服部 剛 2014年2月8日23時16分から2014年6月3日19時50分まで ---------------------------- [自由詩]歪んだコップ/服部 剛[2014年2月8日23時16分] 僕は一日、働いて 妻は入院中の周を日がな看病した後 落ちあった、ファミリーレストランの、夕の食卓。 「今日は俺が運転するから、たまには飲みなよ」 「え、ほんとう?」 つい先ほどまではぐったり、目線を落としていたが ころりと上機嫌に目を開けた妻の前には やがて一杯の芋焼酎が とん、と置かれた。   「あ…中のお酒が、傾いている」 「違うよ、それは、目の錯覚で…」 よく見れば 縁(ふち)の歪んだコップの線が傾いており 焼酎の水平線は、平であった。 「僕等も、日々の場面を錯覚しているかもしれないね」 「ちょっと悩んでることも、違う角度から眺めたいわね」 とん、と置いた空のコップを手放して 湯だった妻はこくり、こくり、と舟を漕ぎ… 腕組む僕は、明日の課題を、考える。   ---------------------------- [自由詩]葡萄酒の晩餐/服部 剛[2014年2月10日22時24分] 御褒美の、早いひとがいる。 御褒美の、遅いひとがいる。 人生の開花予報はいつなのか? そんなことは、知ったこっちゃあないのです。 (明日は明日の風が吹く) と誰かさんが言ったっけ。 (明日を思い煩う勿れ) と誰かさんが言ったっけ。 時を織り成す者は 人の思いを遥かに越えて (あなたと私)の間に、吹き渡る あの風だと―― 知った日 僕がこの世に生を受けてから 一万四千分の、一である今日の日に (私とあなた)の縁の不思議を思いつつ 親しい友と杯を交わしたいような 晩酌の夜 グラスに注いだ葡萄酒の赤い血を 僕は一気に、飲み干した。 ---------------------------- [自由詩]「優」  /服部 剛[2014年2月12日22時47分] ほんとうに「優」れているものは 「優」しさが、宿っています。 そうして「優」しい人というのは どこか「憂」いている「人」です。 じぃ…と「優」を視ていると (百の愛を身ごもる人)の、微笑みが 文字から浮かんで視えるのです――   ---------------------------- [自由詩]「詩」  /服部 剛[2014年2月16日22時19分] 「詩」は「言葉の寺」と書くので 玄関の戸を開いた 小さい「口」に 一度、私は入ります―― ふたたび娑婆(しゃば)に出る時は 世界の総てが 「言葉の寺」の中に在るような 新たな目が、開かれます   ---------------------------- [自由詩]詩人と雪掻き/服部 剛[2014年2月16日22時36分] 大雪の翌日 退院間近の幼い息子を迎えに行けるように シャベルを握り、腰を据え、無心になって 門前に降りつもる雪の塊(かたまり)を、掬って、投げた。 玄関から顔を出した、姉さん女房は 刳(く)り貫かれた地面の広がりに 目を丸くして「父親なのねぇ…」と、呟いた。   家に入った女房が 夕餉の支度を始める頃―― 雪道にしゃがんだ、僕は スコップを手に 見知らぬ人が歩けるように ひとすじの細い道を 何処までも、掘り進む しゃくり、しゃくり、と 無心で雪を、除けながら 見知らぬ日々の通行人を思いつつ―― 詩をつくることと、雪掻きは 何処か似ている予感を胸に スコップを手にした、僕は いつのまにか陽の暮れていた 雪明りの世界を しゃくり、しゃくり、と掘り進む   ---------------------------- [自由詩]選手宣誓ー或るスキーヤーの涙ー/服部 剛[2014年2月20日19時34分] ソチ・オリンピックのテレビ中継で 上村愛子選手の姿を見て ぐ…っと来た、僕は 少々涙腺を緩ませながら 隣に座る、妻に云った。 「攻めに攻め、金にも勝る、滑りかな」 数日後、シスター渡辺和子さんの 置かれた場所で咲きなさい という 本が開いた頁から、僕に語った。 「暗いと不平を言うよりも  進んであかりをつけましょう」 ぱたん、と本を閉じた後 僕は、明日に誓います―― 競技を終えて、歓喜の涙が瞳にあふれた 上村選手の滑りのように どんどん自分を発光させて 日々のゲレンデを滑って、跳ねて、 周囲をぱっ!と照らし出す 明かりのように、私はなろう ---------------------------- [自由詩]ししゃも/服部 剛[2014年2月20日19時54分] 熱燗の、おちょこの横の 受け皿に 五匹のししゃもが銀の腹を並べ 口を開いて、反っている いつか何処かで観たような あれはピカソの絵だったろうか? 絶望を突き抜けてしまった人が 空を仰いだ裸身のままに ど・ど・ど、と、大地を走りゆく あの狂った顔にも、重なるような 時間(とき)の停まった、表情で 生の最後の、絶唱が 今宵は何故か、聴こえるのだ。 赤ら顔した、独りの僕に。 檸檬の欠片をぎゅぅ…と、搾る。  まずは手前の一匹の、頭を毟(むし)り 数えきれない卵等の詰まった 銀の腹を、口に入れた。     ---------------------------- [自由詩]白いちり紙/服部 剛[2014年2月27日23時30分] 片方の手を取って 九十歳のきくさんと 介護の青年は デイサービスの廊下を ゆっくり、歩く。 きくさんは、皺の寄った右の拳で くしゃくしゃなちり紙を 握り締めている。   「それ、ごみ箱に捨てときましょうか?」 「駄目!これには思い出が詰まっているの…」 「え、どんな思い出?」 「それは言えませんっ」 頑(かたく)ななきくさんの右手を解(ほど)けぬまま 二人三脚の青年は、部屋に入り   きくさんの椅子までゆっくり、歩く。   翌日、お風呂介助で裸になった きくさんはやっぱり思い出を、握っていた。 湯煙りの中、右の拳から覗く きくさんの白いちり紙には なにか、宿っているらしい。   ---------------------------- [自由詩]浮世絵の女/服部 剛[2014年3月2日22時50分] 頭に菊の飾りを、挿した 大正浪漫の着物美人は ほんのりと笑みを浮かべ 白い両手に裏側のカードを3枚 つまんでこちらに、見せている。 (これはあなたの運命よ…  さぁ、どれを引きましょう?) 浮世絵の世界から、こちらに   カードを差し出す、着物美人。 紅い唇はゆっくり、開き 白い両手に吸いこまれるように―― 胸の高鳴りを、聴きながら あなたは そぉ〜っとゆっくり…手を伸ばす   ---------------------------- [自由詩]旅人/服部 剛[2014年3月2日23時03分] 遥かな空へ伸びてゆく 日々の素朴な道のりを 彼は探しに往くだろう―― 変哲も無い石ころが 日に照らされて、反射する あの瞬間(とき)を   ---------------------------- [自由詩]フォークとスプーン/服部 剛[2014年3月6日21時48分] フォークで肉を、刺す。 スプーンで米を、掬う。 皿に盛られた ガーリックステーキライスを 凡そ10分で、たいらげる。 皿の上に残された、尖ったフォークを 包むように重なる、楕円のスプーン。 僕の弱い日常は 誰かに尖ってばかりだったけど 銀の背中に 朧なランプを映している あの楕円の優しさに 明日の僕はなれるだろうか?      ---------------------------- [自由詩]風の祈り/服部 剛[2014年3月22日20時41分] (南無アッバ)をひとすじに唱え 天寿を全うした井上洋治神父が 空へ吸いこまれ、風になった日 霊柩車を見送る カテドラル教会の庭の木々の緑に 透きとおる一陣の風は吹き抜け―― アンジェラスの鐘は 空の青さに響き渡り 千の喪服の人々は 両手を合わせ、頭を垂れた   *   翌日、妻宛に分厚い封筒が届いた。 「あなたの骨髄に適合した患者が異国にいます」 「その人の役に立ちたい」と 仕事帰りに報告を受けた 僕のいくじなしな心は、妻を案じて 24時間俯きながら、考えた――   * 翌日、仕事から帰った僕は書斎に籠り 部屋の電気を消した、闇に坐り 井上神父の親友の遠藤先生の かたみを両手で握り、目を閉じた―― かたみは声無き声で、囁いた (詩人なら、未知の世界へ立ち上がれ…)   *   翌朝、目覚めた僕と妻は 枕元に、在りし日の 井上神父の手紙を置いて 心を一つに、唱和した 「僕等はあの日、風の家で受洗した  あなたの弟子です。  僕等を待つ、異国の白血病患者に  この祈りが、どうか届きますように…  アッバ アッバ 南無アッバ     」 唱えると何故か 必死でこちらに頭を垂れる 異国のひとが 僕等の前に坐る姿が 薄っすらと観え―― 涙のあふれた僕の頬を 妻の指がそっと拭った   ---------------------------- [自由詩]√/服部 剛[2014年3月22日21時02分] √ Rute るーと 「 √を、開く 」 時 あなたの日々の門戸は、ぽっかり黒く 未知への通路を、開くでしょう―― (今日も天から、吹き渡る  あなたへの    air mail を、受信せよ)   ---------------------------- [自由詩]ビッグ・バン/服部 剛[2014年3月22日21時16分] 今から百四十億年、昔―― 謎の巨大爆発があり 宇宙の闇は、生まれました。 科学のみでは計れない (何者か)の意図による ビッグ・バンの一撃は この世の摂理に、重なります。 さぁ、何の変哲も無い 日常風景という不思議に 透明の導火線を敷き―― スモール・バンでも 起こしてみようか?      ---------------------------- [自由詩]LIVING TIME  /服部 剛[2014年3月29日23時29分] レコードジャケットの中で ビルエヴァンスの黒い手が 握っている、白いボールの 刳(く)り抜かれた内側に 真空のそらが、広がっている もし、僕が大事なあなたに向けて ボールを投げるなら 頭の計算なんぞは、放り出し レコードジャケットの中から 真空の白いボールを、取り出し 無我の動作で、腕を振り あなたの胸のど真ん中を目がけ、 投げ入れる――   ---------------------------- [自由詩]明日への滑走路/服部 剛[2014年3月29日23時49分] いけ、いけ、リスクを獲れ いけ、いけ、リスクを抉れ いけ、いけ、リスクを掴め 掌で、あの日流した悔し涙を もう一度、握り潰して 額には、汗を滲ませ いざ、中央突破のフィールドへ 繰り出していこう、いこう、いこう おどれ、おどれ、自らをおどれ 自ら、という衣服を脱ぎ去って 輝きを増す 裸のソウルの球体になるまで――   (はばたく翼の風にのる日を、夢に見て) 自力のままに、加速せよ 他力の風よ、吹き渡れ 幾多の障害物が立ちはだかろうとも 旅人よ、君に見えるか 透けた荒野の風景を ひとすじに伸びてゆく 明日への滑走路が   ---------------------------- [自由詩]新宿の地下室にて  /服部 剛[2014年4月14日23時17分] 地下へと続く階段の脇には だらり、とぶら下がった黒いコンセント に結ばれた、赤い糸 地下のさびれたライブハウスでは 音程の狂った歌手が あの頃のみっともない僕みたいな コッケイな恋の溢れを唄ってる     * 今宵の僕は 歌舞伎町の怪しい夜風の掌に ぬらりと首筋を撫でられながら ふらりとここまで、すり抜けてきた さびれたライブハウスに、入れば カウンターには久しい友が 古書を開き、薄茶けた頁から 時を越えて語る ニーチェの声を、聴いている   * そうして僕等は琥珀色のグラスを 互いに、重ね これからの旅路で詩うべき言葉について カウンターに頬杖ついて、思案する――   * 歌舞伎町の、さびれた夜の ライブハウスの暗い中空に エコーする、浮遊している   もののけ達の声   ---------------------------- [自由詩]白地図を往く/服部 剛[2014年4月14日23時30分] 夢を追う者よ 君の往く旅の途上で 現実の壁が立ちはだかる時 憂えてはならない (人間には、翼が無い…) と地面にしゃがみこんだ、悔しさで 涙を拭い、ゆっくりと立ち上がり まなざしを向ける 白地図の何処かに、きっと 鍵は埋もれているだろう 金色の鍵を手にした君が この世界の何処かにある 黒い鍵穴を見つけたら―― 君よ、まっしぐらに 手にした鍵を 明日に向けて、突き刺すのだ  ---------------------------- [自由詩]紙袋の中味/服部 剛[2014年4月20日22時55分] 日帰りのお年寄りを家へ送り 1日の仕事を終えた後 2才の息子の入院で 3日休んだお詫びに 昨日妻が買ってきた レーズンサンドがたくさん入った 紙袋を一人ひとりに、差し出した 息子のかぜをもらって ごほっごほっ…と咳する僕が、残業で 「お年寄りのバースデーカード」を 作る姿を見るや否や 同僚達は集まって、輪になり テープを切ったり 絵を描いたり 紙を切ったり それぞれの手が自ずと動くすみやかさに 思わず僕は、口を空け 手持無沙汰になっていた――   昔々――遠い空の下の異国で 自分がこの世を去る、前夜に 「互いに愛しあいなさい」と言って 麺麭(パン)を裂き、一人ひとりの弟子に 分け与えた(謎の人)がいたそうだ そんな立派な人にはなれなくとも 麺麭の代わりに配った レーズンサンドで皆が(ひとつ)になった 今日の場面の瞬間を じんわり…思い出しながら 家路に着いて、部屋に入り 一人ひとりの顔を浮かべながら 今夜この詩を、書いている   ---------------------------- [自由詩]まな板の鯛/服部 剛[2014年4月20日23時17分] 眼下の木目のまな板に 鯛が一匹、のっている 包丁を手にした、僕は ひと時の間、思案する いつかの夢の誰かの囁きが 何故か脳裏にりふれいんするのだ (かっ裁いちゃあいかん、かっ裁いちゃあ)   光と闇も 禅と悪も 日々の出来事の + と − さえも 況(いわん)や人の心の宇宙なんぞは 決して割り切れぬもの故に…   人のよしあしや 今日の一コマについて 白とか黒とか、言わぬように、僕は 振り下ろせぬ包丁のきっ先を 天にあげたまま 中道の道を、夢に見るのだ ふと、俯けば 電球の光の粒を、小さく映した 鯛の黒目と、目があった   ---------------------------- [自由詩]小さい靴 ?入園の日に?/服部 剛[2014年4月25日23時37分] 「かわいい」 保育園の部屋に初めて入った周を 年長の女の子が、迎えてくれた 「じゃあね」 僕と妻はにこやかに手をふって 若い保育士さんに抱っこされたまま きょとん、とする周をあずけてから 玄関にいって、靴を履く 2年間の必死の育児から ようやく、ひと息ついた妻が ふり返った目線の先の、下駄箱に ま新しい(しゅう)のシールは貼られ 先日、ダウン症の子を育てる お母さんから贈られた お古の小さい皮靴が、ふたつ 今日の門出を祝福するように あたたかい日射しに、照らされていた   ---------------------------- [自由詩]夢の手紙/服部 剛[2014年4月25日23時53分] 人が(ことば)を綴るようになったのは 一体いつからなのでしょう? 無数の国のあらゆる時代に (ことば)が創られるより遥かな昔 宇宙に独り(ことば)はしーんと、住み あなたの胸に転生した(ことば)は 見えない姿で、住んでおり―― 今日も、世界中で手紙は書かれ 瞳を閉じると聴こえます。 誰かが今、ポストに手紙を放つ、あの音が    ※ 初出:神奈川新聞(平成26年3月2日)に掲載。 ---------------------------- [自由詩]初めて入院する夜に  /服部 剛[2014年5月6日20時22分] 深夜、火がついたように 泣き出した2才の周は 生まれた時と同じ病院に 急遽、肺炎で入院した 生まれて間もない ちっこい周を世話してくれた 懐かしい看護師さん達が 「あらあら、かぜがひどいわね  だけど、大きくなったわねぇ」 ぜいぜいぴいぴい息する周を 懐かしそうに、囲んだ 周よ、初めての入院の夜 暗闇にぱちり、と目を覚ますお前は 両目いっぱいに涙を溜めて ママを探して、叫ぶだろう パパももしも、お前のように 暗闇に独りぽっちなら 恐くてびくびく震えるだろうから 今はせめて、ママにすがりつきなさい そうしてパパも帰る前 お前をぎゅっと抱きしめてやろう… 誰もいない夜に泣きじゃくっても パパとママは少し離れた同じ空の下で いつもお前を案じているのだから お前はお前の夜と、闘いなさい そしていつか―― お前自らが 暗闇に芽生える光の笑顔で 周囲をあまねく 照らすひととなるように   ---------------------------- [自由詩]絵本の風景/服部 剛[2014年5月6日20時45分] 野原の道でもつれて、転び 膝から血を、滴らす 少年・吾一は 埃を払って立ち上がり 拳を握り、天に叫んだ 「我は世界に、一人なり…!」 その時 背後の川の何処かで ぴちゃり、と銀の魚は跳ね―― 静まり返った 田舎の空の雲のまにまに 吾一の叫びは、吸いこまれ―― そうして目にする風景は 新たな世界に、更新される。 足許に揺れる 一人の花は親しげな顔で 吾一に、風を囁いた   ---------------------------- [自由詩]足/服部 剛[2014年5月18日19時17分] 人に厳しい言葉をいただいたら じっと…胸に手をあて 瞳を閉じ 遥かな山の合間に沈む あの夕陽をみつめていよう 弱いこころの、蟠(わだかま)りや こびりついた、エゴまでも あの夕空に溶け去ってしまうまで 苦い言葉の薬はやがて 腑に落ち切って からだの隅々を巡るだろう あの夕陽に照らされた まあたらしい己の像となり 地を噛むように、踏みしめて いくじなしの、震える足よ ゆっくりと立ち上がれ   ---------------------------- [自由詩]風の通路/服部 剛[2014年5月18日19時38分] 白髪の師は 開いたドアに凭れて 私を待っている 次に私が ドアを抑えて 青年を待っている ほんとうのことはそうして 語り継がれてゆくだろう ドアを抑えて立つ、私の傍らを (人と人の心の通路を) 風が、吹き抜けていった      ---------------------------- [自由詩]葉ずれの、音/服部 剛[2014年5月22日21時46分] 若き日の明るいあなたは 処女詩集を上梓して 母親代わりの恩師から 優しい言葉をかけられました 在りし日の母は瞼に浮かび うわっと涙の数珠が 頬にこぼれた落ちた時 透明の体で影から ひっそり、みつめていたのは (生まれる前)の僕でした 慰めきれない哀しみを 只、受け止めたい――と思えども あなたには打ち明ける恩師があり なにしろあの頃の僕は 体も無い風だったのですから 母のまなざしでみつめる 恩師の前で 俯いては、涙を拭う あなたの背後で ひと時、葉を揺らすしかなかったのです 今生の僕には、家庭がある故 あの時、僕は風でよかったのかもしれません でも、それでも、間に合いました   まだ青年詩人と呼ばれる僕と      長い季節の移ろいに目を細めるあなた の間にいる(詩)という者は これからの日々の夢を織り成すでしょう 世代を越えた、午後の詩人の語らいに ほら、あの日と同じように 何処かで今 緑の葉が、揺れています   ---------------------------- [自由詩]草の種/服部 剛[2014年5月22日21時57分] アスファルトの割れ目から 草は小さい両手をひろげ 生えている (露水晶に陽を写し) 僕の中にも 自らを開くいのちの種が 眠っているかもしれない   ---------------------------- [自由詩]西瓜の種/服部 剛[2014年5月28日21時14分] 包丁を、ざっくり押しこんで 西瓜を割る。 無数の黒い種達は それぞれの姿勢で つややかに埋まっている。 ――どうせぺっぺと吐き棄てられて   土から芽を出すのでもなかろうに まあそう冷ややかな目で見ること勿(なか)れ。 彼等は、自らの存在を歓んでいるのだ。 あぁ僕は、一体いつから忘れたろうか? 種一粒のつややかな 命の軽さ、また重さ。   ---------------------------- [自由詩]哲学者の指/服部 剛[2014年6月3日19時50分] 在りし日の哲学者は、背後を振り返り あの朧な真理のひかりを、指さしている。 すでに肉体は消えて久しい、彼の 想いを継ぐ者は同じ方角を、指さすだろう。 あまりにも遠く離れる 朧なひかりを仰ぎつつ 何故か今・背後から、感じるのだ 何者かの気配に(あまりにも暖かに) 包まれているのを   ---------------------------- (ファイルの終わり)