服部 剛 2013年2月19日23時42分から2013年5月3日19時09分まで ---------------------------- [自由詩]なめくじ親父 /服部 剛[2013年2月19日23時42分] 塩を振られたなめくじは  縮みあがった僕なのです  縮みあがった僕だけど  今は一児の父なのです  一児の父であるならば  縮みあがった、この体  自分らしくのそぉりと  濡れた体をてからせて  体をのばす、歓びを  体くねらす苦しみを   親父のほこりというものを  示してやらねばなりませぬ  可愛(かわゆ)い可愛(かわゆ)い、僕の児(こ)が 後から笑って這ってくる  ---------------------------- [自由詩]旅人の本 /服部 剛[2013年2月20日18時46分] みつめれば、みつめるほど  世界は語る本となり  行間の道で草花の囁く秘密は  旅人の背に、託される  ---------------------------- [自由詩]ある哲学者との対話 /服部 剛[2013年3月2日19時23分] 食卓に置かれた長方形の皿に  横たわる、くろい目の秋刀魚は   いつか世を去る  私の象徴として、この口に入る     *  日常の素朴な場面を絵に描いた  一枚の布をバケツの水に浸し  両手でぎゅりり…と絞る     *  一滴の水を――  いのちの水を――  私の渇いた魂は飲みたい     *  両手を広げるきりすとの内に  一本の木があり  一本の木の内にきりすとがあり  彼こそ、全てを貫くひとすじの道である     *  九十九匹の群から逸れた  一匹の迷える羊の心に  ひかりの原石はある     *  君の弱点を引っくり返してごらん  そこに小さい緑の芽が出て  世界に一人の君という  花の顔は咲くだろう     *  ひとりの人の内に  宇宙は、ある  聴こう…無数の鈴を密やかに鳴らす  あの星々の合唱を     *  私の日常の   一挙手一投足は  ひかりの人の像を、ほる  彫刻である ---------------------------- [自由詩]道化師の耶蘇 /服部 剛[2013年3月2日19時27分] ある人は白隠禅師の絵を観て、呟いた。  「ルオーが観たら、何と言うだろう」  河童のように禿げた頭と  あばら骨の浮き出た体で  髭ぼうぼうのお釈迦様  美術館の空間で  ひと時佇み、じっと、みつめる  禅の絵に  何故か後光が射して  ルオーの描いた  道化師の耶蘇に観えてくる  ---------------------------- [自由詩]蟻の心 /服部 剛[2013年3月2日20時35分] 蟻は匂いのある方へ往く    一瞬、静止して  触角をぴくり震わせ  再び――無心に進む   (黒い背に小さな太陽を映して) 日常にふと佇む、僕も  蟻の心で  何かを受信しようと   透けた触角を、立てる ---------------------------- [自由詩]あちらとこちら /服部 剛[2013年3月3日20時07分] 箱のカバーから、背表紙を指で摘み 中身の本を取り出して   カバーは向かいの空席の、あちらに  中身の本は目線の下の、こちらに  置いてみる  いつか人が(体を脱ぐ)のは  こういうことかもしれない  机上の古書に宿る魂が  時を越え  開いた頁から  こちらに語りかけるように  ---------------------------- [自由詩]休日の過ごし方 /服部 剛[2013年3月3日20時27分] 無精者ゆえに  手の爪は時折切っても  足の爪はしばらくほったらかしで  気づくとひと月過ぎていた   風呂あがりの軟い爪を  ぱち、ぱち、と  広げた新聞紙に、落とす。  (これを12回で1年か…)  思いの外に時の流れは早そうなので  いつになくささっと身支度をした僕は  旅の本を鞄に入れて  今日最も行きたい場所を目指し  乗りこんだ車のキーを差して、廻した  ---------------------------- [自由詩]遠吼え /服部 剛[2013年3月8日18時24分] ある日、届いた封筒から取り出した紙は  「わんニャン展」のお知らせで  三日後にみなとみらいの地区センターの  展示会場に入るや否や  平日の人もまばらな空間に  木霊(こだま)する…無数の悲痛な鳴声達  私が吸い寄せられた  一枚の写真は  人間(ひと)のいない福島の村  ――黒犬は、瓦礫の山の頂で    消えた主人を今日も呼ぶ――  ---------------------------- [自由詩]希望の芽/服部 剛[2013年3月8日18時54分] 石巻の仮設住宅に住む  Tさんに新年の電話をした  「あけましておめでとうございます   今年もよろしくお願いします  」  「いよいよ来月から   津波に流された場所に、もう一度   新しい家を建てるんですよ…  」  「それは良かった…そうですか」  「物資の不足でいつ完成か、わかりませんが   (蝸牛、のたりのたりと、富士の山)と   誰かが詩(うた)った感じです         」  「被災された経験者の言葉ゆえに…   (希望の芽)の大事さを感じます」   「お盆の頃に建つかもしれないので   ぜひ来てくださいね…     」  「はい、楽しみに…おやすみなさい」  Tさんは今夜も、睡眠薬を飲み  布団に入るのだろう  「兎と亀で、亀が最後に勝ったのは   目標があったからなんですよ  」  Tさんの言葉を  自らの不器用な道に重ねて  まだはいはいをしない一歳の周に重ねて  「新しい家」を夢見るTさんの心に重ねて  ――携帯電話のボタンを押して、切った時  遠い空を渡り  縁の糸でつながれた  それぞれの新年が、幕を開けた  ---------------------------- [自由詩]ありがとうの星 /服部 剛[2013年3月8日19時03分] 今日という一日に数え切れない (ありがとう)が、隠れている。   よく晴れた日の夜空に  いつのまにか姿を現す  あの星々のように――  ---------------------------- [自由詩]チャップリンの友情賛歌 /服部 剛[2013年3月13日22時56分] 暗がりの映画館で  白黒のスクリーンには  だぶだぶの燕尾服に しるくはっとのチャップリン  ふらりと現れた酔っ払いと  ふとしたことから口論になり  胸ぐらつかみ、胸押しあい、もつれ転がり  よろおりと立ちあがるチャップリンは  パッパと埃を手で、払い  しるくはっとを地面に、叩きつけ  互いのおでこをくっつけた2人の横を   のったりと  はげ頭の爺さんが、杖をつきつつ  通りすぎていった――  「いかんな、熱くなりすぎた…」  「すまんな、我を忘れちまって…」  3分前には  地面に転がりあっていた2人は  いつのまにやら兄弟となり  肩を組みつつ歌うのでした  スクリーンの中から  映画館の暗がりに座る、皆様へ                 Fin  ---------------------------- [自由詩]百年の夢 /服部 剛[2013年3月13日23時09分] 伊東の老舗・東海館で  和室の窓外に、ゆらめく川の水面(みなも)を  一羽の白鷺が横切った  一枚の枯葉が今  枝先を離れ、ゆらめく川の水面へ  身を翻(ひるがえ)し宙を舞う  もし、一瞬というものが百年の夢ならば  今日、あなたは何をするだろう?   ※ 初出:神奈川新聞(平成25年2月3日)に掲載。  ---------------------------- [自由詩]円空さんの声 /服部 剛[2013年3月17日20時32分] ひとりの木の中に  微笑み坐る、仏がいる  人という木の幹の中に  両手をあわせる、仏がいる  円空さんが無心で彫った  木の像が、幾百年の時を越え  何かを語りかけるように  今にも動き出しそうで    薄く開いた 口に  僕は耳を寄せてみた  ---------------------------- [自由詩]光の石 /服部 剛[2013年3月17日20時46分] うっとりと瞳を閉じて  光の石を両手に乗せて  立っている円空さん    静かないのちの歓びが  体の隅々まで葉脈を巡らせ   行き渡っているようです  森に佇む木の体   日向に笑う石の顔  幸福の思念すらもない  彼らのように ただ・そこに――  ---------------------------- [自由詩]円窓 /服部 剛[2013年3月17日20時58分] 手にした筆で  ま白い半紙に ○ を、描く。   ○から世界を覗く時   自らの高鳴る鼓動が聞こえ…   今・息を吸うては吐いている いのちの不思議を思う  ---------------------------- [自由詩]人間の声 /服部 剛[2013年3月22日20時31分] 「あんた、マフラー飛んでるよ!」  ホームのベンチから立ち上がり、叫ぶ男。  首を後ろに振り向いて、道を戻ろうとする女。  ぶおおぉん――…  ホームに入った電車が視界を、遮った。  のっぺらぼうの人々が佇む  都会の駅の一コマに  鳴り響いた人間(ひと)の声に  (いいなぁ…)と階段の下で  僕も首を後ろに、振り向いた。  こちらの視界に気づいてか  我に返った男は  うつむいてもじもじ、    ベンチに腰を下ろす。  ホームの向こうに小さくなった  女の後ろ姿に、黄色いマフラーが靡(なび)いていた  ---------------------------- [自由詩]渋谷の公衆便所にて /服部 剛[2013年3月22日20時44分] 渋谷の公衆便所に入ったら  「ほらおとっつぁん、チャックを閉めて」と  初老の息子は傾く体の親父を支えて、言った。  なんとか息子に支えられ  よたつく親父の背中には  (いたる)と3文字、縫われており  親父の名前が(いたる)なのか?  かれらの歩みは一体何処に(いたる)のか?  人の情けのいたる場所について  あれこれ考えながら  「友愛のモヤイ像」を横切り  僕は雑踏を  何処までも歩いていった  ---------------------------- [自由詩]精子の旅 /服部 剛[2013年4月1日22時30分] 精子の姿は、魂に似て  お玉杓子は、音符に似て  もし、魂が音符なら  メロディは  五線譜を泳ぐでしょう  無数の精子と精子の競争を  勝ち抜いた選ばれし精子よ    君は辿り着いた宮へ入り  結合した卵に  あの息吹は巡り  母親のふくらんだおなかに包まり 夢を見る  人の幼虫として  何処からか聴こえる合唱に 耳を造詣するでしょう  いつか――棺から起き上がり  炎に踊る老人の黒い影も溶け去り  透明な精子のフォルムは、風を泳いで  吸いこまれゆく  空の向こうの宇宙の宮へ  ---------------------------- [自由詩]空の言葉 /服部 剛[2013年4月1日22時40分] 晴れた日のアスファルトは  優しい日射しも、照り返す  雨の日のアスファルトは   小降りの粒も、無数に弾く  土のこころを知るならば  土のこころを知るならば  空の言葉は我が胸に 吸いこまれてゆくだろう ---------------------------- [自由詩]達磨診療所 /服部 剛[2013年4月4日21時54分] ――再び発つ、と書いて「再発」という――      *  「人間はふたたび起きあがるようにできているのさ」  いつも眼帯をしてる達磨(だるま)診療所のヤブ医者は  片っぽうの目でこちらにぎろり、と呟いた。  手渡された聴診器をこの胸にあて  自らの鼓動をまじまじと聴いてみた  (何処かの電信柱でカラスがあぁと一声、鳴いた)  あの日の午後に      *  僕は時折、思い出す。  あの診療所の染みた白衣を身に纏う、達磨親父のひと言を。  「お前さん、ほんとうの鼓動を聴いたことがあるかね?」  ---------------------------- [自由詩]貝/服部 剛[2013年4月16日20時38分] あなたはそこに  じっと佇んでいる  ひとりの貝  そっと口を開いた奥に  光の珠(たま)を秘めて  闇をあまねく照らし出す  ---------------------------- [自由詩]春の日溜り /服部 剛[2013年4月16日20時47分] 赤・白・黄色の器を  ほわっと開いて  ちゅーりっぷが咲いている  通りすぎゆく人々の上に  そっとそそがれる  天の歌を受け取り  嬉しそうに  細い茎を揺らして  ---------------------------- [自由詩]井戸の底にて /服部 剛[2013年4月16日20時52分] 深閑(しんかん)とした井戸の底で  今夜も私は、蹲(うずくま)る。   遥か頭上の丸い出口の雨空に  嵐はごうごう、吹き荒れて  木の葉がはらはら、鳴っている  遥か頭上の丸い出口を  今日も他人の足は跨(また)いでいった――   (何故、人の心はあんなに遠い…?)   いつしか眠りに落ちた夢の中  いのり重ねた両手の皿に  濡れた葉が一枚、落ちてきた。  仰いだ遥かな丸い穴にひかりは溢れ  こちらを覗く黒い影が、私を呼ぶ  「私はあなたに、会いにきた――」  ---------------------------- [自由詩]愛の数式 /服部 剛[2013年4月26日23時24分] 異国の日本で差別に苦しみ  生き延びようと闘った果てに   牢屋に入った外国の人  地上に出た新たな日々で  日本語学校に通い始め  ある日、掛け算の九九を覚えた  「3×8は   8+8+8で24…   さんぱ24…!  」  ひとつの数式が解けた時  彼の心に燻(くすぶ)る 殺意がすー…と消えたという  もしかしたら  数式というものには  愛の魔法が潜んでいる ---------------------------- [自由詩]航路 /服部 剛[2013年4月26日23時28分] 寒暖を繰り返しながらも  季節は、僕等を乗せた舟のように  羅針盤の指す方向へ  今も流れているのでしょう  ---------------------------- [自由詩]舞台へ続く、通路を歩く/服部 剛[2013年4月28日21時42分] 友よ、覇気(はき)を以って  日々の場面へ  いざ、突入せよ――  ---------------------------- [自由詩]稲穂の人 /服部 剛[2013年4月28日21時55分] 金の夕陽を反射して  仄かなひかりを増しながら  炎の矜持(きょうじ)を秘めている  稲穂の姿に、私はなろう  ---------------------------- [自由詩]桜並木の川 /服部 剛[2013年4月28日22時07分] 山桜を眺めると、落ち着いてくる  白い花々は、何処かうつむいているから。  山桜を通り過ぎると、落ち着いてくる  派手さは無く、思いをそっと抑えているから。  遥かな国の方向へ  さらさらきらめき、伸びてゆく  川沿いの並木道を  少し屈んだ小動物のような翁(おきな)の背中は  ゆっくり早く、遠のいて――  川を横切るてふてふを  瞳のレンズに映す青年の心は  らんらんと燃えながら  遠い翁の往く方へ、歩み始めた  ---------------------------- [自由詩]夢の絵 /服部 剛[2013年5月3日18時53分] ごろごろ、ぴか、どかーん  遂に熱血上司の雷が、頭上に落ちた。  焼け焦げた姿のまま、そろ…そろり  逃げ帰ろうと思ったが  見えない糸に背中を引かれ  くるり、と引き返す。  熱血上司の顔が鬼瓦になっている   畳の部屋に戻り、互いに坐り  少しの間、腹を割った。  家に帰って、嫁さんの前で  両手を皿にしてめそめそのふりをしつつ 仕事というものの重さを思い  布団に小さく包まって、寝た。  夢の中では  怒った上司とちびった俺の場面が  全て二重の線で描かれ  少しぼやけた絵になり  一枚の額縁に納まり   誰もいない美術館の壁に、掛かっていた。  (そうだ、出来事は皆一重の線じゃない…)  目が覚める。  網戸の外の夜明けはすでに  蝉等がかなかな歌ってる  布団の上で、のびをする。  両手の拳をエイとあげる。  顔を洗い、飯を喰らって、外へ出る。  今日という日の出来事の  上辺の全てをひっぺがす  あの夢の絵を、視る為に。  ---------------------------- [自由詩]まんじゅう事件 /服部 剛[2013年5月3日19時09分] 熱血上司は耳をまっ赤にして  デイサービスのお年寄りを 皆送り終えた、スタッフの中へ  ふつふつとやって来た。  「なぜ敬老祝いの紅白まんじゅうを   ○○さんに届けないいぃ…!! 」  認知症のお婆ちゃんを心配して  残したまんじゅうを渡さなかった  スタッフ一同は  頭上にゆげを昇らせる彼の姿に  しーん…と静まり返った  仕事の後の更衣室で  熱血上司は、僕に言う。  「ハットリさん、どうすりゃみんな   気づいてくれるんだろうねぇ… 」  「うーむ…(たった一個のまんじゅう)が   お年寄りにとっては  お宝なのかもしれませぬなぁ…   あぁまんじゅう恐い、まんじゅう怖い…」  その夜からである。  僕等スタッフの日常に  舞台の幕が上がったのは  毎日々々繰り返す  車→風呂→飯→便所→ゲーム→車  という単調な日々の場面に  ひっそり隠れて後光を放つ  (たった一個のまんじゅう)を  僕等が探し始めたのは  ---------------------------- (ファイルの終わり)