服部 剛 2011年8月5日23時43分から2011年11月3日23時58分まで ---------------------------- [自由詩]目を開く /服部 剛[2011年8月5日23時43分] 繰り返される日々の只中で  長い間蹲(うずくま)っていた私は立ち上がり  澱みきった自分の姿に  力一杯ひとつの拳を、振り下ろす。  言葉にならない叫びが  青い空の鏡を、震わせる迄  ---------------------------- [自由詩]誕生 /服部 剛[2011年8月11日22時58分] 幕開け前の誰もいない舞台に  一つの卵が置かれている  (あの中に、瞳を閉じた胎児の私がいる)  ぴしっと殻を破り  世界に顔を出す瞬間を夢見て  (胎児の小さい心臓が、高鳴っている)  もし、大人になった日常が  色褪せてしまった夢ならば  いつのまにか、自らを覆っている  透きとおった卵の殻を破り  もう一度、世界に向かって顔を出そう  自らが新たに生まれる時  風の絵筆は日常の場面を撫でてゆき  花々がゆっくり開くように  世界の色はあらわれる  ---------------------------- [自由詩]妻の寝顔 /服部 剛[2011年8月11日23時11分] 夢の中に美人女優が現れたので  ふら〜りと吸い寄せられていったら  ぱっと姿が消えて、目が覚めた。   隣には、妻が小さい鼾(いびき)をかいていた。  起き上がって、ソファに腰を下ろすと  机の上には   先に寝てしまった後、深夜まで  妻が打ってくれた僕の原稿が印刷されて  そっとノートに、挟んであった  原稿を手にした僕は  無垢な姿で両手を胸にあてた  世界にひとりの女(ひと)である  妻の寝顔を、しみじみ眺めた  ---------------------------- [自由詩]夕焼けの詩 /服部 剛[2011年8月11日23時36分] 久しぶりに実家でゆっくり過ごし  今は亡き祖母の和室に坐り  夕暮れの蜩(ひぐらし)の音を聴いている  掛け軸には富山の姪っ子の  書き初め「広いうみ」が  悠々とクーラーの風に揺れている  額縁には色褪せた大きい写真があり  在りし日の祖母が三味線を抱き  ぴん、と張りつめた弦を  象牙の撥(ばち)で震わせる  今頃富山の姪っ子は  夏休みの一日を終えて  蜩の音を聴いているだろうか?  いつしか午睡に俯いていた僕の夢に  あの日祖母が昇った夕空の  遥かな国の方角から  「夕焼け小焼け」の  オルゴールが聴こえてくる  ---------------------------- [自由詩]ゴッホの瞳 /服部 剛[2011年8月14日23時27分] ゴッホが描いた「向日葵(ひまわり)」の  地上に堕ちた太陽に  人は感動するのではない  今にも動き出しそうな  何かを語りかけそうな  「向日葵」の背後に視えるのは  瞳のレンズに「向日葵」を映し  何かに憑かれたように  時を忘れた境地で  キャンバスに挑み、絵筆を握る  燃えるような画家のうしろ姿  額縁という「窓」の向こう側から  過去と現在を射抜いて  ぎらりと澄んだゴッホの瞳が 絵の前に立つ、あなたを視ている  ---------------------------- [自由詩]白いキャンバス/服部 剛[2011年8月14日23時41分] 目の前の何でもない風景は  独りの画家が絵筆を手に取れば  真っ白なキャンバスにあらわれる  一枚の美しい夢になる  たとえばそれは  陽炎(かげろう)揺らめく夏の坂道を  杖をつく老婆と  手を取りゆっくり歩む女の後ろ姿  たとえばそれは  団地の部屋の布団まで  体の動かぬ大男を  額に汗を滲ませ運ぶ、二人の男の後ろ姿   かれらは皆  一日の労働を終えて家に帰れば  安堵のため息を吐きながら  重い腰を下ろすだろう  全ての日々は、自らの身を捧げて  (これでよかった・・・)と呟ける  あの優しい夕暮れのために  独りの画家が  真白なキャンパスに没頭して  いのちの絵画を描くように  君よ、明日も  日常という名の風景画に  炎となって突入せよ  ---------------------------- [自由詩]箱を置く /服部 剛[2011年8月16日23時42分] ありきたりの日常に頬杖をつく人が  目玉を丸めて、飛びあがる  手造りのびっくり箱を  日々の暮らしに、仕掛けよう  ---------------------------- [自由詩]無数の手 /服部 剛[2011年8月16日23時56分] 新しい職場の老人ホームで  初めて司会のマイクを持った日  お年寄りの皆さんに  塗り絵用の色鉛筆を渡した  十二色の鉛筆の先っぽは  どれもきれいに尖っていたので  今日は鉛筆削りの手間が省けた  昨日は塗り絵が終わった後に  ボランティアのおじさんが  黙々と鉛筆を削る後ろ姿を見たせいか   杖をつくお爺さんの腕を支えて  一緒に歩く今日の僕は不思議と  胸の暖炉がめらめら燃えていた  僕は今、一日の仕事を終えた後の  マクドナルドで、こんな詩を書いているが  手にしたペン、文字を綴る原稿用紙  支える机、照らすライト  胃袋に入ったハンバーガー  それら全ての  見知らぬ場所で仕事をする  名も無い人々の「無数の手」につくられた もの達の集う風景に、今・僕はいる  ---------------------------- [自由詩]雪ダルマを、押す /服部 剛[2011年9月2日21時28分] 出産後の妻とゆっくり過ごす為  休みをもらった日の午後  テレビをつけたら  決選投票で選ばれた  次期の首相が熱く語っていた  「政治というのは、坂道を皆で押す雪ダルマ。   あいつがどうだ、こいつがああだと言いあっ  てては、ふくらむはずの雪ダルマも、坂道を  転げ落ちてしまいます。         」  思えば僕もいつのまに  自分の弱さを棚に上げ  人の弱さを突っつく奴になっていた  この休みが明けたら僕も  たった一つの雪ダルマを  皆と一緒に押す、ひとりになりたい。  雪ダルマのふくらむ重みを  掌にずしりと感じる時、僕は見るだろう  白い塊に喰い込む、隣人の掌を    ---------------------------- [自由詩]明日の信号 /服部 剛[2011年9月2日21時46分] 道に信号があるように  私達の日常の旅にも、信号がある  「赤」で立ち止まる時があり  「黄」で慎重になる時があり  「青」で迷わずゆく時があり  ゆずること、待つこと  走り出すこと―――  道はいつも、語っている  私達がどのように走ればいいかを  旅路はいつも、導いている  それぞれの私達がゆくべき、一つの場所を  前を向いて歩く あなたの視線の先で  明日の信号が「青」になる  ---------------------------- [自由詩]亀のつぶやき /服部 剛[2011年9月4日22時26分] 今日の入浴介助は  全身をばねにしてバリバリ働くAさんと  一人すろーに働く僕のペアで  一人のお年寄を介助する間に  Aさんは三人位してそうで  天井あたりから 数時間の動きを見ると  何だかとっても滑稽な  チャップリンの無声映画に見えて来る  昔は介護に関しては  (早けりゃいいってもんじゃない) と頑固に愚痴ったものだが  中年親父になりつつある僕はようやく  (世の中は、兎と亀で回ってる) ということがわかってきた  亀の歩みの僕でさえ  日々の暮らしを人並に  汗水垂らして生きてると  いつのまにやらとっぷり陽は暮れ  夜の公園のベンチに腰かけ  上から照らす街灯を頼りに  こんな詩をノートの白紙に綴っています  亀はじいっと、考える  一日の快い疲労と共に 自分の信じる世界を創る  素晴らしい明日の舞台を夢に見て  ---------------------------- [自由詩]幸いの虹 /服部 剛[2011年9月4日22時40分] 自然の水はあふれんばかりに、今日も  泉に湧き、滝から落ち、川を流れ  人間(ひと)の哀しみさえも  自然に湧き出ずる水の如く  美しい涙の滴(しずく)は   君の瞳から、頬を伝うだろう  友よ、窓外をごらん  先ほど迄、世界を洗い流していた  激しい雨のシャワーが嘘のように  雲間からあたらしい太陽は顔を出して  本の頁(ページ)を捲るように  地上を覆う巨きな影は  日なたに生まれ変わってゆく  これから君は、きっと探しに往くだろう  この世界の何処かで今・姿を現し  旅人の訪れを待っている  あの幸いの虹を  ---------------------------- [自由詩]野球少年 /服部 剛[2011年9月14日21時17分] あの日、少年が追いかけて  精一杯伸ばした、グローブの先に  白いボールは、転がった―――  夢中で土の上に飛びこむ少年の姿が  大人になったこの胸を  無性に揺さぶるのは、何故だろう?  やがて少年も大人になり  陽が昇ってから暮れる迄  一緒に歩む日々の仲間と瞳(め)をあわせ  無数の見えないボールを  一人ずつ、一つずつ キャッチボールするだろう  あの日、白いボールに飛びこんで  泥に汚れたユニフォームで、立ち上がり  野球帽の下に滲んだ汗の輝く  永遠の野球少年のままに  ---------------------------- [自由詩]はじまりの詩/服部 剛[2011年9月14日22時42分] そろそろ(忘れるコツ)を身につけたい僕は  凹んでしまいそうな夜にこそ  「Today is anotherday」と言ってみる  自分の落度に指をさされて  眉をしかめそうな時にこそ  人に無償のSMILEを―――  煉獄に落ちそうな心に  じわり・・・と何かが広がってゆく  午前には、火花が散りそうな人とでも  午後には、瞳と瞳を合わせて   しっかりバトンを、この手で握る  誰だって、時には大きな嵐の只中を  歯を喰い縛って潜り抜け  輝ける一日へと至るのだから  さぁ、今夜もぐっすり眠り  童心の寝顔で、夢を見よう  窓外に朝陽が昇る頃には  昨日までの些細な全ては、Resetされる  「Todey is anotherday」と呟いて  前を向く、目線の先に視えて来る  あの日向(ひなた)へと、僕は往く  ---------------------------- [自由詩]天の声 /服部 剛[2011年9月15日23時55分] 世界を征服した、孤独な高い塔の上から  広い地上を見下ろすより  たった数人で集う、ひとつの場所を  素朴な日向(ひなた)でみたしたい  「私は正しい人である」  と胸を張るより  「私は正しくなれません・・・」  と頭を垂れる稲穂になりたい  時折、天から吹き渡る  (風の目)が、空にひっそり目蓋(まぶた)を開けば  地上の小さきものにこそ  「愛しい吾子(あこ)よ・・・」と呼ぶでしょう    ---------------------------- [自由詩]青春遠望 /服部 剛[2011年9月16日21時12分] 朝の浜辺を散歩する  夏休みの終わりに  金髪の青年が2人、遊び疲れて  またを開いてぐっすり寝ていた  ある意味遊ぶということは  若人の仕事でもあり  大人と言われる年齢(とし)の僕は  今日一日の場面の中に  あの頃のような  (青春の瞬間)を見出すことが  大人のだいじな仕事と思う  振り向けば、背後に小さく横たわり  浜風に包まれた2人の青年を眺めつつ  砂浜の足の窪(くぼ)みも心地よく  歌う歩調で一日を歩めそうな予感のする  夏の終わりの、朝の散歩  ---------------------------- [自由詩]雲の旅人 /服部 剛[2011年10月6日22時58分] 心に棘の刺さった時は  真綿のように包んで  黙って何処かへ流れゆく  雲の旅人になろう  あの空から地上を見れば  大きな荷物を背負った人も  小さい蟻に見えるだろう  あの空にぽっかり浮かぶ  雲になれたら  気の重かった昨日さえ  だんだん遠のいてゆく     まあたらしい明日の空へ   雲は吸い込まれてゆくだろう  ---------------------------- [自由詩]給料日 /服部 剛[2011年10月6日23時11分] コンビニの銀行にカードを入れたら  先月よりも数日早く、今月の給料が入っていた  新たな職場に移っても  相変わらずの安月給ではあるが  ATMの画面に増えた金額を見た時  今迄とは違うずしっとした重みがあった  一ヶ月という日々の舞台を  どれだけ本当の自分でみたしてゆくかに  比例する、給料日の歓び  今夜、僕は安月給の入った茶封筒に  「いつもありがとう」と書いて  両手で嫁さんに、渡そうと思う。    ---------------------------- [自由詩]鏡の世界 /服部 剛[2011年10月6日23時25分] 生きていれば、時折  苦い薬を飲むような一日がある  目の前を覆う靄(もや)のような  掴みどころの無い敵が  心の鏡に映っている  靄の向こうのまっさらな  日々の舞台は、待っている  目を瞑(つむ)った一念で  あなたが  鏡の世界へ、踏み込むのを    ---------------------------- [自由詩]太陽の国 /服部 剛[2011年10月7日23時14分] 安っぽい微笑みは、もういらない。  ほんとうは自然な笑みを浮かべる  案山子(かかし)になって突っ立っていたいものだが  この世には、隙を伺う者があり  調子に乗ってる奴があり  土足で踏み込む輩(やから)もあり  たとえそれが本意でなくても  般若(はんにゃ)の面を、被らねばならぬ  木刀で周囲の邪気を、斬らねばならぬ  全ての芥(ごみ)が火中に消え去れば  般若の仮面を剥がした顔は  白く輝く太陽になるだろう  隣の人も仮面を剥がし  その隣の人も剥がし  太陽の顔はつらなるだろう  そして頭上に昇るまことの太陽は、照らし出す  手をつないで輪になる、僕等一人ひとりの素顔を  ---------------------------- [自由詩]光の音符 /服部 剛[2011年10月7日23時32分] 生まれながらにリスクを負った  大江健三郎の息子・光君は  日々お婆ちゃんの看病をする  お母さんの誕生カードに  (つらいかた)と書いた  (つらいかた)とは何だろう?  老いたお婆ちゃんのことなのか  看病するお母さんのことなのか  (つらいかた)という五文字の裏側に  (かなしみ)という曲をつくった彼の  光る涙の音符達が  うっすらの滲んで視えて来る  ---------------------------- [自由詩]夕暮れの坂 /服部 剛[2011年10月11日23時25分] ある画家の内面を映し出した  目の前のキャンバスには  ふたりの男が描かれ  荷車を曳く者と  荷車に乗る者と  ふたり共、哀しく頬がこけている  その画家は  「生」という題を名付けた  重たそうな足どりで  ゆっくり上る荷車の  不思議と美しい世界の中を   夕空へ伸びる――ひとすじの坂道  ---------------------------- [自由詩]手のひらの詩 /服部 剛[2011年10月11日23時54分] 君がつくってくれた朝食の  おかゆを食べ終え  茶碗の運ばれた、広い食卓に  何とはなしに手を置けば  木目に残る余熱は  一つのぬくもりのように  指から皮膚へ  皮膚から体内へ  体内から心へ伝わり  私は一つの熱に、浸されてゆく  私は来月あったまり場という  心を病んだ優しい人達の集いにいって  共に過ごして語らうが、きっと  今の時代の多くの人の心の暗闇から  聴こえてくる、糸電話よりも小さい叫びは  求めている  今朝の食後  食卓の上に、何とはなしに置いてみた  この手のひらを浸した  たった一つの、ぬくもりを  ---------------------------- [自由詩]掌の器/服部 剛[2011年10月11日23時57分] つよく握りしめていた  拳を、そっと開いてみる  この掌は、いつのまに  透き通ったひかりの泉が湧いてくる  不思議な器になっていた  ---------------------------- [自由詩]残りもの家族 /服部 剛[2011年10月13日19時44分] 今夜も、仕事から帰った家で  待っていてくれた嫁さんの  台所で、とんとん 野菜を刻む音がする   僕の安月給でやりくりする  我家の食卓     昨日炒めた野菜の残りでつくった 焼きうどんの上で   鰹ぶしがめらめら踊っている  赤ちゃんをだっこする嫁さんと  今日の出来事を語らいながら   昨日よりも出汁(だし)の滲(し)み出た うどんをするするすする  「残りものってうまいねぇ・・・」  「残りものには福があるって言うからねぇ・・・」  安月給で暮らす僕等も、ある意味  社会の残りものかも?しれないが  今夜の食卓に並ぶ  焼きうどんといくつかの  あたり前の顔をした素朴なおかず等で  残りもの家族の僕等のお腹は  「福」で一杯になりました  ---------------------------- [自由詩]シンクロニシティ /服部 剛[2011年10月13日19時53分] (汽車は鉄橋を渡る)という詩を読んだ時  僕の乗る列車はまさに鉄橋を加速して 大きな川を渡っていた  人生には時折、そんな  場面と場面の符合する  シンクロニシティがあらわれる  ふいに見上げた車内の天井に   一瞬、天使が横切っていった    ---------------------------- [自由詩]人形の瞳 /服部 剛[2011年10月20日20時21分] 電車の中で、遠藤先生の本を開き  アウシュビッツを訪れた日の場面を  旅人の思いで共に歩く     *  昔、囚人だったカプリンスキー氏は  黙したまま背を向け  赤煉瓦の古い建物に入っていった  (ポーランドの真青(まっさお)な空の下   梢にとまる小鳥等の唄に   積もった方々の雪は煌(きらめ)き )  囚人が虐殺されたガス室を出た廊下の  壁に貼られた無数の人々の写真があり  モノクロームの過去から、痩せこけた囚人達は 見開いた人形の瞳で、こちらをじっと視つめ―― 旅人の遠藤先生は、立ち止まる  カプリンスキー氏の指がゆっくりと  無数の囚人の中の  頭を剃(そ)られた姉の瞳を、指さした     *  本を閉じた、僕の後ろの席で  白人の幼い姉と弟が  互いの手足でじゃれあいながら  車内に笑い声を響かせていた   ※この詩は、遠藤周作・十一の色硝子(新潮文庫)に掲載の    「カプリンスキー氏」という短編を参考に、書きました。  ---------------------------- [自由詩]魂の器 /服部 剛[2011年10月20日20時35分] 僕等は、いつのまにか  否応無く人生という列車に乗っていた  やがて、この列車は  御他聞漏れず地上から浮遊してゆく  いつか、必ずブラックホールの暗闇を  一度は通過するという  だから僕はあの日、飲み屋の暗がりで  友達に「この世は夢だ」と語らいつつ  互いのグラスを、重ねた  もし、この世が全て消える  夢ならば  僕は魂の器を沈黙の闇にそっと置いて  何処からかそそがれる  ひかりの液で充たし この胸に輝きを増すたった一つの魂を   今日という日に、放射する  ---------------------------- [自由詩]あの頃の青年 /服部 剛[2011年11月3日23時53分] 仕事帰りの若いサラリーマンが  夢庵でネクタイを緩めて  しゃぶしゃぶ定食を食べていた  思えば僕にもそんな  寂しさにみたされた夜があった  職場の老人ホームで  お年寄りが喜んでくれた日も  何故か埋まらぬ  たった一つの穴があった  今・僕には互いの足首を結んで  不恰好にも、二人三脚する妻があり  胸に抱(いだ)けばあったかい赤子がおり  今日は恩師の先生と  久しく語らう昼の食卓に、妻は    おいしい和食を運んでくれた  車で駅へと送った別れ際に  定年を過ぎた先生の素朴な瞳が  いつになく輝いていた  今日という日を  思い返す夢庵にて――  少し背を丸めた若いサラリーマンは  レジで財布を開いている  時折街で見かける 寂しげな青年は皆  あの頃の自分に似た  黒い影を地に落としているので  その都度僕は  (良き出逢いを――)と呟きながら  家路につく  いつもの灯(あかり)が窓にともる  我が家の方へ  ---------------------------- [自由詩]湯呑み /服部 剛[2011年11月3日23時58分] あんまりがんばり過ぎちゃうと  ぐったり疲れてしまうので  心の中にたった一ヶ所  小さい風の抜け穴がほしい  あんまりまじめに働くと  人々の囁く声が気になって  ろくに寝れなくなるので  一つ位は、仕事を置いて帰ればいい  ある日、湯呑みになみなみ入れ過ぎて  どっと溢れてしまってからは  ちょっと、控えめにそそいでいます  「いのちの息は一体何処を巡るだろう?」  そう問いながら、私は覗く  湯呑みの余白の空間を  ---------------------------- (ファイルの終わり)