服部 剛 2012年12月29日23時58分から2013年2月19日23時42分まで ---------------------------- [自由詩]日々の旅人 /服部 剛[2012年12月29日23時58分] 伊豆高原駅から  赤沢へとバスに乗り  日帰り温泉館の4階へと上り  露天風呂に身を沈めた  目の前は、いちめんの太平洋  (あ、雲が崩れて金の鳥に・・・)  そう思った次の瞬間  「雲間の顔」があらわれた    ○      ○  ○    ○  ふと目に入った、丸い岩も  ひとりの顔になっていた    (             )    (  もし、こんなにせちがらい世の中の  遠い空の下に重荷を置いてきた  旅先で  目に映るすべての風景達が  旅人を祝福してくれるなら――  あたらしい目を開いた私は  これからの日々を旅する者になるだろう  ---------------------------- [自由詩]「 TOILET 」/服部 剛[2012年12月31日20時56分] 名曲喫茶の木目のドアに  手書きの黒いマークが 貼られていた    ●Y  それはドアの真中で  諸手をあげて生を歓ぶ  ひとりの子供の姿であった ---------------------------- [自由詩]みどりの言葉 /服部 剛[2012年12月31日21時17分] フロントガラスの前に広がる  いちめんの里芋畑で大きい葉群が  わらわら踊ってる  ここは、公園の駐車場。  ベートーヴェンの協奏曲が  カーラジオから  生真面目で軽快なヴァイオリンを奏でてる  僕は今日、ひなたの机で  世を去った歌姫に贈る   手紙を綴ったが  どうやら体の消えた人は  風となり世界を巡っているようです  ベートーヴェンのヴァイオリンに  ぴたり、と呼応して大きい葉群が  わらわら喋(しゃべ)ってる  フロントガラスの、向こう側。  ---------------------------- [自由詩]聖夜 /服部 剛[2012年12月31日21時33分] 窓のすき間から風は吹き  グラスの筒に包まれた  ぼやけた蝋燭の灯は  世を去ったあなたの魂となり 赤々と燃えています  なにかを囁いているように― あの日の歌の調べのように― 躍動している舞踏のように―  人の心の燭台にともる  遥かな国のひかり  今宵も蝋燭の灯は、ゆれる  ---------------------------- [自由詩]夢の署名 /服部 剛[2013年1月1日21時01分] 戦中・戦後を生き抜いた  ある詩人が世を去った後  長い足跡のつらなりと  ひとすじの道の傍らに  彼が種を蒔いていった花々が開き始める  今迄の僕は  別の場所で夢を求めていたが  世を去った詩人の魂に出逢ってから  いつのまにか  野の花の微笑む道に立っており  前方の遥かな霞に向かって  どこまでもまっすぐ道は伸びていた  新たな夢が生まれた日  何処からか  世を去った詩人の声が聞える  「青年よ、詩心を胸に旅に出よ――」  「はい、いきます」  その一言だけを  虚空の天に告げて  僕は只  目の前に敷かれている唯一の道を  無心に歩んでいけばいい  白紙に描いた夢の設計図を  懐に入れて――  道の傍らに咲く野の花々が  僕に呼びかける方へ  ---------------------------- [自由詩]日々の花束 /服部 剛[2013年1月3日12時10分] 私は花を、あなたに渡す  あなたの瞳に映る花  私の瞳に映る花  ふたりの間にひらく、喜びの花  ---------------------------- [自由詩]あたらしい歌 /服部 剛[2013年1月3日12時29分] 家に帰って、腰を下ろし  一才の周をだっこすれば  小さいいのちの温もりが  このお腹にあったかい  この両手を  短い足の膝下に組んで  右に左に、ゆさり、ゆさり  パパは君の揺りかごになろう  くたびれたので  お腹に寝かせておいた周が  くるん、と寝返り  僕の顔をめがけて這ってくる  パパは君の山になろう  登山の途中で、一休み。  短い足をぱたぱたする、周よ  いずれはパパの体をひょいと下り  いつか君が立つであろう  明日の舞台をパパは夢見ている  友達と手をつないで  足踏みをして  皆のあたらしい歌が  ホールに響き渡る日を  ---------------------------- [自由詩]いのちの音 /服部 剛[2013年1月11日23時40分] 夜の部屋で  ぎたあの絃を爪弾けば  音のふるえは静寂(しじま)に消えて  再び秒針の音は響く  繰り返される毎日に どうすれば僕は  音のふるえとなるだろう?  単調なる、秒のまにまに  どうすれば僕は  一瞬の光となるだろう?  ぎたあを爪弾く指を、止め  秒針の音に耳を澄まし  左胸に手をあてる  もう一度――  私という不思議を味わおう  ---------------------------- [自由詩]木の人 /服部 剛[2013年1月11日23時49分] 掌の葉脈を、陽に翳(かざ)す。    樹液は枝葉に沁み渡り  樹液はからだに沁み渡り  木の人となり、陽を浴びる――  ---------------------------- [自由詩]箸 /服部 剛[2013年1月12日9時35分] 箸は二つで、一膳です。  誰かの手に持たれ  一つの食を摘みます。  君と僕が夫婦であるように。  ---------------------------- [自由詩]サラダの味 /服部 剛[2013年1月13日20時45分] 今迄の僕は  サラダにドレッシングを  どばっとかけては  じゅるじゅる汁を吸いながら  緑の葉っぱを咀嚼(そしゃく)していた  ある日、寄ったレストランで  出てきたサラダの器に  盛られた野菜は  皿に全く汁の残らない   ほんのりした味わいだった  いつだか  串田孫一がパスカルの肖像画を  暈(ぼか)して描いた   古い書物を閉じた後  なにげない日々の場面に  薄っすら金の鍵が見えるような――  あの読後感に似ていた  ---------------------------- [自由詩]風の顔 /服部 剛[2013年1月13日21時59分] 晩飯のおかずを箸で摘み  炒めたもやしを、食っていた。  一本の長く萎びたもやしが  「風」という文字になり  誰かの顔のように  皿にへばりついて、僕を見た。   もしかしたら  「風」は  日々のあちらこちらにいるかもしれない  ---------------------------- [自由詩]天使の声 /服部 剛[2013年1月14日22時28分] 帰りの電車に揺られながら、頁を開いた  一冊の本の中にいるドストエフスキーさんが  (人生は絶望だ・・・)と語ったところで  僕はぱたん、と本を閉じて、目を瞑る  物語に描かれた父と幼子をおぶった母は  一枚の絵画のように  日々の貧しい坂道を夕焼け空へと上りゆく (日々は希望か絶望か?)と僕は問い、耳を澄ませば 母の背から振り返り(キボウ)という幼子の声に   心の中がぱっと明るくなったところで  瞑っていた目は開き  ドストエフスキーさんをそっと、鞄にしまった。  我が家へ続くいつもの夜道を歩いて   「ただいま」とドアを開く  「おかえり」という妻に抱かれた  人より染色体の一本多い周がふりむいて  けたけた笑い、僕の目を見る  ---------------------------- [自由詩]西郷どんは今日も往く /服部 剛[2013年1月17日22時45分] 江戸の町を外れた木々の緑の林道を  刀一本脇に差し  首輪を繋いだ愛犬つれて  悠々(ゆうゆう)と風を切り  西郷どんは、ずんずん歩み往く  勝海舟の願いを聞いて  江戸の戦火を避けた西郷どん  明治新政府の役には就かず  愛する薩摩に帰った西郷どん  ふたたび政府に呼ばれたが  亜細亜(アジア)に対する政策が嫌で  やっぱり薩摩に戻った西郷どん  嘗て武士だった者達と苦しみを分け合い  五十年の生涯を自ら閉じた、西郷どんは  百年以上時の流れた  平成二十五年の銀座・文藝春秋画廊にて  ふらりと訪れた青年の僕が  カウンターに座り熱燗を飲みつつ  眺めた額縁の中で  今日も緑の風を切り  何処までもずんずん、歩み往く  林道の遥かな出口に  ひかり溢れる  日本の曙を目指して  ---------------------------- [自由詩]喜びの日 /服部 剛[2013年1月21日20時52分] なかなかはいはいしなかった周が  ある日突然、棚に掴まり立ちあがった。  「すごい、すごい」  諸手を叩いて、僕は言う。  「ぱ・・・ぱ・・・、ぱ・・ぱ・・」  こちらを向いて、周が言う。  褒めれば褒めるほど  笑顔は増して  無数のしなぷすは連なり  未知なる命が、輝きそうだ  ---------------------------- [自由詩]いのちの歓び /服部 剛[2013年1月21日21時03分] 今迄の僕は  どれほど多くのまなざしに みつめられてきただろう    どれほど多くの手に  支えられてきただろう  今、僕は、ようやく  幹の内側からいのちの歓びを呻(うめ)くように  地中に根の足を張り始め  空へ枝葉の掌をひろげ始め  自らという樹木の内に  脈打つ、心臓の音(ね)が  からだの隅々を巡りゆく――  これからの僕を  どれほどの雨が潤すだろう  どれほどの陽をそそがれるだろう  僕は伸びる、何処までも  あの空へ この声音(こわね)の響き渡るまで  ---------------------------- [自由詩]卵の音 /服部 剛[2013年1月25日23時38分] 年の瀬の上野公園は  家族づれの人々で賑わい  僕等は3人で  枯れた葦の間に煌く  不忍池の周囲を歩いた  ゆくあてもないような僕等の歩みは  本郷へと進み  詩友Fの朗らかな顔に  何故かこの胸は少し、痛んだ  本郷3丁目駅の近くにある  「麦」という名曲喫茶の地下に入り  昼食を終えた頃――  ようやく僕は、口を開いた  「今日3人で顔をあわせるのは・・・」  言いかけたところで  詩友Rは横から  「はっとりんはwonder-wordsを卒業します」  詩友Fは思わず  「お、おめでとう」と、呟いた。  それから僕等は3人で  ゆず茶を  クリームソーダを  ブレンド珈琲を  それぞれに啜りつつ  古事記について  明治維新について  戦後について  心の病んだこの国について  そしてPoetryについて  3時間の穏やかな討議をした    *  額縁のモーツァルトは  思案げに俯いていた――    *  「はっとりん、俺等は歩いていくよ」  「麦」を出て、地上にあがった  丸の内線の改札で  詩友FとRとがっしり握手して  静かな魂の震えるままに  稲穂になった僕は頭を垂れた――  ふたりの背中が薄闇に、遠のいていった  僕は改札の中へ、入った    *  ホームに滑りこんできた  地下鉄のドアがゆっくり、閉まる。  世界の何処からか  あたらしい卵の割れる音が、聴こえた  ---------------------------- [自由詩]愛犬の声 /服部 剛[2013年1月28日21時53分] 老人ホームで百歳のお婆さんが旅立ちました  「若い頃桜島が噴火してねぇ・・・   首輪をつながれた愛犬の悲鳴が   今も聴こえるんだよ・・・   」  遠い昔に世を去っても  お婆さんの心に消えぬ、あの悲鳴。  お婆さんが世を去っても  介護した僕の心に何故か蘇る、あの場面。  今頃ましろい遥かな国で  お婆さんは歩いてゆく  長い間尾っぽを振って待っていた  愛犬の元気な呼び声の方へ  ---------------------------- [自由詩]灯台ノ道 /服部 剛[2013年2月6日17時52分] 暗闇の航路を照らすあの灯台に あなたは、詩人を観るだろう。  ---------------------------- [自由詩]自画像 /服部 剛[2013年2月6日22時09分] 背筋を伸ばしたスタンドの顔が  ジイドの古書の開いた頁を照らす時  長い間つけていない  TV画面に映る自分の顔と、目があった  ---------------------------- [自由詩]ヨコハマの青い夜景ー献杯の詩ー /服部 剛[2013年2月6日22時24分] 細長いのっぽビルの  1階から23階へ  光のエレベーターは昇りゆく  23階から1階へ  光のエレベーターは下りゆく  祈りとは  両手をそっと重ね  天と地をつなぐ交信である――  今日は、美しい歌姫の月命日。   在りし日の歌姫が嗜(たしな)んでいた  赤ワインのグラスを片手に、僕は  本の写真やCDの円盤に納まった  貴女(あなた)を偲びつつ・・・  窓外の観覧車に点滅する光の秒針に目を細め  赤ら顔で、7階のBarからみなとみらいの  青い夜景を観ている――  ---------------------------- [自由詩]はつ夢 /服部 剛[2013年2月8日23時29分] 年賀状の写真から  親戚の一歳のこどもが  すくっと立って、こちらに  きょろりとした目で 新年の挨拶をする  その夜  嫁さんが皿を洗う音を聞きながら  一足お先に布団に入った一歳の周に  僕は子守唄を歌う  ミルクをいっぱい飲んだ後  椛(もみじ)の両手を開いたまんまの  あどけない寝顔   (パパが、守ってやるからな・・・)   人より染色体が一本多く  なかなか立たない周をみつめ  思わず心に、呟いた。  皿洗いを終えて一息ついた、嫁さんが   ゆっくり僕に、お屠蘇を注いだ。  テレビでは「五体不満足」の乙武さんが  とてもお洒落な服を着て  これからの夢を語っていた   静かに頷く嫁さんに  今度は僕が、お屠蘇を注いだ。   新春の、夫婦で嗜(たしな)む酒の味に  ほろ酔いつつも  ふたりの目線の先で夢を見て  布団の中ですやすや眠る  周の椛の手のひらが、開く  明日の夢を掴むように  ---------------------------- [自由詩]木のひと/服部 剛[2013年2月8日23時55分] 日々それぞれの  場面々々に   直観の行為、を積み重ねよ――  行けば行くほど・・・  動けば動くほど・・・   一つの○い出逢いの場に  日向はあふれ  あなたはそこで一所(ひとところ)の土深く、根を下ろす  あなたはそこで天に掌の葉を、広げる     そうしてあなたはいのちの木となり  陽を浴びながら  無数の葉を風に揺らして  全身で唄い始める  ---------------------------- [自由詩]人形ノ声 /服部 剛[2013年2月12日21時24分] 手にした鉛筆に宿る(こころ)が  白紙に綴る言葉で語り出す時  柱に凭れて腰かける  青い瞳の人形は、口を開いた  ---------------------------- [自由詩]ペガサスの瞳  /服部 剛[2013年2月12日21時40分] 雨の降る公園で  ずぶ濡れのまま、しゃがみ  小石を手にした少年は  地面に絵を描いていた  通りすがりの僕は  吸い寄せられるように、公園に入り  少年の傍らに、しゃがみ  すっぽりと傘に入れた  「これ、何の絵?」  「ペガサス・・・」  誰かに殴られ  腫れ上がった少年の頬に  雨粒の涙が、落ちた  「きれいな馬だねぇ・・・」  こくり、と少年は頷き  地面に描かれたペガサスは  雨天の空の彼方へ  駆けていった――    *  二十年後、詩人会の集まりで  何処か見覚えのある  青年がいた  ――あの日の少年だった。  大人になった彼は、賞に選ばれるほど  優れた詩人になっていた  あの日、雨天の空へ昇っていった  ペガサスの瞳が  彼の眼鏡の奥に光った  ---------------------------- [自由詩]老婆の麺麭/服部 剛[2013年2月12日21時59分] 薄茶けた昭和の古書を開いて  ツルゲーネフの描く  露西亜の田舎の風景から  農民の老婆の皺くちゃな手は  搾りたてのぶどう酒が入った器と  焼き立ての丸い麺麭(パン)を  時を越え  読者の僕に、差し出した。  (見えない麺麭)を手に取った僕は  口に含み、味わい・・・  血のようなぶどう酒と共に  喉へ流しこむ――  開いた余白の頁に浮かぶ風景は    藍色の空の海に浮く、一艘の雲  しきりに尾を振る、馬のわななき  全てを見守る、背後の山々  (主よ、この手はもう何もいりません・・・)  主人公の清貧の台詞を聴いて  僕は知るだろう  もし、自らが乞食になっても  全てを胸にみたされながら  この手のひらに乗せた  (空(くう))という透き通った麺麭を――  ---------------------------- [自由詩]日捲りカレンダー/服部 剛[2013年2月14日23時32分] この世に生まれてから  今日に至るまでの一日々々を  風に捲られてきた暦は  人生の旅路の果ての 終着駅に至るまで  捲られる暦は  どれほどの厚みだろう――?  産声をあげた、あの日と  棺に横たわる、いつかの  間にある  今日というたった一枚の紙の、重み を思いつつ  窓枠の空を眺め 頬杖をついてみる  ---------------------------- [自由詩]柴田トヨさんの声  /服部 剛[2013年2月14日23時50分] 仕事から帰ると嫁さんが  「はい、これを見て!」と新聞を手渡した  ※今週の本・Top10※  1位…  2位…  3位柴田トヨ「くじけないで」  4位…  5位…  6位柴田トヨ「百歳」  百一歳の詩人・柴田トヨさんが  旅立ってから二週間  独りひとりの読者と出会いを求めて  風になったトヨさんは  体の無い自由さで  今日も世界の空を、吹き渡る  先日、電話をしたら  「おっかさんが映画になるんです」  と息子の健一さんは言い  「おっかさんの宿題が始まりそうですねぇ…」  と僕は答えた    *  鞄から取り出し、トヨさんの本を開いた  頁の余白に  手書きで三本の斜線が  天から地へとふりそそぎ  (陽射しになってあなたを応援しています)  本の中から今も語る  トヨさんの声が、聴こえた  ---------------------------- [自由詩]紙のスクリーンー私の詩ー /服部 剛[2013年2月19日23時28分] 私の詩は 日々の呼吸のようなもの  幾千万も繰り返す  数え切れない吐息等が  ふいに光るように  今日も私は  まっさらに広げた  紙のスクリーンに  日々の場面を浮かべ  この手にペンを 持つのです    ---------------------------- [自由詩]なめくじ親父 /服部 剛[2013年2月19日23時42分] 塩を振られたなめくじは  縮みあがった僕なのです  縮みあがった僕だけど  今は一児の父なのです  一児の父であるならば  縮みあがった、この体  自分らしくのそぉりと  濡れた体をてからせて  体をのばす、歓びを  体くねらす苦しみを   親父のほこりというものを  示してやらねばなりませぬ  可愛(かわゆ)い可愛(かわゆ)い、僕の児(こ)が 後から笑って這ってくる  ---------------------------- (ファイルの終わり)