服部 剛 2013年9月22日23時50分から2014年1月16日17時42分まで ---------------------------- [自由詩]夢の階段  /服部 剛[2013年9月22日23時50分] 闇に揺らめく蝋燭の火をじっとみつめて   僕は問う   ――どうすれば夢は叶う?   ふいに背後を行き過ぎる謎の影は   声無き声で囁いた   ――その階段を一つずつ上るのみさ   ---------------------------- [自由詩]禅の教室/服部 剛[2013年10月3日19時45分] 夕暮れの無人の教室に入った私は   黒板に、白いチョークで   自分のからだを描き   胸には 我 と一文字書いてみる   (その顔は、何処か悩んでいるようで)   黒板消しで、さっと 我 の文字を消し   代わりに ○ い入口を書いてみる    (そこに新たな風は吹き――)      夕暮れに染まり始めた教室で   椅子に座り、机の上に開いた古書は   惑う私に語りかけ   「心の窓を開いたら    何処からか吹いてくる    あの風に    あなたの生をまかせなさい」   夕闇の誰もいない教室で   私は古書をぱたんと閉じて、目を瞑(つむ)る――   ---------------------------- [自由詩]はじまりの日/服部 剛[2013年10月8日21時11分] 川の畔の土手に腰掛け   考える人、のポーズを取る私を   周囲で風に揺られる秋桜(コスモス)の花も   飼主に引かれ、小道を従いてゆく犬も   みんな秋の琥珀の黄昏に包まれて     各々(おのおの)時の川の流れる夕闇へ――   遠い都心のビル群の   影絵のあい間に陽は沈み   明日の陽はふたたび   東の地平に顔を出す。   そうして私は自らの    新たな産声を(第六感)で聴くだろう――   川の流れる夕闇の先へ   広がってゆくいのちの海よ    私も、花も、飼犬も、樽の姿で   からだに空いた一つの心という穴に   風の息吹のふき抜けるまま   海の彼方(あなた)に浮いています。   それぞれの夜を越えて明滅する、星空を仰いで――   やがて明け方の空に昇る 朝日の宝石は散りばめられるでしょう  世界の初めの日のような   ひかりの海に   ---------------------------- [自由詩]タイの締め方  /服部 剛[2013年10月12日23時55分] 今日は横浜詩人会賞の授賞式。   司会を務めるわたくしは   天の恩師の形見を   スーツの内ポケットに忍ばせ   会場ホテルのトイレに入り   シャツの襟にゆるり、巻く。   ネクタイをする時は、鏡を見ない。   手を止めない。思考しない。   くるくるするりのキュ!っと、引く   そういえば   いつかの天使は言ったっけ。   ――何事も考えちゃあ、駄目なのよ      ---------------------------- [自由詩]老人と魚/服部 剛[2013年10月15日23時28分] 老人は、もはや泣くこともなく   日がな寺の石段に腰かけ、笑うこともなく   そうして人は   化石になってゆくだろうか――     *   昨晩、偶然、点けたTV画面から   私に向かって、確かに微笑む    美術館の  高村光太郎の彫った、魚の顔。     *   一体の魚の内に響く幽かな、心音…   老人という化石に秘めた、木魚の音…     *   もし、日に照らされたら   瞬時に光る     美術館に置かれた、魚の   寺の石段に座った、老人の  目   ---------------------------- [自由詩]ちぐさにて  /服部 剛[2013年10月21日18時52分] 黒光りのレコード盤が   プラスティックケースの中で   いつまでも、廻ってる   ゆーるりるりるーゆーるりるー…   傍らに立てかけられた   紙のブルージャケットの   ソニーロリンズの黒影は   サキソフォンの黄金を   危うく、ぎゅ…と抱きながら   いつまでも、スイングしてる   モダンジャズ喫茶・ちぐさにて   僕は、床で、踵を鳴らし、   身をゆらし、背後の窓のすき間から   透きとほった手で、首筋撫でる、そよ風は   ロイヤルミルクティーのみなもを、ゆらす   ひゅーるりるりるーひゅーるりるー…   ゆーるりるりるーゆーるりるー…   ひゅーるりるー   ---------------------------- [自由詩]Stage  /服部 剛[2013年10月22日21時45分] (いきよう、いきよう、いきよう)と――   この体中に張り巡らされた、血の管を   絶え間なくも流れゆく   命の声は何処へ往く?  昨日?   今日?   明日?   いや、今だ――   (今・ここ)を何時も、旅の出発点に   リズムで動き、自らを踊り、   目の前に現れる、今日の仲間に   軽い言葉のボールを投げるなら       唯一無二のセッションは始まるだろう   変えよう…!   何の変哲も無い、日々の場面を        僕と、あなたで、織り成すメロディーが   一枚の絵画として描かれ       いつか遠くに甦る   あの美しい夢となるように   ---------------------------- [自由詩]無人駅にて  /服部 剛[2013年11月6日23時09分] 今はもう(夢の時間)になった、十代の頃。   ほんとうの道を、求めていた。   敷かれたレールを、嫌がった。   思えばずいぶん、躓(つまづ)いた。   人並に苦汁を飲み、辛酸も舐めた。   今、旅の途上の無人駅に立ち   風に吹かれている僕の   背後に伸のびゆくレールには   遠い靄(もや)に吸いこまれ  愛の砕けたあの夏の場面さえ   朧(おぼろ)なひかりを帯びている   長いレールの傍らに   たどたどしくもひとすじに現在地まで      続いてる、長い、黒い、足跡の連なりよ――   あの頃よりは少々大人になった   旅人の僕はもう一度、これからのレールがのびゆく 遥かな駅の方向へ、瞳を向ける。   靄が、晴れてきた。   ---------------------------- [自由詩]花の御心を生きるひと  /服部 剛[2013年11月14日19時57分] テレビを点けると、美智子妃殿下が   カメラのレンズの向こう側にいる   一人ひとりの国民をみつめ      静かな深いまなざしで   語りかけていた    「私は子供の頃、絵本に親しみ    それは私の根となり、翼となりました」   被災地の子供がはしゃぐ集会所の棚には   美智子様が贈った何冊もの絵本が   きれいに並んでいた    震災直後に訪れた   体育館の避難所や仮設住宅で   あるおじさんは両手をあわせ、涙を零し   あるお婆さんは流された家の庭に 咲いた花を手渡した 花の姿で   花の心で   哀しむ人に身を屈め   まなざしをそそがれる美智子様は   これからも人と人の間に   透きとおった橋を無数に架けるのでしょう   天皇陛下に片腕を支えられ       飛行機の入口へと続く階段で   歩幅をあわせ   ゆっくり上る後ろ姿を   見送る僕は、テレビを消した後   人の心の根となるような   夢追う人の翼となるような   言の葉を紡ぐ人となれるよう――   只、深々と頭を垂れて テレビの前で、黙礼をした   ---------------------------- [自由詩]布袋さん/服部 剛[2013年11月14日20時08分] 天秤棒を肩にかけ   目の前に提灯(ちょうちん)を   背中の後ろに釣鐘を   ひょい、と担いだ布袋さん   日々の仕事の重さをも   ひょい、と上げ   仄かな明かりを灯しつつ   響く鐘の音鳴らしつつ   今日も我が道をすたすたと往く   布袋さんの禅画を観たら   わたしの中の合図の鐘が   ごーん、と鳴った   ---------------------------- [自由詩]裸婦像の声ー高村光太郎展にてー    /服部 剛[2013年11月23日19時37分] 鏡の向こうの世界から   足音も無く   こちらに歩いてくる女(ひと)は   軽やかにも手をあげて   (今日(こんにち)は…)と、旅人の僕に云う   裸婦の姿のその女に   思わず僕も手をあげて   ふれることない手と手の間に   互いの(今日は…)は、木霊(こだま)する   智恵子像の両目の   黒い小さな暗がりは   黙ったままに微笑を秘めて   (生の歓び――)を   無言で僕に、囁いた      ---------------------------- [自由詩]柘榴の実ー高村光太郎展にてー/服部 剛[2013年11月23日19時51分] 硝子ケースの中にある、木彫(もくちょう)の 酸っぱく熟れた柘榴(ざくろ)から   赤い粒等は顔を出し   薫りは鼻腔に吸いこまれ 僕はひと時、酔い痴れる――   美術館で立ち尽くす    旅人の僕に(体の無い誰か)が   耳元で   ふいに一言、囁いた   ――生は齧(かじ)るほど、味が出る   振り返った背後には   誰もいなかった   ---------------------------- [自由詩]夢の卵  /服部 剛[2013年11月24日19時25分] 近所にもらった卵等を   朱色の巾着(きんちゃく)袋に入れて  割れないように気遣いながら  時折かさっこそっと音立てる   卵の歌が聞こえるようで 自分の歌に重なるようで 今日も、智恵子は急ぐのです。 アトリエで無心にいのちを彫っている 夫の許へ   日々の暮らしは貧しくとも   夢だけは、夢だけは、割れぬよう――    今日も、智恵子は急ぐのです。   暮れゆく家路の向こうに、ゆげ昇る 夕の食卓を思い描いて   夢の卵を懐(ふところ)に抱いて   ---------------------------- [自由詩]恐ろしい夢  /服部 剛[2013年11月25日23時09分] フランクルの「夜と霧」の頁を閉じた後 卓上のプラスティックのケースにぎっしり入った 何本もの砂糖達の、頭部に 強制収容所につれ去られる人々の 血の失せた顔が一瞬、浮かんで見えた―― 両親や、子供達から、お年寄りまで ごちゃまぜに押し込まれた 家畜の悲鳴が 時と場所を越えた国にいる、僕を 今宵、無性に震わせるのは何故だろう――?   ---------------------------- [自由詩]呼び声ー高村光太郎展にてー  /服部 剛[2013年11月25日23時20分] 横たわる死者の耳は、空いている。 薄ら目を、開いている。 顎を天に上げつつ 何か、ものを云おうとしている。 力強い耳朶から 渦巻いてゆく鼓膜へ 吸いこまれそうに視る、僕は 鼓膜の奥に廣がる死者の宇宙へ届くよう 精一杯に吹きこむ祈りの声音(こわね)を、響かせる――       ---------------------------- [自由詩]味噌カツを食べた日  /服部 剛[2013年11月25日23時43分] 今、僕は、旅先の尾張名古屋名鉄ビル9階の 「矢場とん」で味噌カツ定食を待っている。 景気づけに、豚の横綱がポーズをとっている 絵柄のグラスビールをくいと、飲む。 思えばあれは9年前…独り旅で初めて訪れた 名古屋にて…味噌カツを夢に見ていた、僕は お正月だったゆえ何処もかしこもシャッター 閉まって、歯軋りしながら後ろ髪を引かれて 新幹線に乗った、あの切なさ…嗚呼まるで… 遠距離恋愛かのように車窓から遠のいてゆく 味噌カツ乗せた皿のおもかげよ… あれから9年月日は流れ僕がホレた嫁さんも 赤子を生んで少々太り僕の白髪も増えてきて もうすぐ不惑の?40歳。 今頃「矢場とん」の厨房では揚げたてのカツ にとろ〜りと、味噌をかけているのか…嗚呼 この僕のお口の中に、念願の味噌カツが入る 日は、近い――   あっ   ---------------------------- [自由詩]麦酒の味  /服部 剛[2013年12月1日23時59分] 週末の仕事を終えて 駆けつけた、朗読会の夜。   再会の朋と麦酒の入ったグラスを重ね 泡まじりの一口目に「ふうぅ…」と、一息。   不惑の四〇歳とやらになって間もない朋は   司会者に呼ばれ、立ちあがり 店内の舞台へ、ゆっくり歩く――   「オッケー…!!火星人、ちゅーもーーく!」   決まり文句は 集う皆の日々のしょっぱい涙さえ吹っ飛ばし おのおのの無数の笑いの細胞は瞬時に、開く   手のひらで、悲劇を喜劇に転がして 黒縁眼鏡の奥でニヤリと笑ってみせる 詩人の言葉を酒の肴に 眼下のグラスでもこもこ歌い出している 泡と麦酒を、もう一呑み… 頬は火照り 心はほわっと軽くなり 日々の重力よりも、少し優しくなれた気がした   詩人達の集う不思議な夜   ---------------------------- [自由詩]赤い心臓/服部 剛[2013年12月1日23時59分] いつまでも黒光りして回ってる レコード盤の中心に 赤い心臓は、脈を打ち 酔いどれ人の頬は赤らむ――   ---------------------------- [自由詩]旅人ノ声/服部 剛[2013年12月13日20時08分] 葉山のCafeに入り マンダリンオレンジジュースを頼んだ。 瓶に貼られたシールの表示は 「Prodotto in Italia」 おそらくはイタリアの地方の果樹園で 名も無い農夫に採られた 無数の小さい太陽が、搾られ 工場で瓶に、注がれ 出荷され はるばる海を渡ってきた 船にぎっしり積まれた中の、たった一つが 今こうして、すくっと僕の目の前に立っている。 (ずいぶん遠くから来たんだねぇ…)  しんみり心に呟いてから 一口飲んで、目線を落とした机には   瓶の影が人の姿でのびており 無言の顔が(コンニチハ)と、僕に云う。   ---------------------------- [自由詩]パスカルの時計/服部 剛[2013年12月13日20時22分] まだ腕時計のない頃 パスカルはいつも左手首に 小さい時計をつけていたという 一枚の額縁の中の、夜 机上のランプに頬を照らされた パスカルの肖像は 銀の時計をそうっとこちらに見せて、云う ――私には(もう一つの時間(とき))がある     *   パスカルの肖像画の前に佇み 吸い込まれそうな彼の(目)と対話するひと時 僕の脳裏に甦る、いつかの場面 今は無い「Le Poet」というCafeで その夜、隣り合わせた女の一言 ――詩人は二度、旅をするのよ  ---------------------------- [自由詩]蝋燭の灯/服部 剛[2014年1月6日22時06分] 黙っていのちを燃焼し 自らの体を溶かし 闇夜を仄かに照らしてる あの蝋燭(ろうそく)に、私はなろう   ---------------------------- [自由詩]輝くひと/服部 剛[2014年1月6日22時22分] 引き出しの奥に置かれた、消しゴムは 単なるゴムの塊です 空地の叢(くさ)に埋もれた、車は 壊れた鉄の死骸です 消しゴムは白紙の文字を消しゆく瞬間(とき) 車は道路を走る瞬間 仄かに発光しています ひとも誰かに求められ 天の望みに使われて ひとつの道具になる瞬間   自ら発光させて 周囲のひとをも、照らすでしょう   ---------------------------- [自由詩]檸檬の滴/服部 剛[2014年1月6日22時30分] 紅茶に檸檬の一切れを   ぎゅ…っと搾ったら カップの中が ぱっと明るくなりました 目の前のあなたにも 一日一回 垂らしてみたい 檸檬の滴   ---------------------------- [自由詩]風の一日/服部 剛[2014年1月10日23時56分] めらめらと、只めらめらと 燃えさかる火を、胸に潜めて 一日(ひとひ)を生きよ―― 気づけば、今日も 日は暮れていた…という風に   ---------------------------- [自由詩]夢の火    /服部 剛[2014年1月10日23時59分] パスカルの「パンセを」を開いたまま 転寝(うたたね)をした、瞬時の夢の一コマで 見知らぬ教師は 黒板の上から下へ まっすぐ白い線を、引いていた そこで目覚めた僕ははっきり、識(し)った じっと根を張る木として立つならば ほんとうに大事なものは 日射しも、雨も 天から地へと   まっすぐ降るということを―― それから、僕の思念の暖炉には もう消えることの無い 不思議な炎が ひとの姿で囁くように 揺れている      ---------------------------- [自由詩]石ノ声/服部 剛[2014年1月14日23時25分] 雪の綿帽子をかぶり のっぺらぼうの顔をした 路傍の石が こんにちは――と、僕を呼ぶ   ---------------------------- [自由詩]パスポート/服部 剛[2014年1月14日23時41分] 切符があるから、電車に乗れた。 食券があるから、ラーメンを食べた。 パスポートがあるから、異国に行けた。 それならば 鏡に映る(わたくし)が 一体何者なのか?という 最も不思議な秘密について 汝に思いを馳せぬまま 汝自身を知らぬまま いつの日か 「わたしは生きた!」 と、言えようか?       ---------------------------- [自由詩]声援ーあの頃の僕にー  /服部 剛[2014年1月14日23時52分] 10年前の僕よ、なんだか憂鬱そうに涙を 浮かべ、夕暮れのベンチに俯いて、一体ど うしたんだい?君の目に、透明な僕の姿は 映らないだろうけど、心配だから様子を見 に来たんだ。やがて君の涙は(時の薬)に 癒えるだろう――心配無用!10年後の僕 はこんなに元気で、君が予期せぬ、恵みの 日向をあびている。   ---------------------------- [自由詩]自動ドア/服部 剛[2014年1月16日17時30分] 「軽くふれて下さい」という場所に そっと手をあてると、自ずとドアは開いた。   人の心も、軽くふれてみようと思う。   ---------------------------- [自由詩]掌の花/服部 剛[2014年1月16日17時42分] 電気を節約するために 暖房のリモコンを 遠くに置いて 日がな布団に包まり みの虫の姿で、本を読む。 外から帰り しろい吐息をはく妻が 傍らに坐るので 火照った手を取り 少々疲れた、目にあてる   下の階で今頃、寝息を立てている 周の小さい手の蕾が 目を閉じた暗闇に 一瞬 ぱっ!と開いて、消えた――  ---------------------------- (ファイルの終わり)