服部 剛 2015年2月13日23時42分から2015年6月5日22時49分まで ---------------------------- [自由詩]無題/服部 剛[2015年2月13日23時42分] 夢追い人よ 与えられた今日の日を 踏み台にして 空に向かって、翔べばいい   ---------------------------- [自由詩]無言歌/服部 剛[2015年2月22日21時39分] 夜――母が机にそっと置いた麦酒を呑み 頬を赤らめた兄はじっ…と目を閉じ 向かいの席の母もまた、面(おも)を上げ 兄を見つつも…掌で涙を隠し 傍らに坐る、幼い私は泣くまじと 兄を歌で送れども くちびるの端の震え、ままならず 三月(みつき)の日々の過ぎた後――正午の戸は開き 渡された、たった一枚の紙 玄関の母の背中は、今もなお 年老いた私の胸に…灼きついたまま   ---------------------------- [自由詩]旅人/服部 剛[2015年2月22日21時45分] 遠藤周作の「イエスの生涯」を読み終え 僕は本をぱたん、と閉じた (密かな息が頬にふれ) 本の中で十字架にかけられ 頭(こうべ)を垂らし、息絶えたひとの想いは 肉体(からだ)を脱いだ風となり 二千年の時を越え 遠い異国で本を手にする僕の前に… ――世に消えないものは何だろう? 死ぬのが恐くて逃げた弟子等さえ ゆるして死んでいったひとよ ひと時目を瞑(つむ)った、僕を 遠くから呼ぶように 暗闇に浮かぶ あの瞳   ---------------------------- [自由詩]靴音/服部 剛[2015年2月22日22時01分] 一本道の白線が 遥かな闇の向こうへ――伸びてゆく 若人よ、汝の信じる道を 何処までも――そのままに 夜の靴音を高らかに鳴らし、往くがいい   ---------------------------- [自由詩]Home/服部 剛[2015年2月25日23時54分] 集まって来る…不思議な磁力に吸い寄せられて それぞれの日々の荷物は何処かに置いて、渋谷 駅のhomeを下りて、改札を抜け、宮益の坂 を上った途中の路地の地下室へ それぞれの笑顔 それぞれの声 それぞれのハートを結集して   home home we are home ここは無数の言葉をとろ火で煮込む一つの竃(かまど)… 僕等の胸の奥底にいつしか燻(くすぶ)っていたマグマの 目覚める地底の歌よ――今宵、自らの存在に疼 く地響きに、耳を澄まして 春を待つ、夜の路上に立つ僕等は ふたたび歩き出すだろう 今迄とは何かが違う、物語の日々へ   ---------------------------- [自由詩]手/服部 剛[2015年2月28日23時59分] 手を広げ…じっとみつめてごらん 言語ではない太古の温もりを こちらに語りかける 生きものに見えてくる   ---------------------------- [自由詩]石の顔/服部 剛[2015年3月13日22時20分] 日々の道に転がっている いくつもの…丸石や尖った石 どちらを拾うか問われているが 世の重力に押され、屈む私は つい、感情に流れ 尖った石を、手にしてしまう。 尖った石を拾いそうになったら 屈んだ背筋をぐりり…と伸ばし 呼吸を、一つ。 ――遠い空の青さに、目を細める。 コッケイな自らが鼻息、荒げる ちっぽけな日々の場面を 少々俯瞰(ふかん)しては へらへらと嗤ってみる。 靴元を見下ろせば、ホラ 朧(おぼろ)な顔を浮かべた丸石が こちらに何やら――囁いた。   ---------------------------- [自由詩]父の祈り   /服部 剛[2015年3月13日22時55分] テレビの台に、よじ登り 画面の前で「おかあさんといっしょ」を 見ていた3才の周が   ぴょ―――ん 次の瞬間、ケガの防止に備え 台の下にずらしておいた、ソファが 後ろに飛んだちっこい体を、受け止めていた。 ――恐いなぁ… ――危ないわ… 顔を見合わせため息をつく、僕と妻。    * 気分転換に妻は周と、友に会いに行き 途中で車を降りた僕は、お気に入りのCafeで 珈琲を啜りつつ…病の子を守りきれぬ 自分の無力を嘆き ひと時――両手を組んでいた。 (目には見えない姿の神よ…  もしもあなたがいるならば  苦い珈琲を飲み終えた  空の器に  あなたの知恵を注いで下さい)    * 再び瞳を開いた、僕は ふつふつ…沸騰する、熱の手を 鞄に突っ込み、取り出した ノートを机上に広げ ペンを持ち まっさらな紙の余白に 物語の続きを――綴り始めた   ---------------------------- [自由詩]黒いプラグ/服部 剛[2015年3月13日23時05分] 日向の床の足もとで 埃を被ったプラグが、独り あの電流につながる場所を探してる ――僕は、プラグだ   ---------------------------- [自由詩]幸福の手紙/服部 剛[2015年3月20日18時40分] 窓から仄かに日の射す部屋で 幸福の手紙を綴る少女は、顔をあげ 無心でキャンバスに向かう男を ひと時――みつめる 少女のまなざしは 幾百年を経て 遠い異国の美術館を訪れた、僕へ 届くことも知らずに 目を閉じる僕は――聴いた 額縁の中で微笑む少女と、僕の間に 体の透けたフェルメールは、腰かけ キャンバスの余白の(少女の袖)を 黄色く埋めてゆく…微かな、筆の音を   ---------------------------- [自由詩]木の記憶/服部 剛[2015年3月20日18時51分] 林に入り、風に呼ばれ 目の前に立つ 木の中に渦巻く、年輪と 私の中に渦巻く、運命は 縁(えにし)の糸で結ばれ ――遠い記憶は甦る 渦巻く宇宙を身籠っている 木の心と 人の心は 何処か似ている   ---------------------------- [自由詩]モナリザの目/服部 剛[2015年3月23日19時11分] モナリザの目は、妊婦の目。 腹に掌をそっとあて ――遠い明日をみつめるような ――胎内の子を、見守るような モナリザの目は、母なる目。 絵画は幾世代も旅をして 今日も世界の何処かで、出逢う 人々の心象に灼きついて (声無き声は…人に囁き) 母なる者のまなざしは 静かに時を、射抜くでしょう。 永遠(とわ)に消え去ることもなく 今も空白の額縁「  」から あなたをじっと見守る――モナリザの目。   ---------------------------- [自由詩]黄泉のジャズマンとの対話/服部 剛[2015年3月24日23時58分] 老舗のジャズ喫茶・ちぐさのドアを開いて 店内の古びた椅子に腰を下ろし、生麦酒を 一杯―― がさっ…! 発泡スチロールの板 に貼りついた Count・Basie のモノクロ ーム写真が腹の上に、落下した… 八の字眉毛で店員の姉さんに写真を手渡し リクエスト。 「カウント・ベーシー」     * レコードプレーヤーの上に立て掛けられた ジャケットは 「For The First Time」 Count・Basieの黒い指は、鍵盤の上を踊り 始める… ――初めての○○〜さてあなたにとっての  初めて は何でしょう?…それはもしや… 愛の序章…はたまたそれは…物語の幕開け  あぁ…、この二度と無い Life はいと 美しい、ひとつの夢である――次の瞬間、 僕は鞄の中から本を取り出し、旅人Jack・ Kerouacの「パリの悟り」を――開いた。   ---------------------------- [自由詩]黒い鼻/服部 剛[2015年3月27日23時01分] 私は犬の鼻が欲しい。自分の餌を求める ままに進む、あの(黒い鼻)が――たと え犬の鼻を持てなくとも、どうやら人の 第六感には、あの鼻がうっすら内蔵され ているらしい――今日から私は自らの内 に、日々の匂いを察知する(黒い鼻)を 養おう――永らく眠っていた(獣の目) を開き、くんくん…嗅ぎ分けて、私の道 すじが――路面に浮かび上がるように。   ---------------------------- [自由詩]おいらに乾杯/服部 剛[2015年3月27日23時16分] 日々の芝居に疲れた、夜は… ちょい横道に逸れて 路地裏のBarの ドアを潜り――仄暗い カウンターに、腰かける 旅の途上のおいらだが 今まで越えた峠を、指折り数えりゃ 一つ・二つ・三つ・四つ… ふにゃふにゃ男(お)でまっ青だった いつかのお前も よくぞここまで来たものだ そんな自分をたまには讃えてもいい… カウンター越しに手渡された グラスに浮く、氷を鳴らし 「おいらに乾杯」 だんだん頬の赤らむ頃には バーテンのシェイカーふる音に誘(いざな)われ こくり…こくり…    * ――転寝(うたたね)の夢の中   夜空から舞い…この頬に、落つ   雪のひとひら   ---------------------------- [自由詩]日々の味わい/服部 剛[2015年3月31日23時38分] 六本木の美術館に、足を運び 蕪村の水墨画の風景で 「東屋に坐るひと」が聴く 滝の音に――耳を澄ます頃 ポケットに入れた携帯電話がぶるっ…と震え 展示スペースの外に出て 「もしもし」と、僕は言い 「『風』の原稿のことだけど…」 と、恩師は語る。 小さい画面には 妻からの着信もあり、折り返して 「もしもし」と、僕は言い 「臨時収入が入ったわよ!」 と、興奮気味に妻は報告する。 (これでしばしは…やっていける) ほっと胸を撫で下ろしつつ 美術館を出て、珈琲店に入る。 向かいの席で、結婚前の男女が 互いの瞳をみつめ語らい 隣の席は、大学生等が サークルの話で盛り上がり 店内は、ご機嫌なヴァイオリンが BGMを詩(うた)ってる。 ――今日という日は、二度と無い…夢 ふいに、そんな予感が芽生え ゆっくりカップを 口に運び 焙煎珈琲を、僕は啜った。   ---------------------------- [自由詩]舟にのる/服部 剛[2015年3月31日23時54分] 道の途中の四辻にて 運命(さだめ)のように、二人は出逢う ――旅に出るか ――はい 芭蕉と曾良の同行二人は 見送る人々のまなざしを、背に (川の畔に風は吹き抜け) 旅の小舟は向こうの岸へ…渡っていった    * 芭蕉と曾良の細道は 幾世代もの時を貫き――人の心に通じ 旅人は皆 雨に降られ 日を浴び 人の情けの馬に、運ばれ 独りきりの夜さえも 何処からか 風 は訪れ あなたを明日の旅へと誘う   ---------------------------- [自由詩]春の夕景/服部 剛[2015年4月2日22時38分] 春風に舞う、花吹雪の内側に 激情を秘める…桜の心 そ知らぬ顔の我が精神は 平熱のまま、何者でもなく 花吹雪の傍らを過ぎ往く 金色の風は あの坂道さえも越え 私を明日へ運ぶだろう 金色の風は まだ見知らぬ土地にいる あなたと私を、結ぶだろう    * この坂道をのぼりゆき いつかふり返る日 遠い麓(ふもと)に小さく見える 桜の樹は 黄昏に染まり 花吹雪、春風に舞う   ---------------------------- [自由詩]炎/服部 剛[2015年4月2日22時52分] 私は自分の体温を知らない。 もし、精神の熱があるなら 暖炉の闇に、火をくべて ――私の熱は昇るだろう。 日常の36°5を演じる 仮面に隠れた炎を燃やし 私は私に、火をくべて ――自ら燃焼するだろう。 この体が溶け去り この存在が透き通り ゆらゆら…姿を現す 生ける炎   ---------------------------- [自由詩]風の童子/服部 剛[2015年4月5日20時38分] 俺は、風を探している。 退屈極まり無い日々を ぶおおおうっと一掃する、一陣の風を。 ――それは、生きてる本を   開いた頁のすき間から、吹き ――それは、熱いライブを   終えた無人の舞台から、吹き 願わくば…俺やあなたが 織り成す日々のシーンの中で 1/100コマでも あの熱風は吹き抜けて モノクロ画面に、色の現れることを。   俺は目を瞑り…風音に耳を澄ます。 呪文を繰り返し…自己暗示をする。 風よ来い、来い、風よ来い 風よ起これや 風! 起これ 日々のシーンに――今・ここに   ---------------------------- [自由詩]扉/服部 剛[2015年4月5日20時54分] 遠い異国のサクラダファミリア 風変りな教会・巨大な獣(けもの) ガウディの亡き後――今も尚 残された人々の手で創られているという 建物は、ひとりの生きものかもしれぬ 一人ひとりの人間は、歩く建物かもしれぬ 永遠の未完、へ向けて 私という作品は 日々、何者かに彫られ… もしくはつけ加えられ…   * いつの日か――私の心の聖堂は ぎぎぃ…と重い扉を開き   深遠の暗闇へ、旅人を誘(いざな)う   ---------------------------- [自由詩]夕餉の匂い/服部 剛[2015年4月5日21時13分] 横浜・野毛の老舗「村田屋」の座敷にて 鰯丼の傍らに、置いた 味噌汁の真ん中に 豆腐がひとつ、浮いている (天井のらんぷを、小さく映し) 澱んだ味噌汁の、只中に くっきりと、立体的に、艶やかな 豆腐の白い存在感に――目を凝らせば お椀の内から ゆらゆら湯気は…立ち昇る   ---------------------------- [自由詩]海の合唱/服部 剛[2015年4月20日23時20分] 私は、白波。 晴天の大海で、一人 遠くから呼ぶ あの太陽 の熱い眼差しを身に受けて、踊り上がる 私は、白波。 瞬時に見渡す、海面、あちらこちら それぞれの、個性の、白波等 それぞれに、水の花、咲かせ 身を捩(よじ)り、踊り上がり 全ての一人ひとりは この大海に含まれた、輝く水の滴。 海と、波等と、私の間に 透けた糸で 結ばれている…いのちの歓び 自らの白い体に疼(うず)き 飛沫(しぶき)となって、砕けては 無限の海の只中へ 私は、潜る。   ---------------------------- [自由詩]月夜/服部 剛[2015年4月20日23時38分] これから幕を開ける 旅の予感を胸に 玄関のドアを開き 月夜の散歩に繰り出す 路面に照らされた 我が影は 我であり 我で無い…誰かのような いずれにせよ――宇宙に只一人の僕 である確信は今、魂の深部に芽生え (雲間に隠れた月の顔は現れ) 静かに高鳴る 鼓動と歩調の…重なる この足で切り拓かれる、明日へ 我が心の叫び いちめんの月夜に響く   ---------------------------- [自由詩]名残り・・・について/服部 剛[2015年4月20日23時59分] 久々に一人で実家に帰る、晩 何処か名残り惜しく 幼い息子の肩を抱きつつ 嫁さんに少々草臥れた足裏を揉んでもらう。   * 久々におふくろの味で腹を満たした、朝 何処か名残り惜しく 注いでもらった湯呑の茶を、味わい 「今度は皆でうまい蕎麦でも食おう」と 見送る母ちゃんに言い残し フーテン気取りで、実家の玄関を開く。 (きっと――全ての人の出逢いと別れは  互いの実家を行き来した  昨日と今日の密かな郷愁に似て…)   * 平日の人気(ひとけ)無い喫茶店で、一人 嫁さん・息子・両親の顔を 想い浮かべ ずずず…と珈琲を啜り 愛読書の頁を、開く。   * 本の中は、とある料亭の戸を がららと開いた、夜の小路(こみち) 風にゆらめく暖簾(のれん)を背に 初老の作家と、同級生等は それぞれに白い吐息を昇らせて しみじみ…それぞれの家路に着く 滲んだ背中が三つ 夜の帳(とばり)の向こうへ、消えた。   ---------------------------- [自由詩]Vision /服部 剛[2015年4月29日2時24分] もし――凸凹な パズルのピースである、僕等が 舞台の上でスクラムを組んだら 明日へ光を放射する 一枚の絵画になるだろう   ---------------------------- [自由詩]石を打つ/服部 剛[2015年5月19日19時19分] 囲碁には(天元)の一手があるという。 運命の場所をそっと探るように シナリオの無い未来を読むように 白と黒の石は…互いに音を立て 碁盤の升目を、埋めてゆく。 ――碁石とは、天の星々のようですなぁ ――ならば、娑婆(しゃば)に置かれた人間達とも… ――言えますねぇ この世がもしも 碁盤の世界であるならば 勝負を分ける(天元)に、音の立つ あの瞬間を求め 私は摘(つま)んだ碁石を、宙に上げる。   ---------------------------- [自由詩]夕暮れの丘/服部 剛[2015年5月19日19時39分] 僕は、今から四十年前 勾玉(まがたま)のような白い種として 母の胎に宿りました。 それがこうしていつのまにやら 大人になって、独歩して 思考しては、言葉を発し 地上の日々を営んでいます。 夕暮れになると、僕は丘に立ち 遠い山波の黒い輪郭に 目を細め このいのちの源に ひと時――思いを馳せるのです。 あの日、自らの意志を越えて 世に産声をあげた 私(わたくし)という者が どうやら歓ばしい 世界に一人の者であるという 静かな予感の芽生えを この胸に、久しく思い出すために。   ---------------------------- [自由詩]空中ブランコの夢/服部 剛[2015年6月5日22時42分] 黒いしるくはっとの彼は 遠い過去から訪れた 謎の旅人 呆けたように、宙を見る 彼の目線のその先は―― 昔々のサーカス小屋 観客席を埋め尽くす 鰯の面した人々は 小さい口をぽかんと空けて 一人の男を仰いでる 中天に、逆さ吊りで、腕を組み 泰然自若で かっ! と見開く眼球に マンネリズムの歴史の色を 蘇らせる、威力あり。 (場内しーんと静まり返り) 鰯の群れの只中で 麦酒片手に赤らむ、僕は  とくり、とくり… 高鳴る胸に思わず、片手を あててみる   ※この詩は「残響―中原中也の詩によせる言葉―」    町田康(NHK出版)の「サーカス」を参考に書きました。   ---------------------------- [自由詩]棚の空洞/服部 剛[2015年6月5日22時49分] 扉を開いた、棚の中 いつのまにやらトイレットペーパーは 残り数個になっていた。 棚に、空洞のあいた分だけ 僕は日々の栄養を、摂り 少しは成長したろうか――?   ---------------------------- (ファイルの終わり)