服部 剛 2012年12月13日17時58分から2013年2月6日22時09分まで ---------------------------- [自由詩]出逢い /服部 剛[2012年12月13日17時58分] 何処からか舞い降りてきた  小さい埃(ほこり)の影が  開いた頁の余白を  通り過ぎていった――  ---------------------------- [自由詩]目をひらく /服部 剛[2012年12月13日18時09分] 息を吸っては吐いて  (呼吸)になる  大きい器にふたをして  (鍋)になる  たまたま出逢った男と女が道に並んで  (夫婦)になる  ぱち、と上下のまぶたを閉じた  瞬間 (ほんとうの目)は開かれる  (燃エ盛ル我ガいのちノ、脈ハ鳴ル――)  自分と(嫌な人)を分けていた  自分と(日々の仕事)を分けていた  あの壁がふー・・・と消える  ひとつの世界  ---------------------------- [自由詩]リストの指 /服部 剛[2012年12月15日18時30分] 名曲喫茶の壁に掛けられた  額縁の中で  貴公子のようにすっと立ち  時を越え、こちらをみつめる  リストの目  (こちらに来なさい・・・   世を去った私達の賛歌に耳を澄ましてから   そちらに戻りなさい・・・   そうしてあなたは   唯一無二の歌を奏でる者になるだろう  )  胸に手をあて、跪き  リストの声を聴いていた  僕の落とした目線の先に  曇り硝子から射す日に照らされた  リストの指は、生々しく  今にも動き出しそうだ    ---------------------------- [自由詩]道 /服部 剛[2012年12月15日18時44分] 今日も少女は古着姿で  脇に小さい黒板を抱え  貧しい童子(わらべ)等の集う学校へ続く  土の道をゆくだろう  今年も一年、この黒板に  どれほど白いチョークの文字が  書かれては消えたろう      童子等のすでに帰った  空っぽの教室で    夕陽を見てはうつろいゆく  一日・一月・一年よ――    白いチョークの文字は、消えて良い。  童子等のこころに消えぬ  言葉を夢見て  少女の瞳は思案に俯きつつも  明日へ向かってゆくだろう   黒板をしっかり抱えて  貧しい笑顔で無邪気にさわぐ  童子等のいる  あの教室へ続く道を  ---------------------------- [自由詩]草の露/服部 剛[2012年12月15日18時55分] 早朝の散歩で  ふと、こちらに合図した  草の露に宿るひと粒の太陽  それがこころの鏡なら  一体どんな思いを 反射して  私は歩いてゆくだろう――  ---------------------------- [自由詩]床屋にて /服部 剛[2012年12月16日22時35分] 鏡の前の リクライニングに座り  鋏を手にしたおじさんに 全てをまかせて、瞳を閉じる  ぱさ、ぱさ、と切り落とし  頭はだんだん軽くなる  ぱさ、ぱさ、と切り落とし  心はだんだん軽くなる  リクライニングの傍らで  蟹の姿の床屋さん  鋏は自分の手のように  ぱさりぱさり・・・と  日々の邪念を、切り落とす   いつしか僕の心眼の  暗闇にゆらゆらり・・・  舞い散る枯葉  「兄ちゃん、起きて!」  はっと目覚めた鏡に映る  生まれ変わった僕の頭は  思いの他に  ○い姿になっていた  ---------------------------- [自由詩]ゲエテの瞳 /服部 剛[2012年12月16日23時03分] 横浜市戸塚区の伊太利亜料理屋で 葡萄酒(ぶどうしゅ)を一飲みした後、トイレに入る    *  薄明かりの狭い空間で  蔦(つた)の彫刻のからまる壁に凭れ  鏡に映る  ほてった顔の酔っ払いは呟く  (ここは伊太利亜だ・・・)  鏡に映る自らの姿に  ぼんやり重なっている  ゲエテの瞳は  遠い過去からそうっと僕に呟いた  風の導くままに往く伊太利亜紀行の道と  ひとり旅の歓びを――    *  トイレから出てすぐの  壁に飾られた天使の絵を見ながら  携帯電話を耳にあてた僕は  受話器越しの嫁さんに言う  「今、伊太利亜に着いたよ」  ---------------------------- [自由詩]階段昇降の詩 /服部 剛[2012年12月18日18時44分] だらりと垂れ下がった両足の  Sさんが住む団地のドアを  「おはようございます」と開けてから  僕と同僚で、車椅子の前後を支え  (重たい・・・)と心に呟きつつ  がたん、がたん、と階段を下る  施設の食事を終えた後  トイレ介助で僕がからだを抱え  便器に座る時  「最近、妻も息子も冷たくてねぇ・・・  去年はそこらを歩いてたのに   今は粗大ごみになっちゃった    」  (重たい・・・)と心に呟き  Sさんを支える  怠けた僕は、間違っていた  施設での一日を終えて  帰りのドアへ向かう階段を  僕と同僚で  がたん、がたん、と引き上げる時  踏ん張る足裏に何故か力がみなぎった  両足をだらりと垂らし  うなだれる  Sさんの哀しみを知った日  ---------------------------- [自由詩]誰かの足跡 /服部 剛[2012年12月18日19時01分] 太陽  月  仏陀  神  (それらを含んだ風のしらべよ)  わたしが昇ればあなたは昇り  わたしが降りればあなたは降りる  わたしが歩めばあなたは歩み  わたしが止まればあなたは同時に、静止する。  (今も空気中からこちらを視ている   あなたの透きとおった、眼球よ )    誰ひとりいない冬の浜辺で  膝を落とし、砂を涙で濡らした  あの日  ふりかえった背後に  私が歩けなかったはずの場所に、刻まれ  こちらまで続いている・・・・・ふしぎな足跡  ---------------------------- [自由詩]消灯の刻 /服部 剛[2012年12月29日23時37分] 深夜のベッドに横たわり  スタンドの灯の下には  無数の塵が舞っていた  日中は見えないものも  照らされて姿を現すように  静まり返った街の夜空に  無数の(見えないもの)は  今宵もゆきかっている  ストーブの稼動する音が響く  冬の部屋で  私は無限に思いを馳せて  スタンドにふれ、灯を消した  ---------------------------- [自由詩]日々の旅人 /服部 剛[2012年12月29日23時58分] 伊豆高原駅から  赤沢へとバスに乗り  日帰り温泉館の4階へと上り  露天風呂に身を沈めた  目の前は、いちめんの太平洋  (あ、雲が崩れて金の鳥に・・・)  そう思った次の瞬間  「雲間の顔」があらわれた    ○      ○  ○    ○  ふと目に入った、丸い岩も  ひとりの顔になっていた    (             )    (  もし、こんなにせちがらい世の中の  遠い空の下に重荷を置いてきた  旅先で  目に映るすべての風景達が  旅人を祝福してくれるなら――  あたらしい目を開いた私は  これからの日々を旅する者になるだろう  ---------------------------- [自由詩]「 TOILET 」/服部 剛[2012年12月31日20時56分] 名曲喫茶の木目のドアに  手書きの黒いマークが 貼られていた    ●Y  それはドアの真中で  諸手をあげて生を歓ぶ  ひとりの子供の姿であった ---------------------------- [自由詩]みどりの言葉 /服部 剛[2012年12月31日21時17分] フロントガラスの前に広がる  いちめんの里芋畑で大きい葉群が  わらわら踊ってる  ここは、公園の駐車場。  ベートーヴェンの協奏曲が  カーラジオから  生真面目で軽快なヴァイオリンを奏でてる  僕は今日、ひなたの机で  世を去った歌姫に贈る   手紙を綴ったが  どうやら体の消えた人は  風となり世界を巡っているようです  ベートーヴェンのヴァイオリンに  ぴたり、と呼応して大きい葉群が  わらわら喋(しゃべ)ってる  フロントガラスの、向こう側。  ---------------------------- [自由詩]聖夜 /服部 剛[2012年12月31日21時33分] 窓のすき間から風は吹き  グラスの筒に包まれた  ぼやけた蝋燭の灯は  世を去ったあなたの魂となり 赤々と燃えています  なにかを囁いているように― あの日の歌の調べのように― 躍動している舞踏のように―  人の心の燭台にともる  遥かな国のひかり  今宵も蝋燭の灯は、ゆれる  ---------------------------- [自由詩]夢の署名 /服部 剛[2013年1月1日21時01分] 戦中・戦後を生き抜いた  ある詩人が世を去った後  長い足跡のつらなりと  ひとすじの道の傍らに  彼が種を蒔いていった花々が開き始める  今迄の僕は  別の場所で夢を求めていたが  世を去った詩人の魂に出逢ってから  いつのまにか  野の花の微笑む道に立っており  前方の遥かな霞に向かって  どこまでもまっすぐ道は伸びていた  新たな夢が生まれた日  何処からか  世を去った詩人の声が聞える  「青年よ、詩心を胸に旅に出よ――」  「はい、いきます」  その一言だけを  虚空の天に告げて  僕は只  目の前に敷かれている唯一の道を  無心に歩んでいけばいい  白紙に描いた夢の設計図を  懐に入れて――  道の傍らに咲く野の花々が  僕に呼びかける方へ  ---------------------------- [自由詩]日々の花束 /服部 剛[2013年1月3日12時10分] 私は花を、あなたに渡す  あなたの瞳に映る花  私の瞳に映る花  ふたりの間にひらく、喜びの花  ---------------------------- [自由詩]あたらしい歌 /服部 剛[2013年1月3日12時29分] 家に帰って、腰を下ろし  一才の周をだっこすれば  小さいいのちの温もりが  このお腹にあったかい  この両手を  短い足の膝下に組んで  右に左に、ゆさり、ゆさり  パパは君の揺りかごになろう  くたびれたので  お腹に寝かせておいた周が  くるん、と寝返り  僕の顔をめがけて這ってくる  パパは君の山になろう  登山の途中で、一休み。  短い足をぱたぱたする、周よ  いずれはパパの体をひょいと下り  いつか君が立つであろう  明日の舞台をパパは夢見ている  友達と手をつないで  足踏みをして  皆のあたらしい歌が  ホールに響き渡る日を  ---------------------------- [自由詩]いのちの音 /服部 剛[2013年1月11日23時40分] 夜の部屋で  ぎたあの絃を爪弾けば  音のふるえは静寂(しじま)に消えて  再び秒針の音は響く  繰り返される毎日に どうすれば僕は  音のふるえとなるだろう?  単調なる、秒のまにまに  どうすれば僕は  一瞬の光となるだろう?  ぎたあを爪弾く指を、止め  秒針の音に耳を澄まし  左胸に手をあてる  もう一度――  私という不思議を味わおう  ---------------------------- [自由詩]木の人 /服部 剛[2013年1月11日23時49分] 掌の葉脈を、陽に翳(かざ)す。    樹液は枝葉に沁み渡り  樹液はからだに沁み渡り  木の人となり、陽を浴びる――  ---------------------------- [自由詩]箸 /服部 剛[2013年1月12日9時35分] 箸は二つで、一膳です。  誰かの手に持たれ  一つの食を摘みます。  君と僕が夫婦であるように。  ---------------------------- [自由詩]サラダの味 /服部 剛[2013年1月13日20時45分] 今迄の僕は  サラダにドレッシングを  どばっとかけては  じゅるじゅる汁を吸いながら  緑の葉っぱを咀嚼(そしゃく)していた  ある日、寄ったレストランで  出てきたサラダの器に  盛られた野菜は  皿に全く汁の残らない   ほんのりした味わいだった  いつだか  串田孫一がパスカルの肖像画を  暈(ぼか)して描いた   古い書物を閉じた後  なにげない日々の場面に  薄っすら金の鍵が見えるような――  あの読後感に似ていた  ---------------------------- [自由詩]風の顔 /服部 剛[2013年1月13日21時59分] 晩飯のおかずを箸で摘み  炒めたもやしを、食っていた。  一本の長く萎びたもやしが  「風」という文字になり  誰かの顔のように  皿にへばりついて、僕を見た。   もしかしたら  「風」は  日々のあちらこちらにいるかもしれない  ---------------------------- [自由詩]天使の声 /服部 剛[2013年1月14日22時28分] 帰りの電車に揺られながら、頁を開いた  一冊の本の中にいるドストエフスキーさんが  (人生は絶望だ・・・)と語ったところで  僕はぱたん、と本を閉じて、目を瞑る  物語に描かれた父と幼子をおぶった母は  一枚の絵画のように  日々の貧しい坂道を夕焼け空へと上りゆく (日々は希望か絶望か?)と僕は問い、耳を澄ませば 母の背から振り返り(キボウ)という幼子の声に   心の中がぱっと明るくなったところで  瞑っていた目は開き  ドストエフスキーさんをそっと、鞄にしまった。  我が家へ続くいつもの夜道を歩いて   「ただいま」とドアを開く  「おかえり」という妻に抱かれた  人より染色体の一本多い周がふりむいて  けたけた笑い、僕の目を見る  ---------------------------- [自由詩]西郷どんは今日も往く /服部 剛[2013年1月17日22時45分] 江戸の町を外れた木々の緑の林道を  刀一本脇に差し  首輪を繋いだ愛犬つれて  悠々(ゆうゆう)と風を切り  西郷どんは、ずんずん歩み往く  勝海舟の願いを聞いて  江戸の戦火を避けた西郷どん  明治新政府の役には就かず  愛する薩摩に帰った西郷どん  ふたたび政府に呼ばれたが  亜細亜(アジア)に対する政策が嫌で  やっぱり薩摩に戻った西郷どん  嘗て武士だった者達と苦しみを分け合い  五十年の生涯を自ら閉じた、西郷どんは  百年以上時の流れた  平成二十五年の銀座・文藝春秋画廊にて  ふらりと訪れた青年の僕が  カウンターに座り熱燗を飲みつつ  眺めた額縁の中で  今日も緑の風を切り  何処までもずんずん、歩み往く  林道の遥かな出口に  ひかり溢れる  日本の曙を目指して  ---------------------------- [自由詩]喜びの日 /服部 剛[2013年1月21日20時52分] なかなかはいはいしなかった周が  ある日突然、棚に掴まり立ちあがった。  「すごい、すごい」  諸手を叩いて、僕は言う。  「ぱ・・・ぱ・・・、ぱ・・ぱ・・」  こちらを向いて、周が言う。  褒めれば褒めるほど  笑顔は増して  無数のしなぷすは連なり  未知なる命が、輝きそうだ  ---------------------------- [自由詩]いのちの歓び /服部 剛[2013年1月21日21時03分] 今迄の僕は  どれほど多くのまなざしに みつめられてきただろう    どれほど多くの手に  支えられてきただろう  今、僕は、ようやく  幹の内側からいのちの歓びを呻(うめ)くように  地中に根の足を張り始め  空へ枝葉の掌をひろげ始め  自らという樹木の内に  脈打つ、心臓の音(ね)が  からだの隅々を巡りゆく――  これからの僕を  どれほどの雨が潤すだろう  どれほどの陽をそそがれるだろう  僕は伸びる、何処までも  あの空へ この声音(こわね)の響き渡るまで  ---------------------------- [自由詩]卵の音 /服部 剛[2013年1月25日23時38分] 年の瀬の上野公園は  家族づれの人々で賑わい  僕等は3人で  枯れた葦の間に煌く  不忍池の周囲を歩いた  ゆくあてもないような僕等の歩みは  本郷へと進み  詩友Fの朗らかな顔に  何故かこの胸は少し、痛んだ  本郷3丁目駅の近くにある  「麦」という名曲喫茶の地下に入り  昼食を終えた頃――  ようやく僕は、口を開いた  「今日3人で顔をあわせるのは・・・」  言いかけたところで  詩友Rは横から  「はっとりんはwonder-wordsを卒業します」  詩友Fは思わず  「お、おめでとう」と、呟いた。  それから僕等は3人で  ゆず茶を  クリームソーダを  ブレンド珈琲を  それぞれに啜りつつ  古事記について  明治維新について  戦後について  心の病んだこの国について  そしてPoetryについて  3時間の穏やかな討議をした    *  額縁のモーツァルトは  思案げに俯いていた――    *  「はっとりん、俺等は歩いていくよ」  「麦」を出て、地上にあがった  丸の内線の改札で  詩友FとRとがっしり握手して  静かな魂の震えるままに  稲穂になった僕は頭を垂れた――  ふたりの背中が薄闇に、遠のいていった  僕は改札の中へ、入った    *  ホームに滑りこんできた  地下鉄のドアがゆっくり、閉まる。  世界の何処からか  あたらしい卵の割れる音が、聴こえた  ---------------------------- [自由詩]愛犬の声 /服部 剛[2013年1月28日21時53分] 老人ホームで百歳のお婆さんが旅立ちました  「若い頃桜島が噴火してねぇ・・・   首輪をつながれた愛犬の悲鳴が   今も聴こえるんだよ・・・   」  遠い昔に世を去っても  お婆さんの心に消えぬ、あの悲鳴。  お婆さんが世を去っても  介護した僕の心に何故か蘇る、あの場面。  今頃ましろい遥かな国で  お婆さんは歩いてゆく  長い間尾っぽを振って待っていた  愛犬の元気な呼び声の方へ  ---------------------------- [自由詩]灯台ノ道 /服部 剛[2013年2月6日17時52分] 暗闇の航路を照らすあの灯台に あなたは、詩人を観るだろう。  ---------------------------- [自由詩]自画像 /服部 剛[2013年2月6日22時09分] 背筋を伸ばしたスタンドの顔が  ジイドの古書の開いた頁を照らす時  長い間つけていない  TV画面に映る自分の顔と、目があった  ---------------------------- (ファイルの終わり)