひとは、私だと知る。 夏空の小さい太陽という 照明は 鏡の中の私の遠い背後に燃えており この鈍い、旅の歩調さえ (見えない力が…押している) 木々の緑の葉影には 今日も蒸す、蝉の唄。 ――私という存在は…もしや   祝福されているのかもしれない。   ---------------------------- [自由詩]夏の夜風/服部 剛[2015年8月28日18時52分] 二十年前、富山に嫁いだ姉の結婚披露宴で お約束通り、親父はウェディングドレスの 裾を踏んだ。十代だった僕は、ポケットに 手を突っこんで「贈る言葉」を歌った。 最後の挨拶で新郎のお兄さんは、呟いた。 「人間って…泣く時は泣くんですね」 あの頃、まだ影も形もなかった、命。 姪っ子・甥っ子と初対面した日の映像を 映し出す心象のスクリーンに目を細める 僕もいつのまにやら…一児の親であり 明日会う姪っ子は中学二年で、口数も減り 小学一年生の甥っ子はわんぱく坊主となり 思えばあっという間の二十年――北陸新幹 線「かがやき」に乗りあっという間に富山 駅に着いて真新しいホームからエスカレー ターで下りる。 改札を出ると、構内の柱に結ばれた笹の葉 と七色に煌めく短冊は夏の夜風にひらひら 揺らめいて…久しく訪れた旅人を祝福する 無言のお辞儀を横切り、駅の外へ出た僕は 夜のタクシー乗り場へと歩いた。   ---------------------------- [自由詩]日々の山路   /服部 剛[2015年8月30日23時22分] 「禅ヒッピー」という本の中で 遥かな山並みに目を細めつつ なだらかな麓の道を、二人は往く ――何だか最高の気分さ、ジャフィー ――日々の道と同じ空の下だよ、スミス 「比較とはおぞましきことなり」の一行が 目に入った、瞬間 どうやら僕は気づいたようだ 日頃はいつのまにやら「目隠し」をしていたことに わっし、わっし…山路を登る ジャフィーと歩けば 坂道さえも、何故か楽しい 二人の足音が 本を閉じた、僕の胸に わっし、わっし…入ってくる ぐうたら者のおいらさえ 友の背負う重たいリュックを 分け合いたくもなってくる 名付けようもなく、湧く、感情のまま この歩調は、日々を塗り変えてゆくだろう 「目隠し」を外した (今・ここ)の 素朴な場面に埋まってる 目に見えぬ無数の宝を、探し求めて 新たな一歩を僕は踏み出す 世の重力を、切り裂いて   ---------------------------- [自由詩]冬の釣人   /服部 剛[2015年9月8日23時33分] 北風の只中を防寒靴で歩いた、僕は あの日の旅路を手にしたペンで、筆記する    * ――記憶に蘇る、海の匂い 遠くに見える、断崖に近づくほど 潮の香りを鼻腔に…吸いこみ 断崖の絶壁に、胡坐(あぐら)を掻いて座るひとは 瞳を閉じ、長い釣糸を遥かな眼下の荒波の 潮目に向けて垂らし――待つ   黄金ノ魚 針に喰いつく、あの瞬間を   ---------------------------- [自由詩]天/服部 剛[2015年9月8日23時38分] 人は問う「あなたの師は誰ですか?」と。 私は黙ってひとさし指を――立てる。   ---------------------------- [自由詩]コーラス・1―門―     /服部 剛[2015年9月8日23時57分] 君の存在の只中にある 方位磁針は すでに示している。 カルマの暗闇を越えた、この世の桃源郷を。 ――first inspiration―― それは未知への世界に わなわな震える・・・旅人の両足。 日々の旅路へ誘(いざな)うように 前方に 門 は待つ。  ---------------------------- [自由詩]聖画ノ声   /服部 剛[2015年9月14日0時00分] 海岸沿いを走る車は、山道に入り 坂を上る、木々の葉群の隙間に 一瞬、輝く太陽の顔は覗き 夜の列車のドアに凭れた窓から ふいに見た、夜空に浮かぶ ましろい盆の月は夜を照らし ――昼も、夜も、空の   巨きな目は   何処までも…ついてくる     * 教会の扉は、少し開かれていた。 祭壇脇に掛けられた、油絵 十字架に項垂れるひとは ゆっくり…顔をあげ 左右の両手を、こちらに開いた。    * 古都の寺の茶室に、入る。 ふるびた壁に掛けられた、水墨画 観音像の細い目と 私の目が、合った。    * 青空の太陽も 夜空の月も 黙して――世を見守るように 旅人がどの位置に立っても 聖画に描かれたひとの目は、動く。 その前に立っても 遠く離れ去っても そそがれている 透明な 目   ---------------------------- [自由詩]流星の唄     /服部 剛[2015年10月5日23時42分] 今より少々ケツの青かった頃 とあるスタジオでラジオのADだった 僕の耳に飛びこんできた 「ボヘミアン ブルー」 躍動する無数の音符等は 瞬く間に僕のハートの入口に吸いこまれ 自らの生の鼓動を…初めて耳にした僕は 心の中に、呟いた ――愚か者よ   悔しささえ、汝の拳に握り締め   今日という日の暗闇を閃(ひらめ)いてゆく   流星となれ   ---------------------------- [自由詩]旅の車     /服部 剛[2015年10月5日23時59分] CDのジャケットから取り出した ブックレットのモノクロ写真は だだっ広い空の下を 何処までも伸びゆくハイウェイ 目的地へとひた走る、旅の車 ハンドルを握る、目線の先 一瞬 黄色い蝶が、横切った ――何かを、告げるように アクセルを踏み込み 明日の方角へ直線を往く旅の車は、やがて 直観の命じるままに 日々の速度を越えるだろう   ---------------------------- [自由詩]色鉛筆   /服部 剛[2015年10月7日22時02分] 鉛筆の芯を、削る。 何処までも鋭く、削る。 (誰かを傷つけるのではなく) 褪(あ)せた現実に、風穴を空ける為に。   ---------------------------- [自由詩]鎌倉の朝   /服部 剛[2015年10月13日23時25分] 鎌倉の朝は、なぜか散歩がしたくなる。 低い緑の山間から 燦々と顔を出す陽をあびようと 玄関のドアを、開く。 日頃住む街よりも 澄んだ風を吸いこみ 図書館の庭に足を踏み入れ ベンチに腰かけ、瞳を閉じる。 ――光合成 木々の葉の囁き 川のせせらぎ 掃除夫が枯葉をはいている。 少し離れた国道を車は遠ざかり 世界は今、目覚めようとしている。 瞳を閉じた、黙想のひと時 日々の情景は音楽になる。 (ここは古都鎌倉の國…) 燦々と降り注ぐ陽が 私の全身をしみじみと浸して 初冬というのに シャツの衣が、暖かい。 今日の日に与えられた この命 胸に手をあて、ゆっくり瞳を開く。 私の古びた靴さえも 今朝は爽やかな表情を 揃え 庭の出口の先へと続く 鎌倉の小道の方へ すでに、爪先は歩き出している   ---------------------------- [自由詩]日々の歓び   /服部 剛[2015年10月13日23時33分] 実家に帰り、午睡をする。 窓外で うらかな陽に照らされたポストが かたっと音をたてる。 配達夫のバイクの音は遠ざかる。 そんな風に僕はいつも 待っている 昨日も、今日も、これからも 歓びの知らせを告げる ポストの声を。   ---------------------------- [自由詩]宇宙の信号   /服部 剛[2015年10月23日21時30分] 目の前の、岐路は分かれ 右の標識も、左の標識も 〇い空白のまま、立っている。   * 私は想いを巡らせ…夜道を漫(そぞ)ろ歩く。 立ち止まり…深夜に囁く星々に、目を凝らす。 戻った部屋の灯りを消して、坐る。 目を瞑り、息を吸い――息を吐き もっとも大事な死者のいる 遠い宇宙の信号が 青 になる時 私は往く 全ての煩いを払い落として  ---------------------------- [自由詩]樹ノ声   /服部 剛[2015年10月23日21時43分] にょきにょきと…背丈がのびる パキラの樹は、天井にふれ 窮屈そうに 緑の背骨を曲げている   ――私ハモット大キク…ノビタイ 音の無いパキラの声は、不思議なほど 対面する私に内蔵された 一枚の 心響板を…震わせる   ---------------------------- [自由詩]せせらぎの唄/服部 剛[2015年10月23日21時50分] 朝の川原の岩に、腰かけ せせらぎに耳を澄ます。 水面(みなも)には嬉々として 乱反射する、日のひかり。 一度きりであろう人生を この流れに…まかせようか ――旅人は岩から、腰を上げる。   ---------------------------- [短歌]修善寺の蕎麦屋にて/服部 剛[2015年10月27日19時55分] 酔い醒めに 冷えた徳利頬にあて せせらぎに揺る、竹林の笹   ---------------------------- [自由詩]海老の目/服部 剛[2015年10月27日20時05分] 修善寺の蕎麦屋の座敷にて 熱燗(あつかん)を啜り 天せいろを食した後の 油が浮いた器のつゆに 喰い千切られた、桜海老の顔 白い光の小さく宿る 黒い目玉 茹(ゆ)であがった、僕を見る   ---------------------------- [自由詩]鬼ノ涙   /服部 剛[2015年10月27日20時13分] 修善寺の源泉で 足湯に浸した 両足は 鬼の如く真っ赤に染め上がり 旅人は心に決める。 ――この足で、日々を切り裂こう 娑婆の世を生きるには 時に…鬼と化さねばならぬ が、赤い仮面を剥いだなら ひと滴(しずく)の水晶が ぽろり、骨ばる頬に落ちるのだ。   ---------------------------- [短歌]旅の車窓より/服部 剛[2015年11月1日22時17分] 前方の、遥かな明日へ――突き刺さる 線路の彼方に、富士は聳(そび)えり   ---------------------------- [自由詩]シネマの日々/服部 剛[2015年11月1日22時53分] 朝起きて、のびをして 飯を食い、厠に入り 玄関のドアを蹴っ飛ばし、 彼の一日は始まる。 日は昇り、やがて暮れゆく迄の間を働いて 単調なる繰り返しの、気怠さの… 口をへの字の忍耐の(時折しょっぱい、涙の) 色もとっくに褪せちゃった 日常というものを 『もう一歩』――掘り下げて 低い目線のカメラで、歩めぬものか。 もし、一日というものが モノクロームの絵巻なら 幾重もの場面々々の只中の  シーン? の一隅にでも 手にした絵筆で 蛍光色を塗ることは、できまいか。 カメラのレンズ越しに 絞り…絞り…フォーカスする 軒先の庭をそそと往く(一匹の蟻)に宿る 小さな奇跡を見出すように。 映画監督の視力で、彼は立つ。 むっと睨む視線を芯にして――尖らせ 素朴なる風景に、穴の空く迄。   ---------------------------- [自由詩]潮騒ノ唄   /服部 剛[2015年11月1日23時04分] 誰もいない秋の浜辺に、立ち 吸いこまれそうな 青空 に手をのばす、僕の 頬を ぶおう! と 嬲(なぶ)る――一陣の風 沖の方から 幾重もの波は打ち寄せ 波飛沫の散る、ひと時の間に 湧き立つ・・・新しい りびどー いてもたってもいられず、僕は ふたたび連ね往くだろう 波打ち際に 何処までも刻まれる・・・黒い足跡を   ---------------------------- [自由詩]無題/服部 剛[2015年11月2日20時49分] 赤い羽根の天使はリュートを抱き ふくやかな指を、無数の弦に滑らせる 世にも美しい音楽を探るように   ---------------------------- [自由詩]机上の対話/服部 剛[2015年11月3日22時27分] 天に昇った恩師が好きだった 白のグラスワインを 向かいの空席に、置く。 あまたの想い出を巡らせ、僕は 白いゆげを昇らせる 珈琲カップを手許に、置く。 ――そうして夢の対話は、始まった。 一冊の本の中にいる、主人公が 長いトンネルの暗闇を抜けて 日向(ひなた)の道を往く、あの物語について。   ---------------------------- [自由詩]秋の運動会/服部 剛[2015年11月3日22時43分] 万国旗は青い風にはたはた…揺れ 園児等が駆け回り、賑わう 秋の運動会。 染色体が人より一本多く まだ歩かない周と、並んで坐る パパの胸中を過(よ)ぎる、問い。 ――僕等はあわれまれる、家族であるか? 『親子で一緒に徒競走』の種目となり 白線の前に並んでいたが いざ、スタートの時間には すやすや、周は夢を見て ぶらーん、ぶらーん、と人形みたいに ぶら下げながら、パパはおどけて走るのだ。 眠り続ける周を、妻の腕(かいな)にあずけ 「綱引きに参加してください」のアナウンスに 腕を捲(まく)ったパパは先頭に立ち よいしょ、よいしょ!で勝つと同時に 見知らぬ周囲のパパ達と、ハイタッチ。 額の汗を…拭いつつ ママに抱かれた周のもとへ まっすぐ――戻るパパに気づいて 目覚めた周が すろーもーしょんで 笑顔を開いた   ---------------------------- [自由詩]言葉のゆげ   /服部 剛[2015年11月21日0時00分] 古びたティーポットの、口先から 白いゆげはしゅるるるる… ぼくの唇からも 凍える誰かを暖める言葉が、たち昇るといい   ---------------------------- [自由詩]空白の頁/服部 剛[2015年11月22日23時57分] あの日、出逢いの風は吹き 互いの杯を交わしてから ひとり…ふたり…銀河は渦巻いて 空白の頁(ページ)に――僕等の明日はあらわれる ---------------------------- [自由詩]恋/服部 剛[2015年11月22日23時58分] 恋は昇ったり降りたりで、草臥れる。 恋は遠のいてゆくほどに、懐かしい。 太陽は、今も僕の胸に燃え盛り 永遠(とわ)に手の届かない――幻   ---------------------------- (ファイルの終わり)