服部 剛 2014年11月28日23時23分から2015年3月27日23時16分まで ---------------------------- [自由詩]旅の列車にて/服部 剛[2014年11月28日23時23分] 平日の空いた車内に腰かけて 「記憶のつくり方」という本を開いたら 詩人の長田弘さんが、見知らぬ町を旅していた。 喫茶店に腰を下ろした詩人は ふぅ…と溜息をひとつ、吐き出し 哀しい歴史を帯びたルクセンブルクの 素朴な珈琲カップの柄を愛でながら ずず…と啜る。 列車の中で読書して すっかり旅人気分の僕は 昨日の喫茶店で啜った 珈琲の苦みを、味わっていたろうか。  急ぎすぎちゃあいないか?  深呼吸はしているか?  瞳は曇ってないか? そんな内面への問いに、耳を澄ましてい たら 車内に一瞬――夕陽が射した。   ---------------------------- [自由詩]笛の音  /服部 剛[2014年12月23日23時55分] 遠い旅路に目を凝らせば 吹雪の風によろめきながらも なんとか歩いている奴の姿が 幻のようにぼやけて、見える。 (ああ、あれは幼い頃のよちよちの、 思春期の頃のぼろぼろの、年老いた 日々のへとへとの、私の冴えない姿 じゃないか…) ――何処からだろう そんな冴えない背中にさえも 時折 叱咤激励するような、笛の音    (ぴぴーい!) 怒号の風の鳴り止まぬ 吹雪の道に紛れて響く、笛の音は ずぼり…ずぼり…足跡を掘り進む 彼の背中を、押している。   ---------------------------- [自由詩]透明人間の声援(エール)  /服部 剛[2014年12月24日0時00分] どしゃぶりの雨の中 透けたシャツの後ろ姿のまま 途方に暮れた君が、突ったっている 僕は時空を越えて未来から訪れた 透明人間の旅人だから 声をかけることすらできないけれど 誰よりも親しめる友として (音の無い声)をそっと、囁こう なぁ友よ、たとえ 命懸けの恋が破れたって 生まれたての夢が挫けたって いいじゃないか… 君という物語は まだまだ 巻き物の如く 未来に向かって何処までものびてゆくだろう 99人にNOと言われたって ひしゃげた姿勢のまんまじゃ、駄目さ もしかしたら 100人目の誰かさんが (あなたの色はすばらしい!)って 絶賛するかもしれないのが この世の舞台の法則だから 透明人間の僕には、視える 雨の路面を越えて何処までも つらなる君の足跡と あの夜明けの空が   ---------------------------- [自由詩]糸/服部 剛[2014年12月30日23時59分] 頬をなでていった、風を 振り返った遠い背後の道で 独りの樹は嬉しそうに、葉をゆらし 無数のみどりの掌は こちらに合図している この足もとに伸びる人影が、口を開く (見エナイ世界)を呟くように ――どうやら全ては互いに   引き合っているらしい   人も、花も、真昼の月も   過去や未来の筋書きも そうして 私から、あなたから、この世へ 蜘蛛の巣状に張り巡らされる 不思議な糸 今日もそよ風に、たゆたう   ---------------------------- [自由詩]露天風呂  /服部 剛[2015年1月3日20時43分] ぼこぼこぼこ…泡の沸き立つ 黒い温泉に浸かる人々は 防水テレビの中を走る 箱根駅伝のランナー達に、目を細める 正月休みのひと時に 白いタオルを頭にのせて 自らの今年一年に、重ねるように (この温泉から車で10分の  国道1号線を  先程ランナー達は通過したばかり…)   ざばーん 威勢のいい爺さんが 浮き出るあばらを汗で光らせ (全身から白い湯気を昇らせ) 颯爽(さっそう)と、風呂を跨いで ぴしゃぴしゃと裸身のままに去ってゆく… 新年の日に照らされた 横顔で、僕は湯に浸かり 今年一年の物語に 想いを巡らせ、瞳を閉じた   ---------------------------- [自由詩]太刀洗の道/服部 剛[2015年1月4日22時32分] はらはらと、風に揺られて 前方に、無数の枯葉等は舞い 鎌倉の湿った土に降りつもり… 旅人はぬめり、ぬめり 幾世代もの黒ずんだ枯葉等を 踏み締めてゆく 両側の 崖と崖を削った、一本道の切通(きりどおし) 時折、背負った荷を下ろし 岩壁に浮く 顔の無い仏に、頭を垂れる 道の傍らを流れる   太刀洗(たちあらい)の水の囁きに 耳を澄ます、旅人は 荷を背負い ふたたび歩き出すだろう 夕陽に照らされ降りつもる 枯葉等の呼ぶ、あの切通の奥へ   ---------------------------- [自由詩]新年の詩?鎌倉霊園にて?  /服部 剛[2015年1月4日23時58分] 左の墓石の下に、堀口大學の骨は永遠に眠り 右の墓石の下に、川端康成の骨は永遠に眠り 西方の山間に、今にも杏(あんず)の夕陽は沈み 新年の富士は琥珀に染まる姿を浮かべ 東方の空に、満ちようとする月は昇り 私は今、鎌倉霊園の丘の上にて 在りし日の詩人の声を、呟いた。 ――夕暮れの時はよい時 妻にかけた携帯電話越しに あーうーと 染色体の一本多い三才の息子が発する 言語未満の声 携帯電話をポケットにしまい   墓石の前に立ち 稲穂の姿で、合掌する。 ――日の本よ…   詩心(ししん)を豊かに育むような   杏の夕陽の国であれ   ---------------------------- [自由詩]マリアのまなざし/服部 剛[2015年1月14日22時53分] 深夜――薄闇の部屋に CDデッキの青い灯かりを、点けて 遠藤周作の母・郁が 遠い過去から唄う讃美歌を流した。 人より染色体が一本多い 三才の周は、高熱で寝こんでいるのに 一瞬――鈴の笑いを奏でた。 昔…「周ちゃん」と母に愛しく呼ばれた遠藤先生 今…「周ちゃん」と妻に優しく抱かれる我が息子 九十年の時を経て 物語の続きを夢見て眠る、周よ 薄闇の青い灯かりにぼんやり浮かぶ 机上のマリア像は 両手を広げ 君の明日をじっと――見守る。   ---------------------------- [自由詩]鳥の唄/服部 剛[2015年1月14日23時18分] どっちでもいいさ――右に転ぼうと、左に転 ぼうと、あの娘にフラれようと、はたまた結 ばれようと――全ては運命の掌がふったサイ コロの数に過ぎないのだから 右にゃあ右の風が吹き…左にゃあ左の道があ り…どの道遊べる大人になりゃあ、日々の場 面はいつかきっともっと熟れた味わいの想い 出という酒の肴になるだろう さぁ友よ、飲もう、酔おう、千鳥足のまま夜 の路地を往こう… 小さい日々を見下ろす鳥になり、空に翼を広 げれば――君はすでに、無重力の鳥になる。   ---------------------------- [自由詩]版画人生/服部 剛[2015年1月25日0時00分] 昔々…伯父さんの家に遊びにいくといつも、畳の 部屋に這いつくばって、すりすりすり…と無我の 境地の音を立て、何者かが憑り依った後ろ姿で、 すりすり…と和紙を摩る毎に段々…深みある旅人 の自画像が魔法のように浮かび上がって来たもの だ――僕の日常も、在りし日の伯父さんの爪の垢 を煎じて飲んで VISION が段々…現れるといい。  日々の旅路を夢中で、歩行する間に。     ---------------------------- [自由詩]一行詩/服部 剛[2015年2月7日18時20分] 財布の中の、野口英世と目が合った。   ---------------------------- [自由詩]滑稽な顔/服部 剛[2015年2月7日18時30分] 僕は崖の上に、立つ。 崖の上に立てば、あの風が吹く。 眼下の海の潮(うしお)を見れば 意気地無しの足は、すくむ。 すくむからこそ二本の足で、僕は立つ。 わなわなと生に震えながら。 への字にきっ…と、口を結んで。   ---------------------------- [自由詩]ショパンの声/服部 剛[2015年2月7日18時45分] ――どうすれば、私は私になれるのか? 日々の舞台を演じる自らの 配役について、想い巡らせていた。 老舗の名曲喫茶にて ショパンの夜想曲を聴きながら。 ぷつぷつ…と、ノイズ混じりのレコードの 遠くに回転する(過去)の中で 今もピアノを弾いている、ショパンは 薄暗がりの店内で、時のまにまに囁いた。 ――私のピアノになりなさい… ――私があなたを奏でよう… 夜想曲の最後の一音が、店内に響く。 曇り硝子から射す日が、頬を照らす。   私の思念は一度、空になる。 ――ショパンのピアノに、なってみよう   ---------------------------- [自由詩]息子の教育/服部 剛[2015年2月11日23時48分] 出先の喫茶店で「童心」がお題の コラムを書いてから、自宅のママに電話した。 ――じゃあ、読むよ。 ――今、周に聞かせるからちょっと待って。 ママが携帯電話の音量をあげてから できたてほやほやのコラムを朗読するや否や 受話器越しに、鈴鳴りの笑い声が転がった。 染色体が一本多いので、3才でも あーとかうーしか言わない周にも (何か)が伝わっているらしい…   詩人という少々変わったパパではあるが 時折朗読なんぞで伝授しようと、思うのだ。   言葉の裏にあるものを     ---------------------------- [自由詩]幸福の秤  /服部 剛[2015年2月13日23時37分] あばずれ女が10万ルーブルの札束を 暖炉の炎に、投げ込んだ。 自らの純愛を置き去りに 去りゆこうとする女の狂った有様に 身を震わせる白痴の男の 頬にはひと筋の涙が伝い… 暖炉の周囲を野次馬の面々は囲み がやがや呟きあっており あばずれ女の瞳にも 一滴の涙は光り… 人々の背後に、偶然訪れた旅人の僕は   暖炉の中に手を突っこむ勇気も無く 喧騒から、少し離れた場所に立ち 考える――愛と金を量る 幸福の天秤について。 ものの5分もしない間に 10万ルーブルは 暖炉の闇に 煙を昇らせ、姿を消した。  ※この詩はドストエフスキーの「白痴」を題材に書きました。   ---------------------------- [自由詩]無題/服部 剛[2015年2月13日23時42分] 夢追い人よ 与えられた今日の日を 踏み台にして 空に向かって、翔べばいい   ---------------------------- [自由詩]無言歌/服部 剛[2015年2月22日21時39分] 夜――母が机にそっと置いた麦酒を呑み 頬を赤らめた兄はじっ…と目を閉じ 向かいの席の母もまた、面(おも)を上げ 兄を見つつも…掌で涙を隠し 傍らに坐る、幼い私は泣くまじと 兄を歌で送れども くちびるの端の震え、ままならず 三月(みつき)の日々の過ぎた後――正午の戸は開き 渡された、たった一枚の紙 玄関の母の背中は、今もなお 年老いた私の胸に…灼きついたまま   ---------------------------- [自由詩]旅人/服部 剛[2015年2月22日21時45分] 遠藤周作の「イエスの生涯」を読み終え 僕は本をぱたん、と閉じた (密かな息が頬にふれ) 本の中で十字架にかけられ 頭(こうべ)を垂らし、息絶えたひとの想いは 肉体(からだ)を脱いだ風となり 二千年の時を越え 遠い異国で本を手にする僕の前に… ――世に消えないものは何だろう? 死ぬのが恐くて逃げた弟子等さえ ゆるして死んでいったひとよ ひと時目を瞑(つむ)った、僕を 遠くから呼ぶように 暗闇に浮かぶ あの瞳   ---------------------------- [自由詩]靴音/服部 剛[2015年2月22日22時01分] 一本道の白線が 遥かな闇の向こうへ――伸びてゆく 若人よ、汝の信じる道を 何処までも――そのままに 夜の靴音を高らかに鳴らし、往くがいい   ---------------------------- [自由詩]Home/服部 剛[2015年2月25日23時54分] 集まって来る…不思議な磁力に吸い寄せられて それぞれの日々の荷物は何処かに置いて、渋谷 駅のhomeを下りて、改札を抜け、宮益の坂 を上った途中の路地の地下室へ それぞれの笑顔 それぞれの声 それぞれのハートを結集して   home home we are home ここは無数の言葉をとろ火で煮込む一つの竃(かまど)… 僕等の胸の奥底にいつしか燻(くすぶ)っていたマグマの 目覚める地底の歌よ――今宵、自らの存在に疼 く地響きに、耳を澄まして 春を待つ、夜の路上に立つ僕等は ふたたび歩き出すだろう 今迄とは何かが違う、物語の日々へ   ---------------------------- [自由詩]手/服部 剛[2015年2月28日23時59分] 手を広げ…じっとみつめてごらん 言語ではない太古の温もりを こちらに語りかける 生きものに見えてくる   ---------------------------- [自由詩]石の顔/服部 剛[2015年3月13日22時20分] 日々の道に転がっている いくつもの…丸石や尖った石 どちらを拾うか問われているが 世の重力に押され、屈む私は つい、感情に流れ 尖った石を、手にしてしまう。 尖った石を拾いそうになったら 屈んだ背筋をぐりり…と伸ばし 呼吸を、一つ。 ――遠い空の青さに、目を細める。 コッケイな自らが鼻息、荒げる ちっぽけな日々の場面を 少々俯瞰(ふかん)しては へらへらと嗤ってみる。 靴元を見下ろせば、ホラ 朧(おぼろ)な顔を浮かべた丸石が こちらに何やら――囁いた。   ---------------------------- [自由詩]父の祈り   /服部 剛[2015年3月13日22時55分] テレビの台に、よじ登り 画面の前で「おかあさんといっしょ」を 見ていた3才の周が   ぴょ―――ん 次の瞬間、ケガの防止に備え 台の下にずらしておいた、ソファが 後ろに飛んだちっこい体を、受け止めていた。 ――恐いなぁ… ――危ないわ… 顔を見合わせため息をつく、僕と妻。    * 気分転換に妻は周と、友に会いに行き 途中で車を降りた僕は、お気に入りのCafeで 珈琲を啜りつつ…病の子を守りきれぬ 自分の無力を嘆き ひと時――両手を組んでいた。 (目には見えない姿の神よ…  もしもあなたがいるならば  苦い珈琲を飲み終えた  空の器に  あなたの知恵を注いで下さい)    * 再び瞳を開いた、僕は ふつふつ…沸騰する、熱の手を 鞄に突っ込み、取り出した ノートを机上に広げ ペンを持ち まっさらな紙の余白に 物語の続きを――綴り始めた   ---------------------------- [自由詩]黒いプラグ/服部 剛[2015年3月13日23時05分] 日向の床の足もとで 埃を被ったプラグが、独り あの電流につながる場所を探してる ――僕は、プラグだ   ---------------------------- [自由詩]幸福の手紙/服部 剛[2015年3月20日18時40分] 窓から仄かに日の射す部屋で 幸福の手紙を綴る少女は、顔をあげ 無心でキャンバスに向かう男を ひと時――みつめる 少女のまなざしは 幾百年を経て 遠い異国の美術館を訪れた、僕へ 届くことも知らずに 目を閉じる僕は――聴いた 額縁の中で微笑む少女と、僕の間に 体の透けたフェルメールは、腰かけ キャンバスの余白の(少女の袖)を 黄色く埋めてゆく…微かな、筆の音を   ---------------------------- [自由詩]木の記憶/服部 剛[2015年3月20日18時51分] 林に入り、風に呼ばれ 目の前に立つ 木の中に渦巻く、年輪と 私の中に渦巻く、運命は 縁(えにし)の糸で結ばれ ――遠い記憶は甦る 渦巻く宇宙を身籠っている 木の心と 人の心は 何処か似ている   ---------------------------- [自由詩]モナリザの目/服部 剛[2015年3月23日19時11分] モナリザの目は、妊婦の目。 腹に掌をそっとあて ――遠い明日をみつめるような ――胎内の子を、見守るような モナリザの目は、母なる目。 絵画は幾世代も旅をして 今日も世界の何処かで、出逢う 人々の心象に灼きついて (声無き声は…人に囁き) 母なる者のまなざしは 静かに時を、射抜くでしょう。 永遠(とわ)に消え去ることもなく 今も空白の額縁「  」から あなたをじっと見守る――モナリザの目。   ---------------------------- [自由詩]黄泉のジャズマンとの対話/服部 剛[2015年3月24日23時58分] 老舗のジャズ喫茶・ちぐさのドアを開いて 店内の古びた椅子に腰を下ろし、生麦酒を 一杯―― がさっ…! 発泡スチロールの板 に貼りついた Count・Basie のモノクロ ーム写真が腹の上に、落下した… 八の字眉毛で店員の姉さんに写真を手渡し リクエスト。 「カウント・ベーシー」     * レコードプレーヤーの上に立て掛けられた ジャケットは 「For The First Time」 Count・Basieの黒い指は、鍵盤の上を踊り 始める… ――初めての○○〜さてあなたにとっての  初めて は何でしょう?…それはもしや… 愛の序章…はたまたそれは…物語の幕開け  あぁ…、この二度と無い Life はいと 美しい、ひとつの夢である――次の瞬間、 僕は鞄の中から本を取り出し、旅人Jack・ Kerouacの「パリの悟り」を――開いた。   ---------------------------- [自由詩]黒い鼻/服部 剛[2015年3月27日23時01分] 私は犬の鼻が欲しい。自分の餌を求める ままに進む、あの(黒い鼻)が――たと え犬の鼻を持てなくとも、どうやら人の 第六感には、あの鼻がうっすら内蔵され ているらしい――今日から私は自らの内 に、日々の匂いを察知する(黒い鼻)を 養おう――永らく眠っていた(獣の目) を開き、くんくん…嗅ぎ分けて、私の道 すじが――路面に浮かび上がるように。   ---------------------------- [自由詩]おいらに乾杯/服部 剛[2015年3月27日23時16分] 日々の芝居に疲れた、夜は… ちょい横道に逸れて 路地裏のBarの ドアを潜り――仄暗い カウンターに、腰かける 旅の途上のおいらだが 今まで越えた峠を、指折り数えりゃ 一つ・二つ・三つ・四つ… ふにゃふにゃ男(お)でまっ青だった いつかのお前も よくぞここまで来たものだ そんな自分をたまには讃えてもいい… カウンター越しに手渡された グラスに浮く、氷を鳴らし 「おいらに乾杯」 だんだん頬の赤らむ頃には バーテンのシェイカーふる音に誘(いざな)われ こくり…こくり…    * ――転寝(うたたね)の夢の中   夜空から舞い…この頬に、落つ   雪のひとひら   ---------------------------- (ファイルの終わり)