服部 剛 2014年5月18日19時38分から2014年10月22日22時48分まで ---------------------------- [自由詩]風の通路/服部 剛[2014年5月18日19時38分] 白髪の師は 開いたドアに凭れて 私を待っている 次に私が ドアを抑えて 青年を待っている ほんとうのことはそうして 語り継がれてゆくだろう ドアを抑えて立つ、私の傍らを (人と人の心の通路を) 風が、吹き抜けていった      ---------------------------- [自由詩]葉ずれの、音/服部 剛[2014年5月22日21時46分] 若き日の明るいあなたは 処女詩集を上梓して 母親代わりの恩師から 優しい言葉をかけられました 在りし日の母は瞼に浮かび うわっと涙の数珠が 頬にこぼれた落ちた時 透明の体で影から ひっそり、みつめていたのは (生まれる前)の僕でした 慰めきれない哀しみを 只、受け止めたい――と思えども あなたには打ち明ける恩師があり なにしろあの頃の僕は 体も無い風だったのですから 母のまなざしでみつめる 恩師の前で 俯いては、涙を拭う あなたの背後で ひと時、葉を揺らすしかなかったのです 今生の僕には、家庭がある故 あの時、僕は風でよかったのかもしれません でも、それでも、間に合いました   まだ青年詩人と呼ばれる僕と      長い季節の移ろいに目を細めるあなた の間にいる(詩)という者は これからの日々の夢を織り成すでしょう 世代を越えた、午後の詩人の語らいに ほら、あの日と同じように 何処かで今 緑の葉が、揺れています   ---------------------------- [自由詩]草の種/服部 剛[2014年5月22日21時57分] アスファルトの割れ目から 草は小さい両手をひろげ 生えている (露水晶に陽を写し) 僕の中にも 自らを開くいのちの種が 眠っているかもしれない   ---------------------------- [自由詩]西瓜の種/服部 剛[2014年5月28日21時14分] 包丁を、ざっくり押しこんで 西瓜を割る。 無数の黒い種達は それぞれの姿勢で つややかに埋まっている。 ――どうせぺっぺと吐き棄てられて   土から芽を出すのでもなかろうに まあそう冷ややかな目で見ること勿(なか)れ。 彼等は、自らの存在を歓んでいるのだ。 あぁ僕は、一体いつから忘れたろうか? 種一粒のつややかな 命の軽さ、また重さ。   ---------------------------- [自由詩]哲学者の指/服部 剛[2014年6月3日19時50分] 在りし日の哲学者は、背後を振り返り あの朧な真理のひかりを、指さしている。 すでに肉体は消えて久しい、彼の 想いを継ぐ者は同じ方角を、指さすだろう。 あまりにも遠く離れる 朧なひかりを仰ぎつつ 何故か今・背後から、感じるのだ 何者かの気配に(あまりにも暖かに) 包まれているのを   ---------------------------- [自由詩]子供のマーチ/服部 剛[2014年6月3日20時09分] 電車を待つ駅のホームで 小さい両手いっぱいに 飴玉をのせ ほら、とパパに見せる女の子 (夢がたくさんあるんだねぇ…) 改札口を出た脇で 人々の過ぎゆく中に 突っ立って 開いた本とにらめっこの男の子 (君の未来はどんなひと?) 走り出したバスの中から 絵になりそうな風景を、もう一つ 町の何処かに探そうと 流れる車窓の額縁に、目を凝らす 「〇〇商店街」の入口の向こうに 何処までものびる一本道を 黄色い帽子の女の子が とん、とん、と弾む歩調の喜び 一瞬――窓の景色は過ぎ去り 大人になって久しい僕の 胸の小さいドアへのノックのように とん、とん、と鳴りやまぬ あの女の子の、靴の音   ---------------------------- [自由詩]祝い酒の夜  /服部 剛[2014年6月9日20時35分] 今夜は義父の78歳の、誕生日。 2才の孫を抱っこしてもらい 僕と妻はハッピーバースデーを歌い 熱燗を注いだ御猪口(おちょこ)で、乾杯した後 義父は主賓のあいさつ、を始めた。 「どうやら時というものは  伸び縮みするようで  長ーい1分間も、ある。  あっという間の1時間も、ある。  思えば78年、早いもんだ・・・」 この世の地獄も極楽も覗いた義父は 若き日の夢にほろ酔いつつも 懐かしい物語を語らう内に あっという間に夜は更けて―― やがて、よたりと ベッドに潜り いつになく幸せそうな顔で いつしか寝息をたてていた 安堵の息をひとつ、吐き 腰をあげた妻は台所に立ち 無言の背中で、洗い物を始めた。   ---------------------------- [自由詩]瞑想録/服部 剛[2014年6月9日20時49分] この世の(ふしぎ)を探すのに 遠くを指さしては、いけない。 たとえば風に踊る蝋燭の火が あなたの横顔を照らす、夜 胸に手をあてるだけで あなたの(ふしぎ)は湧き出ずる   ---------------------------- [自由詩]夜明けの散歩/服部 剛[2014年6月16日20時00分] 仕事でヘマをして、凹んで帰った。 さっさと布団を被って、寝た。 早朝にぱっちり目が覚めた。   おもむろに立ち上がった僕は、外に出た。 西に沈むでっかい満月に 思わず、足を止めた。 東の空は白み始めて 何処かの烏はかあ、と鳴き 背後の山々から無数の小鳥は さえずり始めた。 坂の上から見渡す町の 無数に連なる屋根々々の下に眠る それぞれの、夢。 それぞれの、涙。 それぞれの、幸。(さいわい) (そうか…独りで心の重荷を  背負っていると思っていたが  日々を歩んでいるのは  僕のみではなかったか―― ) 街灯等の仄かにともる まっさらな早朝の道を歩く内に 空は段々、明るくなってきて 頭は段々、まっさらになってきて 心には、いくつかの 楽しいアイディアもともり始めた。 (雨の日も、風の日も、旅の歩調で僕は往こう) 遠くに小さい我が家が、見えてくる。 ポストに朝刊が、入っている。 家に入って、階段を上がり ドアを開く 妻と2才の息子が おんなじ姿勢と寝顔を、並べている ひとつの布団に、包まって。   ---------------------------- [自由詩]ダビデの石/服部 剛[2014年6月16日20時22分] フィレンツェに 500年間立っている ダビデ像の目は、睨んでいる 未知なる明日から訪れる いかなる敵も この世の暗闇さえも 打ち抜く(時)を待つように 一つの石を、拳に握り。   ---------------------------- [自由詩]不思議な棒/服部 剛[2014年7月8日20時34分] あなたの手にする てるみーという不思議な棒は 香の煙をもくもく漂わせ 熱を地肌に擦(こす)りつつ 体の痛みを和らげます 私の妻が 顔をしかめた腰痛も 止まらなかった咳さえも あなたの手にするてるみーで 患部を熱した 翌朝からはぴたり、止みました 嘗(かつ)て、スポットライトに照らされた 舞台の上で瞳をらんらんと輝かせ 真実を語った歌声と引き換えに 今、てるみーを手にしたあなたは 遠い昔の異国で 貧しい病の人に手をあてて じっと瞳をみつめ…癒した (魂の医師)にも姿を重ね 今日も施(ほどこ)す  目の前に横たわるひとの体に 神の化身を、見出して   ---------------------------- [自由詩]ぷらたなすの樹  /服部 剛[2014年7月8日21時24分] 私の重みで、凹んでいる タイヤの椅子のブランコが ぎっしり…ぎしり…と軋(きし)んで、ゆれる 軋んで、ゆれていくほどに ぷらたなすの樹は、詩いだす ざわつく若葉も、踊りだす もし大人になった日常が、涙に濡れて どんなに色褪せても その公園を訪れて タイヤのブランコに身を委(ゆだ)ねれば ぎっしり…ぎしり…と軋むほど 私はだんだん、思い出す ぷらたなすの樹は語りかけ 久しく忘れ去っていた あの日の夢は甦る   ---------------------------- [自由詩]風/服部 剛[2014年7月10日18時12分] ぶわっと窓から風は吹き カーテンははらり、膨らみ 空気の塊りに 部屋のドアが、開いた 人生のドアを開く 風も 思いがけずに、訪れる   ---------------------------- [自由詩]旅  /服部 剛[2014年7月10日18時17分] 風が、頬を撫でていった 仰いだ空を、雲は流れた この道を往く 我は旅人 風の想いの吹くままに   ---------------------------- [自由詩]身延山にて/服部 剛[2014年7月18日22時29分] 久遠寺(くおんじ)の山門を潜り 巨きい杉木立の間に敷かれる 荒い石畳の道を抜けて 前方に現れる 天まで続く梯子のような 二百八十七の石段 緑の山の何処からか鳴り響く 団扇(うちわ)太鼓の音を、自らの鼓動に重ね 途中は休み、休みで 最後の一段をなんとか上り 腰を下ろせば 下界から吹き上げる風は この頬を過ぎてゆく 先ほどまで、僕も息を切らしていた 下界の石段を 幾人かの豆粒の人々が 手すりに掴まったり、手を繋ぎあったりで ゆっくりこちらに上ってくる 神様も仏様も、きっと 時にはこうして 娑婆の世界を這う人に 手を差しのべることもせず じぃ…っと見つめているだろう   日々の邪念をなんとか振り捨てて 石段の頂に腰を下ろした、僕と 今から一段目を上る豆粒のような、旅人と 二百八十七段越しに 目があった   ---------------------------- [自由詩]旅人の会話  /服部 剛[2014年7月18日23時00分] その人は大きく息をついて、腰を下ろした ――これは、何段あるんですかね… ――二百八十七段です、どちらからですか? ――高知です ――遠いですねぇ…僕は横浜です 傍らに、古びたリュックが置いてある ――これで幼かった娘と富士山を登りまして ――ずいぶん長持ちですねぇ… ――もうかれこれ二十年…今月、結婚するんです ――へぇ、それはめでたい 子宮筋腫だった娘さんは 身籠ってからというもの 不思議と腫れが引いたという   * 昨日僕が会った甲府教会の信徒は、言った ――自然は第二の聖書です 今日、僕が開いた本の中の僧侶は、言った ――修行僧は皆、自然を本と思い山に入った その人のめでたい話を聞いた僕は、呟いた ――母の体は自然の宮のようですねぇ…   すくっと僕は立ち上がり 眼下にのびる二百八十七の石段を 携帯カメラの画面に、かしゃっと納め よいしょっとその人も立ち上がり 古びたリュックを肩にかけた ――じゃあ、お先に ――良い旅を 寂しくも嬉しそうな初老の父の背中が 古びたリュックを揺らしつつ 段々小さくなり 五重塔の脇道に吸い込まれていった   ---------------------------- [自由詩]夕景/服部 剛[2014年7月18日23時29分] 遠い夕陽の揺らめく畑で 夫は手にした鍬で土を耕し 赤子をおぶる妻はそこへ 種を蒔く 貧しい日々の暮らしに 俯きあう ふたりの野良着は 仄かな金に縁取られ 夕陽に瞬く無数の種は 畑の穴へ、ちらちらと 妻の指先を離れる   ---------------------------- [自由詩]陽炎の道  /服部 剛[2014年8月4日23時19分] それは二度と帰れない季節 それは陽炎(かげろう)の向こうの想い出 もう、手の届かない恋があり これから手を伸ばす、夢があり 永遠(とわ)に年齢の無い旅人のまなざしで 今日から僕は世界に、恋をする ――草よ、花よ、樹よ、人よ ――織り成す日々の出来事よ 日々に塗(まみ)れて、歩みつつ 額に垂れる、汗を拭って あの陽炎の揺らめく明日に やがて薄っすら視えてくる 約束の物語を描こうと 青空に浮かぶ不思議な 手の像に 握られた、天の絵筆が   ---------------------------- [自由詩]姉さん女房に捧ぐばらっど/服部 剛[2014年8月4日23時46分] ふだんは優しい女房が 時折、般若の顔になり 言葉の弾丸は だ・だ・だ・だ・だ だ・だ・だ・だ・だ だ・だ・だ・だ・だ 柳のような面影で げっそりとした 僕の髪を靡かせ 遠い彼方へ通過してゆく 「うん、うん、そうだな…」と頷きつつも (男はつらい…)とうつむきつつも 少し離れた公園に散歩して避難して よーく考えりゃぁ 詩人なんぞを志す薄給の夫を掌の上で泳がす 姉さん女房に(やっぱり頭があがらんわ…) そうしてようやっと感謝の念はじわり…湧き 木の葉を揺らすそよ風は胸にひりり…吹き なんとかふんばって支えてくれる 女房だって、人間(ひと)であるゆえ 時折疲れちゃった日は (さんどばっくを買って出よう!) そんな妙な勇気に、僕は 公園のベンチから立ち上がるのです そうして再び公園の木々の葉を 風は吹き過ぎ――僕は思う 百の言葉の弾丸が過ぎた後 旦那と女房の間に残る 食卓の 静寂(しじま)について   ---------------------------- [自由詩]夢の木/服部 剛[2014年8月4日23時56分] 君はちょっと人より黒目が、大きいね 君はちょっと人より睫毛が、長いよね 今夜も、薄ら目を開いて眠り 夢見る二才の君は 人より染色体が一本多くて まだ喋らないし、歩かない ちょっと風変わりな君だけど きっと(何か)を、持っている 天の神さまが 君のこころの世界に植えた 一本の木は、すくっすくっと 空に向かって何処までも伸びるだろう すやすや眠っている、周よ 今夜、パパには視えるんだ 緑の葉群を 優しく風にそよがせて 世界にたった一人で立っている あの夢の木が   ---------------------------- [自由詩]形見の杖  /服部 剛[2014年8月14日19時51分] 親父の血管は動脈硬化で、か細くなり 心もとないこれからの日々を思い 深夜にぱっちり目覚めた、僕は 汗を拭って、身を起こす 今頃、隣町の空の下 親父はすやすや寝ているだろうか? 気が気でないまま、壁に立てかけた 祖母の形見の杖を、手に取り 両手で握り 暗がりに懐かしい面影を浮かべ 懐かしい瞳をみつめる 祖母が旅立った、朝 (あちらの世界)から 寝ている僕を呼び起こした あの叫びを思い出し、今度は僕が おーーーい おぉーーい ぉーぃ……… 親父を、助けてやってくれぇーー…!! 祖母がいなくなってから、五年 僕は初めて 杖の取っ手に額(ぬか)づいて 声無き叫びで 夜の静寂(しじま)が震えるように   (あちらの世界)の祖母を、呼ぶ   ---------------------------- [自由詩]地球ノ時間  /服部 剛[2014年8月14日20時21分] 太陽は常に西の空へと往きますが この地球上に立っていると まるで停まっているようです 花はゆっくり開いてゆきますが 開花はまるで、魔法です 孤児を育てる里親さんは、言いました 「親の愛を知らずに、過ごしてから  我が家に来た子は皆ゆっくり育ちます」 僕の息子は染色体が、一本多くて 3才になっても歩きませんが 家に帰ると足に抱きついて 疲れた心も、癒されます ほんとうに大事なものは 夢も、人も、植物も (地球ノ時間)で育ちます 今も確かに――回っている この青い惑星(ほし)の上で   ---------------------------- [自由詩]笛を吹くひと  /服部 剛[2014年8月23日23時15分] 公園広場の人だかりに囲まれて 学ラン姿の少年は、笛を吹く。 指をぴろぴろ躍らせて 黒い瞳は魚(うお)のよう。 楽しいメロディ奏でつつ 耳はだんぼに開いてる。 身も心も空っぽにして。 音楽の神様が背後で振っている あの透明の指揮棒が 風を、切る たまたま遠くから聴こえた、君の音(ね)に 足を止めた大人の僕も、日々の動作で 魚の目になり (無心の時)を泳ぎたい   ---------------------------- [自由詩]遍在する顔 /服部 剛[2014年8月30日20時04分] 或るロシア画家の 画集をぱらぱら、捲っていたら 苦悩する女の肖像画に 薄っすら滲む イエスの顔があらわれた 神や仏はいつも隠れている 画家の描く、キャンバスに 彫刻家のほる、木の内に 今、僕が書いている この詩の余白や 机の木目や 窓外に鳴く鈴虫の叢(くさむら)にも   ---------------------------- [自由詩]旅人の靴  /服部 剛[2014年8月30日20時22分] 2013年・2月に行われた 渋谷Bunkamuraで 美術館の入口に、足を踏み入れ ぬうと目の前に現れたのは 1760年頃描かれた 白隠禅師の自画像で ぎょろり開いた目玉は、僕に云う (今もわしは、ここにおる) 巨きい絵を仰いだまんま 立ちすくむ僕の前に ひょいと 生きてた頃に履いていた 片方の靴を手に、差し出して   ---------------------------- [自由詩]夜の池/服部 剛[2014年9月17日20時17分] 丸い月を映す池の、水面(みなも)はゆれ   草の露に宿る月も、風にゆれ    僕が苦手と思っていた あの人の瞳の奥にも もしや 僕に似た心象の水面に、ゆれる 月のひかり   ---------------------------- [自由詩]燃える男/服部 剛[2014年9月17日20時39分] 白球は時に、燃えている。 ふいに巡ってきた 体調不良選手の、代役出場。 3回表、2アウトランナー2塁のピンチ。 1年中ぱっとしなかった、彼の 守るレフトの後方に 打者の打った白球が 虹を描いて、飛んでくる 斜め後ろに走りつつ、 だんだん大きくなる球をめがけて、飛ぶ! さし出す…グラブ! 何万人もの拍手が一斉に響く 東京ドームの外野席で 僕も立ちあがり 100メートル先で脈うつ、彼に 届くよう拍手して、叫ぶ 「やのけんじ〜…!」 3回表、ベイスターズの攻撃を終えて マウンドからベンチへ戻る、後輩投手は くるり ふり返り、一礼する。 ぱん と手を重ねて彼はベンチの奥へ、入っていった ジャイアンツカラーのオレンジの血液が流れる 僕の両目に白球は炎と燃えて… フェンス越しに遠のいていった、彼の ユニフォームに透けて 白球はめんらめら…燃えていた。   ---------------------------- [自由詩]机上のワインー珈琲店・エルにてー  /服部 剛[2014年10月5日21時26分] 遠藤文学講座の後に、皆で語らう この店で僕は、受洗を決意した。 この店で僕は、息子の障がいに泣き崩れた。 四ツ谷の地下の珈琲店・エルは 奇遇にも 遠藤先生の命日である、今日 四十五年の歴史に、幕を下ろす。 人それぞれの想い出達を そっと宝箱に仕舞うように 生涯、僕は忘れない。 この店で分け合った数々の痛み   幼い頃の原爆で 母を亡くした娘が大人になるまでの 哀しい物語 若い娘を病で亡くした、暗闇を 打ち明けた母親の頬に伝う ひとすじの涙   生涯、僕は忘れない。 在りし日の遠藤先生が 体の無い姿で、ふらり この店を訪れるように 待ち侘びて… 今日も机に置いた 献杯のワイングラスを   ---------------------------- [自由詩]盲目のひと/服部 剛[2014年10月5日21時42分] 朝の信号は、青になり 盲目のひとは白いステッキで 前方をとんとん、叩きながら 今日も横断歩道を渡ってゆく 日々の道程(みちのり)を歩く 惑い無き後ろ姿は 人混みに吸い込まれ 段々…小さくなってゆく 模範解答の無い人生に 心配事はつきもので 不安を膨らませれば果てしない この世界で 私は毎朝、目を凝らす。 ゆっくりでも確かな道を とんとん、進む あの白いステッキに   ---------------------------- [自由詩]夜の来訪者/服部 剛[2014年10月22日22時48分] 昨年、天寿を全うし、肉体の衣服を脱いだ 山波言太郎先生の御魂に捧ぐ手紙を綴り 我が家の神棚に、お供えした。 妻が蝋燭に、火を点けた。 少しして、じいぃ・・・と言って 火は、消えた。   ――風も無いのに、不思議ねぇ・・・ ――山波先生、いるのだろうか・・・ その夜、書斎で本を読み いつしか瞼は、重くなり 山波先生に (日本が平和でありますように) と一言祈り、眠りに落ちた。 ふいに目覚めた、午前三時。 (誰もいないのに、誰かいる・・・) ひと時の後、眠ったが 朝起きてからも、忘れ得ぬ 夢か現か(あのひと時)       透きとおる面影で立っていた 異界からの来訪者   ---------------------------- (ファイルの終わり)