まほし 2006年5月17日23時40分から2007年5月31日22時27分まで ---------------------------- [自由詩]「こもれび」/まほし[2006年5月17日23時40分] 目を閉じて見つめる 記憶の中・・・・   小さい頃のわたしが 若葉の蔭で 耳を澄ましている   「何を聴いているの」 と たずねたら 「こもれび」 と 言って上を向いた   見ていたんじゃない (水晶質の日射しが  黒目を貫いて痛くて) 瞼はじっと閉じていたけれど 心は光の果てまで広がっていた   たしかにあの日 「こもれび」 を 聴いていた   葉ずれの音じゃない 小鳥の唄じゃない   もっともっと高くで 鳴り響いているもの   眩しい未来から ささやきかける ・・・・幻   今も耳を澄ませば 脳裏に木霊する 「何を 聴いているの」 と たずねる声がする ---------------------------- [自由詩]この子 大きや/まほし[2006年5月30日5時34分] この子 大きや まろき頬を 背なにのせて まどろむ 吾が子 金魚の べべ着て へご帯 締めて から ん  ころ ん 赤い つまさき 鼻緒で すれて から ん  ころ ん 宵を 縫うように さ迷い ゆけば ちょうちん明かりに 和えかに匂う人々 吾子の小ささに まなじり細めても この子 大きや をんなの手には 重たき血汐 果てなき夜空に いつか ひとり この子の をとこおや は 暮らしに疲れて 湯気が立つように いったい何処(いづこ)へ     消えたやら 火照りは 続いて 田畑は  枯れて 祭りごとは  いのちを 吸って 脈打ち この子 大きや 川面に腕(かいな)を 伸ばす 月影 幾久しく 流れよ、と 祈る ---------------------------- [自由詩]星の馨り/まほし[2006年6月8日6時44分] 荷物が重くて 帰り道が遠い夜も 星が しゃん、と 鈴を鳴らすことがある 鞄で傾いた右肩を 白銀色の響きが そよ風となって撫ぜるから もう少しだけ進んで行ける 余韻の尻尾 捕まえようとして 左足を踏み出したら 馨り 記憶を霞めて過ぎる 懐かしさを越えた場所へ ---------------------------- [自由詩]コントラバスは宇宙からできている/まほし[2006年6月11日0時06分] コントラバスは 宇宙からできている 共鳴胴は スプルースやメイプルなど森の木々から、 弓は 草原を走る馬の尾の毛から 成り立っていて、 弓に琥珀色の松脂を塗り 弦に滑らせることによって 音の矢が、ゆるやかに放たれる コントラバスは 宇宙からできている 川のように流れる五線譜の 水面で乱反射する ソプラノを支えるように、 水底を伝う バスの響きよ ピチカートは 透明なおたまじゃくしとなって 弾けては 泳いでいく、生まれ故郷の宇宙へ・・・ 宇宙が 秩序から無秩序へ 移ろわずにはいられないとしたら 創る、 という行為は 秩序に 環ることなのだろうか かつては動植物だった 楽器は 今もなお 生命体として 自らを発した森羅万象に、産声を跳ね返し ほとばしる旋律は へ音記号以前、終止符以後のカオスを 結ぼうとする   より深く       ヨリ深ク その環の中へ、根ざすために ---------------------------- [自由詩]なにもないうた。/まほし[2006年6月14日6時52分] 「えくぼ」 六月の風にゆれる さくらの葉っぱ。 よく見たら ぽつぽつ 穴があいている。 虫に食べられてしまったのだろうか? 穴は どこかの虫の命を みたして 穴は みずみずしい空に みたされ わたしのこころの ちいさなえくぼにも すずしい光を そそいでいる。 「オカリナ」 オカリナは、ね。 目にみえる ゆびでふれられる 鳥のかたちをした土だけが ほんとうではなくて、 目にみえない 土につつまれた ほっこりした空っぽこそ たましいなのかもしれない。 空っぽで なかったら 息はとおらない。 空っぽが なかったら うたは羽ばたかない。   「おかあさん」 わたしの宝箱には 何もないと言って 涙こぼしたときも、 あなたこそ宝だと 掌の玉のように いとおしんでくれた、 おかあさん。 あなたがいなかったら わたしもいなかった。 ---------------------------- [自由詩]目覚め/まほし[2006年7月1日7時24分] 空が欲しい・・・・って ずっと想ってた   薄暗い部屋に 頑なに独りいる時も   さらに殻にこもって 傷ついた翼を 縫いつくろっている時も   空 空 空 歌うように 腹の底から求めてた   血でさびた針 いらなかった 羽毛をしばる糸 ほどきたかった   でも本当は 不自由な空想に 囚われなくてもよかった   大空はいつでも 外にあるから   天をつらぬく光は 誰のものでもない 私が誰のものでもないように   そう気付いた瞬間 殻が割れて 何かが目覚めた   今 夜が明ける   心の窓が開く   目の前には朝日 そして 有限の中の無限の広がり   ようやく 飛び立つ自信が持てる ---------------------------- [自由詩]後朝?きぬぎぬ?/まほし[2006年7月17日6時31分] あなたが、水かさを増す 「では、また 」 と 言って あなたが身を反らして 木立から、わたしから 離れていった その刹那から あなたが、視界でいっぱいになる あなたが、 夜露で濡れる 河原を踏み分け 橋を越え 向こう岸へ、東の果てへ 行ってしまった あなたが、 あし、ひざ、こし、はら、と みるみるせり上がって むね、の辺りで 水面に映る め、に め、を つらぬかれて わたしは、 盲目になる みずからの め、で みずからの め、は 見られないように あなたを透かしてみる世界は あなたの姿だけが瞳の奥に 消えて (底無シノ川ニ、 (二人シテ堕チテイケレバヨカッタノニ このからだを包むのは 雄の匂いの立ちこめる 薄衣 契りの名残は 空蝉の羽より 脆く けたたましいなき声が わだつみの木漏れ日に 響いて 帰れない空から、夜が明ける―― ---------------------------- [自由詩]ひしゃく星/まほし[2006年8月2日7時16分] 夜空に、ひしゃく星  くらやみは    すくわれることなく      すりぬける あなたとわたし、 街灯りを遠くに眺めながら 水を打ったように静かな公園を歩いていると 一枚の影絵になったみたい でも本当は 別々の宇宙に浮かんでいるのでしょう 今、背中で 揺れたブランコの影さえ 同じものを見ているとは限らないように 夜空に、ひしゃく星  くらやみは    ふたりのはざまに      ふりそそぐ 七つの星は それぞれ遥かに離れていて 透明な器になれないまま溜息を零して 星と星を 見えない糸で結ぶものは何でしょう 二人、 眼差しを交わしても 足元に広がる不思議は解けないでいるけど わたしが目にしているものは わたししか見られないのなら この道を波立たせるのも この心だけでしょう わたししか知らないあなたを 心にそっと抱きしめよう あなたが孤独に 沈みそうになったとしても まっしろな光で照らせるように 夜空の暗さゆえ 星が切ないほどに瞬く その在り難さ、風に感じて  「手をつなごう」 北極星をめざして―― ---------------------------- [短歌]消印のない空/まほし[2006年8月6日5時18分] 絵葉書の端からおしゃべり零れ出す「暑中お見舞い申し上げます」 目標は銀河で泳ぐことだからヒマワリ君とは背比べしない 窓辺にて涼む巻貝ひとさじの碧い潮鳴りおみやげにした  風鈴の池でうたたねする金魚チリンと浮かぶうたかたの唄 シャッターの瞬きさえもすり抜ける発泡性の夏の鼓動は 大輪の花火さんざめく街でみんな笑って咲けますように 消印のない空をきみに届けたい いつもどこかで想っているから ---------------------------- [短歌]夕やけ母さん/まほし[2006年8月17日6時26分] 夕やけを食べたいという君のため買い物かご手に西日へダッシュ ハミングでハンバーグ焼くママを見てままごとセットで真似するムスメ お日さまに愛でられコロナより赤いトマトを煮こんで子の皿に盛る まな板の血汐が暮れる子宮より産まれし君の腹満たすため おいしいと微笑みあえる湯気ひとつ命のレシピは素のままがいい ---------------------------- [短歌]Like a rolling stone…Go! Go!/まほし[2006年8月29日22時50分] ああ旅はわれと列車の脈拍をクレシェンドして空へみちびく 山走る車窓をよぎる飛魚のキラリ跳ねるような木漏れ日 つり革のとなりでうかぶたんぽぽの綿毛もうみをめざしているの? 頬なでる景色 オンボロ自転車をこぎこぎのぼる陽炎坂かな 月光を心の穴に糸通しチャリですすめば闇縫うミシン 「ガーターこそストライクなり」道草が流浪の風に笑いはじける 血球が体内宇宙(ミクロコスモ)をドライブす Like a rolling stone…Go! Go! さいはての土地でさいごの詩うたう日がせまろうと謳うんだ さあ ---------------------------- [短歌]サイレンス・サイレン/まほし[2006年9月9日7時09分] 耳奥で焼き増しされたセミの音が我を迷宮入りにしている デフレーション起こす八月森の血は居眠り空は高く冷えゆく ヒグラシのサイレン、夜の上澄みに震えて詩集をよむ手も止まる 思い出は路に置かれた石でなく地図から逃げた風かもしれぬ これ以上夏を失えない場所で星の金貨の瞬きを聴く ---------------------------- [自由詩]桜輪廻/まほし[2006年10月15日5時07分] ごめんね 今まで気づかなかったよ 赤や黄色の季節の絵の具で みずみずしく重ね塗りされた 桜の木の葉っぱの影に ちいさなちいさな 土色の蕾 今までずっと蕾は 冬に現われるのだと勘違いしていた 秋は秋で 目まぐるしく落ちる葉っぱに惑わされて 死の影に 生が 確かに脈打っていることさえ 忘れそうになっていた 目を閉じて 青葉の向こう 海鳴りのような木漏れ日を描いて いつからそこに蕾は現われていたのか 思いを馳せながら 麦踏みするように 落ち葉を踏む 落ち葉が 土となり 樹液となって いつかは空いっぱいに 明るい花を満たすのを 感じながら ---------------------------- [短歌]一夏 (side A)/まほし[2006年10月30日21時11分] 洗面器に金魚を二匹放したら波紋にひかる新月の影 告白に一瞬ときがとどまって乱反射する川が痛いよ 自転車に初めて乗れた日の風を呼びおこしてる恋のはじまり まひるまの星のパルスに目眩んできみのうなじにとかす火照りを ミクロンの誤差にゆらいで手をつなぐふたりは対の櫂(オール)のようで 「オ互イノ未来ノタメニ」おとといの豪雨にひとり、今も濡れてる (つまさきに銀の逆流)夏草にはしゃいだ日々はちぎれて空へ 青光る線香花火の玉落ちて目覚めたら秋千色の窓 ---------------------------- [短歌]千秋 (side B)/まほし[2006年10月30日21時14分] <あきらめ>の四文字にアキとメと見つけ秋に芽生える草木を想う 片翼では飛べない空よすすき野は背中の地平線に波打つ 君の手に止まるとんぼを接写する今この時よ永遠(とわ)にとどまれ 「無理すんな」の声は夕陽にとけこんで君と離れるなんて無理です 鈴虫の夜曲は野辺の露となりうずく孤独な遺伝子たちが ほどけてく君の序章がこの舌で微熱の蜜に炙られながら 吾をいだく君の手千々にみだれおる韓紅(からくれない)のもみじ吹雪よ 結局はあなたに戻りその胸で目眩をくりかえす結局は ---------------------------- [短歌]父と奄美と追憶と/まほし[2006年11月4日8時47分] 砂糖黍畑を走るおさな子はいつかのわたし汗まで甘い エメラルドグリーンは父がちゅら海を恋うる口ぐせ目じり細めて 「白百合は雑草だった」と言う父の故郷奄美は千キロ先に アメリカのチョコがお婆の味でした占領された島のなごりで 父親の背を越えふいにふりかえる肩車から見上げた空を ---------------------------- [自由詩]秋から冬へ/まほし[2006年11月7日22時48分] その歌のはじまりとおわりを わたしは知らない 空を見上げたとき 耳元で起きた風が どこから来て どこへ行くのか わからないまま 歩き出してしまったように それでも歌は 足元を流れるので 進まずにはいられなかった 髪を束ね 耳飾りを外し 両脚の内側でジーンズが 規則正しく擦れるのを聴きながら やがて空は蒼さを 風は寒さを累乗して 木々はいっせいに葉を散らす むきだしになった宇宙に 次々と枝をさらす木々も 果てしない流れにアンテナを立てている ---------------------------- [自由詩]十三月のヴァルカローレ/まほし[2006年11月18日22時03分] 今日より、明日、明後日 舟が古びようと 櫂で水しぶきを描かずにいられない 来週より、来月、来年 からだの影が深まろうと 羅針盤の先を指差さずにいられない 蜃気楼を揺らして 永遠に届かないまま 残り少なくなる時を 「未来」 という、透明な火のような名で呼び 川風に髪をなびかせて 遠い海にとき放つヴァルカローレ   わたしという休符は   わたしでない気流に手を伸ばすことによって   はじめて呼吸に繋がる唄となり   川は終曲に近づけば近づくほど末広がり   つつまれている、河口ごと銀河につつまれている 朝に夕に 星のめぐりに 波打ちながら 流転しつづけているだろう 時に、   年の瀬せまる夜に   みずから帆となれば   冬の星座におどる白い息   をさらにつき動かす   はるかな、   おわらない    つづいていく       つづけていく ---------------------------- [未詩・独白]子どもの隣り (灰谷健次郎さんを偲ぶ)/まほし[2006年11月25日22時17分] わたしのなかにも ちいさな子どもがいて、 大人になってしまったわたしを おおらかに抱きしめているのだろう。 それに気づかせてくれたのが あなただった。 小学校の先生をしていたという あなたは ちっとも先生らしくなくて、 先に生きることなんてしなくて、 隣りに寄り添って話をしてくれるような そんな陽だまりのような人だった。  いのちは  けっしてちっぽけではなくて、  自らぐんぐん伸びていこうとする  巨木を秘めたドングリのようにたくましくて、  どんなに重いくもり空を背負っても、  みんなの痛みを忘れたりなんかしない。  こころをぎゅっとしぼれば  熱い雨がぽたぽた落ちてくる。  からだの血となってかけめぐる  いとおしい人たちの涙が・・・ ところが、あなたは、先にいってしまった。 天に瞳をこらすと 背もたれていた木は どんどん蔭りと光りを深めて 隣りに転がるドングリひとつ。 今さらあなたの大きさに気づくなんて。  あなたはいなくなったんじゃない。  かくれんぼしているだけ。  まだここにいる。  ここにいる。 平成十八年十一月二十三日に亡くなられた 灰谷健次郎さんに寄せて ---------------------------- [短歌]Line/まほし[2006年12月3日22時04分] 放課後の淡い窓から金管の音よ羽ばたけ青のたかみへ とおせんぼされてる明日に手を伸ばすように螺旋階段のぼる コピー機が光をシャッフルする影でちがう切札のぞむ我がまま 仕組まれたメロンの園を抜け出してユウコは緑のフェンスを越える 意志のある曲線を見た八月にインドへ発った友のうなじに 野良猫にアイドル並みの名をつけて基地で飼ったね。秋だったよね。 エアメールは書きかけのままその辞書で翼のように眠っています どこからがオトナとガキの境だろう荒野にゆらぐ有刺鉄線 長椅子に日だまり残し車窓から手をふる君はながれながれる 教室の蛍の光は消え失せて 記憶、きおくがこだましている ---------------------------- [自由詩]冬の庭/まほし[2006年12月9日8時50分] あれはたしか小学生のころ ちいさな花をいじめたことがあった 冬がカサリと音を立てはじめたある日 お母さんがお庭でいっしょうけんめい そだてた花を 「しゃんとしなよ」 「ねえ、枯れちゃわないで、しゃんとしな」 はじめは爪ではじいて それでも花はコクリともうなづかなかったので そのうちおなかから熱いヘドがこみあげて 気がついたらそばに立ちはだっていたツバキを おもいきりけとばしていた。 けとばして、けとばして、   ねえ、きょうも学校にいったら、   上ばきがなかったのよ   先生に言ったら、笑いながら   もっとちゃんとさがそうね・・・だって。   でも、知ってる。   みんなわたしのものをぬすんでは、   わたしのそうしきごっこをしているのを。   だから上ばきだって殺されちゃったんだわ。   ・・・わたしがいなくなったら、   みんなわるいことしたっておもうのかな?   それともせいせいするのかな?   ダン…バサリ、ドン…バサバサ、と ツバキをゆさぶっているところを お母さんがかけよってきた。 わたしの腕をつかんでじっと見つめるので、 わたしは口をぎゅっとむすんで地べたをにらんだ。 「・・・お花がかわいそうでしょ?」 お母さんは、 ズシンとした声を わたしの頭になげかけた。 そのまま腕を引っぱって家に入ろうとするので、 からだをふりはらって庭を飛びだした。 わたしは西へ西へ、走りはじめた。  (お母さんのかなしそうな顔がよぎる) わたしの頭は だれもしゃべっていないときも つめたい雨みたいな声に ずんずんなぐられていたから、 ぐしょぬれになっても 氷みたいに動けなくなって、  (しゅんと枯れそうになった花がよぎる) ねえ、花は 人になりたいとか鳥になりたいとか おもったりしないの? ふまれてもけられても にげられないのに、 ねえ?  (わたしの、  殺されてしまったものたちがよぎる) 夕日が真っ赤ににじむころ 町のはずれに着いた。 大きな川が とおせんぼするように 流れていたので 足をとめた。 息がぜいぜい ないているのは とまらない。 ぽつり、と 川のむこうへ なみだみたいに 夕日が落ちていった。 川をのぞきこむと 今にも飛びこみそうな わたしが ゆれていた。 ―――これいじょう     いっちゃだめ! からだに電気が走る。 めまいがして、ふと上を向くと、 うでを広げるよりも、川が流れるよりも、 もっと大きな空がわたしをつつみこんでいた。 しゃがんでいるまわりの 枯れ草も 北風も 三日月も みんなみんな 大きな空のなかに ある。   あのね、   学校のうら庭で   上ばきと   チョークでコンクリートに   「シネ」って   書かれているのを見つけたとき・・・   ほんとうに、いなくなりたかったのよ。 ――――――もうこれいじょう                        どこにも、いけない。 すっかり夜になったころ わたしはうなだれて 家へもどってきた。 お母さんは 泣きはらした目をして それでも何もなかったように あたたかいミルクをいれてくれた。 うんと冷えたゆび先で マグカップにふれると じんとしびれて きもちいい。 「今はまだ小さいから どこにもいけないかもしれないけど」 お母さんは、 わたしの目をみて つぶやいた。 「大きくなったら、 どこにでもいけるから」 目をつむったら、 しゅんと枯れていたはずの花が 三日月みたいに 白く 光りはじめた。 ---------------------------- [自由詩]やわらかなあさ/まほし[2006年12月31日8時16分] あ、 あさごはんが きょうもやわらかい そしゃくされた いのちが おなかに熱くしみとおる やわらかくなって この手に とどくまで いったいどれほど かみくだかれたのだろう あさの ひかりに ゆげをたてる 白いごはんを すかしてみると 青い苗から 金の稲穂になるまで どろにまみれて育んだ おじいちゃん おばあちゃんの 手、が うかびあがって ふたりも そのまた おとうさん おかあさんの 手、に 育まれて どんどんさかのぼって こうして めぐらせる この言葉さえ 遠いとおい昔から かたい土をたがやすように 手をかけられたのだと 思うと やわらかく かみくだかれた ものものには たしかな芯がとおっている と、感ぜずにはいられない ---------------------------- [自由詩]あの丘へ/まほし[2007年1月2日8時58分] ドアをあけたら 新年はじめての ひんやりした外気が メントールのリップをぬった くちびるに染みて まだ夜も明けきらない街灯りへ 飛び出していく 銀河鉄道のように 走っていって めざすは駅 改札をくぐりぬけ 自動販売機で ルビー色の熱い紅茶の ペットボトルを買って 砂時計をかたむけるように あおいだら くちびるにようやく 赤みがさした気がした  もうすぐ、電車がくる 昨日の想いは 一瞬のうちに 去年に流されてしまったけど プラットホームで とくとく高鳴る心は 今年にむかって 発車ベルを響かせる  もうすぐ、朝がくる コートのポケットで ふるふる震える携帯電話 なつかしい名前と 約束の時と場所を たしかに結ぼうと 文字がおどっている  あの丘へ  赤い日が  あたらしい空を  あたためるあの丘へ  ふたり、手をつないで ---------------------------- [自由詩]小鳥もよろしく/まほし[2007年1月3日21時35分] 「明けましておめでとう  今年もよろしく」 と キーボードに打ち込んだつもりが 「小鳥もよろしく」 と 打ち間違えてしまった。 何回やっても 小鳥、小鳥と、小鳥が羽ばたいてしまうので 指を休めて、そっと深呼吸。 お正月だというのに雨模様で 曇り空の向こうにいる君へのメールも 流れるように書けなくて それでも キーボードに想いが降り注ぐたび 小鳥は掌から離れて飛び立とうとするので (君と晴れた未来が見られますように) そう 祈りをこめて kotori を kotosi と 文字を打ち直して 小鳥の足にメールを結んで ボタンを押して送り出す。 「明けましておめでとう  今年もよろしく!!」 ---------------------------- [自由詩]おんな/まほし[2007年5月3日6時33分] おんなとして うまれたわたしが わたしをうもうと はらをきめたせつなに あなたはけっしてふれえぬでしょう このはらのおくにはいりこめたとしても あなたのなかでわたしはきえて いろづいたことばをおとしていく ちることとさくことは せなかをあわせて いだきあうようなものなのかもしれない ---------------------------- [未詩・独白]反作用の風に吹かれて/まほし[2007年5月3日6時38分] はじめは、見えなかった。  それはファインダーの外に  つまさきの下に  暗がりのなか  輪郭さえ  ないところにあった それから、見ないようにした。  それは地平線の果て  視界の影から  シトラスの銃口をかたむけるので、  ファインダーを閉じて  走り出した    それはきっと わたしがボロボロのジーンズを履いていることを 白日にさらしてしまう。 カメラをポケットに忍ばせているわりには ほとばしる光を捕まえられないことを 夜明けの空にさらけだしてしまう。  みじめさを  にぎりしめて  ふみしめては  さらにみじめになって それでも まぶたを閉じればとじるほど からだの芯から情景が燃えあがる。 背中を向ければむけるほど 逃げ道は順光に照らされる。 上昇する熱に押されて どこまでもどこまでも転がっていける。 (沸騰した想いが (吹き零れるように 走り出した先に、光も環ろうとしている―― ---------------------------- [自由詩]そらちゃんのそら/まほし[2007年5月12日8時33分]  いい子ねえ、って  大人からいつも  あたまをなでられていたから  ぼくはおおきくなれなかったんだ と、いって そらちゃんは笑う 海のみえるブランコが そらちゃんのなきばしょ だれかの手が まるく まあるく そらちゃんを かたどろうとするたび ボールになってにげてきては ぽつん、と ゆれていたんだって てのひらにはカメラ ちいさく ちっちゃく つつまれた 銀のボディには ほんとうは どんなかたちにも きりとられない、空が つばさをつぼめて ねむっているのだろうか  ねえ、  そらちゃん  いっしょに  とべたらいいのに ブランコにのった そらちゃんの せなかをおしながら カメラをのぞきこんだら まばたくレンズにうかぶ ふたりが、いた ---------------------------- [短歌]さくらさくら/まほし[2007年5月17日22時02分] さよならは青い背もたれ始発にて四月の夢を温めにいく アンニュイな晴間が秘める春雷に片目をとじて君を待つ午後 ないしょです。星くず燃える屋根裏で子猫と愛し合った日々など ロシアンティーに赤が足らない透明な理由を誰のせいにもしない 指きりのように背を抱き自転車で転がれさくら吹雪のてっぺん 花びらの波にふたりの足あとは消されて蒼いひかりの果てに 限りなく春から遠いみなそこでさくらさくらとしゃぼんをたてて さくら、こえ、髪にこぼれる 明日はもう隣にいない君があふれる ---------------------------- [自由詩]海と声/まほし[2007年5月20日20時34分]  1 もう、 ふりかえらないのだ 髪をゆらしていった風は 束ねることはせず つまさきは 後ろに広がる汀を 走れない世界にいて こころだけがいつまでも 波になりたがっている  2 ゆうべ、 海原を呼ぶ声が 半分失なわれてしまったので 貝殻のような名をつけて せき止めとしたが 千切れてしまった風に 言の葉は乗せられない 下弦の舟にゆられ 水平線をたぐる旅にでるべきか みぞおちの血汐を薬にするべきか 渚に立たされても なぎさにはなれない  3 うみ、と ふたたびうたえたら つながるのだろうか 海に、 それともながされてしまうのか うみ、は ちかづけばちかづくほど 風をいやまし かけよるかかとを遠ざけようと しずかに叫ぶのに 地球のうらから腕を伸ばして 蒼い乱気流で抱きしめようとする うみ、と ふたたびうたえたら  (ふたたびはあるのか、    灯台を巻き戻す    ねじはあるのか、)  4 ゆりかご、か あしかせ、か 呼吸にとける旋律で 波は、くるぶしをなでていく ゆりかご か、あしかせ か、 すぎてゆく、 すぎてゆく水の鼓動は、 足跡を包みこんでは みなもとに触れるのをやさしく、拒む 喉元でうるむ 潮騒の遺伝子は うみの底から続いているのだろう それなのに、 波乱を孕みながら  ふかく ふかく   たどれば たどるほど 沈黙の果てに 飲みこまれていくのは、何故だろう  5 体内時計の 中心に満ちる、月が 赤々と落ちてしまわないうちに 生まれる前の脈拍を、 五線譜に散りばめる 音符の一滴が 昇華されて 海鳥の声となるなら 声よ 波が静まった先に 謳いかける虚空はあるか ---------------------------- [自由詩]マンゴウ/まほし[2007年5月31日22時27分] スーパーマーケットの入口で マンゴウを手にした瞬間、 子宮が微かに痙攣したのを 見逃すことができなかった 雨の、せいかもしれない 外からは背すじを正すような 水しぶきが響いている とおい五月に こんな風に滝に打たれるように マンゴウの日本画を観た 「百一才」 と、右下に記された絵は 女流画家の小倉遊亀さんが その年でほんとうに描いたものだ 黒塗りのお盆に 赤や橙や萌黄色の まあるいマンゴウが 七つほど重々しく転がっている その姿は どこかあっけらかんとしていて それでいて生命力にみなぎっていて 百一才という年輪の上に 実らせた魂、 まっすぐな瞳で問いかけてくる 「一枚の葉っぱが手に入ったら、 宇宙全体が手に入ります」* 入門した時からその言葉のままに 日本の風土の恵みを 絵の具にとかし、墨をすり、 細い筆で、画布に挑み続けた、 遊亀さん どうしたら無心に描くことができますか 古木から萌えるみずみずしい緑が 大空を抱こうと伸びゆくように まだ青い 卵のようなマンゴウは ふるえる掌に それでも確かなものを伝えて 黒髪からしたたる潤いを 芳醇なかおりに染めていく 買い物かごにひとつ、落としていこう わたしもまだまだ 描きたい宇宙があるのだから ---------------------------- (ファイルの終わり)