服部 剛 2012年11月9日23時23分から2012年12月31日21時33分まで ---------------------------- [自由詩]交差点にて /服部 剛[2012年11月9日23時23分] 車で信号を待つひと時は  役者が舞台にあがる前の  あの瞬間、に似ている  交差点を  右から左へ、左から右へ  車はゆき交い  のたり、杖をつくお爺さんと  たたた・・・と駆ける少女は  すれ違い  人生の中でいくつかの 次章へ渡る―あの場面に訪れる  信号待ちのひと時  これから走るほんとうの道が  「青信号」になる瞬間を夢見て  僕はサイドブレーキに、手を添える。  ---------------------------- [自由詩]夢のつづき /服部 剛[2012年11月16日19時38分] 19年前にお線香をあげた  尾崎豊さんの実家に行ったら  雨戸と鍵が閉まっており  古い家はひっそりと沈黙していた  「せっかく遠くから来たのにねぇ   ゆたちゃんのお父さんはご高齢で   今はいないみたいなのよ・・・ 」  「僕が思春期の頃に来た時は   力強い握手をしてくれたけど   ずいぶん時も流れましたね・・・」  近所のおばちゃんと話した後  ひと時家を眺める内に  いつしかとっぷり陽も暮れて  人気(ひとけ)無い道に佇み  玄関のドアを開いた   在りし日の青年を思いながら  懐かしい歌をぼくは、口ずさむ  「シェリー、俺は歌う―愛すべき者全てに」 *  門の前で片膝をつき  閉じた瞳に、涙を潤ませ  あの頃と変わらぬ夢を求め  両手を組み合わせる  さわさわさわ・・・  玄関脇の松の葉が歌い始める夜に  吹き抜ける柔らかな風が  僕のからだを包み  玄関にぼんやりと立つ  まぼろしの青年と、目があった  19年前にこの家の中で  お線香をあげた後  「これ、豊が実家にいた頃渡した短歌だよ」  お父さんが一筆箋に綴って 手渡してくれた言葉      「児よ吾児よ  退きて易きに往くなかれ   思い定めし、道険しとも―」  星空を仰いでは、自由になれた気がしたあの頃  街灯の明かりが、囁いてくれたあの頃  あれから19年の時は流れ 憧れのあなたの年齢(とし)を追い越して 少しばかり大人になった僕は  夢の実りとして  自分の書いた本を、家のポストに入れた  ささやかな贈りものが  ポストの中で光を帯びて  まぼろしの青年の手が受け取る  場面を夢見て、両手を重ねる  さわさわさわ・・・  夜の静寂(しじま)にひろがってゆく  優しい風の歌声を  背後に聴きながら  僕はふたたび日常への道を歩いていった    *尾崎豊の歌「シェリー」の歌詞より  ---------------------------- [自由詩]夢の教室 /服部 剛[2012年11月16日19時55分] 自分の好きな時間割をつくろう  自分の好きな勉強をしよう  (チャイムとは、心の中に響くもの)  ほんとうの時間割は  先生にもらうものじゃない  ほんとうの学校は  決まった通学路の先にはない  自分を知る為の教室は  この胸の内にあり  自分自身が学校と知る時  あのチャイムは鳴り  夢の教室で  席についたこの胸は…高鳴り始める  ---------------------------- [自由詩]絵日記 /服部 剛[2012年11月16日20時04分] 夜、自分の部屋に入り  スタンドの灯をともし  広げた日記のスクリーンに  「今日一日」を映してみる  いちめんの白紙から  日中の妻の声が聴こえてくる  「周はパパが好きなのねぇ」  白紙に滲んでくる・・・一枚の絵から  よつんばいをする一歳の周が  振り返ってにこり、僕の目をみる  ---------------------------- [自由詩]更地のひまわり /服部 剛[2012年11月17日22時03分] 体の無い死者が描いた絵を  体のある生者は、額縁に     重ねるだろう  生者の描いた絵は  死者が透きとおった額縁に  重ねるだろう  震災から一年後  旅人の僕は石巻で  津波に家々の全てを流された  まっさらな更地に立ち尽くし  あの日  無数の魂が吸いこまれていった  灰色の空を見上げていた  五ヵ月後  夏の青い空の下  同じ場所に立った僕は  かまえたカメラのレンズを、覗く  不思議なほどに明るい顔で  風に揺られるひまわりは   しきりに、何かを云っている ---------------------------- [自由詩]呼びかけ/服部 剛[2012年11月17日22時13分] 日常の何でもない場面の空間に  ふと、穴があくことがあり  光の手が(こちらへおいで)と  私を招いて、呼びかける  瞳の色が失せた時も  その手を見ると  心臓はめらめら燃えて  自らに託されたことを成す為に――  炎になった私は  日々の場面の只中へ  飛びこんでゆく  ---------------------------- [自由詩]瞑想散歩 /服部 剛[2012年11月22日23時17分] 何処へ行っても  同じような人間ばかり住んでおり  同じような村や町やで  同じように繰り返される日々――  旅を求める私の道は  人が時空と因果の外へ飛翔する  あの瞬間  夢と現(うつつ)の境界線をゆきかう  自由な世界に、今日もたゆたう  慣れない土地に舞い降りて  すぐに迷子になった私は  朧(おぼろ)な瞳のレンズを絞り  まっすぐ何処かへのびる道をぼうと視て  ひとり瞑想に耽るのです  あ・・・一匹の黄色い蝶が  生垣と生垣の間の道から  ゆうらり、空へ――   ※この作品は萩原朔太郎の短編小説「猫町」を     詩として書き変え、アレンジしたものです。  ---------------------------- [自由詩]花の声/服部 剛[2012年11月22日23時25分] 枯草の中に埋もれた  名も無き花のつぼみが  こちらに口を開いていた  花の声に耳を澄ましていると  自らのつぼみが  開いてゆきそうな気がする  ---------------------------- [自由詩]無題 /服部 剛[2012年11月23日20時23分] (ほんとう)を見なければ  この口から血反吐(ちへど)ははき出され  この体は透きとおった屍になるだろう  (ほんとう)が靄の向こうに  段々と姿を現す時  この足は自ずと前へ、踏み出すだろう  遥かな場所にある、あの駅へ  数珠のようにつらなってゆく  黒い足跡    ---------------------------- [自由詩]清貧の絵 /服部 剛[2012年11月27日6時52分] ミレーの描く風景の中で  鍬を手に畑を耕す農夫の汚れた体に  朧(おぼろ)な姿を重ねている  (透きとおった人)の澄んだ瞳   遠い異国の風景から、ふりかえり  あなたをじっと視ている――  ---------------------------- [自由詩]母の声/服部 剛[2012年11月27日7時05分] 両手をそっと前に組み  瞳を閉じる少女は  窓から射す日に照らされた母が  膝の上に開いた本の言葉を  じっと、聴く――     *  数十年後、大人になった彼女は  街中のとあるCafeで腰を下ろし  珈琲カップを手にした時  ふいに、聴く――  長い時を経て  今も傍らにいるような  あの日の母の肉声を  ---------------------------- [自由詩]ひとの匂い /服部 剛[2012年11月27日21時27分] 異国のひとの後ろに並んだ。  ぷうんと異国の匂いがした。  異国のひとはその前の背中から  日本人の淡い匂いを嗅いだ。   他人の匂いは良く嗅ぐが  自分の体臭は知らないもの  鏡の世界は右と左が反対で  ほんとうの自分の姿は  一生見えないように  ---------------------------- [自由詩]日々の設問/服部 剛[2012年12月4日23時45分] 日々の職場で、ある日   宿題が、天からふってきた  不器用な僕が  眉間に皺を寄せる  難解な教科書の、設問  この小さい両手の皿から  今にもあふれそうな こぼれそうな、なにものか  僕は、みつけねばならない  日々の設問を解く、あの鍵を  今はもうすっかり薄茶けた  教科書を机上に置いて  開いた頁の  「 問x(エックス) 」  ---------------------------- [自由詩]風の息吹  /服部 剛[2012年12月4日23時58分] なぜ彼等はあの日、自ら日々の線路を下りて  漆黒の闇の彼方へ堕ちていったのか――?  地上に堕ちた天使等は、時に  ふたたび空へ舞いあがってゆくだろうか――?  地上に遺されたひとりの僕は  早すぎた彼等の生を思念するほど  漆黒の闇には只  白い ? の文字が浮かぶのだ  透きとおった天使になった者達よ、どうか――  かつてあなた達が暮らしたこの世の日々に  風の息吹を贈ってください  あなた達の息を  魂の器に吸いこむ時  私達は「人間の色」を取り戻すだろう  日々のさりげない風景に立つ  一人ひとりの役者として  織り成されてゆく  あの物語のために――  ---------------------------- [自由詩]からっぽの旅  /服部 剛[2012年12月5日0時13分] なけなしの金を  銀行ATMから下ろして  伊東への旅に出たら  財布も口座も  すっからぴんになってしまった  安月給から食費だけは  嫁さんにあずけているが  幼い息子と3人で  なんとか飯さえ食えりゃあ  「金」なんぞというものは、案外  まぼろしに視えてくる  旅の最後の1日は  財布の中の小銭等をにらみ  帰りの電車の時刻表に目を細め  時間と金を秤にかけるようなあんばいで  はらはら動悸を乱しつつ  最後の小銭で「わんかっぷ大関」を買い  のりこんだ東海道線の夜の車窓は、熱海にて  冬だというのに、海の上には  どばん、ばん・・・!と  大輪の火の花がひらいた  あぁ今宵は何故か  旅の酒に頬も赤らみ  すっからぴんが、こころ酔い・・・  ---------------------------- [自由詩]あかね色の畑 /服部 剛[2012年12月13日17時55分] ふいに足を止めた、夕暮れの帰り道。  畑の道の傍らに、夕陽のあかねに染まる  とうもろこしの草々は、きれいに整列して  緑の背筋をまっすぐ伸ばし  両腕の葉をひろげながら  顔を揃えてにこやかに、天をみていた  (僕の鞄には「死者の書」が入っている)  夕暮れのひそやかな風の吹く頃、かれらは  とうもろこしの畑でふいに、姿をあらわす。  ---------------------------- [自由詩]出逢い /服部 剛[2012年12月13日17時58分] 何処からか舞い降りてきた  小さい埃(ほこり)の影が  開いた頁の余白を  通り過ぎていった――  ---------------------------- [自由詩]目をひらく /服部 剛[2012年12月13日18時09分] 息を吸っては吐いて  (呼吸)になる  大きい器にふたをして  (鍋)になる  たまたま出逢った男と女が道に並んで  (夫婦)になる  ぱち、と上下のまぶたを閉じた  瞬間 (ほんとうの目)は開かれる  (燃エ盛ル我ガいのちノ、脈ハ鳴ル――)  自分と(嫌な人)を分けていた  自分と(日々の仕事)を分けていた  あの壁がふー・・・と消える  ひとつの世界  ---------------------------- [自由詩]リストの指 /服部 剛[2012年12月15日18時30分] 名曲喫茶の壁に掛けられた  額縁の中で  貴公子のようにすっと立ち  時を越え、こちらをみつめる  リストの目  (こちらに来なさい・・・   世を去った私達の賛歌に耳を澄ましてから   そちらに戻りなさい・・・   そうしてあなたは   唯一無二の歌を奏でる者になるだろう  )  胸に手をあて、跪き  リストの声を聴いていた  僕の落とした目線の先に  曇り硝子から射す日に照らされた  リストの指は、生々しく  今にも動き出しそうだ    ---------------------------- [自由詩]道 /服部 剛[2012年12月15日18時44分] 今日も少女は古着姿で  脇に小さい黒板を抱え  貧しい童子(わらべ)等の集う学校へ続く  土の道をゆくだろう  今年も一年、この黒板に  どれほど白いチョークの文字が  書かれては消えたろう      童子等のすでに帰った  空っぽの教室で    夕陽を見てはうつろいゆく  一日・一月・一年よ――    白いチョークの文字は、消えて良い。  童子等のこころに消えぬ  言葉を夢見て  少女の瞳は思案に俯きつつも  明日へ向かってゆくだろう   黒板をしっかり抱えて  貧しい笑顔で無邪気にさわぐ  童子等のいる  あの教室へ続く道を  ---------------------------- [自由詩]草の露/服部 剛[2012年12月15日18時55分] 早朝の散歩で  ふと、こちらに合図した  草の露に宿るひと粒の太陽  それがこころの鏡なら  一体どんな思いを 反射して  私は歩いてゆくだろう――  ---------------------------- [自由詩]床屋にて /服部 剛[2012年12月16日22時35分] 鏡の前の リクライニングに座り  鋏を手にしたおじさんに 全てをまかせて、瞳を閉じる  ぱさ、ぱさ、と切り落とし  頭はだんだん軽くなる  ぱさ、ぱさ、と切り落とし  心はだんだん軽くなる  リクライニングの傍らで  蟹の姿の床屋さん  鋏は自分の手のように  ぱさりぱさり・・・と  日々の邪念を、切り落とす   いつしか僕の心眼の  暗闇にゆらゆらり・・・  舞い散る枯葉  「兄ちゃん、起きて!」  はっと目覚めた鏡に映る  生まれ変わった僕の頭は  思いの他に  ○い姿になっていた  ---------------------------- [自由詩]ゲエテの瞳 /服部 剛[2012年12月16日23時03分] 横浜市戸塚区の伊太利亜料理屋で 葡萄酒(ぶどうしゅ)を一飲みした後、トイレに入る    *  薄明かりの狭い空間で  蔦(つた)の彫刻のからまる壁に凭れ  鏡に映る  ほてった顔の酔っ払いは呟く  (ここは伊太利亜だ・・・)  鏡に映る自らの姿に  ぼんやり重なっている  ゲエテの瞳は  遠い過去からそうっと僕に呟いた  風の導くままに往く伊太利亜紀行の道と  ひとり旅の歓びを――    *  トイレから出てすぐの  壁に飾られた天使の絵を見ながら  携帯電話を耳にあてた僕は  受話器越しの嫁さんに言う  「今、伊太利亜に着いたよ」  ---------------------------- [自由詩]階段昇降の詩 /服部 剛[2012年12月18日18時44分] だらりと垂れ下がった両足の  Sさんが住む団地のドアを  「おはようございます」と開けてから  僕と同僚で、車椅子の前後を支え  (重たい・・・)と心に呟きつつ  がたん、がたん、と階段を下る  施設の食事を終えた後  トイレ介助で僕がからだを抱え  便器に座る時  「最近、妻も息子も冷たくてねぇ・・・  去年はそこらを歩いてたのに   今は粗大ごみになっちゃった    」  (重たい・・・)と心に呟き  Sさんを支える  怠けた僕は、間違っていた  施設での一日を終えて  帰りのドアへ向かう階段を  僕と同僚で  がたん、がたん、と引き上げる時  踏ん張る足裏に何故か力がみなぎった  両足をだらりと垂らし  うなだれる  Sさんの哀しみを知った日  ---------------------------- [自由詩]誰かの足跡 /服部 剛[2012年12月18日19時01分] 太陽  月  仏陀  神  (それらを含んだ風のしらべよ)  わたしが昇ればあなたは昇り  わたしが降りればあなたは降りる  わたしが歩めばあなたは歩み  わたしが止まればあなたは同時に、静止する。  (今も空気中からこちらを視ている   あなたの透きとおった、眼球よ )    誰ひとりいない冬の浜辺で  膝を落とし、砂を涙で濡らした  あの日  ふりかえった背後に  私が歩けなかったはずの場所に、刻まれ  こちらまで続いている・・・・・ふしぎな足跡  ---------------------------- [自由詩]消灯の刻 /服部 剛[2012年12月29日23時37分] 深夜のベッドに横たわり  スタンドの灯の下には  無数の塵が舞っていた  日中は見えないものも  照らされて姿を現すように  静まり返った街の夜空に  無数の(見えないもの)は  今宵もゆきかっている  ストーブの稼動する音が響く  冬の部屋で  私は無限に思いを馳せて  スタンドにふれ、灯を消した  ---------------------------- [自由詩]日々の旅人 /服部 剛[2012年12月29日23時58分] 伊豆高原駅から  赤沢へとバスに乗り  日帰り温泉館の4階へと上り  露天風呂に身を沈めた  目の前は、いちめんの太平洋  (あ、雲が崩れて金の鳥に・・・)  そう思った次の瞬間  「雲間の顔」があらわれた    ○      ○  ○    ○  ふと目に入った、丸い岩も  ひとりの顔になっていた    (             )    (  もし、こんなにせちがらい世の中の  遠い空の下に重荷を置いてきた  旅先で  目に映るすべての風景達が  旅人を祝福してくれるなら――  あたらしい目を開いた私は  これからの日々を旅する者になるだろう  ---------------------------- [自由詩]「 TOILET 」/服部 剛[2012年12月31日20時56分] 名曲喫茶の木目のドアに  手書きの黒いマークが 貼られていた    ●Y  それはドアの真中で  諸手をあげて生を歓ぶ  ひとりの子供の姿であった ---------------------------- [自由詩]みどりの言葉 /服部 剛[2012年12月31日21時17分] フロントガラスの前に広がる  いちめんの里芋畑で大きい葉群が  わらわら踊ってる  ここは、公園の駐車場。  ベートーヴェンの協奏曲が  カーラジオから  生真面目で軽快なヴァイオリンを奏でてる  僕は今日、ひなたの机で  世を去った歌姫に贈る   手紙を綴ったが  どうやら体の消えた人は  風となり世界を巡っているようです  ベートーヴェンのヴァイオリンに  ぴたり、と呼応して大きい葉群が  わらわら喋(しゃべ)ってる  フロントガラスの、向こう側。  ---------------------------- [自由詩]聖夜 /服部 剛[2012年12月31日21時33分] 窓のすき間から風は吹き  グラスの筒に包まれた  ぼやけた蝋燭の灯は  世を去ったあなたの魂となり 赤々と燃えています  なにかを囁いているように― あの日の歌の調べのように― 躍動している舞踏のように―  人の心の燭台にともる  遥かな国のひかり  今宵も蝋燭の灯は、ゆれる  ---------------------------- (ファイルの終わり)