服部 剛 2012年9月20日23時15分から2012年12月13日17時55分まで ---------------------------- [自由詩]対話/服部 剛[2012年9月20日23時15分] 思いをこめた白球を、無心で投げる。  霧の向こうから返ってくる白球を、両手で捕る。  霧の幕が開いてゆく――空白の明日を見据え  もう一度、白球をにぎる。  ---------------------------- [自由詩]山門 /服部 剛[2012年9月20日23時25分] 木々の葉が周囲に ざわざわ鳴っている  藁葺(わらぶ)き屋根の山門が  中天の日に照らされている  あの門を潜(くぐ)った向こうの  石段を上ってゆけば  一体何処へ導かれるだろう?  この長い旅路に何度か訪れる  山門を潜る時  背後から風の声が囁いた  (君よ、信じる道を往け――)  天と地の淡いに これから織り成されてゆく  物語の日々へ  風が山門を、吹き抜ける  ---------------------------- [自由詩]約束 /服部 剛[2012年9月23日23時14分] 嫁さんと周に駅まで送ってもらい  仙台行きの新幹線に乗る前  待合室で一人になって、はじめて  (今日で周は一歳か)という  思いがじわり・・・と胸に広がった  毎日嫁さんのやりくりで  安月給の日々を繋いでいるが  チャイルドシートに座って、にこりと  見送ってくれた周に  (パパ、がんばるね)と約束した  出発の場面を思い出しつつ  列車は闇夜を加速して、仙台へと走る  今頃夢の寝顔をしているであろう  周よ、パパはね  明日仮設住宅の集会所で  震災を越えて日々を生きる皆様に会い  詩を読んでくるんだ  その場に集う皆で  瞳を閉じて、手をつなぎ  輪になった中心に  目には見えない種を植えよう  いつの日か必ず  日和山から見渡す石巻の大地に  ひとり・・・ふたり・・・と  花が咲いてゆく日を  夢見る為に  ---------------------------- [自由詩]天/服部 剛[2012年9月23日23時22分] あなたの瞳に、僕が映る  僕の瞳に、あなたが映る  あなたの中に、僕はいる  僕の中に、あなたはいる  あなたの内に、天はあり  僕の内に、天はあり  天の内に、僕等はいる  僕とあなたの間に吹く  風の声が、囁いた その指がさす  遥かな遠い空でなく いま・この時を、掘り下げよ――  ---------------------------- [自由詩]盃の音ー蕎麦屋・吾平にてー /服部 剛[2012年10月8日23時47分] いつか何処かで――   あなたに逢った気がする  あなたのお母さんと  歌に生涯を捧げたあなたの思い出を  初めて語り合った日の夜  生前のあなたも来たという  故郷・朝霞にある  蕎麦屋・吾平の座敷にて    向かいの空席に  あなたの好きな熱燗を手酌した  お猪口(ちょこ)を置いて  互いの盃を交わす音が響いた時  体が透きとおっている  あなたの瞳の光が、視えたのです  (友よ、今宵は腹を割り   互いの夢を語らおう――)  (仮退院で過ごした最後の日々   夕暮れの散歩でからだに風を受け   生きるって素晴らしい・・・と思ったの)  僕はこれから  日々の場面をじっと透視する者となり  風の姿で唄うあなたの想いを、あらわそう  瞳を閉じれば、あの日――   観客席の暗闇で、息を呑み  無数の人が待つ方へ 自らの鼓動と重なる靴の音が響く  細い通路の空間に  あの舞台が見えてくる  ---------------------------- [自由詩]契約 /服部 剛[2012年10月8日23時55分] 人はそれぞれの会社と、契約する。  もっと大事な、契約があるかもしれない。  五感を越えた  こころの襞(ひだ)に沁み渡る  天の声  (あなたに託された夢を、吟味せよ――)  ましろい空間に  何処までも伸びてゆくひとすじの道を  まっすぐに往く旅人の後ろ姿  あれは、私だ    ---------------------------- [自由詩]聖火 /服部 剛[2012年10月15日20時14分] 地下鉄のホームに  吹き抜ける風の方に  貼られたカラー写真の新聞から  「オリンピックメダリスト・銀座でパレード」に  押し寄せた人波の歓声が聴こえてきた  夜明けと共に、眠い目をこすり  重たい腰をえいと上げ  ビル群の影にかつかつ靴音を鳴らし  日々の勤めに向かう  すずしい顔した人々も  体温を忘れた時代の中で、求めている  今年のロンドンで  卓球の愛ちゃんが「よっしゃ!」  と拳を握る  一昔前のロサンゼルスで  柔道の山下選手に判定が出て  諸手をあげる  昔々のベルリンで  ラジオのアナウンサーが  「マエハタ、ガンバレ!」と叫び  プールの壁に指先を突ける  あの瞬間を  誰もが一見、辺鄙な日常に飽きながらも  等しいフィールドに立つ  選手だと知った日  こころに聖火の灯った僕は  夜道を日々の旅路に重ね  両脇から囁く街灯の間を  頬に汗を垂らし、何処までも歩いた  ---------------------------- [自由詩]名前/服部 剛[2012年10月15日20時20分] 目の前にまっさらな木の板がある。  ペンを持つ手があらわれ  中心に名前を書いていった  それは一つの遠い約束。  生まれるよりずっと昔から  何者かに記されていた  あなたの名前  ---------------------------- [自由詩]ものの目 /服部 剛[2012年10月15日20時24分] 一つのものをじっと視ると  目が熟してゆく  机上に置かれた  何の変哲もないコップに宿る  一つの目が、こちらを視ている  ---------------------------- [自由詩]向こう側  /服部 剛[2012年10月24日23時45分] 目の前に、一本の棒がある。  誰も高飛びをしろとは言わない  ただ、越えねばならぬ。  向こう側に、行かねばならぬ。  誰もお前の美しい技を待ってはいない  目の前の、一本の棒を見る。  ---------------------------- [自由詩]匙の手 /服部 剛[2012年10月24日23時52分] 食卓の上に置かれた  一つの匙(さじ)は  天井のらんぷの灯を映し  遥かな光をのせている  この右手を同じ形にして  そっと宙に、差し出してみる  ---------------------------- [自由詩]花の時間 /服部 剛[2012年10月24日23時59分] 庭にじっと佇んで  土に根を張るあの花は  いつのまに  こちらに蕾を開くでしょう  時というものが  ぴたりと止まった 永遠(とわ)ならば――?  湖上にぽつんと浮かび  静止している、あの舟は  いつのまに  遥かな場所へ遠のいていた  ---------------------------- [自由詩]家族 /服部 剛[2012年11月9日22時58分] 駐車場に停まった 車の助手席から眺める  スーパーの硝子の向こうで  ベビーカーを押しながら  おむつを買っている、妻の姿  長い間、出逢わなかった  二つの道が一つになっている  不思議を思う  親父と母ちゃんのいる 実家を離れて初めてしみじみ・・・  不思議を思う  かれらの住むあの懐かしい家が  何処かの小島に視えてくる  一年前はいなかった  〇歳のいのちは  妻の押すベビーカーの中で、今  どんな夢を見ているだろう?  ふいに目をやったサイドミラーに  一日の仕事を終えて、緩んだ  ひとりの男の顔が映る  スーパーの自動ドアが左右に開き  紙おむつで膨らむビニール袋をぶらさげて  妻がベビーカーを押す音が近づいてくる  ---------------------------- [自由詩]祖母のにおい /服部 剛[2012年11月9日23時06分] 在りし日の祖母の部屋にて  スタンドの灯をぽつんと点けて  幼い頃に玩具で遊んだ  炬燵の机の細かい傷を  じぃ・・・っとみつめた 向かいの座布団の上から  からだの無い  祖母のにおいがした  ---------------------------- [自由詩]交差点にて /服部 剛[2012年11月9日23時23分] 車で信号を待つひと時は  役者が舞台にあがる前の  あの瞬間、に似ている  交差点を  右から左へ、左から右へ  車はゆき交い  のたり、杖をつくお爺さんと  たたた・・・と駆ける少女は  すれ違い  人生の中でいくつかの 次章へ渡る―あの場面に訪れる  信号待ちのひと時  これから走るほんとうの道が  「青信号」になる瞬間を夢見て  僕はサイドブレーキに、手を添える。  ---------------------------- [自由詩]夢のつづき /服部 剛[2012年11月16日19時38分] 19年前にお線香をあげた  尾崎豊さんの実家に行ったら  雨戸と鍵が閉まっており  古い家はひっそりと沈黙していた  「せっかく遠くから来たのにねぇ   ゆたちゃんのお父さんはご高齢で   今はいないみたいなのよ・・・ 」  「僕が思春期の頃に来た時は   力強い握手をしてくれたけど   ずいぶん時も流れましたね・・・」  近所のおばちゃんと話した後  ひと時家を眺める内に  いつしかとっぷり陽も暮れて  人気(ひとけ)無い道に佇み  玄関のドアを開いた   在りし日の青年を思いながら  懐かしい歌をぼくは、口ずさむ  「シェリー、俺は歌う―愛すべき者全てに」 *  門の前で片膝をつき  閉じた瞳に、涙を潤ませ  あの頃と変わらぬ夢を求め  両手を組み合わせる  さわさわさわ・・・  玄関脇の松の葉が歌い始める夜に  吹き抜ける柔らかな風が  僕のからだを包み  玄関にぼんやりと立つ  まぼろしの青年と、目があった  19年前にこの家の中で  お線香をあげた後  「これ、豊が実家にいた頃渡した短歌だよ」  お父さんが一筆箋に綴って 手渡してくれた言葉      「児よ吾児よ  退きて易きに往くなかれ   思い定めし、道険しとも―」  星空を仰いでは、自由になれた気がしたあの頃  街灯の明かりが、囁いてくれたあの頃  あれから19年の時は流れ 憧れのあなたの年齢(とし)を追い越して 少しばかり大人になった僕は  夢の実りとして  自分の書いた本を、家のポストに入れた  ささやかな贈りものが  ポストの中で光を帯びて  まぼろしの青年の手が受け取る  場面を夢見て、両手を重ねる  さわさわさわ・・・  夜の静寂(しじま)にひろがってゆく  優しい風の歌声を  背後に聴きながら  僕はふたたび日常への道を歩いていった    *尾崎豊の歌「シェリー」の歌詞より  ---------------------------- [自由詩]夢の教室 /服部 剛[2012年11月16日19時55分] 自分の好きな時間割をつくろう  自分の好きな勉強をしよう  (チャイムとは、心の中に響くもの)  ほんとうの時間割は  先生にもらうものじゃない  ほんとうの学校は  決まった通学路の先にはない  自分を知る為の教室は  この胸の内にあり  自分自身が学校と知る時  あのチャイムは鳴り  夢の教室で  席についたこの胸は…高鳴り始める  ---------------------------- [自由詩]絵日記 /服部 剛[2012年11月16日20時04分] 夜、自分の部屋に入り  スタンドの灯をともし  広げた日記のスクリーンに  「今日一日」を映してみる  いちめんの白紙から  日中の妻の声が聴こえてくる  「周はパパが好きなのねぇ」  白紙に滲んでくる・・・一枚の絵から  よつんばいをする一歳の周が  振り返ってにこり、僕の目をみる  ---------------------------- [自由詩]更地のひまわり /服部 剛[2012年11月17日22時03分] 体の無い死者が描いた絵を  体のある生者は、額縁に     重ねるだろう  生者の描いた絵は  死者が透きとおった額縁に  重ねるだろう  震災から一年後  旅人の僕は石巻で  津波に家々の全てを流された  まっさらな更地に立ち尽くし  あの日  無数の魂が吸いこまれていった  灰色の空を見上げていた  五ヵ月後  夏の青い空の下  同じ場所に立った僕は  かまえたカメラのレンズを、覗く  不思議なほどに明るい顔で  風に揺られるひまわりは   しきりに、何かを云っている ---------------------------- [自由詩]呼びかけ/服部 剛[2012年11月17日22時13分] 日常の何でもない場面の空間に  ふと、穴があくことがあり  光の手が(こちらへおいで)と  私を招いて、呼びかける  瞳の色が失せた時も  その手を見ると  心臓はめらめら燃えて  自らに託されたことを成す為に――  炎になった私は  日々の場面の只中へ  飛びこんでゆく  ---------------------------- [自由詩]瞑想散歩 /服部 剛[2012年11月22日23時17分] 何処へ行っても  同じような人間ばかり住んでおり  同じような村や町やで  同じように繰り返される日々――  旅を求める私の道は  人が時空と因果の外へ飛翔する  あの瞬間  夢と現(うつつ)の境界線をゆきかう  自由な世界に、今日もたゆたう  慣れない土地に舞い降りて  すぐに迷子になった私は  朧(おぼろ)な瞳のレンズを絞り  まっすぐ何処かへのびる道をぼうと視て  ひとり瞑想に耽るのです  あ・・・一匹の黄色い蝶が  生垣と生垣の間の道から  ゆうらり、空へ――   ※この作品は萩原朔太郎の短編小説「猫町」を     詩として書き変え、アレンジしたものです。  ---------------------------- [自由詩]花の声/服部 剛[2012年11月22日23時25分] 枯草の中に埋もれた  名も無き花のつぼみが  こちらに口を開いていた  花の声に耳を澄ましていると  自らのつぼみが  開いてゆきそうな気がする  ---------------------------- [自由詩]無題 /服部 剛[2012年11月23日20時23分] (ほんとう)を見なければ  この口から血反吐(ちへど)ははき出され  この体は透きとおった屍になるだろう  (ほんとう)が靄の向こうに  段々と姿を現す時  この足は自ずと前へ、踏み出すだろう  遥かな場所にある、あの駅へ  数珠のようにつらなってゆく  黒い足跡    ---------------------------- [自由詩]清貧の絵 /服部 剛[2012年11月27日6時52分] ミレーの描く風景の中で  鍬を手に畑を耕す農夫の汚れた体に  朧(おぼろ)な姿を重ねている  (透きとおった人)の澄んだ瞳   遠い異国の風景から、ふりかえり  あなたをじっと視ている――  ---------------------------- [自由詩]母の声/服部 剛[2012年11月27日7時05分] 両手をそっと前に組み  瞳を閉じる少女は  窓から射す日に照らされた母が  膝の上に開いた本の言葉を  じっと、聴く――     *  数十年後、大人になった彼女は  街中のとあるCafeで腰を下ろし  珈琲カップを手にした時  ふいに、聴く――  長い時を経て  今も傍らにいるような  あの日の母の肉声を  ---------------------------- [自由詩]ひとの匂い /服部 剛[2012年11月27日21時27分] 異国のひとの後ろに並んだ。  ぷうんと異国の匂いがした。  異国のひとはその前の背中から  日本人の淡い匂いを嗅いだ。   他人の匂いは良く嗅ぐが  自分の体臭は知らないもの  鏡の世界は右と左が反対で  ほんとうの自分の姿は  一生見えないように  ---------------------------- [自由詩]日々の設問/服部 剛[2012年12月4日23時45分] 日々の職場で、ある日   宿題が、天からふってきた  不器用な僕が  眉間に皺を寄せる  難解な教科書の、設問  この小さい両手の皿から  今にもあふれそうな こぼれそうな、なにものか  僕は、みつけねばならない  日々の設問を解く、あの鍵を  今はもうすっかり薄茶けた  教科書を机上に置いて  開いた頁の  「 問x(エックス) 」  ---------------------------- [自由詩]風の息吹  /服部 剛[2012年12月4日23時58分] なぜ彼等はあの日、自ら日々の線路を下りて  漆黒の闇の彼方へ堕ちていったのか――?  地上に堕ちた天使等は、時に  ふたたび空へ舞いあがってゆくだろうか――?  地上に遺されたひとりの僕は  早すぎた彼等の生を思念するほど  漆黒の闇には只  白い ? の文字が浮かぶのだ  透きとおった天使になった者達よ、どうか――  かつてあなた達が暮らしたこの世の日々に  風の息吹を贈ってください  あなた達の息を  魂の器に吸いこむ時  私達は「人間の色」を取り戻すだろう  日々のさりげない風景に立つ  一人ひとりの役者として  織り成されてゆく  あの物語のために――  ---------------------------- [自由詩]からっぽの旅  /服部 剛[2012年12月5日0時13分] なけなしの金を  銀行ATMから下ろして  伊東への旅に出たら  財布も口座も  すっからぴんになってしまった  安月給から食費だけは  嫁さんにあずけているが  幼い息子と3人で  なんとか飯さえ食えりゃあ  「金」なんぞというものは、案外  まぼろしに視えてくる  旅の最後の1日は  財布の中の小銭等をにらみ  帰りの電車の時刻表に目を細め  時間と金を秤にかけるようなあんばいで  はらはら動悸を乱しつつ  最後の小銭で「わんかっぷ大関」を買い  のりこんだ東海道線の夜の車窓は、熱海にて  冬だというのに、海の上には  どばん、ばん・・・!と  大輪の火の花がひらいた  あぁ今宵は何故か  旅の酒に頬も赤らみ  すっからぴんが、こころ酔い・・・  ---------------------------- [自由詩]あかね色の畑 /服部 剛[2012年12月13日17時55分] ふいに足を止めた、夕暮れの帰り道。  畑の道の傍らに、夕陽のあかねに染まる  とうもろこしの草々は、きれいに整列して  緑の背筋をまっすぐ伸ばし  両腕の葉をひろげながら  顔を揃えてにこやかに、天をみていた  (僕の鞄には「死者の書」が入っている)  夕暮れのひそやかな風の吹く頃、かれらは  とうもろこしの畑でふいに、姿をあらわす。  ---------------------------- (ファイルの終わり)