服部 剛 2013年4月16日20時47分から2013年6月11日22時21分まで ---------------------------- [自由詩]春の日溜り /服部 剛[2013年4月16日20時47分] 赤・白・黄色の器を  ほわっと開いて  ちゅーりっぷが咲いている  通りすぎゆく人々の上に  そっとそそがれる  天の歌を受け取り  嬉しそうに  細い茎を揺らして  ---------------------------- [自由詩]井戸の底にて /服部 剛[2013年4月16日20時52分] 深閑(しんかん)とした井戸の底で  今夜も私は、蹲(うずくま)る。   遥か頭上の丸い出口の雨空に  嵐はごうごう、吹き荒れて  木の葉がはらはら、鳴っている  遥か頭上の丸い出口を  今日も他人の足は跨(また)いでいった――   (何故、人の心はあんなに遠い…?)   いつしか眠りに落ちた夢の中  いのり重ねた両手の皿に  濡れた葉が一枚、落ちてきた。  仰いだ遥かな丸い穴にひかりは溢れ  こちらを覗く黒い影が、私を呼ぶ  「私はあなたに、会いにきた――」  ---------------------------- [自由詩]愛の数式 /服部 剛[2013年4月26日23時24分] 異国の日本で差別に苦しみ  生き延びようと闘った果てに   牢屋に入った外国の人  地上に出た新たな日々で  日本語学校に通い始め  ある日、掛け算の九九を覚えた  「3×8は   8+8+8で24…   さんぱ24…!  」  ひとつの数式が解けた時  彼の心に燻(くすぶ)る 殺意がすー…と消えたという  もしかしたら  数式というものには  愛の魔法が潜んでいる ---------------------------- [自由詩]航路 /服部 剛[2013年4月26日23時28分] 寒暖を繰り返しながらも  季節は、僕等を乗せた舟のように  羅針盤の指す方向へ  今も流れているのでしょう  ---------------------------- [自由詩]舞台へ続く、通路を歩く/服部 剛[2013年4月28日21時42分] 友よ、覇気(はき)を以って  日々の場面へ  いざ、突入せよ――  ---------------------------- [自由詩]稲穂の人 /服部 剛[2013年4月28日21時55分] 金の夕陽を反射して  仄かなひかりを増しながら  炎の矜持(きょうじ)を秘めている  稲穂の姿に、私はなろう  ---------------------------- [自由詩]桜並木の川 /服部 剛[2013年4月28日22時07分] 山桜を眺めると、落ち着いてくる  白い花々は、何処かうつむいているから。  山桜を通り過ぎると、落ち着いてくる  派手さは無く、思いをそっと抑えているから。  遥かな国の方向へ  さらさらきらめき、伸びてゆく  川沿いの並木道を  少し屈んだ小動物のような翁(おきな)の背中は  ゆっくり早く、遠のいて――  川を横切るてふてふを  瞳のレンズに映す青年の心は  らんらんと燃えながら  遠い翁の往く方へ、歩み始めた  ---------------------------- [自由詩]夢の絵 /服部 剛[2013年5月3日18時53分] ごろごろ、ぴか、どかーん  遂に熱血上司の雷が、頭上に落ちた。  焼け焦げた姿のまま、そろ…そろり  逃げ帰ろうと思ったが  見えない糸に背中を引かれ  くるり、と引き返す。  熱血上司の顔が鬼瓦になっている   畳の部屋に戻り、互いに坐り  少しの間、腹を割った。  家に帰って、嫁さんの前で  両手を皿にしてめそめそのふりをしつつ 仕事というものの重さを思い  布団に小さく包まって、寝た。  夢の中では  怒った上司とちびった俺の場面が  全て二重の線で描かれ  少しぼやけた絵になり  一枚の額縁に納まり   誰もいない美術館の壁に、掛かっていた。  (そうだ、出来事は皆一重の線じゃない…)  目が覚める。  網戸の外の夜明けはすでに  蝉等がかなかな歌ってる  布団の上で、のびをする。  両手の拳をエイとあげる。  顔を洗い、飯を喰らって、外へ出る。  今日という日の出来事の  上辺の全てをひっぺがす  あの夢の絵を、視る為に。  ---------------------------- [自由詩]まんじゅう事件 /服部 剛[2013年5月3日19時09分] 熱血上司は耳をまっ赤にして  デイサービスのお年寄りを 皆送り終えた、スタッフの中へ  ふつふつとやって来た。  「なぜ敬老祝いの紅白まんじゅうを   ○○さんに届けないいぃ…!! 」  認知症のお婆ちゃんを心配して  残したまんじゅうを渡さなかった  スタッフ一同は  頭上にゆげを昇らせる彼の姿に  しーん…と静まり返った  仕事の後の更衣室で  熱血上司は、僕に言う。  「ハットリさん、どうすりゃみんな   気づいてくれるんだろうねぇ… 」  「うーむ…(たった一個のまんじゅう)が   お年寄りにとっては  お宝なのかもしれませぬなぁ…   あぁまんじゅう恐い、まんじゅう怖い…」  その夜からである。  僕等スタッフの日常に  舞台の幕が上がったのは  毎日々々繰り返す  車→風呂→飯→便所→ゲーム→車  という単調な日々の場面に  ひっそり隠れて後光を放つ  (たった一個のまんじゅう)を  僕等が探し始めたのは  ---------------------------- [自由詩]詩人の書斎 /服部 剛[2013年5月3日19時22分] ポケットから取り出した  懐中時計が、暖かい。  妻の贈りものの蓋を開け  秒針の刻む、時を視る。   僕は今、在りし日の詩人の書斎で椅子に座り  木目の机上をスタンドの灯が照らしている。  先ほど婦人が渡してくれた  古(いにしえ)の処女詩集を開き、目を瞑る――  映画館のスクリーンには  白いハンチング帽を振りながら  波止場に並び、遠のいてゆく詩友等に  戦地に向かう船から  精一杯、手を振っている  若き日の詩人の姿――   赤茶けた頁の詩集を、閉じる。  書斎の窓外に独り佇む木の  無数の若葉はさざめいて  僕に何かを云っている  ---------------------------- [自由詩]家の顔 /服部 剛[2013年5月6日18時59分] 窓の外の遠くには  丘に建つ一軒の家があり  四つの窓が 目鼻のように開いている     □       □ □     □  あ、窓から子供が顔を出して緑の風に靡(なび)く  庭の鯉幟等(こいのぼりら)をひと時見たら、引っ込んだ。  朝の日射しに白く照らされた 家の明るい顔は嬉しそうに 遠い窓の中にいる、僕の 心の鏡に反射して  気づくと顔が綻(ほころ)んでいた  ---------------------------- [自由詩]縁の糸 /服部 剛[2013年5月6日19時10分] 針を手にした(無心の手)は  今日も、布地を進みゆく  長い間歩いて来た  あなたと僕の足跡は、あの日   布巾(ふきん)の遠い両端から始まり  それぞれに縫われる糸のように  浮かんでは、沈みながら――  そうして僕とあなたは  熟した時に  出逢うでしょう  天の織り成す  いちめんの布のような  この世界の何処かで      ---------------------------- [自由詩]煙突と空 /服部 剛[2013年5月8日21時00分] 高層階のCafeで   いちめんの窓に広がる 扇の街を ぼんやりと眺めていた  煙突から  ひとすじの煙が昇っている  灰色の煙はしゅるしゅる  空の青へ   吸われるのを見ていると  日頃濁ったままの心が  いつしか空になってゆく  日々の喧騒から抜け出した ひと時に 一枚の絵画のような あの煙突と空を      しばらくここで鑑賞していよう  微かな玩具の軋む音に  まなざしを下ろす、ビルの足元から  たった一両の貨物列車が、今  扇の街の間を抜けて  果てないレールの伸びる未来の方角へ  夢の荷物を届けに  段々小さくなっていった・・・ ---------------------------- [自由詩]いのちのおむすび /服部 剛[2013年5月11日23時54分] (死にたい)と思った青年が  ずぼり…ずぼり…とふらつく雪道で  北風の吹くままに入った  イスキアの家で  「どうぞ」と置かれた  初女さんの握るあたたかい  おむすびを食べた後、ほっ…として  誰にも言えぬ闇の心を、呟いた。    初女さんはただ静かに、頷いた。  イスキアの家を出た後、青年は    (死にたい)気持が、煙となり  果てない雪の地平につらなる足跡刻み  すでにゆっくり歩み出す、自分を知った。  雪原に、しろい吐息は熱く消え  自らの脈打つ音を、聴きながら  ずぼりずぼり、と彼は往く――  ---------------------------- [自由詩]岐路の瞑想 /服部 剛[2013年5月14日22時53分] もしその道を歩んだらと   目を瞑り、想像(イメージ)してみる  そこに光が射すなら――  すでに・今  道は始まっている    ---------------------------- [自由詩]日向の祈り /服部 剛[2013年5月14日22時58分] 私は私を晒(さら)すように  自らを日向に、置いてみる。  天の願いは地へ下り   自ずと夢は実るような気がしてくる  ---------------------------- [自由詩]はーもにー /服部 剛[2013年5月23日20時10分] え?って思っても  ちょっと自分のエゴをずらして、さ  ちょっと相手に合わせてみりゃあ  案外、うまくいくもんだ  ---------------------------- [自由詩]霊の家 /服部 剛[2013年5月23日20時16分] 誰かを大切に思う時  心の家に住まう  何者かの気配を感ずる    ---------------------------- [自由詩]空 /服部 剛[2013年5月23日20時23分] 赤信号が、青になる瞬間(とき)  気づいたら右足はアクセルを、踏み  車は、動き出していた  まっさらな明日へ至る  まっすぐな道を走る時  ハンドルを持つ  私の脳は、空(くう)になる  道と、山と、空と  車内の私  は  一枚の絵画となり  (時の無い世界)の道をつらぬいて   車は小さくなってゆく     ---------------------------- [自由詩]透き通った女の目 /服部 剛[2013年5月29日23時38分] 目が、後ろから、僕を視ている。  空気に溶けた、透き通った目  の  声がする  (負けないで…)  なんでこんなにもじんわり  ハートに滲み入るのだろう  (どくり…どくり…どくり…)  もう、この世にいない女(ひと)なのに  体の消えた歌姫なのに  (音の無い生(なま)の歌声は  ふいに耳元に囁くのです――)  日々の場面に  どん!  と  足を踏み入れる時  その女の  声援を秘めた熱いまなざしは  不思議なほどに  たよりない僕の背中をぐいと、押し出す。  ---------------------------- [自由詩]重力の在る世界で /服部 剛[2013年5月29日23時47分] 俺は  俺以上でも  俺以下でも  無い  みじめな俺も、俺。  時折かっこイイ俺も、俺。  どちらも、俺。  ならば?  悩みの全ては外面上の(夢)であり  俺は俺として、俺を背負い立てるか  いかんに、かかっている  ---------------------------- [自由詩]悩み解消法 /服部 剛[2013年5月29日23時59分] なんだかわからない(イチモツ)を持ち、  浮かない顔で、うす暗い町を漂っている。  病のような、玉のような、見えないもの―  コイツを断ち切れたら、どんなに晴々晴々(せいせいはればれ)  するだろう?僕は、もう待たない!何を? 変革を!(日常にちょいと一匙入れる迄)  の物語の幕を開けるのは誰?(悩み)なん  ぞのへその緒を裁断するのは誰?ほれ、浮 かぬ顔の僕よ、そこに置かれた鋏を手にし  てごらん。  ---------------------------- [自由詩]空の波紋 /服部 剛[2013年6月5日23時11分] 犬が一人きり、吼えている。   見知らぬ国の  誰も行ったことのない森の  ごわごわ風に身を揺する  名も無いみどりの木の下で  その遠吼えは  あまりに切なく  心を貫き、刺すように  真空のそらへ  波紋を広げゆく――    *  その頃、都会の雑踏に塗(まみ)れ  無数の靴音の只中で  立ち止まる、仕事に疲れた男は  ビルとビルの間の青に  ひと時、広がる  空の波紋をみつけた  ---------------------------- [自由詩]果物夫婦/服部 剛[2013年6月5日23時19分] 「二十世紀」と「ラ・フランス」は  親しげに肩を並べ  (互いにちょっとの、すき間を空けて)  顔も無いのによろこんで、佇んでいる。  「偶然だねぇ」  「ふしぎねぇ」  ほの青さを皮に浮かべた彼と  熟した身を火照らせた赤い彼女の  丸い体と長い体は  ひとつになり、地に影を伸ばしている     ---------------------------- [自由詩]絵画の中を歩く /服部 剛[2013年6月5日23時30分] あの紅葉に燃える木の下にいってみよう  あのみどり深い木の下にいってみよう  あの石橋の向こうの赤い屋根の家の窓から ひょいと顔を出して、世界を眺めてみよう   戻ってきたら、石橋の(絵の中心)に立ち  遠くからこちらに漕いでくる川面の舟に  目を細めよう  あぁ、世界というものは  たった一つの風景の中でも  いつ、何処に立つかで  全く違って視えてくる  最後に、木の舟に乗り  まっすぐ寝そべってみた  それぞれの風景の全てを  空はまあるく、包んでいる  ---------------------------- [自由詩]ビリヤード/服部 剛[2013年6月8日21時58分] もし、緑の台の上に  停まっている、黄色い玉が  あなたなら  男が狙いを定めた、棒の先に  打とうとしている  あなたの運命(さだめ)は  一体何処へ転がるだろう?  黄色い玉が緑の台を、今  まっしぐらに転がった――          からん  ---------------------------- [自由詩]心音/服部 剛[2013年6月8日22時05分] この胸にぽつん、と備わっている  暗闇のメトロノームは  絶え間なく、高鳴ってゆく――  ---------------------------- [自由詩]窓を拭くひと/服部 剛[2013年6月8日22時18分] 高層ビルの屋上から  ロープに吊り下げられた  ゴンドラに乗り  清掃員は10階の窓を拭く  (決して、下を見てはならない)  気紛れな北風に  ゆさぶられ  風の刃は頬に冷たい  向かいのビルの珈琲店から  遠い朧(おぼろ)な絵のように、目を細め  僕は独り、問うている  「生きる為に、窓を拭くのか?   窓を拭く為に、生きるのか?」  ---------------------------- [自由詩]種子 /服部 剛[2013年6月11日22時11分] 梅干の種には、味がある。  檸檬の種にも、味はある。  誰にも固有の種があるように。  ---------------------------- [自由詩]NOMOの生き方 /服部 剛[2013年6月11日22時21分] 僕をみつめる妻の目に、炎がめらめら燃えている。  「人の意見に惑わされずに   あなたの道を、往きなさい」  「椅子の足の一本が折れたらどうなる?   あなたの姿を、信じなさい」  ふいに手にしたリモコンで  テレビを点けたら  海を渡りL・Aドジャースのユニフォームを着た  往年のNOMO英雄が  誰もやらない(竜巻投法)で    ずばん  巨漢はバットを振り抜いて  球はミットに納まった  ---------------------------- (ファイルの終わり)