服部 剛 2012年1月20日2時52分から2012年3月6日23時55分まで ---------------------------- [自由詩]ひかりの人 /服部 剛[2012年1月20日2時52分] 深夜の海で独り船に乗っていた  やがて風は強まり、波はざわめき  震える両手をあわせ、必死に祈った  遠い暗闇からひかりの人が  こちらへ、歩いてくる  ずっと昔から私をみつめる目が  こちらへ、近づいてくる  互いの目をあわせる時  風は止み、波は凪ぎ  船の揺れは治まっていた  (こちらに来なさい)  ひかりの人の言葉が  胸に、響いた  船から離れた場所に立つ  ひかりの人の待つ方へ  私は船からそっと、足を踏み出す  ---------------------------- [自由詩]悩み相談ダイヤル /服部 剛[2012年1月23日23時55分] 心の空が雲に覆われそうな時、僕は  右手に家の電話の子機を持ち  左手に携帯電話の子機を持ち  番号を押して、両耳にあてる  ((もしもし))((もしもし))  自分の中の、相談役と聴き役の  片方はありのままの悩みを吐いて  片方はうん、うん、と頷く  ((ごきげんよう))((ごきげんよう))  電話を切って、話す前より  いくぶん気持はすっきりとして  心の空の雲間から、仄かな陽が射す  家の電話を充電器に、置く。  携帯電話をポケットに、入れる。  相談役の自分と  聴き役の自分は  煙のように  胸の奥へすぅっと消えた  弱虫よ、震える拳を握るのだ。   瞳を閉じた前方の  さんさんと陽に照らされた  明日の土俵をじっと、観据えて   ※この後携帯電話が故障したので    皆様は真似をしないようお願いします。  ---------------------------- [自由詩]珈琲店・さぼうるにて /服部 剛[2012年1月23日23時59分] 神保町の老舗・さぼうるで  戦後間もない頃から  50年、入口に立つ  80歳のマスターに、僕は尋ねた  「毎日が単調にならない秘訣は?」  「特にないねぇ・・・最近体調悪くてねぇ・・・」  レトロな空間で夢を見たくて  珈琲をもう1杯飲む為に  近所のコンビニのATMに  お札を1枚、下ろしに行った  昼間も寄ったコンビニの、同じトイレで  さっきは急いで切らしたままにしていた  トイレットペーパーを  見知らぬ誰かが付け替えていたので  (ありがとう)と呟いてから、外へ出た    一日の中にみちている無数の(ありがとう)に  気づいた歓びを胸に、神保町の小路を歩く僕は  洋燈のランプの灯るさぼうるの、ドアを開いた  ---------------------------- [自由詩]不思議な手 /服部 剛[2012年1月25日18時50分] 主よ、私は凡人ゆえに  敵を愛することができません  私の内側にいる(もうひとりの人)が  棘ついた人の心さえ、まぼろしの両手で そっと包みますように――  私は自らを信じられぬ、夜がある  私はどんな夜も信じられる、不思議な手がある    ---------------------------- [自由詩]贈りもの /服部 剛[2012年1月25日19時02分] 見知らぬ人から届いた  小包を開いたら  一つの箱が入っていた  ふたを開けたら  何処かの海がなみなみ  小波を立て  一艘の小さい舟が浮いていた  小船は夢の陸地を目指しているらしい  僕は海水がこぼれぬように  おそるおそるふたを、閉めた  目が、開いた。  何処かで鳥が歌い始める  いつもの朝に、窓からの日が  僕の頬を照らしていた  ---------------------------- [自由詩]言葉の槍 /服部 剛[2012年1月27日1時57分] どうして私はすぐに  一つの道から  足を踏み外してしまうのだろう  怒れば人と、ぎくしゃくする。  しょげれば言葉の槍が、飛んでくる。  強さと弱さの狭間で私は一体  どんな姿で立っていればいいだろう?  もう一度、もう一度  自らの信じるひとすじの道に戻ろう  何処からかふいに  言葉の槍が飛んできたら  胸に刺さったそれを抜き  血液の滴る槍を、唇を噛み締めながら  思い切り、投げ返そう――  目の前の敵ではなく  頭上の寛い空へ  ---------------------------- [自由詩]机上の本 /服部 剛[2012年1月27日2時06分] 開いた頁に散りばめられた  無数の文字の裏側に  薄っすら浮かぶ誰かの顔が  あなたに何か云おうと、口を開く  机の上に置かれた本は  いつでもじっと待っている  本を開いたあなたの心を   照らし出す、瞬間を    ---------------------------- [自由詩]詩人の魂 /服部 剛[2012年1月28日23時59分] 不器用な自分を忘れようと  彼はアトリエに入った  目の前にある石を  彫刻刀で、削る。  無心の者となり  夢中に、削る。   いつのまにか  とっぷり日は暮れて  暗闇の部屋の窓から  月明かりはそっと射しこみ  目の前にあった石が  跡形も無くなった、宙に  ぼんやりと古書が現れては消え――  古の詩人の微笑が現れては消え――  目の前には只  青い炎のひかりが浮いており  こちらに何か云うように燃えており  俯いていた彼の頬を  いつまでも照らしていた  ---------------------------- [自由詩]ある真夜中のポエジー /服部 剛[2012年2月1日23時59分] 街がすっかり眠り  オリオンが西の空に瞬く夜更け  部屋の中で一人の男が  ペンを走らせている  時の経つのも忘れ  言葉にならない思いを綴る深夜に  何処からか聞こえてくる列車の音    かたっことっ    かたっことっ     かたっことっ      かたっことっ・・・  その音が暗幕の闇を潜り抜け  彼の心の入口に届いて 体内に広がってゆき  ますます時を忘れた彼は  何かがのりうつったように   詩作に没頭する  部屋の中は時計が時を刻む音  電気の微かな、じーーという音  紙の上にペンを走らせる乾いた音  人々が夢を見ている頃  この眠れる世界の何処かで  貨物列車は今夜も走ってゆく  荷物を目的地に届ける為に   かたっことっ    かたっことっ     かたっことっ      かたっことっ・・・  この真夜中に  詩人はペンを走らせる  言葉を大切な人々に届ける為に  彼の心の中を走る列車は  大いなる闇に突入し  深く深く走り続けながら  やがて銀河系へ昇ってゆく  列車が時の無いトンネルを走り抜けると  果てしない宇宙空間が広がり  暗黒の世界に  無数の星達が煌いている  宇宙空間を銀河の流れのままに  走ってゆく列車の音が  深淵なる場所から響いてくる   かたっことっ    かたっことっ     かたっことっ      かたっことっ・・・   ポエジーという名の宇宙空間を  走る列車の音を聞きながら  真夜中に詩人はペンを走らせる  彼の心の滴が  紙の上に落とされ  結晶となってゆく  命を吹き込まれた  一篇の詩に  ありのままの人間を  愛する思いがあるなら  詩人の手紙が一人ひとりの心に  届く日は来るだろう  真夜中 詩人の生きる鼓動が  命の音が聞こえてくる   それは今夜も宇宙空間を  たった一つの場所へ向かって  走り続ける銀河鉄道の音   かたっことっ    かたっことっ     かたっことっ      かたっことっ・・・     ---------------------------- [自由詩]星の友達 /服部 剛[2012年2月7日23時27分] 飲み屋の座敷で  一人酒の盃を傾け  いつしかこの頬は赤らみ  脳みそは何処までも歪み  おぼろなる意識の内で  転寝(うたたね)にかくんっと首の抜ける時  夢の夜空にたった一つの星が  しきりに(何か)を云うように  強く、瞬いていた  目が、覚める。  閉店間際の飲み屋はいつのまに  しーんと静まり返っていた  「ごちそうそま」  暖簾(のれん)をくぐって  コートの襟を立てた僕は  先ほど夢に見た一人の友を探して  冬の夜空を仰いだ  ---------------------------- [自由詩]天使の羽 /服部 剛[2012年2月8日23時21分] 自由とは  小さい両手を左右に開き  仰向けのまま瞳を閉じる  0歳のきみの姿  両腕の翼を広げ  きみは今  夢の空を飛ぶ天使だ  いつからだろう?  僕等が大人になるにつれて  空を飛べなくなったのは  僕が時折訪れる夢の街で  ビル群の間を歩く  スーツ姿の人々の背に  日が射して  薄っすらと透けて視える  天使だったあの頃の名残が  ---------------------------- [自由詩]正義の味方 /服部 剛[2012年2月8日23時48分] ふいに巻き起こる北風に  働くおばさんの手にした  書類は飛ばされ  ガードレールの下から  川へと落ちそうなその時  ほっ!と短い足が出て  サラリーマンの きらりと光る革靴から  拾い上げておばさんに手渡す  頭の薄いおじさんは、正義の味方  ウルトラマンのように  空の上から飛んでくる  ヒーローなんぞには  そうそうなれるものではないが  短い足をほっ!と出す  あのおじさんみたいに  何の変哲もない、正義の味方なら  この街をゆく群衆の  あちらこちらに隠れている気がして  なんだか少しほっとした僕の口から  白い吐息が、宙に昇った  ---------------------------- [自由詩]流れ星 /服部 剛[2012年2月9日23時43分] ふと立ち止まり仰いだ夜空に  一瞬、星は流れ  願いごとを言う間もなく  黒い幕の裏側へ しゅぅ・・・と消えた  もし、あの一瞬の光が  無限の宇宙に含まれた  一人ひとりの一生ならば   私は今日という日に  たった一つ、何を願おう?      ---------------------------- [自由詩]遠近法 /服部 剛[2012年2月9日23時59分] 「悩み」という荷物を 背負えば 世界にひとりであるように  ずしりと肩に、喰い込む。   高層ビルの39階から  ビルの足元を見下ろせば  無数の蟻の人々が うようよしている。  (もしかして、悩みは  あれより小さいものか・・・)  そう呟いたら   体がふっと軽くなった    ---------------------------- [自由詩]雨上がり /服部 剛[2012年2月10日23時51分] 目が覚めた、部屋の窓の風景は  雨にすっかり洗われた  まあたらしい世界  一枚の葉は透けた滴をしたたらせ  こちらに合図を送っている  憂鬱な気分に頬杖ついて  眠っている間に  にわか雨が  通りすぎていった  ---------------------------- [自由詩]もう一人の私 /服部 剛[2012年2月11日22時04分] 自らの意思に反して  もう一人の私が  何処か遠くへ歩いてゆき  おーい、と呼んでも聞こえない  永遠に列車の来ない  線路の上を歩いていたら  地に伸びる私の影が、口を開き  耳傾けても、何を言うのか聞こえない    *  私という体は  一軒の建物のように  世の北風に震えながらも  土の下深くに柱の足を入れて立つ  どうやら私は今迄ずっと  ほんとうの声を探してきたようだ  ようやく聞こえてきたのは 言葉ではなかった  偽りのない私という建物の  内なる小さい部屋に  今にもいのちを解き放とうと  膝を抱えて充電している  黒い人影の震えが、時折  びくりと この胸に疼くのだ  ---------------------------- [自由詩]きせきの人 /服部 剛[2012年2月11日22時17分] もし、知性が裸になったなら  目は目として  歯は歯として  足は足として  一つの人格を持ち  僕等に口を開くだろう  からだの数え切れない  それぞれの部分を  一度ばらばらに分解した  パズルのピースにして  床に並べてみる  無数の欠片を結晶して  ふたたび姿を現す自分は  世界に一人の、きせきです。    ---------------------------- [自由詩]ベートーヴェンの夢 /服部 剛[2012年2月14日18時16分] 深夜3時にむっくり起きた僕は  スタンドの灯り一つの部屋で  西田幾多郎が純粋経験を語る  「善の研究」の本を開いていた  (純粋経験の瞬間は、   いつも単純な一事実である   音楽家が熟練の曲を奏でる如く・・・)  深夜の部屋に流れるピアノ曲は語りかける   布団を被って寝息をたてる妻と子の  子守唄のように  今宵、瞬く星々の間に  置かれた椅子に座る 在りし日のベートーヴェンは  銀河の流れと呼応して  鍵盤にまぼろしの指を躍らせ・・・  宇宙の奏でる密かなシンフォニーは  眠れる妻と子の夢に鳴り響く    ---------------------------- [自由詩]喫茶「扉」にて /服部 剛[2012年2月14日18時42分] 半身麻痺のお婆さんの 両手を引いて後ろ向きで歩く  介護青年だった、10年前の僕  いつも面会中にさりげなくにこやかに  見守っていた初老の娘さんと  古都鎌倉の喫茶「扉」で  偶然顔を合わせた、10年後の僕  ずいぶん前に、地上から旅立った  お婆さんが懐かしくて  お葬式の時、娘さんの頬にあふれた  涙の場面が蘇ってきて思わず声をかけたら  きょとん、と口を空けて  後から店の出口に飛んできたので   (あれから、職場も変わりました   結婚しました、子供が生まれました)  かたことの近況報告をしてから  (お元気で)と頭を下げて  鎌倉駅へと、僕は歩いた  人違いならしょうがない、と  遠慮がちに声をかけたが  この生涯で数えるほどしか  会わぬであろう人に声をかけ  互いの間に ささやかな花開く瞬間があってよかった  帰りの横須賀線はいつのまに  とっぷり陽が暮れ、夜の車窓になっていた  ---------------------------- [自由詩]明日の夢 /服部 剛[2012年2月15日4時40分] 夢に過ぎない明日の中へ  ひかりの者として、入りなさい  世の道に、躓く石のある時は  低い目線で地にしゃがみ  丸い掌でなでなさい  やがて吹く不思議な風は  人々の暗い心を吹き抜けます  瞳を閉じて 手をあてる胸の内に   限りの無い星屑の  銀河の渦巻く  宇宙(そら)の心  ひかりの者として、往きなさい  明日という夢の中へ――  ---------------------------- [自由詩]不思議な世界 /服部 剛[2012年2月17日23時56分] この体というものは  六十兆個の細胞がうようよと  今も無数に分裂しているという  私という現象は  常に現在進行形でありまして  「服部剛(はっとりごう)ーing」であるように  あなたも「○○○ーing」であるという  昔々・・・母の胎に宿った頃  一つの細胞がありました  その中心に核があり  その核膜に覆われた遺伝子があり  たった一つの細胞から  私の命は始まりました  細胞達はそれぞれに  「お前は手になれ」  「お前は足になれ」  「僕は脳にいく」  「私は心臓になる」  どんどん母の胎内で分裂して  だんだん人間という形になって  おぎゃあ!とあの日  生まれたのが、あなたです   今朝、窓から日の射す  あかるい部屋で  父親の私の腕に抱かれ  すやすや眠る  生まれて半年の周ちゃんは  目覚めて、にこり  きらきらとした瞳を開けて   (あぁーうぅー)と声を出し  棚に座るプーさんの 小さい瞳とみつめあい  不思議な会話をしています  ---------------------------- [自由詩]手品詩 /服部 剛[2012年2月18日0時08分] テレビの中のマジシャンが  逆さに置いたシルクハットから  花吹雪が舞い上がった  一日に一つ位  そんな手品があってもいい  さぁ、この詩の中の  机に置いたシルクハットを  ぱっ!とあなたに見せた  小さい ○ から  一体何が出るでしょう?  ---------------------------- [自由詩]夢の部屋  /服部 剛[2012年2月18日23時59分] ある夜の夢の中で  誰かの拳が  木のドアをノックする  乾いた音が部屋に響く  テーブルの向かいに座った  瞳の澄んだその人は  (私はいつも共にいる・・・)  と言ってすぅっと、消えた  目が、覚めた。  すでに台所に立つ妻が  まな板に置いた野菜を  とんとん刻む音が聞こえる    *  今日という一日の中に  必ずやって来るという  夢の人  毎日会う人の背後に  初めて会う人の背後に  透き通った面影で 姿を重ねている   日々、目の前に現れる隣人の  瞳の奥から聞こえてくる  夢の中のあの声が――  ---------------------------- [自由詩]スタートライン /服部 剛[2012年2月20日23時31分] 「位置について、用意」  乾いた鉄砲が空に鳴ったら  時を忘れて  自らの存在が溶け去る迄  只、走り続けよ  脳内から分泌される  あどれなりんの快楽が  体内を巡り  魂の入口に入る時   屍だった体は生き始める  気づいたら  一日を走り終えた、背後に  ぽっかりとした  夢の時間を振り返り  安堵のため息をつけるように  布団を被って夢見る寝顔の少年は   明日の朝日に燦燦(さんさん)と照らされた  スタートラインで、身構える  「位置について、用意」  ---------------------------- [自由詩]向日葵の夢 /服部 剛[2012年2月20日23時51分] 昭和5年の夏、関西のとある町にて  縁側に横たわり昼寝する  少年が目覚めた頃、母親は  まっ赤に濡れた西瓜(すいか)を  お盆に乗せて、持ってきた  庭に立つ一輪の向日葵(ひまわり)は  西瓜をかじる少年に  いつまでも微笑んでいた  そんな夏休みの幸福なひと時を綴る  「微笑について」という本を  平成24年の冬、東京のとある古本屋で  僕は偶然、手に取った  その作家は、すでに世を去って久しい。  その古本を読んだ人の行方は、誰も知らない。  それからというもの 私のこころの風景に  ずっと消えずに咲いている  あの、夏休みの向日葵  ---------------------------- [自由詩]いもと嫁さん /服部 剛[2012年2月26日21時12分] 結婚前の嫁さんを僕は(きれいだなぁ) と、うっとり見ていた  結婚後にいつも一緒の嫁さんは、時折  いもに見えることがある  高熱にうなされ  布団からふらふら身を起こした僕に  嫁さんは、蒸かしいもを持ってきてくれた  この手を暖める蒸かしいもには  嫁さんのまごころが宿っている  どんな天気の日にも共に歩むひとがいるのは  困った時に助けてくれるひとがいるのは  なんとありがたいことだろう  いもを食べ終えて  水を1杯飲んだら  ようやく目が覚めてきた  いもだった嫁さんの顔が  ひとに戻った  ---------------------------- [自由詩]夢の朗読会 /服部 剛[2012年2月26日21時17分] 38度の熱が出て、楽しみだった  僕の出版記念朗読会が、中止になった。   数々の再会の場面が夢になり・・・ 僕は今、ふとんに足を入れて  ランプの灯を頼りに、この詩を綴っている  あぁせめて 今日の集いを楽しみにしていた皆が  ぽっかり予定のあいた空白の時間に  恵みのひかりを注がれますように・・・  ふと見上げると、嫁さんが壁に貼った  ポスターで眉間に皺を寄せて  頬杖をつく遠藤先生が、呟いた   「−と思う出来事の中にこそ   +の種は潜んでいるのだよ」  その言葉を信じて僕は  巷にかぜの菌達が牙を剝き  北風に舞う冬の季節を越えて  陽ざしに蕾のひらく春に  再び集う皆の笑顔がひらく場面を夢見て  ふとんを被り、ランプを消した  ---------------------------- [自由詩]旅の夢 /服部 剛[2012年3月4日23時11分] 旅から帰った若き詩人は  傷ついた木の机に凭れて  部屋一杯に射すひかりの中で  そっと瞳を閉じていた  思い出すのは  避暑地で過ごした夏のひと時  夏空に浮く一艘の舟  ゆっくり時を奏でる水車  古びた旅の手帖を捲れば  ふいに脳裏をよぎるのだ  人それぞれに  笑い悩んで織り成す日々は  いつか何処かへ目を覚ます  ひとつの夢であるならば――  ---------------------------- [自由詩]イーハトーヴの国 /服部 剛[2012年3月6日23時43分] 生まれ育った故郷の林が大好きな  賢治の妹トシは額に汗を滴らせ  まぶたの裏に  この世という牧場の出口で  風に開いてゆく、木の扉を視ていた  息を切らして、家に戻った賢治が  震える指で、ましろい指に渡す  二本でひとつの、松の針。  うれしそうに受け取った  緑の針で頬を撫でれば  トシの寝顔は  一瞬火照った、幼子になり  ましろい指からふと、落ちて  枕に置かれた、松の針。  細い寝息で夢見るトシは  くらかけ山の麓に広がる草原に、独り立ち  ひとつひとつの草々が  遥かなる永劫(カルパ)の風にめらめら踊り  透き通ってゆく全ての景色の背後から  イーハトーヴの国が あらわれる  ---------------------------- [自由詩]夢の都 /服部 剛[2012年3月6日23時55分] 私は今、遠い異国の空の下  遥か昔に栄えた、廃墟の前に立っている  まっ青な空に輝く太陽に照らされた  誰ひとりいない古代の都市で  幾百年の時を越えて吹く風に  角の溶けた無数の柱の間から  透き通った人々の賑わいが、視えてくる  どんなに時が流れても  どんなに言葉が違っても  透き通った人々の胸には  皆同じ形をした  魂の器に、陽をそそがれている  風の唸りを聞きながら  異国の空の陽を浴びて  旅人の私は今 瞳を閉じる  手のひらを胸にあてる――  ---------------------------- (ファイルの終わり)