服部 剛 2013年11月14日19時57分から2014年2月1日23時23分まで ---------------------------- [自由詩]花の御心を生きるひと  /服部 剛[2013年11月14日19時57分] テレビを点けると、美智子妃殿下が   カメラのレンズの向こう側にいる   一人ひとりの国民をみつめ      静かな深いまなざしで   語りかけていた    「私は子供の頃、絵本に親しみ    それは私の根となり、翼となりました」   被災地の子供がはしゃぐ集会所の棚には   美智子様が贈った何冊もの絵本が   きれいに並んでいた    震災直後に訪れた   体育館の避難所や仮設住宅で   あるおじさんは両手をあわせ、涙を零し   あるお婆さんは流された家の庭に 咲いた花を手渡した 花の姿で   花の心で   哀しむ人に身を屈め   まなざしをそそがれる美智子様は   これからも人と人の間に   透きとおった橋を無数に架けるのでしょう   天皇陛下に片腕を支えられ       飛行機の入口へと続く階段で   歩幅をあわせ   ゆっくり上る後ろ姿を   見送る僕は、テレビを消した後   人の心の根となるような   夢追う人の翼となるような   言の葉を紡ぐ人となれるよう――   只、深々と頭を垂れて テレビの前で、黙礼をした   ---------------------------- [自由詩]布袋さん/服部 剛[2013年11月14日20時08分] 天秤棒を肩にかけ   目の前に提灯(ちょうちん)を   背中の後ろに釣鐘を   ひょい、と担いだ布袋さん   日々の仕事の重さをも   ひょい、と上げ   仄かな明かりを灯しつつ   響く鐘の音鳴らしつつ   今日も我が道をすたすたと往く   布袋さんの禅画を観たら   わたしの中の合図の鐘が   ごーん、と鳴った   ---------------------------- [自由詩]裸婦像の声ー高村光太郎展にてー    /服部 剛[2013年11月23日19時37分] 鏡の向こうの世界から   足音も無く   こちらに歩いてくる女(ひと)は   軽やかにも手をあげて   (今日(こんにち)は…)と、旅人の僕に云う   裸婦の姿のその女に   思わず僕も手をあげて   ふれることない手と手の間に   互いの(今日は…)は、木霊(こだま)する   智恵子像の両目の   黒い小さな暗がりは   黙ったままに微笑を秘めて   (生の歓び――)を   無言で僕に、囁いた      ---------------------------- [自由詩]柘榴の実ー高村光太郎展にてー/服部 剛[2013年11月23日19時51分] 硝子ケースの中にある、木彫(もくちょう)の 酸っぱく熟れた柘榴(ざくろ)から   赤い粒等は顔を出し   薫りは鼻腔に吸いこまれ 僕はひと時、酔い痴れる――   美術館で立ち尽くす    旅人の僕に(体の無い誰か)が   耳元で   ふいに一言、囁いた   ――生は齧(かじ)るほど、味が出る   振り返った背後には   誰もいなかった   ---------------------------- [自由詩]夢の卵  /服部 剛[2013年11月24日19時25分] 近所にもらった卵等を   朱色の巾着(きんちゃく)袋に入れて  割れないように気遣いながら  時折かさっこそっと音立てる   卵の歌が聞こえるようで 自分の歌に重なるようで 今日も、智恵子は急ぐのです。 アトリエで無心にいのちを彫っている 夫の許へ   日々の暮らしは貧しくとも   夢だけは、夢だけは、割れぬよう――    今日も、智恵子は急ぐのです。   暮れゆく家路の向こうに、ゆげ昇る 夕の食卓を思い描いて   夢の卵を懐(ふところ)に抱いて   ---------------------------- [自由詩]恐ろしい夢  /服部 剛[2013年11月25日23時09分] フランクルの「夜と霧」の頁を閉じた後 卓上のプラスティックのケースにぎっしり入った 何本もの砂糖達の、頭部に 強制収容所につれ去られる人々の 血の失せた顔が一瞬、浮かんで見えた―― 両親や、子供達から、お年寄りまで ごちゃまぜに押し込まれた 家畜の悲鳴が 時と場所を越えた国にいる、僕を 今宵、無性に震わせるのは何故だろう――?   ---------------------------- [自由詩]呼び声ー高村光太郎展にてー  /服部 剛[2013年11月25日23時20分] 横たわる死者の耳は、空いている。 薄ら目を、開いている。 顎を天に上げつつ 何か、ものを云おうとしている。 力強い耳朶から 渦巻いてゆく鼓膜へ 吸いこまれそうに視る、僕は 鼓膜の奥に廣がる死者の宇宙へ届くよう 精一杯に吹きこむ祈りの声音(こわね)を、響かせる――       ---------------------------- [自由詩]味噌カツを食べた日  /服部 剛[2013年11月25日23時43分] 今、僕は、旅先の尾張名古屋名鉄ビル9階の 「矢場とん」で味噌カツ定食を待っている。 景気づけに、豚の横綱がポーズをとっている 絵柄のグラスビールをくいと、飲む。 思えばあれは9年前…独り旅で初めて訪れた 名古屋にて…味噌カツを夢に見ていた、僕は お正月だったゆえ何処もかしこもシャッター 閉まって、歯軋りしながら後ろ髪を引かれて 新幹線に乗った、あの切なさ…嗚呼まるで… 遠距離恋愛かのように車窓から遠のいてゆく 味噌カツ乗せた皿のおもかげよ… あれから9年月日は流れ僕がホレた嫁さんも 赤子を生んで少々太り僕の白髪も増えてきて もうすぐ不惑の?40歳。 今頃「矢場とん」の厨房では揚げたてのカツ にとろ〜りと、味噌をかけているのか…嗚呼 この僕のお口の中に、念願の味噌カツが入る 日は、近い――   あっ   ---------------------------- [自由詩]麦酒の味  /服部 剛[2013年12月1日23時59分] 週末の仕事を終えて 駆けつけた、朗読会の夜。   再会の朋と麦酒の入ったグラスを重ね 泡まじりの一口目に「ふうぅ…」と、一息。   不惑の四〇歳とやらになって間もない朋は   司会者に呼ばれ、立ちあがり 店内の舞台へ、ゆっくり歩く――   「オッケー…!!火星人、ちゅーもーーく!」   決まり文句は 集う皆の日々のしょっぱい涙さえ吹っ飛ばし おのおのの無数の笑いの細胞は瞬時に、開く   手のひらで、悲劇を喜劇に転がして 黒縁眼鏡の奥でニヤリと笑ってみせる 詩人の言葉を酒の肴に 眼下のグラスでもこもこ歌い出している 泡と麦酒を、もう一呑み… 頬は火照り 心はほわっと軽くなり 日々の重力よりも、少し優しくなれた気がした   詩人達の集う不思議な夜   ---------------------------- [自由詩]赤い心臓/服部 剛[2013年12月1日23時59分] いつまでも黒光りして回ってる レコード盤の中心に 赤い心臓は、脈を打ち 酔いどれ人の頬は赤らむ――   ---------------------------- [自由詩]旅人ノ声/服部 剛[2013年12月13日20時08分] 葉山のCafeに入り マンダリンオレンジジュースを頼んだ。 瓶に貼られたシールの表示は 「Prodotto in Italia」 おそらくはイタリアの地方の果樹園で 名も無い農夫に採られた 無数の小さい太陽が、搾られ 工場で瓶に、注がれ 出荷され はるばる海を渡ってきた 船にぎっしり積まれた中の、たった一つが 今こうして、すくっと僕の目の前に立っている。 (ずいぶん遠くから来たんだねぇ…)  しんみり心に呟いてから 一口飲んで、目線を落とした机には   瓶の影が人の姿でのびており 無言の顔が(コンニチハ)と、僕に云う。   ---------------------------- [自由詩]パスカルの時計/服部 剛[2013年12月13日20時22分] まだ腕時計のない頃 パスカルはいつも左手首に 小さい時計をつけていたという 一枚の額縁の中の、夜 机上のランプに頬を照らされた パスカルの肖像は 銀の時計をそうっとこちらに見せて、云う ――私には(もう一つの時間(とき))がある     *   パスカルの肖像画の前に佇み 吸い込まれそうな彼の(目)と対話するひと時 僕の脳裏に甦る、いつかの場面 今は無い「Le Poet」というCafeで その夜、隣り合わせた女の一言 ――詩人は二度、旅をするのよ  ---------------------------- [自由詩]蝋燭の灯/服部 剛[2014年1月6日22時06分] 黙っていのちを燃焼し 自らの体を溶かし 闇夜を仄かに照らしてる あの蝋燭(ろうそく)に、私はなろう   ---------------------------- [自由詩]輝くひと/服部 剛[2014年1月6日22時22分] 引き出しの奥に置かれた、消しゴムは 単なるゴムの塊です 空地の叢(くさ)に埋もれた、車は 壊れた鉄の死骸です 消しゴムは白紙の文字を消しゆく瞬間(とき) 車は道路を走る瞬間 仄かに発光しています ひとも誰かに求められ 天の望みに使われて ひとつの道具になる瞬間   自ら発光させて 周囲のひとをも、照らすでしょう   ---------------------------- [自由詩]檸檬の滴/服部 剛[2014年1月6日22時30分] 紅茶に檸檬の一切れを   ぎゅ…っと搾ったら カップの中が ぱっと明るくなりました 目の前のあなたにも 一日一回 垂らしてみたい 檸檬の滴   ---------------------------- [自由詩]風の一日/服部 剛[2014年1月10日23時56分] めらめらと、只めらめらと 燃えさかる火を、胸に潜めて 一日(ひとひ)を生きよ―― 気づけば、今日も 日は暮れていた…という風に   ---------------------------- [自由詩]夢の火    /服部 剛[2014年1月10日23時59分] パスカルの「パンセを」を開いたまま 転寝(うたたね)をした、瞬時の夢の一コマで 見知らぬ教師は 黒板の上から下へ まっすぐ白い線を、引いていた そこで目覚めた僕ははっきり、識(し)った じっと根を張る木として立つならば ほんとうに大事なものは 日射しも、雨も 天から地へと   まっすぐ降るということを―― それから、僕の思念の暖炉には もう消えることの無い 不思議な炎が ひとの姿で囁くように 揺れている      ---------------------------- [自由詩]石ノ声/服部 剛[2014年1月14日23時25分] 雪の綿帽子をかぶり のっぺらぼうの顔をした 路傍の石が こんにちは――と、僕を呼ぶ   ---------------------------- [自由詩]パスポート/服部 剛[2014年1月14日23時41分] 切符があるから、電車に乗れた。 食券があるから、ラーメンを食べた。 パスポートがあるから、異国に行けた。 それならば 鏡に映る(わたくし)が 一体何者なのか?という 最も不思議な秘密について 汝に思いを馳せぬまま 汝自身を知らぬまま いつの日か 「わたしは生きた!」 と、言えようか?       ---------------------------- [自由詩]声援ーあの頃の僕にー  /服部 剛[2014年1月14日23時52分] 10年前の僕よ、なんだか憂鬱そうに涙を 浮かべ、夕暮れのベンチに俯いて、一体ど うしたんだい?君の目に、透明な僕の姿は 映らないだろうけど、心配だから様子を見 に来たんだ。やがて君の涙は(時の薬)に 癒えるだろう――心配無用!10年後の僕 はこんなに元気で、君が予期せぬ、恵みの 日向をあびている。   ---------------------------- [自由詩]自動ドア/服部 剛[2014年1月16日17時30分] 「軽くふれて下さい」という場所に そっと手をあてると、自ずとドアは開いた。   人の心も、軽くふれてみようと思う。   ---------------------------- [自由詩]掌の花/服部 剛[2014年1月16日17時42分] 電気を節約するために 暖房のリモコンを 遠くに置いて 日がな布団に包まり みの虫の姿で、本を読む。 外から帰り しろい吐息をはく妻が 傍らに坐るので 火照った手を取り 少々疲れた、目にあてる   下の階で今頃、寝息を立てている 周の小さい手の蕾が 目を閉じた暗闇に 一瞬 ぱっ!と開いて、消えた――  ---------------------------- [自由詩]いのちの文字  /服部 剛[2014年1月16日18時01分] 「果」という字をじぃ…っと見ていたら 「田」のマスに、よっつの実が浮かんできた 「木」の下には、見えない根が巡っていた 「果」という、くだものの木の姿を現す ひとつの漢字の幹の中に (天を指さすベクトルで)      宇宙(そら)の息吹は、吹き抜けている   ---------------------------- [自由詩]ギャラリーフラスコにてー詩友との再会ー  /服部 剛[2014年1月20日23時56分] 時折、詩友達で集う 神楽坂のキイトスのドアを、開いた。 1年ぶりのマコト君が カウンターで教えてくれた。   「○○さんが沖縄から来て  この近所で詩の展示をやってるよ」    *   3年前の震災で、放射能を懸念して 沖縄に引っ越した○○さんは 今は無き「詩学」で机を囲んだ頃の仲間なので 急遽、僕はキイトスを出て ギャラリーフラスコへ、無心で歩いた。      * その白い空間には 幾本もの木柱に 一枚ずつ和紙が貼られ 懐かしい彼の詩が、綴られていた。   ある詩は、愛妻との日々の密かな呼吸が、聞こえ ある詩は、中国産のセーターを着て、温まり ある詩は、日々の場面の調和を、語り 僕はぽそっと、呟いた。 「やっぱり○○さんは、○○さんだねぇ…」    *   机に、彼のベストセラーが、置かれていた。 (この本をつくるきっかけは?)と、聞けなかった。 「じゃ、そろそろ…」 3年ぶりの、30分の、再会を果たした僕は 硝子のドアを、開ける、 ふり返る、 自らの中身から、滲み出る笑顔で 「御活躍を」 「御活躍を」 昔、誰かに「兄弟みたいね」と言われた 彼との鏡のような会話で 静かに胸をみたされながら 外に出た僕は、北風を劈(つんざ)いて 詩友達の集うキイトスの夜へと、歩いた   ---------------------------- [自由詩]金色の水ージャズ喫茶・ちぐさにてー/服部 剛[2014年1月20日23時59分] 金色のジョッキの中で 無数の気泡が昇ってる (この世の重力と、逆だねぇ…) そう思いつつジョッキを片手に 金色の水をぐい、とひと飲みすれば 火照った頬はあたたかく―― 日々の悩みも歓びも、過去さえも いつしかジャズに解(ほぐ)されて 段々…ふんわり 金色の朧(おぼろ)な時になってきて 生の麦酒(ビール)の苦みさえ 愛しく味わう、僕がいる    ---------------------------- [自由詩]天ノ両手/服部 剛[2014年1月23日20時14分] 母の胎に宿ったあの日から 天の両手につくられている あなたは世界に一人の、彫刻です 遥かな空の青さの中に 薄っすら透けた天の両手は 黙った姿で、待っています―― いのちの全身を、震わせ 粉々に砕けたブロンズの中から あなたが孵化する、瞬間を   ---------------------------- [自由詩]モ・ガンボセッションを、聴きながらーちぐさにてー  /服部 剛[2014年1月24日23時59分] 3年前の3月11日にり・ぼーんした 横浜・野毛のジャズ喫茶・ちぐさにて 「詩とジャズの夜」というライブをやることにした。 店長の島さんを「マスター」と呼べば 「マスターは今もあの、おやじさんですよ」と言い モノクロポスターの世界の中で 微笑むマスターをちらり、見る。 その、おやじさんこと吉田衛記念館は り・ぼーんしたちぐさの2階にあり、 2階の壁には、英字新聞の 「JAPANTIMES」の (ちぐさ・新装開店)の記事が貼ってあり 「横浜ジャズ物語」の本が、飾られている。 島さんとの打ち合わせで、 明日のポエトリーリーディングの BGMを選びつつ… 「僕の詩人の先輩の植木肖太郎さんって  あの幻のモ・ガンボセッションをやった  モ・ガンボの店主の植木幸太郎さんの  甥らしくてね…」 「えー…!まじっすか?」 「いやいや偶然だねぇ…どうやら明日は  素敵な夜になりそうだ…」 打ち合わせを終えて、1階の店内へ 狭い階段を下りた、僕は 「モ・ガンボセッション・54」 のレコードを、リクエストする。 ――そこは、60年前の伊勢佐木2丁目の本通り   幻のライブで渡辺貞夫のサックスは、獣の奇声を吠え 夭折のピアニスト・守安祥太郎の長い指は 時空を越えた鍵盤の上で、小躍りする 泉のように湧き出る無数の音符等を、ばら撒いて 瞳の前に、両手をぎゅ…とあわせた、僕は ちぐさから天へてれぱしいを、送信する―― (はじめまして、守安さん…1月25日の  土曜日は、よかったら  時を越えたちぐさで煙の漂う夢の夜に  ふらりと、遊びに来てくださいね)   ---------------------------- [自由詩]言葉の食事/服部 剛[2014年1月30日21時36分] 人は、日々の食事を摂っています。   心には(言葉の食事)が必要です。 もし、あなたが 本屋の棚に並んだ背表紙へ 伸ばした手を、引き寄せられて 開いた本の活字等の 一文字ずつを、よく視れば かれらは脈を打っており―― それぞれ固有のからだを持っており―― 本を開いた あなたの心の入口に 無数の文字は吸いこまれ ある日、ふいに開かれる (第六感)の照明は 日々の舞台を、照らし出す   ---------------------------- [自由詩]神のいたずら/服部 剛[2014年2月1日22時53分] 妻が一歳の周をつれて 立ち寄った鎌倉の教会に、入ると お告げの鐘は、夕焼け空に響き渡り―― グレーのベールを被った修道女等は 晩の聖歌を歌い始める   祭壇に姿を現したのは   私達に洗礼を授けてから 新潟に引っ越して農業を営む   I神父だった   周を抱っこしながら 聖体拝領の列に並んだ妻は (まさかここで…)と、息を飲み 眼鏡をかけたI神父の顔に 丸い瞳をじぃっと凝らし 両手に渡された聖体を ティッシュに包み、ポケットに入れ 家まで車を走らせて 仕事帰りの、僕に渡した   静まり返った2階の部屋に、入り 丸い聖体を、口に含み 奇遇なる今日の日を   ゆっくりと噛みしめながら   舌の上で崩れゆく聖体―― 瞳を閉じた僕の心に 沁み通ってゆく、一つの思い (この人生を、風にあずけよう…)   神のいたずらは 明日も世界の何処かで ひょっこりと、日々の狭間に 夢の場面を現すでしょう   ---------------------------- [自由詩]家族の手/服部 剛[2014年2月1日23時23分] 白隠禅師が、墨で描いた 手のひらの絵が 硝子ケースの外に立つ、僕に 語りかけた (両手を打つと、音は鳴る  片手で音は、どうすれば鳴る?) 姿の無い白隠禅師が問うので 硝子ケースの前に立つ、僕は 自分の手のひらを 同じ具合に開いて、観たら―― 親父 母ちゃん 俺 嫁さんと 幼い周の 朧(おぼろ)な小さい顔達が 五本の指先に、浮かび上がり 嬉しそうに、それぞれの 小さい口を開いて 家族の笑い声は密やかに 美術館内に、木魂(こだま)していた   ---------------------------- (ファイルの終わり)