服部 剛 2012年6月21日20時07分から2012年9月3日23時47分まで ---------------------------- [自由詩]夢について /服部 剛[2012年6月21日20時07分] 無限に広がる宇宙の中で  ぽつん、と浮かぶ青い惑星(ほし)。  星の数ほど今も織り成されている  それぞれの一日、と  それぞれの場面、にて  人と人が目と目を  あわせ、そらす  その一瞬に  永遠(とわ)の刹那のあることを――  あなたは知るだろうか?  ---------------------------- [自由詩]道 /服部 剛[2012年6月21日20時16分] なぜか知らぬが  私の目の前には  日々ひとつひとつの穴が、ある。  この両手に盛ったやわい土で  一日、ひとつの穴をふさいで  一歩ずつ、歩いてゆくならば  ふりかえった背後に、いつか  霞のかかった遥かな昨日の方角へ  夢の一本道が  吸いこまれているでしょう    ---------------------------- [自由詩]器 /服部 剛[2012年7月6日23時01分] 二つに割れた、器があった。  組み合わせたら、一つになった。  長い間、探し歩いてようやく出逢った 君と僕のように  ---------------------------- [自由詩]時の流れ/服部 剛[2012年7月6日23時32分] この部屋の窓からは  雨の降り始めた靄(もや)の向こうに  遥かな山々の緑があり  眼下に一面の畑は広がり  歩道には、レインコートを着た犬と  飼い主が歩調を揃えて、歩いていった     *  昼頃の散歩で、偶然  前の職場の老人ホームの ボランティアのおばちゃんと 久しぶりに会った  携帯電話の小さい画面で  はいはいする〇歳の周を見せたら (可愛いねぇ・・・)と おばちゃんの頬がほころんだ     *  今よりもっと不器用な青年だった僕を  いつも見守ってくれていた  おばちゃんのまなざしを胸に暖め  雨の降りそそぐ窓の外を、眺めている  30分前に歩いていた  レインコートを着た犬と  飼い主がゆっくりと  帰りの道を、歩いていった  ---------------------------- [自由詩]天のまなざし /服部 剛[2012年7月6日23時36分] (神は無い)とつぶやくほどに  目の前にあらわれる不思議はなぜだろう・・・?  窓外の雲はよけて  机上の日向はふくらみ  天からそそぐまなざしが  衣服にしみて  僕の地肌をあたためる ---------------------------- [自由詩]旅人の涙/服部 剛[2012年7月14日23時29分] 「遠い異国の教会で、ステンドグラスの窓か   ら射すまっすぐな虹のひかりの中、人々は   棺に横たわる人に次々と花を置いていく。」  「ノートルダム寺院に腰を下す詩人草野心平  さんの胸底にぎゅりりと何かが突きあがり  いかつい頬からぽたり、一粒滴が落ちた。」  旅の詩集を閉じた後  部屋のラジオから  バッハのG線上の線上のアリアが流れ始める  今頃どうしているだろう――?  一月前、被災地の仮設住宅へ訪問した時  僕等の詩の朗読とヴァイオリン演奏に  ひとすじの糸が頬をつたった、Kさんは  (窓の外の上空からぱら、ぱら、と雨がふる)  ---------------------------- [自由詩]泉/服部 剛[2012年7月14日23時45分] 鏡に映る自らの  こころの内に湧き出ずる  喜びの泉  胸にそっと手をあてる  ---------------------------- [自由詩]?の文字の裏側に /服部 剛[2012年7月16日19時30分] ?の裏側に、いのちがある。  ?の裏側に、人がある。    ?の裏側に、家がある。  ?の裏側に、国がある。  ?の裏側に、青い地球の星がある。  宇宙の闇をめくった裏側に、?がある。  ?の裏に、ぼくがいる  ?の裏に、きみがいる  ?の裏に、〇歳の息子の周がいる  (3人の影絵はずっと、手をつないでいる)  あぁ、今日、目に映るすべてから  無数の?があらわれる  鏡に映る あなた という人は誰?  ---------------------------- [自由詩]門 /服部 剛[2012年7月16日19時33分] デクノボウのまま突っ立っていた、あの日の青年。  谷底の闇でうずくまっていた、あの夜の青年。  人間を信じられなくなりそうな  分かれ道まで歩いてきた僕に  天におられる恩師の薄っすらとしたまなざしは  青い空から語りかける  (夢を往く汝の道を、信じなさい――)  今迄長い間  目の前に立ちはだかっていた  巨きい岩が、動いた。  その入口に、あの風が吹き抜けていった  その先のましろい空間を、見据え  僕は今  開いた門の前に、立っている  ---------------------------- [自由詩]朝の珈琲 /服部 剛[2012年7月20日20時03分] いつになくぱっちり目覚め  むくりと起きた僕は  妻にお風呂セットの袋を渡され  車のキーを廻し、アクセルを踏む。  青信号の交差点で、すれ違う護送車。  (青年達の母親は、今頃どうしているだろう?)  何年も前に、スクーターで転んだ  おじさんが顔を歪めていた、曲がり角。  (あれから怪我は、治ったろうか?)  赤信号になり、ブレーキを踏む。  前の車は「福島ナンバー」のスポーツカー。  (彼の両親は地震の時、無事だったろうか?)  そんな朝の気紛れなドライブの  フロントガラス越しに  語りかけてくるいくつもの情景達に  思いを馳せて  人もまばらな朝のカフェで珈琲を啜りつつ  息子が生まれた一年前、医師に診せられた  「一本多い染色体」の写真と  大粒な、妻の涙が甦る  昨日の夕餉の食卓で、僕等三人は  幸せそうに笑う「一枚の絵」になっていた  (願わくば、人の心の哀しみに   あらたなる日が射しますように――)  珈琲を啜り終えた僕は  お風呂セットの袋を手に、腰を上げ  カフェの外の駐車場へ歩いた  ---------------------------- [自由詩]世界の絵本/服部 剛[2012年7月20日20時16分] 遠い異国の丘にある  旅先の宿で、軋む階段をのぼり  入った部屋の開かれた窓から、身を乗り出し  いちめんの街を見渡す  日々背負っていた  「悩み」という名の重たい荷物が  ここではあまりに小さく見える  やがて夕陽は地平に沈み  ぽつぽつ灯りゆく窓には  家族の影絵  やがてとっぷり夜は更けて  ふっふっと窓のあかりも  消える頃――  そうして夜空の星々が  しんしん奏でる宇宙(そら)の合唱(コーラス)の  響く頃――  あぁ世界は  旅人の小さい掌には  とても収まらない  不思議な地上のメルヘンだ  世の中の、笑と涙の全てを飲みこむ夜の闇で  「今」も生成している  数えきれない人々の幼い寝顔と  明日という、それぞれの夢  ---------------------------- [自由詩]いのちの声/服部 剛[2012年7月26日23時49分] 手のひらを見てごらん  五つの指紋は  太古の時を越えて  君にしゃべっている  ---------------------------- [自由詩]まなざし /服部 剛[2012年7月26日23時54分] コロッケを箸で摘みあげたら  笊に敷いた紙に沁みる  人型の油があらわれた  いつも凝っと  あちら側からこちら側を  覗いている  世界のまなざし    ---------------------------- [自由詩]玉を、打つ/服部 剛[2012年7月26日23時59分] 休日。  ふとんの上にのびている、午後  窓の外から    かーん    威勢のいい、ゲートボールを  打つ乾いた音が、青空に響く  (何故、僕の目の前に   もやはもやもや覆うのか?)  (何故、僕の足元は   すぐにぐらぐらぐらつくのか?)    かーん  「おぉ・・・!」  窓から、近所のお年寄達の歓声が  布団の上にのびきった僕の鼓膜にひびく  しえすたの夢  ---------------------------- [自由詩]テレジアの花 /服部 剛[2012年8月1日20時18分] 小さき花のテレジアは  修道院の姉妹等の  冷たい目線が心に刺さり  獄中で鎖に繋がれた  ジャンヌ・ダルクに自らを重ねる  「風の家」に住む井上神父は  老いた体に嘆きつつ  在りし日の友が描いた  「無力なイエス」に自らを重ね  孤独なテレジアに自らを重ね  終戦後にフランスへ渡る  深夜の船の甲板で  ひたすら祈った  あの日の青年に身を重ね  今・皺を刻んだ両手をあわせる  (あっば、あっば、南無あっば・・・)  老いた身に足枷(あしかせ)は重くとも  瞳を閉じたこころの世界の上空から  ゆっくりと雲間は開き  地上から、空を仰ぐ  あの白い花が   ひとすじに自らを咲かせている  ---------------------------- [自由詩]猿人/服部 剛[2012年8月1日20時24分] 彼は素朴な場面へ  裸心のままに、飛び込んだ  長い手足の隅々に増殖する  (歓びの細胞)はゆきわたり  彼の裸眼の射抜いた、先に  一つの宇宙があらわれる  ---------------------------- [自由詩]よろこびの歌 /服部 剛[2012年8月1日20時39分] 草野心平さんの蛙の詩を読み  古い本を閉じた後  夜の散歩へと、家の門を出た    がわがわがわ    がわがわがわ    がわがわがわ    がわがわがわ    がわがわがわ  眉の太い心平さんの  ほころぶ顔をうっすら映す  夜空に吸いこまれてゆく、無数の文字    がわ がわ がわ    がわ がわ がわ    がわ がわ がわ    がわ がわ がわ    がわ がわ がわ  林の奥の田んぼから  夜道の闇に染みわたってゆく  蛙の家族達による  よろこびの歌  ---------------------------- [自由詩]団子の詩 /服部 剛[2012年8月3日23時09分] 私は転がる団子です  長い間  日のひかりを食べ  雨を食べ  風に包まれながら  何故かのぼりの坂道を  ごろごろのぼってきたのです  ごろごろ転がっているうちに  だんだん大きくなりながら  何処までもひたすらにのぼってゆくのです  地位じゃない  金じゃない  名誉じゃない  私を今もふくらませる  たった一粒の夢を宿して  日のひかりを食べ  雨を食べ  ふしぎな風に押されながら  この坂道をのぼりゆき  更なる果ての駅を目指して  何処までも  ごろごろ  転がってゆく  私はひとりの団子です  ---------------------------- [自由詩]自転車の目 /服部 剛[2012年8月3日23時28分] 駅前の歩道を歩く  僕の目線の先で  吹いた突風に    電信柱に寄りかかっていた  自転車はがしゃん、と倒れた  半袖のYシャツのを着た  すずしい顔した中学生等は  「直すとボクラが倒したみたいだから」 と言い、そ知らぬ顔で通り過ぎた  僕もすずしい顔で通り過ぎようとしたら  地面に倒れた自転車の顔が  上目使いに助けを求めて、僕を見た。  (ようし・・・「いい人」の演技をしよう)  僕は道を引き返し、ささやかな勇気を胸に  倒れた自転車に、近づいていった。  ---------------------------- [自由詩]空を見る/服部 剛[2012年8月13日21時44分] 銀行ATMの画面に映る  貯金残高の、底が見えた時  日雇いの如き自分に  歯軋りをしながら   この手を額にあてて、考える  一日の労働を終えて  家に帰れば迎えてくれる  妻と子のあどけない笑みに  どうすれば応えられるかを――  息を吸っては吐くように  一月の稼ぎが  そのまま吐き出されてゆく  生活の底辺から、俺の詩よ  青空に顔を向けてのびあがれ  ---------------------------- [自由詩]幸いの味 /服部 剛[2012年8月13日21時56分] 帰り道のパン屋で 硝子越しに覗いては  ランプに照らされていた  こんがり丸い窯焼きパンを買い  紙袋に入れてもらう  今日は、給料日。  10回の高級料理と  たった1個の窯焼きパン  幸いの味は どちらに多く含まれているか?  秤にかけてみる  ---------------------------- [自由詩]橋の上/服部 剛[2012年8月17日21時38分] 静かな川の水面(みなも)は波紋を広げ  今日もざわめき歌っている   その上に架かる橋を  誰ひとりそ知らぬ顔で渡っている  ---------------------------- [自由詩]ひかりの鳩 /服部 剛[2012年8月17日21時49分] 心の中のゴミを掃く  ざぁ、ざぁ、という  あの音を聴け  塵一つ無くなった心の中の  真空の庭に  ひかりの鳩が降りてくる  そうしてひかりの嘴くちばし()は  開き  その口から  天の言葉が語られる  ---------------------------- [自由詩]夢の旗 /服部 剛[2012年8月21日22時50分] 若くして世を去った歌姫よ  あなたの面影が今も振り続ける  夢の旗 透きとおったその手と  肌色のこの手で 握りしめ  精一杯、振り続けよう  一つになった僕等の魂は輝きを増し  うつむいていた誰かが、瞳を向ける  あの太陽となるように――  ---------------------------- [自由詩]歓びの木 /服部 剛[2012年8月21日23時01分] 葉は、枝があるから葉であり  枝は、幹があるから枝であり  幹は、根があるから幹であり  それらおのおのがつながりあい、初めて  歓びのうたを風に囁く ひとりの木  枝葉の手のひら達を  まっさらな空にひろげる    ---------------------------- [自由詩]貯金の音 /服部 剛[2012年8月22日21時10分] 茅ヶ崎駅近くのライブハウスにて  カウンターに並んで座った  詩友の欣(きん)ちゃんは、店員の女の子に話しかけた  「名前、なんてゆうの?」  「かれんです、名前負けしてるんですぅ」  その時、私は  酒を3口で火照った頬のまま  瞳をきりっと前に向け  2人の会話に割って、入った  「人は名前に向かってゆくのです」  「おぉ」  「おぉ」  「詩人だねぇ・・・」  「いやいや・・・」  その数分後、私は  入場料1500円で1ドリンクの  チケットを渡し忘れて  650円のピーチカクテルの御代をすでに  払ってしまったことに気づいたのだった  (うおぉ)  決して、決して、声には出せず  私は心の中でのみ、叫んだ  つい先ほど名言を呟いた、この私が  まさか後からドリンクチケットを渡し  お金を返してもらうことなど・・・  いつもならするが  ちょっと粋な会話をしたゆえに  できぬ、断じてできぬ  ライブはもはや佳境に入り  金髪のマスターがギターを抱え  お気に入りのエルビス・コステロを歌う頃――  私は詩友の欣ちゃんと店員のかれんちゃんに  「今日はちょっと早めに――」とさりげなく言い残し  マスターのコステロをBGMに  錆びれた味わいの階段を下りてゆくのであった  (650円を貯金したのだ・・・)  繰り返し繰り返し、言い聞かせる     ちゃりーん  秘密の貯金箱の底に  650円の小銭等が   落ちる音を、いめーじしながら  ひきさかれそうな心のままに  夜の茅ヶ崎駅へと、私は歩くのだった  ---------------------------- [自由詩]無題/服部 剛[2012年8月28日22時46分] わたしの中に  ひとりの処女がいる  わたしが生まれる前の  まっさらな記憶の目が  前を見る  そうして素朴な場面は  いくつもの不思議を 身ごもるだろう  生まれる前と  死んだ後が  ひとすじの永遠(とわ)に結ばれる  今  ---------------------------- [自由詩]おじいさんの箒 /服部 剛[2012年8月28日23時00分] 2階の窓の下から ざあっざあっと 枯葉を掃く音が聞こえる  朝になると 向かいの家のおじいさんが  箒ではく音だ  日々の雑念というゴミが  すぐに溜まる僕の心も  あのおじいさんの箒に  ざあっざあっと掃いてもらい  空っぽにしてほしい  ---------------------------- [自由詩]おさなごの夢/服部 剛[2012年9月3日23時31分] 周の誕生祝いをした夜  旅に出て、乗った列車は  ぐんぐん加速して  夜の旅路の線路を走る  周がこの世に生を受けて  「一歳」という時が すでに始まっている   背後に遠のいてゆく夜空の下では  今日も、微かに背丈を伸ばして眠る  周の小さいからだの中で  ぐんぐん育とうとする  細胞達のうたが聴こえる  そうしてパパは旅先で  瞳を閉じて、いのるのだ  すやすや眠る君の中に  何処までも広がってゆく  ひとつの夢を  ---------------------------- [自由詩]目について /服部 剛[2012年9月3日23時47分] あなたはその(目)を視たことがあるか?  私はその(目)を視たことがあるか? ほんとうの(目)はいつも  鳥の羽ばたく虚空から  世界の物語を眺めている  私はあなたを視たことがあろうか?  あなたは私を視たことがあろうか?  私はあなたと(目)の対話をしただろうか?  私とあなたの内に、いる  沈黙の言葉を、語る  ほんとうの(目)  ---------------------------- (ファイルの終わり)