服部 剛 2011年2月4日22時00分から2011年5月7日23時53分まで ---------------------------- [自由詩]二重のまなざし /服部 剛[2011年2月4日22時00分] 私の胸に  一つの小さい門があり  見上げた天井を透きとほって  下りて来る階段とつながっている  何処からか  さりげないピアノの単音が響けば  昔の誰かの足音が  この胸の門に入ってゆく  そうして私は、観つめ始める。  遠い祖先の人と  今の時代にいる私の  まなざしを一つに重ね  セピア色になる、今日という日を   ---------------------------- [自由詩]無題 /服部 剛[2011年2月4日22時10分] 鬼に視える人の瞳をまっすぐみつめ  全ての仮面を剥ぎ取る時、そこには  両腕を広げて頭を垂れた人が、澄ん だ瞳の奥からじっと私を、視ている  ---------------------------- [自由詩]甘酒の味 /服部 剛[2011年2月7日23時32分] 初めてあいさつに行ったあの日  「箸にも棒にも引っ掛からん奴だ!」 と言われ互いにテーブルを平手で叩いた  嫁さんの父さんが  同居を始めて数日後  仕事から帰り  下の階で勉強する僕を  「剛君」と呼び  麻痺の残る体でよたよた  冬の冷たい廊下を歩き  あったかい甘酒を、手渡してくれた  「手伝うことがあれば呼んで下さい」 と言い下の階に来た勉強嫌いな僕も  甘酒をひと口啜れば  何故か、やる気が湧いて来る  (娘を、頼む・・・)  老いた父さんの無言の声が  ひとすじの湯気となり  湯呑みの上に、昇っている  ---------------------------- [自由詩]忠犬のように /服部 剛[2011年2月9日23時30分] 僕より年上の君は、あの日   (つきあっちゃいけない・・・) と複雑な女心を語ったけれど  一年ほど前に君は  仕事帰りに待ち合わせた  神保町の珈琲店「さぼうる」の 向かいの席に煌く瞳で、現れた。   昨夜の晩飯は  仕事帰りの焼肉屋で、一人  店員の韓国人のおばちゃんが  「夫婦ハ一心同体ヨ」と言っていたが  結婚して半年近い僕は   「いってきます」の朝から  「ただいま」の夜まで  ブーメランを追いかけて  咥えて戻る忠犬の如く  君が降りてくるバスの前まで歩き  白い吐息を昇らせながら待つ日々です   そして今夜は一年前と同じ  初めて君とデートした  神保町の「さぼうる」で  向かいの空席に  あの日の君の笑顔の輪郭を浮かべ  「この店では、夢を売っています・・・」  と呟く老マスターの置いた珈琲を啜りながら  徒然なるまま、ノートにペンを走らせる  この詩を書き終えたら  赤煉瓦の壁に洋鐙の顔が灯る  店を出て地下へ下り、半蔵門線に乗って  仕事帰りの君を迎えに、地上へ上ろう  待ち合わせのハチ公前に向かって  ---------------------------- [自由詩]青い瞳 /服部 剛[2011年2月9日23時51分] とある喫茶店の  赤煉瓦の壁に掛けられた  モジリアニの婦人画  暗がりの四角い部屋から  面長の顔を傾げて  時を越え こちらを視つめる、青い瞳  (私は遥か昔から知っている   世界にたった一人のあなたの色を・・・)  遠い異国の暗がりの部屋に  私に似た青年の肖像画が  壁に掛けられ  青い瞳が、面長の婦人を視つめる  ---------------------------- [自由詩]涙の遺言 ー野村英夫への手紙ー /服部 剛[2011年2月11日20時12分] 黄昏の陽は降りそそぎ  無数の葉群が煌々(きらきら)踊る  避暑地の村で  透きとほった風は吹き抜け  木々の囁く歌に囲まれ   立ち尽くす彼は  いつも、夢に視ていた  哀しみに潤んだ瞳の少女と肩を並べて坐り  草原の歌に耳を澄ます、一枚の風景画を・・・  彼の夢は、叶わなかった  友の見舞った病室で  彼の痩せこけた頬に流れた  ひとすじの、涙  (もっと生きたい・・・)  羊の面影を遺して彼は  夜の牧場の出口から  永遠(とわ)に旅立っていった    *  七十年後  この詩を書いている僕の前に  在りし日の彼が書いた  一冊の古びた本が  机の上に、置いてある  ある日、古本屋街を巡り  お目当ての本が無くて  俯いた顔を上げると  本棚の頂に積まれた  「野村英夫詩集」と、目が合った  梯子の上から古本屋の親父が  足元で両手を伸ばす僕に   手渡した、天国からの贈りもの  その古びた本の中で彼は  誰もいない夜の教会で独り  祭壇の前に跪(ひざまず)き   震える両手を、合わせる   草原をゆく少女の歌声(ハミング)    異国から来た神父の寂しい背中   故郷の父母のまなざし  かけがえのない人々の面影を映して  暗闇に浮かんで消える  いくつものしゃぼん達    *  在りし日の彼のように  夜の無人の教会に独り  祭壇の前で跪き  一心に両手を合わせ、瞳を閉じる  暗闇に浮かぶ  一つのしゃぼんに映る  最期の病室  ふっと、消えたしゃぼんを仰ぐ 私の頬に  遠い闇の彼方から あの日の涙が一滴、落ちて来る  ---------------------------- [自由詩]空の産声 /服部 剛[2011年2月11日21時18分] ある日僕の腕にぽこっとしこりが、出来た。  ある日身籠った妻は産婦人科で、検査をした。  この腕のできものは、何だろうか?  赤ちゃんは無事、生まれるだろうか?  人間の手はあまりに小さく  心配事を数えれば、ひとつ、ふたつ・・・  両手の皿にあふれるほど、降りつもる     だから僕等は必要以上に、考えまい。  ( 人生に心配事は、つきものだ )  日々、この頭上に垂れ下がっている   幻の金に透けた紐を縋って握り、手繰り寄せ  ぐいぐいっと前へ、前へ、進むのです。  ( 道ののびる彼方の空に、あの産声が響いている )  今も母胎の宇宙で、小さい呼吸をする  新たに生まれ来る者よ・・・  僕はこの詩で、君に告げよう。  いつか振り返る日、僕等は視るだろう  長く歩んだ道程(みち)の傍らに  さまざまな思い出達を映して  立っている  いくつもの光の標識を  ---------------------------- [自由詩]旅人 /服部 剛[2011年2月23日0時01分] 世間のしがらみだとか  上司への気遣いだとか  余計なゴミ屑の積もった山みたいな  日常の地面から  ふっと、足裏を浮かべて歩いてみよう  渡る世間の鬼達が  幻に透きとほるまで  「今日一日」  という旅路を  粘り強くも、歩いてみよう  他の誰でもない自らの  不思議な長い長い足跡のつらなりを  いつか振り返る背後に、視る日まで・・・・・  私は私にとっての  ほんものを  「今日一日」の場面に、探す。 ---------------------------- [自由詩]Favorite Friend /服部 剛[2011年2月24日19時48分] 今も変わらず君は舞台に立ち、故郷の燃え たぎる夕陽の耀きを、客席の一人ひとりの  胸へ、放射する。僕が最も弱っていたあの  日、濁らぬ瞳できらきらと「君は素晴らし  い」と言ってぽん!と背中を押してくれた  掌のうた・・・君が舞台で( LOVETODAY ) と全心で叫ぶ時、僕等の今日という日は、  あの山間の揺らめく夕陽に、染まるだろう。  ---------------------------- [自由詩]幸福の本 /服部 剛[2011年2月24日20時06分] 私という人間は、一冊の本なのです。  四角いからだに手足を生やし  不恰好に揺れながら  人々の間を往くのです  私が通り過ぎる時  誰もが振り返り  「何だい奴は」と嗤(わら)います  こんな私もいざ、という日は  思い切って自らの身を、開きます。  その字面(じづら)に埋め尽くされた頁(ページ)の宇宙に  たった一行の空白があり   「      」  あなたをぱたん、と閉じ込めます。  ---------------------------- [自由詩]春の夢 /服部 剛[2011年2月24日20時20分] 自分の素顔を忘れそうな日は  林の中へ吸い込まれ  木陰に腰を下ろし  正午の空に輝く太陽を仰ぐ  まっ青な空に向かって張り巡らせる  桜の枝先に  春をずっと待ちながら  全身にひかりを浴びる、無数の蕾  いつしか瞳を閉じて  うっすら唇を開く私は  あの暖かな陽に包まれた  蕾になって、枝先にゆれる  ---------------------------- [自由詩]今を登る /服部 剛[2011年3月9日11時15分] いのちの綱を両手で握り、彼は崖を登る。  時に静かな装いで彼は足場に佇む。ふいに 見下ろす下界の村はもう、生(なま)の地図になっ ていた(少年の日「夢」という文字を刻ん  だ丸石が背後のリュックにずしり、と重い)  今日もいのちの綱を両手で握る彼はもう、   下界を見下ろさないだろう。いつか辿り着 く山頂に置いた丸石が天の太陽(ひ)に照らされ る日を夢見て・・・彼は「今」を登ってゆ く。足下の岩の一つひとつを、踏みしめて。  ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]チャリティ朗読会の夜/服部 剛[2011年3月14日2時16分]  今夜のチャリティ朗読会を終えた僕は、家路に着く夜遅い電車に乗りながら、今夜Ben’sCafeに皆で集った「チャリティ朗読会」の意味を、感じていました。  朗読会を終えて、ジュテーム北村さんがかたい握手をしてくれた時、(この朗読会をやった意味があった・・・)と思えました。また、テレビ等でも節電を呼びかけている状況から「今日はマイク・音楽なしで」というアイディアをくれた人がいて、今夜は皆肉声で詩を読み、それぞれに今回の地震で感じたことを語り、聴いている皆も耳を傾けて共有する雰囲気になりました。   Ben’sでチャリティを行うと聞いて駆けつけてくれたアメリカ人の女性の方の弾き語りや、1部のトリの平本閣さんの朗読・ギターユニットは、廃墟の街での路上ライブを彷彿させるような、雰囲気を感じました。   平本さんの(残ったものを握り締め、それでも僕等は前進するのだ)という魂の叫びは、今夜も大変な状況の被災地の皆様の思いと重なるようで、また、それぞれの日常の物語を歩む詩の仲間の僕等をも励ましてくれる、素晴らしい朗読でした。   ゲストの後藤理絵さんは「動」と「静」のどちらの朗読もできる詩人ですが、今夜は「静」の朗読で、静かに語る詩の言葉から、緊張感を感じました。坂本九の「上を向いて歩こう」の歌詞等を引用しながら、今の状況にあう詩を選び、今夜の詩の夜の雰囲気をつくってくれました。   2部のトリでは初参加の人が、現在は東京に住んでいながら故郷の福島の街が津波に襲われ、大事な叔母さんが今も行方不明だという、切迫した状況を勇気を出して語ってくれた時、今回の地震の深い哀しみを、Ben’sの詩の夜に集う皆が受け止め、共有する雰囲気に包まれました。   僕は安易に慰める言葉を見つけられませんでしたが、彼女に(ありがとう・・・ここには話せる仲間がいます)ということのみを、伝えさせていただきました。   rabbitfhighterさんは、そんな流れを受けた即興で(灯を絶やしてはいけない・・・)と繰り返し静かに語ると、皆の胸にいのちの灯が視える気がしました。そして・・・(それぞれの蝋燭の灯を絶やさぬように、大事に両手で囲む)という素晴らしい詩情が皆に伝わる、rabbitfigterさんの朗読でした。   今回の「チャリティ朗読会」のトリは猫道さんにお願いしました。昨年9月の「ぽえとりー劇場」で仙台から駆けつけて、庶民的な胸に残る詩を読んでくれた詩友の連絡が取れることを願い、遠い空の下にいる人への思いを語る詩を読んでくれました。また、茨城に住むフミタケさん・モリマサ公さん・マノメさんと無事連絡が取れたことを、皆に報告してくれました。   帰りの駅まで車で迎えに来てくれた嫁さんから「明日から計画停電になるのよ」と聞いて「被災地の皆様の状況を思えば、僕等も知恵を出し合って、協力していかなきゃね・・・」と、話しあいました。   僕等はそれぞれの生活もあり、被災地にボランティアにいくことのできない人が多いと思いますが、今夜Ben’sに集った皆の声援として、募金を被災地に送ることには微力ながらも、何かの意味を感じます。そして、「チャリティ朗読会」で僕等は(共有すべき何か)を、それぞれの胸に刻んだことを、感じる詩の夜になりました。   計画停電のことを考えると、詩の仲間にも無理には進められないながらも、このチャリティ朗読会の和を、詩の仲間の垣根を越えて広げてゆくことは、詩を愛する僕等にできることかもしれない・・・と感じています。すでに2週間後のBen’s第4週のSLAMでも、主宰のrabbitfigterさんがチャリティ朗読会を行うことを今夜皆に告げて、猫道さんも御自身のイベントをチャリティにする等、それぞれの皆さんが自発的に動き始めています。    改めて、今夜の「チャリティ朗読会」に集まってくださった皆様、関心を寄せてくださった皆様に、心から感謝申し上げます。僕はまず自分の家族と知恵を出しあい、今の状況を皆で乗り越えたいと思います。その勇気の波動を、今夜Ben’sに集まった皆様がつくってくれました。そして、何よりも大変な状況の中を過ごしている被災者の皆様が、徐々に復興へと近づきますように・・・心から、お祈り申し上げます。  ---------------------------- [自由詩]日の丸の旗 ーSAVE JAPANー /服部 剛[2011年3月17日22時41分]  三月十一日・午後二時四十六分、彼はデイ サービスの廊下でお婆さんと歩いていた。前 方の車椅子のお爺さんが「地震だ」と言った 次の瞬間、壁の絵は傾き、施設は揺さぶられ る海上の船となった。都内で働く妻と鎌倉の 実家に電話連絡で無事を確認し、彼は安堵の 溜息を漏らした。   テレビ画面に映る仙台の街を津波は覆い隠 し、流されるいくつもの家が炎を上げていた。  お年寄りをそれぞれの家に送る車が国道に出 ると信号は消えて大渋滞となった。仕事帰り のコンビニの棚に食料はすでに姿を消し、ガ ソリンスタンドは何処も給油待ちの車が、列 を成していた。   震災から六日となる今日も計画停電となり  職員は暗がりで対策を語らい、明かりの消え た街を家路に着くと、死者・行方不明者一万 五千人を伝えるラジオのニュースの流れる暗 闇の机の上に蝋燭の灯は、丸く光っていた。 その机の上で原稿用紙を広げた彼は、長い間 忘れていた思いの湧き立つのを感じるままに 一篇の詩を書いた。    「 日の丸の旗 」  もし、街の明かりが消えてしまったら  自らが周囲を照らす、明かりになろう。  もし、水道の水が消えてしまったら  自らが人々の間を流れる、水になろう。  もし、店の棚に何も無く、空腹を覚えたら   停電の部屋の暗闇に灯をともし  津波に家も妻も流され、屋根に必死に掴まり  幾夜も明かして漂流した人や  ようやく連絡が取れて再会し  互いの顔を見た瞬間に涙の溢れるまま  抱き合う親子や  横並びの小さいベッドで栄養の不足した 乳児達の寝顔や 今夜も氷点下の被災地で、布一枚を身に纏い  震える独りの老人を思おう・・・    SAVE JAPAN 今こそ、日本中の人々が声を揃えて 壊滅した故郷で泣き崩れる  無数の被災者に、無言の声援を祈る時  それぞれの日常の場面の中で  長い間忘れかけていた愛国心は甦り  震えるこの胸に、国の旗は刻印される  拳を握り、大地に立ち 僕等はじっと明日の地平を見据えよう  古(いにしえ)の和の耀(かがや)きで燃え出ずる あの、日の丸を  ---------------------------- [自由詩]芋と言葉 /服部 剛[2011年3月22日23時55分] 上野の美術館を出た帰り道  焼芋屋の車が、目に入った。  財布の懐が寒いので  「半切りをひとつ」と言い  小銭三枚をおじさんに手渡す  紙袋からほっくり顔を出す  焼芋をかじりながら  家路に着く人々に紛れて  夕暮れの上野公園を歩けば  焼芋を手渡す時に  「大きめの入れといたよ」と言った  おじさんの一言を思い出し  紙袋から昇る白いゆげが、目に染みた。  日々の仕事に慣れてしまった僕の言葉は  焼芋屋のおじさんの言葉のように  誰かを暖められるだろうか?  これからは一日一回  隣の人に渡してみよう  ゆげの昇った一言を  ---------------------------- [自由詩]夢の核心 /服部 剛[2011年3月24日21時36分] 磯辺の岩に立ち、風に吹かれていた。  僕の幻が、波上に輝く道を歩いていった。  浜辺に坐る妻はじっと、目を細めていた。  岩の上に立つ僕と  海の上を往く僕は   激しい春風に揺さぶられながら  ふたつの魂は引きあい  互いを結ぶ密かな長い糸の  結び目は  ぎゅっと、締まる。  水平線の彼方に  僕の幻が姿を消す頃  振り返り  潮騒の声援を背に受けて  岩間を快活にも跨(また)いで、僕は戻ってゆく  自然の糸に巻かれるように  遠くに小さく微笑む妻の許へ  背後の空から  この世界を照らす太陽のように  燦燦(さんさん)と輝きを増す  (夢の核心)を  波打つ胸に抱きながら  ---------------------------- [自由詩]釈迦の夢 /服部 剛[2011年3月24日21時59分] 金の光を体に帯びた  釈迦の言葉を聴きながら  緑の木々の下に坐る弟子達もすでに  金の光を帯びていた  夜の森の隅々にまで  不思議な言葉は沁み渡り  葉群の詩(うた)も 森全体にざわめいてゆくようだ  (白象は皆の脇で静かに丸くなっている)  私も彼等の和に吸い込まれて、坐る。  ぼんやり光る釈迦の顔と  瞳と瞳のあう瞬間(とき)  釈迦の瞳のレンズの内に  日常の私がちっぽけに、映る。  (この世の全ては、あなたの鏡・・・)  目を覚まし、布団から身を起こす。  窓外に咲く梅の枝で、鶯(うぐいす)が鳴いている。  一日の始まりにのびをする私の耳に  あの不思議な声だけが   今も遺っている  ---------------------------- [自由詩]新しい家族 /服部 剛[2011年3月27日0時05分] 深夜一時すぎ  スタンドの灯の下に  原稿用紙を広げ  私は夢の言葉を刻んでいる  傍らの布団に  聖母の面影で  幸せそうに瞳を閉じる  身ごもった妻よ  バッヘルベルのカノンを聴きながら  胎児と共に夢を見よ  「今朝の産婦人科で、小さいモノク   ロ画面から5cmの胎児は僕等に   向けて、形の無い手をふっていた。」  私は明日の夜  あなたの老いた父親に  目と目を合わせ、打ち明けよう。  草原の間に  曲がって空の彼方へ伸びる道に  家族として並ぶ僕等の  新たな旅の幕開けを  ---------------------------- [自由詩]はかる /服部 剛[2011年3月28日23時48分] 仏像はいつも  右の掌をやわらかな皿にして  何かをはかっている  左の掌を崩れない壁にして  邪念を払っている  日々の出来事に惑わされぬように  同じ姿勢で私も、坐る。  掌を、皿と壁にして  自分を振り回していた事さえも  この手に乗せて、はかる時  両目を閉じた私の  心の目が、ゆっくり開く  ---------------------------- [自由詩]首の無い人 /服部 剛[2011年4月6日0時59分] 原爆が、長崎の教会の前に立つ  マリア像の首を、吹き飛ばした。  ミサイルで、バーミヤンの崖に身を隠す  大仏の顔が、砕け散った。   暴力の手に  顔の消えた後も  マリア像と大仏は遠く離れた空の下  それぞれに長い間、立っている  いつか栄えた文明の  誰一人いない廃墟の街の風景が  夕陽の色に染まる頃  一枚の絵画の奥から  遠い昔の賑わいは異国の風に甦り  旅人の耳に夢を囁く   マリア像   大仏   たった一人の人間   暗闇にぽつんと浮く青い惑星(ほし)  恐ろしい炎の手に滅び去っても  消えぬもの・・・  人間がいつか肉体(からだ)を脱いでも  残るもの・・・ 夜になると  旅人の前にふっと、現れる  まぼろしの像  沈黙を語る、首の無い人  ---------------------------- [自由詩]幕開けの詩 /服部 剛[2011年4月6日1時10分] 遮断機の棒が塞いだ  目の前を列車は瞬く間に走り抜け  突風に泳ぐ前髪は、唄い出す  焦(じ)らすように長い間道を塞ぐ  赤ランプの音と邪(よこしま)な棒が上がる迄  じっと身じろがず、踏む アスファルトの地割れの土に深く根を張り  地の下から蠢(うごめ)く力を胸の鼓動に貯えてから、   僕は往こう。     かん・かん・かん・かん・かん  全ての風の止む後に・・・ 日常の物語という舞台の上で  遮断機の向こう側を塞ぐ  横縞の棒は、ゆっくり開く  ---------------------------- [自由詩]背番号「8」 /服部 剛[2011年4月10日23時08分] 落合選手は、凄い。  原選手の引退試合でしっかりと   糸を引くようなセンター前ヒットを、打った。  (そのバットは刀の光で、瞬いた)  王選手は、凄い。  刀で宙吊りの紙を  切り裂いた  (ボールは停まって、観えるもの)  (ホームランの軌道はスローに、描くもの)  原選手は、素晴らしい。  今迄主役の4番打者だったのに  最後の年は控えのベンチを暖めながら  屈辱に、口を結んで  (今が大事な勉強・・・)と呟いた  引退試合のサードの守備で  ダイビングして、宙に浮き  威風堂々と打席に立ち  スタンドへホームランの虹を架けた  落合選手と王選手の違い  前者はボールの真芯を、斬った  後者はボールの数ミリ下を、叩いた  あの日、引退試合の挨拶で  ピッチャーのマウンドに立った原選手は  赤く潤んだ瞳で「夢の種を植えます」と  観客席とテレビの前のファンに、約束した。  打席の土に根を張った  落合選手と王選手も偉大だが  僕は決して、忘れない  控えのベンチから代打として  唇を噛み締めながら、バットという刀を握り  打席に向かって歩いた、震える背中を   サードの守備で白球に飛び込み  体が宙に浮いた、瞬間を  ホームランの打球の虹がスタンドへ吸い込まれ  幸せそうにホームベースへと走り  観客席の僕を立ち上がらせた  背番号「8」に見た、あの日の夢を。  ---------------------------- [自由詩]新米親父の詩 ー胎児の合図ー /服部 剛[2011年4月10日23時38分] これからの僕は  嫌な上司のみみちい小言を、撥ね返す。  これからの僕は  苦手な注射も唇結んで、ぐっと耐える。  どうやら親父になるらしい  僕は自分の弱さを抱き締めながら  日常のあちらこちらから飛んで来る  サッカーボールの数々を  歓び勇んで、空へ蹴る。  嫁さんのふくらむ腹にあてた  新米親父の手のひらを  胎児の君の愛しい足が  合図のように、蹴ったから  児(こ)よ吾児(あこ)よ、君が地上に立った日は  足元の一つのボールを  力一杯、蹴り上げよ  桜吹雪の向こうの空へ  ---------------------------- [自由詩]音楽界の夢 /服部 剛[2011年4月12日23時50分] 私の脳内で指揮者は独り、無人の観客席 の闇に向かって、手にした棒を振ってい ます。青く浮き出た血管の手がくるり、 棒を一振りすれば、観客席の暗闇に、幼 年期の幸福のしゃぼんが一つ、二振りす れば、思春期に砕けた哀しみのしゃぼん が一つ・・・薄っすらと浮かんで視える 観客席の鰯等は、ぽかんと口を空けなが ら頭上を仰いでいます。無限の色のしゃ ぼん等は、闇の間に間にたゆたいながら、 ぶらっくほーるの彼方の口へ・・・緩や かな速度で、吸い込まれて往くのです。     ---------------------------- [自由詩]壺の音 /服部 剛[2011年4月12日23時59分] 道の遠くから  何やら呟き続ける男が歩いて来る  すれ違う瞬間  「答は空(くう)だ、答は空(くう)」  繰り返す呟きは背後に小さくなってゆき  遠ざかる彼の背なかも小さくなってゆき  口をぽかん、と開けて立ち止まった私が  壺の姿で空を仰げば  青い空の向こう側から  不思議な風が口から体内へ吹いて来て  私は壺の、楽器になる  透きとほった魂は膨らみ  発々と、漲(みなぎ)り始めた  ---------------------------- [自由詩]こだまでしょうか?ー所長とパート職員の門答ー /服部 剛[2011年4月13日23時58分] ある日のデイサービス送迎車内にて  ハンドルを握る所長は  助手で乗るパート職員に、愚痴をこぼした  「最近、パートのハットリって奴が   妙に俺にたてつくんだよ   何であいつがあんなにぷんとしとるのか   まるでわからん・・・君なら   彼の胸の内がわかるだろうから   よ〜く言ってやってくれ       」  「ほぉ・・・そうですか   彼にもきっと、深い理由があるのでしょう・・・   所長、わかりました、僕から   よ〜く言っときます             」  「君ね、彼と話す時はね   喫茶店にでかい鏡を持ってだな   テーブルの向かいの席に置いてだな・・・」  「所長・・・それはもしや」  「ありがとうって言うと」  「ありがとうって答える」  「所長、冗談はともかくとして・・・」  「冗談じゃない、本気で言っとるのだ」  「いや、所長はせめて小さい鏡を持ってですね・・・   テーブルの向かいの席に置いてですね・・・   」  「君、それはもしや」  「バカ野郎って言うと」  「バカ野郎って答える」    *  その時、フロントガラスの前方を  飼い主と犬が横切った  「おぃ、あれが見えるか」  「はぁ、何でしょう」  「犬の尾っぽが垂れちまってるだろ   あれはな、飼い主と犬のペースがあっとらんのだ」 「はぁ・・・上司と部下みたいなもんですなぁ・・・」 そして車は認知症のお婆ちゃんの家に到着し  二人は 「おはようございます」  「おはようございます」  の声を揃えて、右と左の門を、開いて  玄関の中で車椅子で待ってたお婆ちゃんをゆっくり立たせて  左右から頭を重ねる稲穂になって  互いに屈み       ごちんっ  「痛ててててて・・・・・・・・」  頭部に手をあてながら  パート職員はすかさず顔を上げた  頭部に手を当てながら  所長も同時に、顔を上げた  「こだまでしょうか」  「いいえ、誰でも」    ---------------------------- [自由詩]いのちの灯 /服部 剛[2011年4月18日23時41分]  葬儀場では僧侶がお経を唱え   遺された息子と母親はじっと   額縁から微笑むひとに   何かを、語りかけていた   お焼香の短い列に   思いの他早く僕は腰を上げ   額縁から微笑むひとに   両手をあわせる   (息子さんはずっと友達です)   と瞳を閉じた時   吸い上げられて光の国へ入った魂と   何年も前に駆けて逝った娘との再会が   脳裏に浮かんだ   祈りを終えて、振り返り   息子と母親に、礼をする。   母親の丸い瞳は   何も言わずに(ありがとう)と、僕に言う   僧侶が唱えていた  親鸞上人の言葉   「 世の人の全てを招き     世の人の業を溶かし     光の国から差しのべる     まことの親の両腕は     その魂を、抱き給う 」       *   僕は今、日暮れ前の電車に乗っている。   先ほどふらついた街でネットカフェに入り   君のページで「父親の詩」という文を   プリントした紙の裏側に   このささやかな追悼詩を綴っている。   紙を裏返せば、君の父親が   在りし日に希(ねが)った、詩の世界      とっぷり日の暮れた  夜の海の堤防にともる  いのちの灯よ・・・   棺に横たわり  瞳を閉じて微笑むひとの周囲に   皆で色とりどりの花を一杯に敷き詰めた   告別の日   僕等は詩友として、一つの約束を交した。   「人の胸を震わせる詩を・・・書こう」   在りし日の人の語りかける   抒情詩の海から僕等はもらうだろう    まっさらに差しのべる両手を   燭台の器にしてともる   永遠の灯を    ※この詩を友の亡き父親の魂に、捧げます。    ---------------------------- [自由詩]銀の指輪 /服部 剛[2011年4月20日0時08分] 昨夜も妻は寂しがり屋な夫の手を  両手で包み  その指の温もりはすでに  この不器用な手をゆるしていた・・・  翌日、結婚してから初めて、傷心の街を歩いた。  もうだいぶ昔の春に砕け散った物語なのに  何故か心の何処かでずっと、引きずっていた   この街を歩けば、ふとした駅の階段にも  あの日に理由(わけ)もなく恋に落ちた  天使の面影は、なまなましくも蘇る。  久しぶりに傷心の街を歩いて、今日わかった。  長い季節の巡った今、ようやく・・・  あの日の天使を「好きだった」と言える自分に  (そうして僕は左手に光る、銀の指輪を撫でるのだ・・・)  ふと見上げた  桜並木はすでに  花吹雪を終えて  葉桜のみどりを揺らす  風の手のひらが、この頬を撫でていった  ---------------------------- [自由詩]わすれな草 /服部 剛[2011年5月5日7時19分] ふせていた目をふと、上げた  窓外の庭に  今年もわすれな草の花々は  空の太陽に向けて  青い小さな笑顔達を咲かせている  去年の今頃は 杖をつき、背中を曲げて  わすれな草の花々に  春の陽ざしのまなざしを注いでいた  先生の姿が、今は無い  とめどない涙が頬を伝う  お別れの日   (花を愛で、花の声に耳を澄まし   額の中に世界をつくる   押し花の歓びを、ありがとう・・・)  たくさんの花々を敷きつめた  棺の傍らで、そっと両手をあわせる  私のいのりに   今にも目を覚ましそうな  先生の寝顔が、少し笑った  生前に  「お花は二度目の命を   ここで生かされるのよ」   と言い、じっと背中を曲げたまま  押し花をつくっていた先生  瞳を閉じて、両手をあわせる 私の胸の中  永遠(とわ)に消えない花の国から  こちらを向いた、先生が  わすれな草を持って  いつまでもずっと、手を振っている  ---------------------------- [自由詩]太陽の花 /服部 剛[2011年5月7日23時53分] 額縁に収まる  向日葵の絵は  無数に煌(きらめ)く  ひかりの種子を、孕(はら)んでいた  頬のやつれた青年よ  いのちの歓びを高らかに  空へと歌う  向日葵の絵を、観るがいい。  ひかりの種子の宝石達を  その瞳に焼きつけ  ( 魂の器に吸いこみ )  君は明日の空へ、立ち昇る。  周囲の人の間に立って  緑の茎をまっすぐ伸ばす  世界にたったひとりの  君という、太陽の花。  ---------------------------- (ファイルの終わり)