服部 剛 2012年4月18日21時59分から2012年7月16日19時33分まで ---------------------------- [自由詩]川になる /服部 剛[2012年4月18日21時59分] つまらぬことで口げんかをして  下の階にいた嫁さん・子供を呼んできて  布団の上に座らせて  ごめん、ごめん、と育児にこった肩をゆっくり揉んだ  布団の上にひとりあぐらをかいて腕を組む、午前2時。  (男は海でなけりゃあならぬ・・・)と呟いて。  すうはあ、と 息の二重奏をかなでるふたりの傍らに  僕も横たわる棒になり  すうはあ、はあ、と   夜明けまで3つの口をあける  僕等は「川」になった    ---------------------------- [自由詩]おさなごの夢ー遠藤先生の墓前にてー /服部 剛[2012年4月18日22時32分] 桜のつぼみが口をひらいた3月27日は  遠藤周作先生の誕生日で、奇遇にも    結婚前の僕等が恋人になった日なので  府中の遠藤先生のお墓参りに行った   生後7ヶ月の周の、旅の始まり  「外に出ると赤ちゃんってけっこう多いのね」  互いにベビーカーを押しながら  通りすぎた婦人を見て、妻は言う  いくつもの電車を乗り継いで  駅から駅へと歩くたび  ホームにエレベーターがあり  杖をつくお爺さんが「どうぞ」と言って  僕等を先に入れてくれた  そんな小さな人の優しさが  今も街の何処かで生まれ  ベビーカーに宿る星の数ほど  散らばってゆく、春の始まり  あの日、ろざりおの指輪を交換した  遠藤先生の墓前にて  あたらしい家族3人で並んだ  僕等は稲穂の姿で、頭を垂れる  父親になって間もない僕が  (ありがとうございます・・・)と両手をあわせ  瞳を閉じた時、観えたのです。  人より染色体が一本多い、と診断された  (その一本のかがやき)が  さっき迄ベビーカーですやすや夢を見ていた  周の寝顔に  ---------------------------- [自由詩]ひとの器 /服部 剛[2012年4月19日23時38分] 今日という日を  宇宙にひとりの自らでみたす迄  私の体は幽霊です  机の上に置かれたコップは  水を入れるために、ある。  窓から射す日に  水面のひかる あの瞬間を、待ちわびて  ---------------------------- [自由詩]まなざし /服部 剛[2012年4月19日23時48分] お年寄りの入浴介助前に  同僚のU君が着替えた後はいつも  僕の下の引き出しが閉まらないまま  脱いだ衣類が、もりあがっている  引き出しを開けるたび  骨が折れるが  日頃の僕にも気づいていない  (もりあがり)があるかもしれない  日々こつこつ働くU君が  脱いだ服のもりあがりを  小さい心でゆるす時  ふと、背後に感じる  日々不器用に生きている僕を すでにゆるしてくれている  もっと寛い(何者かのまなざし)を  ---------------------------- [自由詩]山の笑い /服部 剛[2012年4月19日23時59分] お玉杓子のような百舌達が  雨上がりの空に  ばらまかれては、舞い下りて  すすき野原にすーっととまる  静寂のひと時  ばらばらだった者達は  ひとつになり  きらきら光るすすき野原の  背後にひろがる山々は  まぶしそうに笑っています  ---------------------------- [自由詩]虔十さん /服部 剛[2012年4月21日23時59分] 昔々、虔十さんという風変わりな男は  ぶなの木の葉がちらちら揺れて煌くほどに  もう嬉しくてたまらなくなり  一枚々々の葉のひかりが  自らの体内に踊っているかのように  いつのまに、ぶなの木そのものになり  からだ全体の発光する  木のひとになった虔十さんは  うすら笑いの口をあけ  この世の畑を夢見ています  今日も風に吹かれて  やって来る虔十さんは  この世の何処かに・・・あなたの前に うっすら姿をあらわします  ---------------------------- [自由詩]言葉の寺 /服部 剛[2012年4月27日23時58分] つらい出来事があった時  詩は、きみのしょげた背中をそっと押すだろう   現実の壁が立ちはだかる時  詩は、きみの涙に濡れた瞳をまっすぐ前へ向けるだろう  詩は、暗闇に射すひとすじの光  詩は、哀しみの内に芽生える種  僕はそろそろ生きる言葉を探しに  「言葉の寺」の山門に、入ろうと思う。  (そこではもう一つの目が、開かれる)という  古(いにしえ)の言い伝えを、観るために  ---------------------------- [自由詩]松島・石巻小品集ーおくのほそ道をゆくー /服部 剛[2012年4月27日23時59分] 松島の丸い湯ぶねに身を浮かべ  きらりと笑う枯葉舟かな  さやさやと幹に映る光と影は  旅する我の心鏡(しんきょう)となり  歓びを天(そら)いっぱいに広げてる  白、白、白の木蓮の花  蟻々の働いている石段を  登ってゆけばあかるい神社(やしろ)  門前にでんと坐った石蛙  日をそそがれて目玉は潤み  御仏は瞳を閉じて、目をあわせ  叢(くさむら)に立ちよろこんでいる  松島の海にはばたく鴎達  自由を詩(うた)いあぁあぁと鳴く  ゆらゆらと身をゆらしてるほそ柳  又三郎が、あらわれそうだ  電飾の豆らんぷ等と思ったが  真昼の椿の葉群であった  つくし等は寒そうに震えているけれど  茎はまっすぐ天を指さす  しゃかりきに眼下を横切るありんこに  「がんばれよ」と言い、我は歩まん  旅先の日和の山を巡りつつ  桜のつぼみと夢を語らん  亡き人よ、地上に立った僕達は  肩を並べて第九を詩う  目に視えるすべてのものが、詩なのです。  ---------------------------- [自由詩]めおと島ー松島にてー /服部 剛[2012年5月19日22時13分] 夫婦みたいに並んでいる  ふたつの小島の周囲には  ひかりの宝石を無数に散りばめた  松島の海が穏やかに  さらさら滑ってゆくのです  先ほど赤い福浦橋の上から  遠い空の下にいる嫁さんに  旅の便りの電話をしたが  他愛の無い会話より  もっと大事な情景を、僕は今見ている。  夫婦のような  ふたつの島の周囲にきらめく  無数の宝石等はきっと  僕等の日々の周囲にも散りばめられ  目を凝らせば  見えないサインが、贈られている  この旅から家路に着いたら  松島の風が唸って歌い  幾千本の松の針が踊っている  木陰のベンチで書いたこの詩を  嫁さんと周に、読んでやろう。  あぁ、今、天空の雲がよけて  ひかりの宝石がさらさら滑ってゆく海と  日をそそがれる頬がほこり、とあったかい  ---------------------------- [自由詩]ルノアールの少女 /服部 剛[2012年5月19日22時27分] ふと手にした一枚の紙切れに  優れた画家のデッサンが浮かぶように  鏡は少女の清らかな  一瞬の微笑を映すだろう  ほのかな灯(ともしび)のひかりの中に  明け方の少女がひとり  密かに息づく現実(うつつ)の顔は  ルノアールの絵になる  その瞳は暖炉の炎が  しだいに煤(すす)け、燃え尽きてゆくのを  いつまでもじっと、視ている  生の視線、永久(とわ)に失われた生の視線よ。  あぁ、まことの地上の喪失を  一体誰が知るだろう?  絶え間なく賛美する声音(こわね)を持って  全体の中に生まれる詩情を歌う者の他に――   ※この詩はリルケの「オルフォイスへのソネット」を   異訳したものです。  ---------------------------- [自由詩]あかるい骸骨ーセザンヌ展にてー  /服部 剛[2012年5月23日19時24分] 机上の聖書の上に置かれた  ひとりの骸骨が  遥かな明日の空を視て、笑ってる。  骸骨は、恐いものと思っていたが  全てがそうではないらしい  どんな人もいつかきっと骨になり  顔の無い風の姿になり  空に溶け去る時  密かなサインを地上の誰かに贈るという  不思議な日向(ひなた)になっている  窓辺の机上の骸骨は  空に吹く  風のサインを受け取って  ふにゃりと、笑っているようだ    ---------------------------- [自由詩]今日の一匙ー婆ちゃんの格言ー /服部 剛[2012年5月23日19時33分] 在りし日の婆ちゃんが  出来たての熱いスープを出した後  つぶやいた、あの日の一言。  「ちょっとしたことで料理は、変わる」  さて、あの頃よりも 少々大人になった僕は 今日の場面にどんな一匙(ひとさじ)を入れようか?  ---------------------------- [自由詩]道草の花 /服部 剛[2012年5月24日23時18分] 乗り換えの駅で、旅の電車を下りた。  無人駅の小さいホームから  遠くに重なる山々の  西へ伸びる線路を往くか?  東へ伸びる線路を往くか?  (次の電車まで、あと1時間・・・)  この駅にはいつか来たような  あるいは初めて来たような  ふたつの心が重なっている  少々不思議な、旅のひと時。  こうして遠い空の下までやって来ると  日頃は身近な両親や 僕に微笑む妻子までもが  不思議な人達に視えてくる、旅のひと時。  待ち時間に暇をつぶした  畑の道の傍らに  今にも歌い出しそうな  黄色い花の蕾に耳を澄まし   春の日向に、しゃがんでみる  ---------------------------- [自由詩]夫婦の夢 /服部 剛[2012年5月28日19時16分] 夢の中で  遠藤先生が人型の看板になって  立っていた  その看板の裏を覗くと  順子夫人が金にひかるのべぼうの姿になって  遠藤先生を後ろから支えていた  夢から、覚めた。  窓外の青空に、うぐいすの唄が響いた  階段を下りて  食卓の椅子に座り  厨房でキャベツをとんとん刻む  妻の背中に僕は、そうっと呟いた  「やっぱり作家・遠藤周作先生は   (ふたりでひとり)なんだなぁ・・・」  ---------------------------- [自由詩]太陽のうたーセザンヌ展にてー /服部 剛[2012年5月28日19時38分] 机の上のオレンジ達は  傾いた皿に身を寄せあい  なんだかとても、楽しそう  (日常が、ちょっとずらした視野になる   そんな軽みに、立ってみたい    ) いくつもの小さい太陽達は、肩を並べ  古い額縁の中から  いのちの歓びをうたっている  窓から射す日に照らされて  ひなたの机に転がって  ---------------------------- [自由詩]緑茶とコーヒー /服部 剛[2012年5月29日19時55分] 友達が家に来るのを 待つ間――   ティーポットから  じゅじゅじゅと湯気の立ち昇る 深蒸し茶を入れていた  何故か湯呑みはテーブルの上を すーっと滑り、隣で待ってた アイスコーヒーのグラスに  こつん、と乾杯した  ポケットに入れた  携帯電話が  ぶるっと、鳴った  ---------------------------- [自由詩]果実の存在論ーセザンヌ展にてー /服部 剛[2012年5月29日19時58分] 白いテーブルかけはだらりと垂れ下がり  食卓に転がっている  無数のりんごとオレンジ達が  ぴたり、と止まっている。  それぞれに好きな方を向き  それぞれの位置におかれ  それぞれが自分そのものの色に照らされ  のっぺらぼうで笑っている、果物達。  自らの内にある  種子が  音符になって  鳴り出しそうだ  ---------------------------- [自由詩]黒子/服部 剛[2012年6月7日23時55分] 人形劇の舞台の上で  おどけた河童の傍らに  黒子がひっそり、ついていた  日々の舞台で僕がマイクを手に  愉快な話をする時、ふいに  僕を僕にしてくれる  黒子が背後ですぅと動く    ---------------------------- [自由詩]旅の始まり /服部 剛[2012年6月7日23時59分] 恩師のY先生は  僕が被災地の石巻へ旅に出る時  ポルトガル料理とポートワインに酔い  ほてった頬で突っ立つ僕を  店の出口まで見送り その日の遠藤文学講座で 僕の詩集が何冊か売れたお金を  旅費として、手渡してくれた。    そのお金は単なる紙切れではなく  今は天からこの世を眺める  Y先生の恩師の遠藤周作が  Y先生の体を通して  手渡してくれたパスポート   「仮設住宅の皆さんの前で、ユーモアを忘れずに」  恩師のメッセージを胸に納めて僕は  東京駅で中央線を下りて  笑いと涙のまざった赤い目のまま  夜の仙台へ発車する、新幹線に乗りこんだ――  ---------------------------- [自由詩]まぼろしの指揮者 /服部 剛[2012年6月10日0時00分] ある日、名指揮者は倒れ  コンサートは(指揮者無し)で行われた  ヴァイオリンもフルートもホルンも  それぞれの奏者は皆  無人の台の上にいる  まぼろしの指揮者のうごきを見て  それぞれの音を奏でた  全ての曲目を終えた後の  ひと時の沈黙  客席から  ホールの天井に鳴り響く  無数の拍手の波  帰りの電車に揺られつつ・・・   いつしか見ていた夢の中の音楽会で   僕はヴァイオリンを持っていた 無人の台に薄っすら見える  まぼろしの指揮者の手に ぴたりと静止した棒   僕はじっと目を凝らし  ヴァイオリンを、顎に構える  ---------------------------- [自由詩]発車ベル /服部 剛[2012年6月21日19時55分] やがて発車のベルは鳴り  旅の列車がゆっくり走り出す時  一つの運命が地鳴りをあげて  見果てぬ明日へ、動き出す――  ---------------------------- [自由詩]夢について /服部 剛[2012年6月21日20時07分] 無限に広がる宇宙の中で  ぽつん、と浮かぶ青い惑星(ほし)。  星の数ほど今も織り成されている  それぞれの一日、と  それぞれの場面、にて  人と人が目と目を  あわせ、そらす  その一瞬に  永遠(とわ)の刹那のあることを――  あなたは知るだろうか?  ---------------------------- [自由詩]道 /服部 剛[2012年6月21日20時16分] なぜか知らぬが  私の目の前には  日々ひとつひとつの穴が、ある。  この両手に盛ったやわい土で  一日、ひとつの穴をふさいで  一歩ずつ、歩いてゆくならば  ふりかえった背後に、いつか  霞のかかった遥かな昨日の方角へ  夢の一本道が  吸いこまれているでしょう    ---------------------------- [自由詩]器 /服部 剛[2012年7月6日23時01分] 二つに割れた、器があった。  組み合わせたら、一つになった。  長い間、探し歩いてようやく出逢った 君と僕のように  ---------------------------- [自由詩]時の流れ/服部 剛[2012年7月6日23時32分] この部屋の窓からは  雨の降り始めた靄(もや)の向こうに  遥かな山々の緑があり  眼下に一面の畑は広がり  歩道には、レインコートを着た犬と  飼い主が歩調を揃えて、歩いていった     *  昼頃の散歩で、偶然  前の職場の老人ホームの ボランティアのおばちゃんと 久しぶりに会った  携帯電話の小さい画面で  はいはいする〇歳の周を見せたら (可愛いねぇ・・・)と おばちゃんの頬がほころんだ     *  今よりもっと不器用な青年だった僕を  いつも見守ってくれていた  おばちゃんのまなざしを胸に暖め  雨の降りそそぐ窓の外を、眺めている  30分前に歩いていた  レインコートを着た犬と  飼い主がゆっくりと  帰りの道を、歩いていった  ---------------------------- [自由詩]天のまなざし /服部 剛[2012年7月6日23時36分] (神は無い)とつぶやくほどに  目の前にあらわれる不思議はなぜだろう・・・?  窓外の雲はよけて  机上の日向はふくらみ  天からそそぐまなざしが  衣服にしみて  僕の地肌をあたためる ---------------------------- [自由詩]旅人の涙/服部 剛[2012年7月14日23時29分] 「遠い異国の教会で、ステンドグラスの窓か   ら射すまっすぐな虹のひかりの中、人々は   棺に横たわる人に次々と花を置いていく。」  「ノートルダム寺院に腰を下す詩人草野心平  さんの胸底にぎゅりりと何かが突きあがり  いかつい頬からぽたり、一粒滴が落ちた。」  旅の詩集を閉じた後  部屋のラジオから  バッハのG線上の線上のアリアが流れ始める  今頃どうしているだろう――?  一月前、被災地の仮設住宅へ訪問した時  僕等の詩の朗読とヴァイオリン演奏に  ひとすじの糸が頬をつたった、Kさんは  (窓の外の上空からぱら、ぱら、と雨がふる)  ---------------------------- [自由詩]泉/服部 剛[2012年7月14日23時45分] 鏡に映る自らの  こころの内に湧き出ずる  喜びの泉  胸にそっと手をあてる  ---------------------------- [自由詩]?の文字の裏側に /服部 剛[2012年7月16日19時30分] ?の裏側に、いのちがある。  ?の裏側に、人がある。    ?の裏側に、家がある。  ?の裏側に、国がある。  ?の裏側に、青い地球の星がある。  宇宙の闇をめくった裏側に、?がある。  ?の裏に、ぼくがいる  ?の裏に、きみがいる  ?の裏に、〇歳の息子の周がいる  (3人の影絵はずっと、手をつないでいる)  あぁ、今日、目に映るすべてから  無数の?があらわれる  鏡に映る あなた という人は誰?  ---------------------------- [自由詩]門 /服部 剛[2012年7月16日19時33分] デクノボウのまま突っ立っていた、あの日の青年。  谷底の闇でうずくまっていた、あの夜の青年。  人間を信じられなくなりそうな  分かれ道まで歩いてきた僕に  天におられる恩師の薄っすらとしたまなざしは  青い空から語りかける  (夢を往く汝の道を、信じなさい――)  今迄長い間  目の前に立ちはだかっていた  巨きい岩が、動いた。  その入口に、あの風が吹き抜けていった  その先のましろい空間を、見据え  僕は今  開いた門の前に、立っている  ---------------------------- (ファイルの終わり)