服部 剛 2013年6月21日23時36分から2013年11月14日19時57分まで ---------------------------- [自由詩]ブラームスの海 /服部 剛[2013年6月21日23時36分] 名曲喫茶ライオンの店内は   五十年前のコンサートが流れ  ブラームスの魂が  地鳴りを立てた、後の静寂(しじま)に――  (ごほ…ごほ…)  無名の人の、堪(こら)え切れない咳込みは  幾度も、幾度も、ホールに響く  まさか予想しなかっただろう  その人は、自分の咳が  五十年後の名曲喫茶に  ふらり訪れた僕の気に留まるとは  無名の人よ、あなたは  今、何処にいるのか  もしくは風になったのか  僕がコンサートに行って、もし   (ごほ…ごほ…)と咳込んだら  五十年後の誰かも、聞くかもしれぬ  ――思い巡らせ瞳を閉じた、暗闇に  いつしか、時を越えて広がってゆく  ブラームスの海  ブラームスの空  ブラームスの夢  波間に輝く黄金(きん)の音符等を  絶え間なく、明滅させて  ---------------------------- [自由詩]質問箱/服部 剛[2013年6月21日23時59分] 口下手で悩んでいた、僕は  ある日突然、目の前にいる人が  ?の文字を秘めている  黒い人影に視えてきた  その人の瞳の奥にある   不思議を求め  些細な一つの質問で  もしも、口が開いたら――  質問箱のような  心の引き出しの中には  どうやら 謎めく宇宙が広がっている  ---------------------------- [自由詩]朝の声援 /服部 剛[2013年6月24日20時51分] 朝、カーテンを開いたら  眼下に広がる野原に幾千人のブタクサが  黄色い房の身を揺らし皆で何かを言っている。  物書きを志す故(ゆえ)に   家族に慎ましい日々を送らせてしまっている  痩せっぽちな主の僕の傍らに立ち、妻は言う。  「ほら、草々もあんなに   声援を贈ってくれているじゃない」 カーテンを閉め、背を向けて  (よっしゃ!)と心に気を入れて  一歳の周の寝顔をじっと…見てから  玄関のドアを開き、車の助手席に乗る。  妻の運転する車は、僕を乗せて  風に靡(なび)いたブタクサ達の  合唱を背後に 今日の糧を得るべく現場へまっしぐら――   一本道を走っていった  ---------------------------- [自由詩]まかせる /服部 剛[2013年6月24日21時15分] 私は人に、まかせます。  一つの大事なお仕事を。  おまかせするということは  人のこころにいらっしゃる  神におまかせすることです。  そうして神のお返事は  日々、目の前にあらわれる  こころを通していただきます。  ---------------------------- [自由詩]谷中日和  /服部 剛[2013年6月24日21時30分] 谷中ぎんざの通りには  石段に腰を下ろした  紫の髪のお婆さんが  せんべいを割り  群がる鳩に蒔いていた。  向かいの屋台は  木の玩具屋で、おじさんは 「ほれっ」とベーゴマを   巻いた糸から台の上に、放ち   野球帽の少年に手本を見せた。  今は亡きちいたけおさんが  旨そうにメンチをほおばる 写真のある店で  僕もメンチをほおばりつつ  色々な店で人の賑わう  谷中ぎんざを、ゆっくり歩く。  遠くから、喪服姿の青年と  遺影を両手に持つ父親の  不思議なほど日に照らされた  親子三代のほほえみが  僕の傍らを通りすぎていった。  ---------------------------- [自由詩]水彩画 /服部 剛[2013年7月14日22時51分] 雨は、あなたを育むでしょう  私もいろいろな雨に、降られました  きりさめ  にわかあめ  長い長い雨だれの音が  ぽつり、ぽつり、と滴るごとに――   潤う土の根を伝い  茎を伝い  身を寄せる紫陽花達の色彩は   心の画布に滲むでしょう    ---------------------------- [自由詩]精神の木 /服部 剛[2013年7月14日23時04分] 僕、という人の  頭蓋骨にぴし、と亀裂が入ったら  無数の 存在 という二文字があふれ出て  ばらら、ばら、ばら  僕の周囲に散らばり、落ちた。  ふいにしゃがんだ、僕は   存在 という無数の文字を  夢中で両手に掻き集め  頭蓋骨の割れ目から  しゅる、しゅる、しゅるる…  もう一度、入れた。   ――この体内には精神の木がいるらしい――  今、この瞬間(とき)も   みるみる枝葉を広げている    ---------------------------- [自由詩]窓辺の日記 /服部 剛[2013年7月14日23時15分] 明日は誰にもわからないので  次の頁(ページ)の空白に  栞を挟み、ぱたんと閉じて  日向の机に置いておく――  ---------------------------- [自由詩]風鈴の絵 /服部 剛[2013年7月16日20時10分] 暑中お見舞い申し上げます――   越後湯沢の詩友から届いた風の  便りには自筆で風鈴の絵が描い ており、葉書の真中の空白から  ちり〜ん と風に靡く紙の下から密やかな 鈴の音が、鼓膜の内に響きます。  いつの時代も人は言葉で  日頃は引き出しに 仕舞っている  密かな思いを伝えます。      時に詩人は言葉にならない 祈りを    風にのせ   青々とした夏空へ、放ちます――    ---------------------------- [自由詩]風のひと /服部 剛[2013年7月16日20時42分] 緑の庭の階段で  座る少女に  覆いかぶさる葉群から  木漏れ日はふりそそぎ  何かを両手に包む、少女は  嬉しそうにこちらをみつめ  テラスの椅子は かたかたっ…と風に揺れ  静まり返った真昼の庭に 体を持たない誰かが  テラスの椅子に、腰かけた     ---------------------------- [自由詩]聖銭(ひじりぜに)  /服部 剛[2013年7月23日23時22分] 僕がある記事を書いて  入ったお金を  そのままぽんと、妻に渡そう。  なぜなら妻は、もうすぐ2歳の周を抱えつつ  僕の書いた原稿を活字に打ってくれたり  郵便ポストに入れたり 手づくり詩集を印刷したり      深夜に駅まで車で迎えに来てくれたり  原稿料を渡すだけじゃあ、足りないか…  僕の原稿による臨時収入は  そんな理由(わけ)で(タダ)で、いい。  妻は無償のこころで働き  僕も無償のこころでペンを持ち  天下を回り回って  お金というものが、もし  愛を帯びたものに変換されるなら――  一枚の小銭さえ  瞳を閉じた闇の中   ちゃりーん、と尊い音(ね)を立てる  ---------------------------- [自由詩]木のひと /服部 剛[2013年7月23日23時39分] 生後数ヶ月で両目を摘出してから  声と言葉を発しなくなった彼女は  木の世界の土壌に根を下ろし  大人になってゆきました  ある日、遠くから来た旅人は  人に話せぬ深い悩みを打ち明け  彼女はぐいと腕を引き寄せ  旅人の背に、手をじっと当てました  悲嘆の人の傍らで  彼女は黙する木のように  何をするでも、語るでもなく――  旅に疲れ、影に覆われた  その顔に  ゆっくり日向(ひなた)は広がります  無明の世界に生きる  彼女の無言の祈りによって  ---------------------------- [自由詩]地球の夢  /服部 剛[2013年8月1日22時39分] 心を見た人はいません。   心に手をふれた人もいません。   それでもみんな  心の場所を知っています。  もしも心がなかったら  今日のあなたは、笑わない。  昨日の私は、涙を流さない。  人だけに、人だけに、あるものを  吟味する瞑想の夜――  宇宙(そら)からみつめた地球のなかにある  人類というふしぎ。  人類のなかにいる、唯一の顔である  私というふしぎ。  胸の裏側にひろがる心の闇に   ぽつねんと独り浮いている  青い地球というふしぎ。     ---------------------------- [自由詩]神殿  /服部 剛[2013年8月2日23時59分] 無数の髪は今日も伸び  目は開き  耳は聞き  鼻は吸い  口は吐く  首は支え  手は掴み  左の胸は一生涯とくり、とくり、と脈を打ち  腹は昼頃、鳴るだろう  そしてお尻はもよおすだろう  夜間の精巣に種は増殖し  目覚めれば  この両足は今日も何処かへ、私を運ぶ  全てはその時々  脳が指令を出しており  脳を(創造した者)は  自らの姿を世に現すこともなく  時に  風となり  雲となり  草や花や蝶となり  頭上に広がる青空は  全ての存在に無言で(よし)と云うだろう――  僕を  あなたを  ありのままに流転する、この美しく汚れた世界を   ---------------------------- [自由詩]日々の麺麭  /服部 剛[2013年8月13日23時34分] 目の前に、焼きたての  丸い麺麭(ぱん)がある。     何の変哲もないその麺麭は  その少し凹んだ丸みは  その味わいは、きっと  世界の何処にもない たった一つの麺麭である。   「人は、見える麺麭のみに生きるにあらず   目に見えぬ麺麭、によって生きる   」  そんな不思議な声が  背後に囁いている気がして、僕は  何の変哲もない今日の日が  世界の何処にもない一日だったか?  齧(かじ)った麺麭を味わいながら、考える――  数日前に中年の父親を亡くして  仕事を休んだシングルマザーの同僚に  友情の手紙を書いた日の、夕の食卓。   空(から)になった皿の上には  少し凹んだ丸みで  虚ろに透けた、麺麭がある。   ---------------------------- [自由詩]機関車男  /服部 剛[2013年8月18日18時55分] どうすれば僕は   急坂さえも一気にのぼる   機関車男になれるだろうか?   この腹に内蔵された   エンジンの蓋を開けたら   思いの他にぼうぼうと      炎は燃えていたのです   蓋をばたん、と閉めた後 遥かな明日の方角へ        のびゆく線路の旅をみつめれば ふつ…ふつ…ふつ…と、鼻息荒げ           頭の煙突は熱を帯びてくるのです――           まず、目の前の 坂をのぼって曲がりくねった後   だんだん遠くに見えてくる   明日の駅を目指して   僕という名の機関車は、今   無心でゆっくり、走り出す   ---------------------------- [自由詩]少年の靴  /服部 剛[2013年8月31日23時38分] 道の先には置き忘れた   少年の靴が、ひとつ    夏の日に照らされ輝いていた。   靴は近づき、通りすぎ、遠のいて――   ふり返るとやっぱり輝いている   あの少年の靴   いつのまに大人になっていたのだろう?   いつから置き忘れていたのだろう?      あの、路上の星の、輝きを   頬に汗の伝うままもう一度、踏み出せば   旅の歩調は何処までもゆくだろう――    胸の鼓動は何処までも高鳴ってゆくだろう…   夏の日に反射する道は未知へ繋がり   僕が僕になる為の   題名の無い今日の舞台へ   交差点のシグナルが、青になる。 ---------------------------- [自由詩]風の手紙/服部 剛[2013年9月10日21時08分] 追分の池の周りの   畦道は   木漏れ日の光と影が交差して   晩夏の蝉は   静かにじぃ…と経を詠む   くっきりと膨らむ雲は 絵画の空を、東へ移ろい   池の向こうの緑の木々も     風の行方に身を傾(かし)げ   私の目の前を埋め尽くす   背丈の高い草群は   わらわらめらめら揺らめいて   ――この世界の交響曲を、指揮する者は   追分の空の何処かに そんな予感を 葉擦れの囁きに聴きながら   ベンチへ腰かけた、私の膝の木漏れ日に   枯葉の手紙が一枚、落ちてきた   私はそれを栞(しおり)にして   誰かと交わす約束のように   そっと「美しい村」の頁に挟んだ   ---------------------------- [自由詩]まほろばの声  /服部 剛[2013年9月10日21時24分] 在りし日の作家が住んでいた山荘に入り   籐椅子に腰を下ろした旅人は瞳を閉じる。   傍らの蓄音機から流れる古びたショパン  のバラードと窓外で奏でる晩夏の蝉のコ ーラスの二重奏に耳を澄ます――開け放 たれた窓から忍び寄る風の霊気は彼の首 をそうっと撫で、蝉等のしきりに鳴く声  を翻訳しようと思い立った彼は、机上に 開いた日記帳の空白に、言葉を綴る。   汝の生を炎の如く、全うせよ――   ---------------------------- [自由詩]山荘の灯  /服部 剛[2013年9月10日21時31分] 古い山荘の天井から   電球が外れたまま、黒いコードが 吊り下がっている  あそこに   寒村の夜をも照らす   ひとつの明るい電燈の   幻を視るのは   霊の世界にいるひとと 密かに   交心することかもしれぬ――      ---------------------------- [自由詩]被災地の犬  /服部 剛[2013年9月15日23時25分] 僕が思春期に可愛がっていた 片瀬江ノ島駅に住む、野良猫ニャー子は   破れた恋に涙を流す学ラン姿の僕に寄り添い   顔を膝にこすりつけ   (にゃあ)と優しくひと声、鳴いた   僕と出逢う前の妻が   母の介護と仕事に追われていた頃   病の老犬クロはすくっと立って   走り出し、家の外の塀から身を捨てて   体を震わせ、世を去った   ある作家が戦後まもなく満州から去る時 連れて帰れぬ愛犬クロは二本足を揃えて   遠ざかる道で、いつまでも見送っていた     *   東日本大震災から2年以上の月日が流れ          被災地・わんニャン写真展と詩人の朗読を   皆で分かち合っている今日、無数の犬や猫達が      私達に呼びかける(わん)と(ニャン)の合唱はひそやかに    会場内に木霊(こだま)するのを、私達の心の耳は聴くでしょう   今日・今・この時も―― 被災地の家が流れた更地の犬は    年老いた主人が更地の向こうから 歩いてくるのを、待っている  体の透けた二本足を揃えて   ---------------------------- [自由詩]夢の階段  /服部 剛[2013年9月22日23時50分] 闇に揺らめく蝋燭の火をじっとみつめて   僕は問う   ――どうすれば夢は叶う?   ふいに背後を行き過ぎる謎の影は   声無き声で囁いた   ――その階段を一つずつ上るのみさ   ---------------------------- [自由詩]禅の教室/服部 剛[2013年10月3日19時45分] 夕暮れの無人の教室に入った私は   黒板に、白いチョークで   自分のからだを描き   胸には 我 と一文字書いてみる   (その顔は、何処か悩んでいるようで)   黒板消しで、さっと 我 の文字を消し   代わりに ○ い入口を書いてみる    (そこに新たな風は吹き――)      夕暮れに染まり始めた教室で   椅子に座り、机の上に開いた古書は   惑う私に語りかけ   「心の窓を開いたら    何処からか吹いてくる    あの風に    あなたの生をまかせなさい」   夕闇の誰もいない教室で   私は古書をぱたんと閉じて、目を瞑(つむ)る――   ---------------------------- [自由詩]はじまりの日/服部 剛[2013年10月8日21時11分] 川の畔の土手に腰掛け   考える人、のポーズを取る私を   周囲で風に揺られる秋桜(コスモス)の花も   飼主に引かれ、小道を従いてゆく犬も   みんな秋の琥珀の黄昏に包まれて     各々(おのおの)時の川の流れる夕闇へ――   遠い都心のビル群の   影絵のあい間に陽は沈み   明日の陽はふたたび   東の地平に顔を出す。   そうして私は自らの    新たな産声を(第六感)で聴くだろう――   川の流れる夕闇の先へ   広がってゆくいのちの海よ    私も、花も、飼犬も、樽の姿で   からだに空いた一つの心という穴に   風の息吹のふき抜けるまま   海の彼方(あなた)に浮いています。   それぞれの夜を越えて明滅する、星空を仰いで――   やがて明け方の空に昇る 朝日の宝石は散りばめられるでしょう  世界の初めの日のような   ひかりの海に   ---------------------------- [自由詩]タイの締め方  /服部 剛[2013年10月12日23時55分] 今日は横浜詩人会賞の授賞式。   司会を務めるわたくしは   天の恩師の形見を   スーツの内ポケットに忍ばせ   会場ホテルのトイレに入り   シャツの襟にゆるり、巻く。   ネクタイをする時は、鏡を見ない。   手を止めない。思考しない。   くるくるするりのキュ!っと、引く   そういえば   いつかの天使は言ったっけ。   ――何事も考えちゃあ、駄目なのよ      ---------------------------- [自由詩]老人と魚/服部 剛[2013年10月15日23時28分] 老人は、もはや泣くこともなく   日がな寺の石段に腰かけ、笑うこともなく   そうして人は   化石になってゆくだろうか――     *   昨晩、偶然、点けたTV画面から   私に向かって、確かに微笑む    美術館の  高村光太郎の彫った、魚の顔。     *   一体の魚の内に響く幽かな、心音…   老人という化石に秘めた、木魚の音…     *   もし、日に照らされたら   瞬時に光る     美術館に置かれた、魚の   寺の石段に座った、老人の  目   ---------------------------- [自由詩]ちぐさにて  /服部 剛[2013年10月21日18時52分] 黒光りのレコード盤が   プラスティックケースの中で   いつまでも、廻ってる   ゆーるりるりるーゆーるりるー…   傍らに立てかけられた   紙のブルージャケットの   ソニーロリンズの黒影は   サキソフォンの黄金を   危うく、ぎゅ…と抱きながら   いつまでも、スイングしてる   モダンジャズ喫茶・ちぐさにて   僕は、床で、踵を鳴らし、   身をゆらし、背後の窓のすき間から   透きとほった手で、首筋撫でる、そよ風は   ロイヤルミルクティーのみなもを、ゆらす   ひゅーるりるりるーひゅーるりるー…   ゆーるりるりるーゆーるりるー…   ひゅーるりるー   ---------------------------- [自由詩]Stage  /服部 剛[2013年10月22日21時45分] (いきよう、いきよう、いきよう)と――   この体中に張り巡らされた、血の管を   絶え間なくも流れゆく   命の声は何処へ往く?  昨日?   今日?   明日?   いや、今だ――   (今・ここ)を何時も、旅の出発点に   リズムで動き、自らを踊り、   目の前に現れる、今日の仲間に   軽い言葉のボールを投げるなら       唯一無二のセッションは始まるだろう   変えよう…!   何の変哲も無い、日々の場面を        僕と、あなたで、織り成すメロディーが   一枚の絵画として描かれ       いつか遠くに甦る   あの美しい夢となるように   ---------------------------- [自由詩]無人駅にて  /服部 剛[2013年11月6日23時09分] 今はもう(夢の時間)になった、十代の頃。   ほんとうの道を、求めていた。   敷かれたレールを、嫌がった。   思えばずいぶん、躓(つまづ)いた。   人並に苦汁を飲み、辛酸も舐めた。   今、旅の途上の無人駅に立ち   風に吹かれている僕の   背後に伸のびゆくレールには   遠い靄(もや)に吸いこまれ  愛の砕けたあの夏の場面さえ   朧(おぼろ)なひかりを帯びている   長いレールの傍らに   たどたどしくもひとすじに現在地まで      続いてる、長い、黒い、足跡の連なりよ――   あの頃よりは少々大人になった   旅人の僕はもう一度、これからのレールがのびゆく 遥かな駅の方向へ、瞳を向ける。   靄が、晴れてきた。   ---------------------------- [自由詩]花の御心を生きるひと  /服部 剛[2013年11月14日19時57分] テレビを点けると、美智子妃殿下が   カメラのレンズの向こう側にいる   一人ひとりの国民をみつめ      静かな深いまなざしで   語りかけていた    「私は子供の頃、絵本に親しみ    それは私の根となり、翼となりました」   被災地の子供がはしゃぐ集会所の棚には   美智子様が贈った何冊もの絵本が   きれいに並んでいた    震災直後に訪れた   体育館の避難所や仮設住宅で   あるおじさんは両手をあわせ、涙を零し   あるお婆さんは流された家の庭に 咲いた花を手渡した 花の姿で   花の心で   哀しむ人に身を屈め   まなざしをそそがれる美智子様は   これからも人と人の間に   透きとおった橋を無数に架けるのでしょう   天皇陛下に片腕を支えられ       飛行機の入口へと続く階段で   歩幅をあわせ   ゆっくり上る後ろ姿を   見送る僕は、テレビを消した後   人の心の根となるような   夢追う人の翼となるような   言の葉を紡ぐ人となれるよう――   只、深々と頭を垂れて テレビの前で、黙礼をした   ---------------------------- (ファイルの終わり)