アオゾラ誤爆 2010年8月20日20時48分から2016年4月3日23時47分まで ---------------------------- [自由詩]片結びの夏/アオゾラ誤爆[2010年8月20日20時48分] 夏の終わりが 僕をくすぐるようだった 沸きだした熱が いつの間にか きみのかたちになって泣き出すと 僕は立ち止まるばかりだ ここがどんな道でも 同じ 夕暮れの光は ふたりを隠すほど眩しくはなく ふたりを引きはなすほど 冷たくもなく ただ揺れていた 砂浜に置いてきたサンダル あの日へ導く栞みたいに 僕らを呼んでくれたなら ああ 嘘ならもっとよかった ---------------------------- [自由詩]さよならと切っ先/アオゾラ誤爆[2010年10月30日18時36分] 長い夜が来て ようやくほどいた指に 触れられてキズついた 胸の花 はずれたボタン 合った目線に あしたまで踏み抜くような きついアルコール すっぱくて染みる君の味 ひらいて こぼさないように 降らなかった雨が濡らす 継ぎ目のあらい吐息が しおれて 会えなくなる 会えなくなる もうずっと 会えなくなるね ---------------------------- [自由詩]わたしたちの鴻溝/アオゾラ誤爆[2010年11月11日22時10分] わたし というのは ようするに泡だったようにおもいます 電波塔を模した指先には 噛まれた跡があって 手紙を書くたびにそれを思い出すけど ……だって、きずがあるのです 信号は青 その代わり、 まぶたは例外なくあかい 花たちは泣きまねをして まち中の足音を殺そうとする 壊さないようにしずめる ふつふつ、 ひと 文字ずつ、 ぷつ、ぷつ、潰、され、る あ、と、いう 間に 書き損じたかなしみをおもう いつ どこに でもきっとおいてきたのだなあ、と そんな 歯のすきまを抜ける風のような やさしさをともなういたみ ……封をする。 また、きえてしまう ---------------------------- [自由詩]going down/アオゾラ誤爆[2010年12月21日1時07分] 光が運ばれている。 進行方向の反対側から、ふつふつと泡のように ほどけて流れてくるものがあった。あれが街灯。 ひとびとは円く集い、なくした星のかたちを思 い出そうとしている。(それはあくまで作業で、 宿題とおんなじでただ鉛筆をすべらせていれば よかったのに、)ロボットのように在れない。 あきらめのつかない二択が、すべてのひとのは らわたにひっかかっている。 毛皮をはいでゆくような罪の意識があるけれど、 美しい宇宙の片鱗をおもえばよかった。血脈が みえないのに流れの普遍性を知っていたのは、 どうしてだったかな。すうこう。教科書には書 いてなかったこと、きみがかくしていた日記に はきちんと載っていたね。僕は淘汰されん日を 待ちたい。なにか神聖なものの一部なんだ。こ んなにも不確かなのに確かに鳴っている孤島。 僕は(すべての僕もそうするように、)吸う。 ホームには半透明の人間がころがっている。微 生物のように拡大しないとみえないものなのに、 どうしてもと僕が言ったから膨らんでくれたん だろうか。きたなく笑ってくれたんだろうか。 箱はもう長いこと停車している。 「落しものは、ない。」 たかいところから低いところへ、丁寧にのばし ていく手のひらのかたち。覚えたばかりの記号 ですべてをつくってしまったのは誰。ゲームに 飽きてジュースをこぼすと、また夜はひろがっ ていく。合図はきみに聞こえたかな。ここには、 何億もの世界がある。主観に依存している、切 れかけの電球みたいな現象の、渦なのに。 ---------------------------- [自由詩]十七歳/アオゾラ誤爆[2011年1月28日18時53分] お風呂場でうたう 大好きな歌を 思い出に聞かせてあげる きらいだったひとの顔 負けたくなかったひとの顔 いつも屈服せざるをえない 幸運なひとの顔 なにも なにひとつ うまく描けないのは みんな好きだったからだろうか わら半紙と 士気のさがる正直なクラスメイトたち 髪を切ったあの子 すこし照れてドアを開ける おはよう おはよう おはよう 窓際で耳うちする きみたちの将来の夢は しっとしてしまうくらい まぶしくて 真新しい 砂のようなほほ笑ましさで わたしをいつも壊していた  「competentでfashionableな、戦闘服だね、これは。」  「つまらないジョークだ、そんなことよりも、」  「資料集でみたあの屋根の色は。」  「つまらない――歴史は。そんなことよりも、」  「もうすぐ橋が架かるだろう。」  「わたしたちには関係のないことだよ、でも、」  「わたしたちが架けているみたい。What a beautiful――」 たいくつな月曜日に 西日はクレーンのかげを落とす ぬすみぎきする駅舎の音階を あらわれる新しい街の足音を そしてわたしは片思いのことを考えていた ここにはもういられない 伸びない背と増える正義 すり減る日々と鉛筆の濃さ 中庭の放課 朝 朝 逃げ出したかった朝 またあした またあした またあした 指紋をつけてしまって 誇らしげにまわりあるくせまい職員室 まるで すべてが本のようにしまわれているなら 髪を洗う 数ある昨日ではなくて わたしにも来るだろうあしたを 抱きしめてあげる うたう 大好きな歌を うすむらさきの煙の中で わたしの遅いあゆみで辿った でも忘れてもさし支えのない場所 またあした もう一度 またあしたも もう一度 うたう からだじゅうで旅する そうしてようやく縫い上げる 一枚の絵 ---------------------------- [自由詩]秘密/アオゾラ誤爆[2011年2月9日20時55分] 目をとじたまま夜を織っていく 書き損ねた昨日の日記を 改竄する 遊びつかれてもまだ泳いだ つめたい壁にぶちあたるまで 嘘も真実もこの手にあった そして飽きもせず わらった ひかりを反射する 背表紙のだれかの名前 沈んでいくように歩いている 浮かばれない気持ち だいてる 綿毛のぬくみに身を任せて おもいだせないよ 窓越しの逢瀬は 空も 照らす 気づかないのかな 底に落ちている 誰も ひろわない空白の秘密 ---------------------------- [自由詩]コンプレックス/アオゾラ誤爆[2011年2月15日22時00分] 地図上の大部分はおだやかな晴れ 真ん中に私のこどもが立っている 雪が降って嬉しい、と言う もやしを育てる かびくさいキッチンは粘土のようにつめたい つまり 息はしていなかったとおもう 丁寧につめを切る 断面の荒さに泣きたくなる 横たわる 天井に見下ろされる はがれかけた真っ白いそれは 無邪気に 足跡をつけたくなるような 校庭ではなかった 子守唄はない ここに 耳を傾ける 野菜ジュースをこぼしそうになる コップは、 ビーカーに似た清潔なフォルム 液体の質感は百円で買った きちんと注ぐ いつも こどもは水になりたがる 太陽はしずかに輪郭を暈かしていく あらゆるものを、 ぬぐう指は尊い そうおもう ---------------------------- [自由詩]らん熟/アオゾラ誤爆[2011年3月8日22時47分] いつのまにか足首のかたちが変わっていた このところ続いてる春にしてはひくい気温のせいか 映画館でまぶたにふれたりだとか 苦いコーヒーを胃にそそぐように うまくできないことだらけ 罫線がじゃまなノート 燃やすよりも破りたいとおもう 動物の顔をしたひとたち にげばをつくる器用な言葉は ながびく懐疑に歯止めをかけたりしない はやくとびらを開けたい 今ならどこまでも走れるような気がした その途端だ 風という風がわたしを切りつけはじめたのは 鼻腔から侵入してくる だれかの思想は朗らかに巣をつくる ふたつきれいにならんだ椅子の あたらしさに目を細めながら袖をまくった 撫ぜたかったいびつな背骨はもうなくて きみはまったくの無味でそこに立っていた ---------------------------- [自由詩]予感/アオゾラ誤爆[2011年4月6日23時01分] うすあおい膜をつき破って 枕木の連なるほうへ舵を取る 砂のような雨が降りやんだとき 手に残ったほのかな苦みを ずっと知っていた気がして はす向かいの家の窓がひらいている しめきったカーテンがめくれると 秘密めいた香水の瓶が チカリと輝くのがみえる 足音のような予感が近づいてくる 正常のありかをたしかめる 間もなく 塗り終えなかった両手のネイル さくらの花びらのように 風にとばされてしまいそうな なつかしい日差しに抱かれる 黄色の車が横切って じぶんのくちからこぼれていたのが かなしい春の歌だと知る ---------------------------- [自由詩]三度目の春/アオゾラ誤爆[2011年4月16日22時07分] どうしてもさむい感じがする、 雄弁なのは街の明かりだけだって ひさしぶりに思い出した。 冬を選ばなかったぼくたちは ようやく目の当たりにできた互いの身体に みょうな、他人行儀な感覚と 懐かしさをおぼえていて ようするに、我慢がならなかった。 手のひらに汗をかいていくのがわかる。 合わない歩調をもどかしがって そのたびにつよく握ると すこしずつ すこしずつ 肌のさかいめをうしなっていくような、 熱い気持ちでいっぱいになる。 でも線はぼやけるだけ。 知っている 知っていて、 その 埋まりそうで埋まらないぶぶんが どんな言葉よりも甘い ぼくたちの恋の真髄であるような そんな気がしていた。 ---------------------------- [自由詩]引き潮/アオゾラ誤爆[2011年4月25日21時51分] そこは海 きっと海。 仮分数の真下で立ち尽くしている わたしのしらない重力 砂地は生きもののように足を奪う サークル、 サークル。 終わりと始まりの区別が消えて 星たち しずかに輪を繋ぐ ざわめく喝采。 引き金は波のように 夜は例外なくつめたい ひとりきり、両手で顔を覆う 聞こえてくる音の束 頭のうちがわを引っかいて ゆれる。 なまぐさい ここは海 たしか手渡されたとおもう 鍵は 左手のなかだとおもう 影は 遠くなりそうで ちがう、あゆみよってくる。 サークル、サークル かえらない場所へ連なるだろうか ---------------------------- [自由詩]光は赤いのが好き/アオゾラ誤爆[2011年5月13日2時04分] トマトジュースの喉ごし、気に入らないざらついた酸味、砂場まで走っていこうなんて考えていた、朝焼けのうすいひかりは手抜きの水彩みたいだから。もっと冷やして、かたくして!直視する鉄棒の錆、むかし好きだったひとのことを考えながら蛇口をひねる、手首、どうでもいいんだ、手首。じゃばじゃばと落とされていく透明の痕跡が、まるで昨日(或いはあした)なんてなかったかのようにアスファルトを濃くする。排水、排水、公園の片隅、結局読まなかった古本は積まれてちいさな日影をつくっている。まだ薄い、全然薄い、踏み壊してもいい?――ばさばさの髪をかきむしったらまたすこし刺さる、ぷつり、波縫いは得意じゃなかったんだ、すぎていく時間とブレる視界がわずらわしくて、ぷつり、ジッセン、破線、点線のようだな、この信号。ぷつり、刺さる。痛いのとは違っていて、驚くのとも違う、もっとこう直接的な何か、そこに距離なんてものはない、ぷつり、刺さる、赤い。パレットから流れてくる無調整のまぶしさ、光っていうのはつまりはそういうことだったんだろう、赤いのが好き。ひたすら白くて明るいのに目蓋の裏まで塗りつぶされているのはどうしてだろう――鈍行、通過する。橋の向こうへ。くちびるをぬぐう、なにかおかしくて歯を出してわらう。これは傷口じゃないから。まばたきをして、乾いていく、ざあざあと揺れる木々、空気の切っ先は研がれて鋭く。耳障りな風の音、びゅうびゅうと鳴っている時計のした、水のない池に落ちている小石をあつめて、円くきれいに並べる。手厚く葬るように空き缶はその中央に捨てる ---------------------------- [自由詩]コクテール/アオゾラ誤爆[2011年5月29日1時32分] 氷がとける オレンジの海 マドラーに触れる 青い手つき そこに月が沈むんだろうか マークでいるのは疲れたと言って からんと鳴る背徳の共鳴 しょうもないきっかけ LEDの下品な光をグラスは映して 安っぽい話の続きを催促するみたいだ 名前のない夜がまたひとつめくれて 聞きなれているはずの旋律も 水滴のように落ちてくる 氷がとける オレンジの海 マドラーに触れる 青い手つき もぐってみないとわからないけれど きみのまつげ きっと濡れている ---------------------------- [自由詩]きのう見た夢/アオゾラ誤爆[2011年6月15日23時06分] すぐかわく程度の雨に 手を繋いだ ずっとおなじほうを 見続けていたのに きみがどんな顔をしているかなんて どうでもよかったんだよ いつまでも 知らないふりしている むさぼりあうように 伝え合う方法を覚えたのは とうのむかしで 子どもだった なにも変わらずにいたとして おもりのような気持ちが 宝物だったなら はなれることをきらい 肩を濡らせただろうか ゆるせなかったことは たくさんある 痛みに似た思い出の形は 大事にしたかったな しあわせという 明かりを消した とても小さくてみえなくなっていたのに なくなると静かに ぬくもりだけが残った なにもおわらなくて それでもなにかがはじまっていくから 懐かしいあの場所へ 行きたい ---------------------------- [自由詩]七月と煙り/アオゾラ誤爆[2011年8月4日5時00分] ついに漂着した朝は まっしろくて水浸しでカーテンは透ける 明るいな きみのよわい視力 それに傷つけられたわたしの背を すこしぴんとさせるようだよ ねむり に、かたちをあたえようとすると 氷みたいにすぐ溶けた よわい信号で肯定をくりかえすね でもそれ嘘じゃないでしょう でも 窓、 動かないほうの景色 心なしかガスっている見慣れない町の息 思い出をつくるように はじめから目を凝らしていた もくろみどおりに時刻は進んでいる 終点 プラットホーム あ、 また同じ場所にいるよ 昇華できなかった、体温がにせもので、見えるものすべて物語りで、かなしみもやさしさもまるで同じ色に染め抜いてしまった、きみの足りない言葉を愛し、よりかかっているようなつまらない結末、匂いや声、歯切れの悪すぎるやさしさたち きみの名前を何度かつぶやいた ギリギリの臨場感をつかいふるしていく 立ち止まっていたいのに 果てしなく明るくなっていく底なしの夏 ---------------------------- [自由詩]恋の眩暈/アオゾラ誤爆[2012年2月10日23時31分] 言葉がいらないわけじゃなくて 見えている景色が 遠すぎて だめなんだ 夜は果てしなく長くて 昼間の喧騒には すぐに追い出されてしまう 気がする この声で あなたの心がゆれるなら どんな衝動も隠し通して きっと耳を清ませている 暖房がごうごうと鳴っていて エンドロールは気だるく流れる 振り向いたら 融けてしまうなあ この指で あなたの目が曇るのなら 煙に髪をひたしても すこしだけ 近づいてみたい ---------------------------- [自由詩]少女のインサイト/アオゾラ誤爆[2012年3月6日6時00分] よく目がみえないとおもった いつのまにか伸びた背丈 ひざうらにぬるい風 イヤなあの子の後ろすがた 引き潮みたいに校庭に吸われた 本棚の 手紙のひみつ バラされたくなかったら 図鑑の表紙をやぶってみせて 先生ならかえってこないよ ハサミをわすれた日には この世でいちばんきれいな花を 絵に描いて わたしにおしえて 知らないひとの会話の中に やっとのおもいで居場所をみつける ひとつ ふたつ みっつまで数えた 次のページはどんなふうに 転がってしまうだろう 大丈夫 大丈夫…… うまく色の抜けなかった髪 すなぼこりにまみれて 歯ざわりのわるい春 はやくにげ出してそこまでいきたい 教科書通り ちゃんとやるよ ---------------------------- [自由詩]2号線/アオゾラ誤爆[2012年3月9日1時26分] 行き交うひとの多さと、 あまい匂い 金曜日が騒がしく幕を引こうとする すこしの不安とだれかの思惑 サインカーブを追うふりをして およぐ視線 まだ気付かない 時刻表通りに ページはめくられていたんだ 冷えた頬も あかい指先も 焦がした季節のぶんだけで いっぱいなんだ 乗り慣れないホームドア 異世界へのトンネルをくぐるように 崇高な いそぐ影と影のつなぎめ、解けていく ふれたそばから忘れてしまう あなたの温度がほしいな ここはもう地上だろうか 真夜中の街の明かりが駅舎のすきまから零れて 坂の多いあなたの町がしずかに現れる ただ耳を清ませた この身体には乗せきれない 熱も氷も心臓をとかしてゆくばかりだ よけいな音がすこしも聞こえない あなたの、 あなたの夢をみていると 02系はあざとく そっけなく終着する ---------------------------- [自由詩]黄昏は逃避行/アオゾラ誤爆[2012年3月9日3時07分] 湯気の立ちそうな/ あなたの/ 血色のいい/ 頬に触れた。 声とも吐息ともつかないふうに 「あ」 漏らしたあなたはわたしをみて、 泣きそうな顔になった。 そこそこに使い古した安価な国産車は、 とぽとぽと頼りなげにガードレールの横につけると 礼儀の正しい子どもみたいに丁寧に停止した。 「だめ」 言葉に意味はのらなくても間がもたないので しかたなく発音するほかにない。 どこか混乱ぎみの わたしのくちびるは ちいさく震えながら すっかり硬くなってしまったあなたの視線から もう逃れられないことをさとった。 (しまった。) しろく/ にごる/ フロントガラス その向こう、よく知らない土地の ガイドブック通りでないありさま。 冗談を抜かしあうには つめたすぎる、熱すぎる、 「ねえ、」 瞳で合図して。もどかしいから。 あなたの太い腕がわたしに届こうとする 無骨なつくりの左手は 控えめに服をすべり、 取れかけのプラスチックのボタンに そっと手をかける。 (爪、きれいに切りそろえられている) もうすこしで日が落ちる 聞きなれた喧騒からは100キロも離れた地図上の★(ホシ) 新しくぜいたくな空気を 肺いっぱいに吸い込めるような木立の海 「もう、どこへもゆけない  こんなところまで来たのに」 小高いこの場所からは集落が点々とみえていて あなたの緊張した睫毛をぼかしたり 迷いなく伝わる熱についての思惑を ひっくりかえしたりする、 「あ」 「ねえ、」 「だめ」 じっとしていると 時間が止まってしまいそう。 カーステレオからは誰かの声が能天気に響いている ---------------------------- [自由詩]十九歳/アオゾラ誤爆[2012年3月29日2時24分] ふとい指を なめて それを アイラブユーの代わりにする のみこめない薄い空気が くるしくて くるしくて デパートの惣菜も 銀行の光も 万年筆の繊細な書き味も わからない わからなくなった どこへでもゆける たったひとりのあなたは 眠れない子どものようだ 覚えたての気もちを 疑いもせず眼差しにこめている いとしいひと いとしいひと 捨ててきた約束と 身を焦がした永遠の恋の ひとつひとつ そのすべてを 弔って 許してもらう 少女のわたしに許してもらう 別れるまでの道 手をつないで人混みをくぐる ねえ今 おなじ部屋に帰って おなじ暮らしを紡いでる気がする そんなつまらないことをゆめみて ひとりで電車に乗ったよ 今日も そして考える 十九回目の春がくるまで ふやしつづけた傷はすべて あなたに見せるためのもの だったのかなって そんなことを にがい薬と甘い毒の区別がもうできない 花のように鞄のように いつのまにか抱きしめていた いとしいひとは目の前 大人にはまだなれないから ふとい指を なめて それを アイラブユーの代わりにする 恋人へ ---------------------------- [自由詩]着岸/アオゾラ誤爆[2012年4月2日5時47分] 何度もみた 夢のつづきなのかもしれない しろい腕がとどいた ビルのうっすらと翳る ほこりのように 積もっていて 砂のように舞い上がりそうな 潮の匂い    (あ ずいぶんと   くだったんだね   この川) いちど てばなして 二度と開けなくなった 貝のような記憶が 灰色の深い波のうねりに さらわれてしまえば いきぐるしくつっかえる この喉のおもりが はじけるのに 橋が渡すひとのながれ 闇のながれ ひかりのながれ 追いつけないのが悔しくても  (街はもう、   夜を   むかえたんだろうか) 客船は糸のような傷をひいて なまぐさい水平の上を すべってゆく きっと 降り立つのなら まだ白紙の便箋のような あまい躊躇いに満ちた 春 ---------------------------- [自由詩]二十三歳/アオゾラ誤爆[2012年7月27日3時15分] 恋人へ あじさいの ような淡い青の水彩 ゆめをみていたのは僕だけ 慣れない万年筆のインクが しろい便箋に滲んだ あの日付は遠い 風はよく吹き 小道はかすかな日陰になって 野良猫の背をひやしている いつまでも六月の 蒸すような空の しみる或いは涙のような きげんのわるさを のみこんで 汗ばむには すこし冷たすぎる夜が 迫ってくる 踏切の向こう側 かすかに海のにおいがする 僕の歩幅の小ささを 君は笑って ただ先を行ってしまう ---------------------------- [自由詩]心酔と意匠/アオゾラ誤爆[2012年7月27日3時15分] どうしてあなたは 笑っている 下品な冗談で よく冷えた部屋の天井が ぐるぐるまわる 幻みたい その腕の線は わたしの所有する どんな輪郭ともちがって お腹の奥をぐっと押すように 熱くする いとしい肉 あいしあいたい ねえわたし もっと気狂いのように 賢いあなたの だらしない身体にかぶさる 傷跡のような折れ目 そこを つよく抱いて名前を呼んだら どんなに 気持ちがいいだろう 冷蔵庫のミネラル・ウォーター わすれてしまった 平熱までの道のり あなた以外の世界を 今は懐かしむことさえ できない ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]I'm hungry/アオゾラ誤爆[2012年8月4日4時10分]  愛でなければなんだろう、と、恥ずかしげもなく考えていた。  胸の奥が熱く、むしろ痛く、つよい磁石にひかれているかのように、その方角へ向かおうとすること。どうしてもそこへ行きたいという、あくまでも動的な欲。  立ち止まっていられる気がしない。今すぐにでも、たどり着きたいとおもう。身体も、心も、頭のいちばん理性的な部分をも含んだ、私のすべて引き連れて。  カフェラテ、ホット、スモールサイズ。 「お待たせ」 こぎれいな円いテーブルに、ふたつのカップが、ことりと置かれた。行きつけの、というのはやや恥ずかしいチェーンの喫茶店。地下一階、いつもの席。恋人はどっしりとした濃紺のソファに深々と腰かけ、ため息をついた。そしていつものように充電器をセットし、スマートフォンをいじる。武骨な指先が器用にディスプレイの上をすべる。視線はまだ合わない。  すこしだけ緊張しながら、カフェラテを啜った。  私は恋人に心底惚れているので、喫茶店などで向かい合って座ることが、すこし苦手だ。この言いぐさはおかしいのかもしれないけど、つまり、じっと見ていると会話すらままならない状態になってしまうということが、よくある。  よく日にやけた腕や、健全なあごのライン、うるんだ瞳と、うつくしい睫の落ちる影。苦み走った表情の、くちびるの端に、ほんのすこしだけ浮かべる、いたずらっぽい子どものような甘やかな微笑み。  それをぼうっと見ていると、ひどく腹を空かせたけもののような気分になる。むしろそれは、見られているという作用かもしれない。私は彼をほしくなる。それでいて手を出せないおくびょう。待たれている、という圧力。どうしてもほしいものに、貪欲に牙をむくということ。それにまつわる呪縛で、いつも泣き出しそうになる。  好きなひとの顔を見られない。そんなふうに書いてしまえば、ほほえましい少女の苦悩かもしれない。でも私の感情は、少なくとも、そのようにくすぐったい類のものではないような気がしていた。もっと、壮絶で、身体ごと揺さぶられるような、葛藤なのだった。  のどぼとけが動くのを見ていた。いつも彼は冷たいものも、温かいものも、ずいぶんとゆっくりと飲む。いかにも嗜むといったふうに扱われるその液体を、私はしばしばうらやましいとすら思う。 「どうしようかな、飛行機でも、バスか、新幹線は帰りに使うし」 「なにを重視して決めるの? 快適さ、はやさ?」 「そうねえ、ただ、どれも一長一短でさ。飛行機は乗りたい機体があるけど、伊丹に行くのしかなくて。僕は関空がいいんだけどねえ」 ふうん。必要以上に興味は持っていないかのような相槌をしながら、私の頭の中は甘い分泌液でいっぱいになっていた。ものごとへのこだわりの強さ、というのは、私が恋人について最も好きなところのうちのひとつだ。移動手段にも、筆記具にも、寝具にも、彼は彼なりのこだわりをもって真摯に接している。その姿勢はいたって大人で、尊敬すべきもののように思える。もちろん、融通の利かない少年のように振る舞っているようなときでさえ、ひどく可愛く愛すべき様子であることにかわりはないのだけれど。  今日は恋人の仕事の終わりに待ち合わせていたので、一緒にいられる時間はそんなに長くはなかった。あっという間にカフェラテはなくなった。帰らなくてはいけない頃合いだ。  時間の経つはやさがうらめしいなと思いながらカップを片づけようとすると、恋人がしずかに私を制した。お決まりのことなのだけれど、何となく優しい気持ちになる。ありがとう、と言って私は椅子を立った。  セルフサービスの喫茶店や食事処なんかで、恋人は必ず私の分の下げ物まで片づけてくれる。大丈夫、やっておくから、という言葉には、無駄な押し付けがましさはない。同じように、私の荷物を持ってくれるときや、車のドアを開けて私を助手席に乗せてくれるときもそうだ。いたって自然に、そうであるべきと思わせてくれるような仕草は、いつだって感動的でさえある。疲労がにじんでいる瞼すら、よくしつけられた犬のようにクレバーだ。私は髪を撫でたくなる。いとしい、といういっぱいの気持ちで。  そして私は、はっとする。自分の欲に気づくのだ。撫でたい、ふれたい、触れ合いたい。私そのものがどこまでも底なしの穴になったような気持ちになる。 こわい。  その響きは、とてもよく私の心をうつしだす。私はこわいのだ。だいすきなその身体や、みえないはずの心を、そっくりそのまま手に取って胃の中に押し込めたいと渇望していること。そんなあられもない自分の欲が、ほかでもない彼の眼にさらされてしまうことが、とてもこわい。恋人の愛らしいまっすぐな眼の中に映る私の、まるっきり空腹で手順を知らない世間知らずさを、彼という人はどんなふうに感じていることだろう、と。  階段をのぼるとき、恋人は私の身体に触れていた。あどけなく大人げない方法で。どんな葛藤も吹き飛んでしまうような魔法の温度で。少年は言い訳を必要としない。無邪気にふれあうことに罪はなく、あるのは華々しいお互いの機能だけだ。 「ね、好き」 「うん? 僕もだいすき」 柔らかく、やさしい耳ざわりの声。にっこりと笑っていたんだろうか。表情は見えない。恋人の言葉はすぐさま温度や湿度にかわり、私の身体中に浸み渡っていった。熱い、痛い、足りない、もっと、冷たく、ひどく、くるいそうな、まるで、空腹だ。 食べたい。  ふざけた考えかもしれない。だけれど真っ白になった頭で、恋人の存在だけが膨れ上がり、いつまでも弾けない。  愛でなければなんだろう、と、恥ずかしげもなく考えていた。 ---------------------------- [自由詩]雪のち晴れ/アオゾラ誤爆[2013年2月8日2時47分] 身体に金具を埋めてしまって 途方に暮れる ある 冬 舗道の敷石には ねそべる猫が鳴きもせず 渇いている とじられた傘の花模様は賑やか そこを過ぎていく 胃には十分にあたたかな言葉が あるいは同じように凍えていた肌の 煙たい温度が 貼りついている 傷は石 熱は水 痛みも忘れてただ歩いている ---------------------------- [自由詩]内陸/アオゾラ誤爆[2013年2月8日2時47分] 海であったかもしれない、その水たまりを、誰かは容易 に跳び越えてしまう。とめどなく溢れながらこぼれなが ら変遷していく歴史だったかもしれない、それが映す風 景の色味について、語ることもなく。 模型の中で迷子になる。白地図。砂漠のようになめらか な凸凹の住宅街には、図鑑で見知った動物たちの、無数 の足跡が埋もれている。ぴかぴかしているコンクリート を敷き詰めたのはきっと神様で、その下に眠る僕たちの 骨は次の世界の栄養になるだろう。ねえ、近道をさがし て。練り歩いた夢の裏側へ案内されてみたい。 ここはまだ陸地、声が聞こえている。 この愛しい言葉たちをまだ知らなかった頃、幾つもの物 語に生きていたような気がする。巡り会えない人々との 約束を胸に抱きながら。星霜、潮風にさらされて、痩せ ほそった舟の上で揺られながら。 横断歩道の、有機的な香り。ぶ厚い本の内側までは逢い にいけない代わりに、今ここで立ちどまってみる。光り は暮れていき、暗やみは育つ。それでも鮮やかな言葉の 波が、瞼に打ち寄せ、ひびいている。 ---------------------------- [自由詩]二十歳/アオゾラ誤爆[2013年6月13日2時01分] 浅い眠りから覚めて 声を聞いた ようやく橋を渡りきったんだ そしてあなたが待っていた 片手には宝石を もう片手には駐車券を その瞳にはあふれんばかりの 頑なな愛をたずさえて 溶けはじめた氷が 山間をくだり ぬるくなるまでのあいだ あどけない肩を 晴れた空の下にさらしていた 真下に 川は流れている 人々はランプを点けて せわしなく 行き交っている 背は伸びずとも もう三月だ 坂道も曲がり道も いつまでも続くかのようで 饒舌すぎない上機嫌のあなたが しずかに ハンドルを捌いていく でもいつまでも続かない 賑やかな恋と旅 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]わだつみの木/アオゾラ誤爆[2013年12月2日0時56分]  一人の旅人が、小さな舟で、川をくだり、終には海へとやってきた。  舟の上には、本と、万年筆とノート、わずかな食糧、そして旅人に似つかわしくない、毛足の長いつやつやとした毛布がのっている。時計は持っていないが、日はゆっくりと傾き、じきに暗く、寒くなるだろうと思われた。旅人はある友人のことを考えた。友人のことを考えながら、ノートを一枚破り、彼に宛てて手紙を書きはじめた。かつての友人へ、あるいはかつての彼自身に向けた、いくつもの言葉が降りてくる。  その間も、舟はしずかに進んでいく。もはやここは川ではないのだから、上から下へ行くでもない。只、波のゆれうごくその流れに、すべてはゆだねられていた。  旅人が手紙を書き終えてしまうと、あたりはすっかり暗くなっていた。どこか温かい気分に満ちていた彼は、ふいに孤独を感じる。そうだ、ここは広い広い海の真上。友人の声は聞こえない。彼はそっと丁寧な手つきで、手紙を水面へと浮かべた。出来る限り優しく浮かべたはずなのに、手紙はすぐに沈んでいき、吸い込まれるように消えてしまった。あたりはどこまでもしーんとして、真っ暗だ。これではもう手紙を書くどころか、本だって読めやしない。旅人は疲れて、ゆっくりと瞬きをした。  すると旅人の目の前に、一本の木が現れた。 若いのか古いのか、ぱっと見ただけでは判断がつかない。ふしぎに懐かしい感じのする木だ。深すぎない黄みがかったグリーンの葉は丸みを帯びていて、とても柔らかそうに見える。そしてなぜか、あたり一面真っ暗だと言うのに、この木だけは不自然にかがやいていた。よく見ると、ところどころについている赤い花が、光っているようだった。  旅人はまたしても優しい気持ちになった。いつのまにか波はやんでいる。旅人はこの木のもとに留まれることを心の底から祝った。そして彼は毛布にくるまり、本を読みはじめた。必要なぶんだけの光を、木は照らしている。古びたページをめくりながら、ときどきチョコレートをかじり、ウィスキーを舐める。幸福な時間だった。時計は持っていないが、夜はこのままずっと続くのだろうと思われた。  しかし旅人はあることに気がついた。時間が経つにつれて、花はひとつずつ落ちて、その光を失ってしまうのだった。この花がすべて落ちてしまえば、もう本を読み続けることはできない――。旅人の頭の片隅にちいさな悲しみと焦りが灯った。しかしそれでも旅人は本を読み続けたし、その時間は彼にとって十分に満たされたものだった。 それから永遠のような時間が流れた頃、このふしぎな木の花は、ついに残り一つとなっていた。旅人はそのことに気づきながら、まだ本を読んでいる。たくさん積んできたのだ。彼はたった今読み終えた本を閉じ、次の本を手にとり、開き、一行目を目で追いはじめようとしていた。  そのとき、最後の赤い花が、ぽとりと海の水面に落ちた。とっさに旅人は目を瞑った。ああ、まだ始まってもいないのに――旅人は悔しいような淋しいような気持ちでいっぱいになった。また一人の真っ暗な孤独の中に投げ出されてしまう。そう思ったのだ。しかし、同時に、彼にとって孤独はもはや古い友人の一人であるかのようにも思えた。この夜じゅう読んできたたくさんの物語が彼の中で生きているのは、ほかでもない孤独のおかげかもしれない。  旅人は、おだやかな気持ちで目を開けた。そこに暗やみはなかった。朝が来ていたのだ。旅人はおどろき、また、安堵した。なんだ。本などいくらでも読めるし、こんなに明るいのだったら、またどこへでも行けるだろう。ふしぎな木は、姿を消していた。太陽が眩しい。急に体が重くなったように感じ、彼はしずかに目を閉じた。波はゆったりと舟を揺らしている。  旅人は、眠りについた。 ---------------------------- [自由詩]二十一歳/アオゾラ誤爆[2014年4月20日2時27分] いつもの窓からは 光が差している 塗装の剥げた電車が転げている 昼すぎに、森の気配は いくつかの季節を巡る まだ青い瞳で 私は階段を昇っていく となりの部屋の人たちの 笑い声がする 後輩は 煙草の匂いがする いつものやり方でノートを開く きっと賑わう時間が 途方もなく積み重なった 私はここを手放すのだ 思い出せなくなるのは こわいだろう やっとの思いで かたい、固い殻を割ると 水のように清潔な心は 私の手から逃げてしまった おそらくもっと 低い方へ 流れて 均されていく 熱のない春に 花の名前を ひとつ忘れて 私は誰に会いにゆけばいいんだろう ---------------------------- [自由詩]destination/アオゾラ誤爆[2016年4月3日23時47分] おもい鉄の扉を 押した 瞬間にまなざしが交差する 待ち合わせには慣れている ここはもう寒くないよ 暗がりにふさわしく目を開いて ひとびとの騒めきを聞いている 楽しいのは 誰もいない世界のようだということで 永遠に歩き続けることも できそうだ あたたかい場所へ 言葉へ あるいは身体へ 糸のように簡単にほどけない 愛 その曲線 時に迷うこと 流れる川をたどる ここにある目印にはきっと帰れないから なくしても大丈夫って言って 夜に 電車を降りて つよい雨が降っていても平気だった 窓を打つ水の光 知っている また春になった わたしたちは季節を嗅ぎ分けて どこまでもいく どこまでも ---------------------------- (ファイルの終わり)