錯春 2007年5月21日2時41分から2011年6月3日17時08分まで ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]湧き水湧く流れ/錯春[2007年5月21日2時41分]  ?,河川敷  熱を出した私の連れ合いが熟した果物がその表皮を裂いてガスを放出するような寝息を立てている。  身につまされるような気持ちで風邪を訴える連れ合いに食事と感冒薬と冷えピタと氷枕を与えて、そうしたらもう何もすることがなくなってしまった。  熱をだしている人は、驚くほど素直に生きている。  熱をだして、ふうふうすうすうと、とてつもなくあついものを冷ますように刻む呼吸は、いつかごおごおと海に変わっていく。  荒い瀬を渡って、その深い水底は何故だか河のように淀んで、緑色に濁っている。  私はぼんやりと自分の産まれた、そして育った東北の片田舎の土手を思い出す。町の真ん中には一級河川がねっころがっていて、私は部活の帰り道にかつおぶしのように丸まって、かさかさと叫ぶ草を踏みしめ踏みしめ歩いていた。  私は、生まれて初めて絶交状を貰った日も、無感動にあの土手を歩いていた、ように思う。あの頬をはたくように荒ぶ冬の風。土手は河原側に向かって斜めに削られていて、土手のてっぺんは2人分くらいの幅を挟んで街側へゆるやかに、やっぱり削られていて。  まるで誰かに試されているような気持ちで、決して自分の体が浮き上がらないように気をつけて歩いていた。そこは丁度砂利で出来た平均台が続いていくような非情な形が格好良かった。  土手の水は荒れれば荒れれるほどに淀んで、その緑色を濃くしていき、私の住んでいた地域はカルカヤチョウ、という名前で(その由来は増水の度に氾濫した水がその地域を襲って、水が引いた後は生い茂った萱をからなければならないから)、雨が降ると一切家の外に出れなくなってしまった。  今でこそ滅多に浸水もしなくなったが、台風の晩は用心して家族みんなで二階で寄り添って眠った。どんな晩でもすぐに眠る両親は心強く、同時に取り残された気分になって私は自分が夜の湿気に溶け出していかないように、皮膚の周りにぬいぐるみで堤防を作った。  そして、眠ると決まって河の夢を見た。土手いっぱいにたぷたぷと揺れる水面は葛饅頭のように可愛らしい曲線で、なだめすかす風にさえも身体を震わせている。  私は夢の帳からそっと手を伸ばして、ぐずる河にふれる。ふるふる、ふるふる、と発熱するおとこのひとと同じ温度が爪に入り込む。  ごうごうと鼾をかく連れ合いの河が氾濫をおこして、熱を測るためにリンパ腺へあてられた私の手の平を吸い込む。  私は、連れ合いの 「僕が文学をやめても変わらずに愛してくれる?」  という昨晩の問いを思い出す。  ?,病む鼓動  私は、少なくとも詩人ではなかった。私が想像する詩人は、私とは対極にあるものだった。中学生のとき、手帳に初めてメモしたのは銀色夏生さんの詩。私はその詩を好きではなかった。けれど、ことあるごとに眺めていた。今ではその詩がなんだったかは思い出せない。  つい先日、小池昌代さんの詩集を中身もろくに確かめずに購入した。それはインスピレーションを得たから。私は、この人の詩からきっと目を背けたくなる、そんなインスピレーション。  私の直感は、結構当たる。とくにそういうときに限って。同属嫌悪といえば、私のうやむやを一番表せるだろうか。とにかくそういった類のものの影を、文字列のそこかしこにふらふらと漂わせている文体。そして私は目を背けたくなるものほど、目を凝らそうとする性質。  私は、私とまったく対極にいるから、連れ合いの言葉に焦がれた。私には到底真似ができない、そう思わせてくれた。その彼が私に文学をやめても好きでいてくれるかなどと残酷なことを問う。  私は、そこで  「あなたは、それを私ではなくて、自分に一番聞きたいんでしょう」  といったら、そうかもしれない、と黙った。  私は連れ合いに、それきりそのことを持ちかけることはしなかった。  あのとき、私は頷いていてもよかったのではないか。そして、もし頷かなかったとしても良いのではないか。  きっと、そのどちらを選んだとしても、私はそれなりの、レールの先にある、幸福に包まれて眠ることができるのだもの。  詩集を耳にあてて、焼け火箸のようにあつい連れ合いのリンパ腺を見ながら、耳をそばだててみる。  遠く遠くから、河の水滴が淀む音が聴こえる。  それは、記憶。遠い昔に忘れてしまった病気の鼓動。  私は病に臥せっている連れ合いの背中を眺めながら、この記憶すらも狂おしいほど愛おしく思っている自分に恐怖する。  そしてこの愛情が尽きるまでは、詩人にたどり着けないと絶望もする。  私は未だに自分が詩人になりたいと思っているのかすら判らないのに、気儘に絶望を手の平で捏ねる。  ?,ミミトサキン  滲出性中耳炎という病気を患っている、いた。遠い昔、まだ水中で目をあけることができなかった頃に。鼓膜の内側に水が溜まる病気で、耳を降るとちゃぽちゃぽと可愛らしい音がする。それはあまりにも可愛らしいので、私はそれが病気なのかどうか判らなくなる。  今ではそれも治り、耳の中の水は消えたのに、たまに、両耳の間から水音が聴こえる。それは赤い南天の実をまぶしたはかない斑の土佐錦で、反り返った尾を揺らしながら、そっと泳ぎ回る。  その土佐錦は、目を凝らすと上京して初めて飼った土佐錦で、それは冬に買い始めて春が来るまでに死んでしまった。  耳の中でその土佐錦は私の思考の澱を食べてどんどん大きくなる。  そのことを連れ合いに話したら  「それは、あれでしょう。足を失った患者が、無くしたつま先の痛みを幻視するという錯覚の一種」  といともカンタンに切り捨ててくれた。  ああ、そうかもしれない、と、感化されやすい私は思う。  そして切り捨てられた私の固くなった角質の部分を齧り、耳の中の土佐錦はまた一回り成長する。  けんもほろろな私を噛みながら、そういうときの土佐錦は決まっていたづらっこそうな笑みを浮かべる。  ?,オトコノヒトの魚  うすく、目を開いた連れ合いが  「今、とてもくだらないことを考えてたよ」  という。なにかと聞くと  「いっぱつ抜いたら、風邪のやつもぬけるっていうはなし」  という。  なんだそりゃ、と首を傾げると、また深い眠りの底へコポコポと潜っていってしまった。  連れ合いの胸にこもっていた河が一瞬遠のき、そっと土手をあるべき形に戻していく。  私は、お留守番を命ぜられた爬虫類のようにとぐろを巻いて、自分の堤防を押しやる衝動と激情を押しとめる。  蒸発した体温が噴きだまったタオルケットに手を差し入れ、連れ合いの太腿の中心に横たわる彼に、ゆるやかにふれる。発熱するオトコノヒトの温度が、爪を伝わって、肘を駆け抜けて、私のまなじりまで、会釈をしながら礼儀正しく闊歩していく。  それはあたたかい魚のようなたしかな存在。それは何ものも産まないえんぴつの芯。  体温が上がる連れ合いと、過呼吸になった魚を撫でながら、私は注意深く土手沿いを歩く。  空は曇っていて、見上げると天使の代わりに傷跡ばかりの鎖骨が見えたあの河川。  あの頃の私は、私の中に流れる河を知らず、そしてその源流を突き止める魚をワケもわからず捜し求めていた。    ?,群れ  私は、どうあっても、どこかで幸せになっているのは、きっと自分が女だからに他ならない。子宮という空洞があることの苦悩と豊穣。流血の賛辞。そして、幸福そうな顔を鏡に写しながら、健康そうに見えるように化粧をする。  連れ合いの、埋め尽くされた隙間ばかりの丈夫な胴体、そこから聴こえてくる無音。  空洞ばかりのおんなたちから響く音、それを吸い取る隙間を亡くしたおとこたち。  私は、きっと、詩人になることは多分できないだろうけれども、空洞をかき鳴らすことはできる。  高すぎる体温は連れ合いを突き破り、埋まった隙間をほっくりかえして。私は、私の耳の間に流れる清浄な河川敷の水を掬って、その隙間に流し込んでいく。  焼けた石の熱は、赤く透き通って、ぐらぐらと隙間の形を変えて。私の水は東北の片田舎のよく冷えて淀んだ緑色をしていて。焔と湧き水は浸食されることなく、冷たいものは冷たく、焼けたものは焼けたままで宵闇へと消えていく。  みどりごさながらに、火照った連れ合いをかき抱きながら、その光景が銀河のように見えるのを感じる。 ---------------------------- [自由詩]始発前の駅前屋台にて/錯春[2007年5月24日22時15分]  茶色い爪先は陽に焼けているのではなく、  陽を吸い込んでいるのだ  日焼けした老人と同じ色の  みずみずしい大根を屠りながら私はぼやく  どこだか、ここはと顔をあげると、いつぞやの相模原のおでん屋であった  あれまぁ、と傍には可愛い神奈川県民の恋人  すっかり出来上がって、  どんぶりに顔突っ込んでぐったりしている  おい起きろよおでん汁で死ぬよ  と肩をゆすると、ゆーらーと顔をあげ、  慣れ親しんだ味がするくちびるに竹輪をくわえている  これ、スープ吸えんだよ。しかも竹輪あちぃからスープも冷めない。どーよ。  どーよって。私が絶句していると竹輪をもむも  むもむと爬虫類のように啜って、   今度は私の膝に倒れこんできた  「寝かせてあげなよもう始発まですぐなんだし」  オヤジがなまっちろい顔をして、上品ではないが  働き者の笑顔  「もしや店主、東北ですか」  「ええ、福島です」  「私は宮城です」  「どおりで、お嬢さん色がしろい」  「そうゆう店主もどざえもんみたいにしろい」  くくくふふふと笑い合い、膝の恋人を見やると、  腰に回した腕と腕がすっかり同化して、  輪っかになり、安心して熟睡している  オヤジの顔は、白々として  真っ黒い夜明け前の空気にあぶりだされて余計に青い  どこからか河のにおいがする  東北のいくつかの県をまたぐ、  北上川の(うちの前では江合河と名前を変えていた)濁ったにおい  ほんとは、ずっと流れて来たんでしょうここに  おでんの匂いにまざって、懐かしいどざえもんのにおいがする  でも言わんとこ。祟られたら怖いしおでんは美味いし、働き者の笑顔をするし。私も流されて流されて相模原だし、恋人は可愛いし。  「店主、訛りませんか。思いっきり訛っておしゃべりしませんか」  「え。そんな都会のひとに聞かれたら恥ずかしいじゃない」  「大丈夫。神奈川人は胎児に戻って寝ていますよ」  「んなごだ言ったってそげな急に訛れんべ」  「店主。いいぐえーに訛ってっぺっちゃや」  「無礼講だべ」  始発が来る頃には、オヤジの影はすっかり薄くなり  福島は語尾に「だべ」宮城は語尾に「べっちゃ」をつけることを再認識し  だべべっちゃだべべっちゃ言って、  幸せな気分でお勘定をすまして店を出た  途中ふりむくと  オヤジは屋台を折り紙のやっこさんの形に折り畳んで  自分自身も自販機と自販機の隙間へと滑り込んでいった  すっかり赤ん坊の様子になった恋人は、  ハンバーグ一個分の大きさになってしまったので  仕方がないから服の中へ入れた  トレーナーとお臍のあいだはよほどぬくたまっていたらしく  結局昼までもどらなかった     ---------------------------- [自由詩]梅の神さん/錯春[2007年5月28日23時32分]  庭には二羽ニワトリがいなかったが  代わりに二本の立派な梅の木が鎮座していらした  毎年刈り込まれているのにその枝は猛々しく  同じく喧嘩っ早い私の手にもがれ  その実は強靭で、小学生の手の平を占領するくらい  ぽってりと官能的な飴色をしていた  大きな梅は決まって片面だけ熟して黄色で  かたっぽはひんやりと青く  平たい竹のザルの上に青いおしりの方だけ上へ向けて転がし  熟すのを促した  たまに見に行かないと  ぐずってザル一面をびしょびしょにした  かわりに  そっと掬い上げると  たまに照れてあかくなった  大きなプラスチックの樽にざあらざあらと  どててどててだらららららららららららと  そこだけ縁日みたいな声を出す梅の実を流し込み  塩ふって、石乗っけて  「ばあちゃん、これ石のかわりにアタシが乗っても漬かるかな」  そお言ったらはたかれた  「梅の神さんに祟られんぞ」  「中見たいから抱っこして」  って、一人娘が言うので  「いっしょに梅干にしてやろーかー」  って、  それなのに  ちいさな小鳥のような眼は  拝むように梅酢に浸った梅を見る  私はふいに不安になって  梅の神さんに引っ張られそうな気になって  「いいか見てなよ」  意気揚々と  赤紫蘇をなげると  オーロラを見るときのように、ゆっくりと、  瞬く間に、赤くなった  娘が染まった梅酢に触れる  指が赤くなって、赤味が沁みこんでしまわないうちに  流し場で洗った    その豊かな果実のような、ふくふくとしたおよび  流せばすぐに真っ白くなるのに  私の色は未だにぬけない  「まだとれない」  一人娘が、しわに刻まれた赤色にふれる  「祟られとんのよ」  私は言う。 ---------------------------- [自由詩]草刈合戦/錯春[2007年5月31日1時12分]  ふと、べらぼうに草を刈りたくなった。生い茂った背の高い、エノコログサやオオイヌノフグリみたいな背の低い草ではない草を。  しかし今は夏では無いし夏休みでもないし。うちの地元はもう長いこと川が氾濫していないもんだから立派な草を刈れそうにもない。ので。  しょうがないので、目を閉じた。  大きな草。なんて立派。もう雑草とは呼べないくらいの。  私の背丈をひゅういと追い越して、なお高い。  ふとわきを見れば、新しい草がさわさわとその背を伸ばしている。  この草達は成長してるんだ!と  ごくごく当たり前のことをしみじみ感じた。  見れば手には軍手と鎌が  遠くのほうで  むかし私をおぶってくれた耳の悪い  ついでに目も悪いじいさんの  肩から上がひょこひょこしている。  どこに行ったのかと思いきや、  ずっとここで草を刈ってたんだ。  じいさんが、ぱかーと口をあけて  いうあえおあええいああうっ  と、語りかけてきたので  私は草刈を始めた。  しゃがんで草の根本をじゃっくじゃっく刈っていく。  久しぶりなので  なかなか、こつを思い出すまで苦労した。  刈っていくと、途中いろんなものが  あらわれては消え、あらわれては消え  さっき、上京して2人目の彼氏の  年上な寝顔があらわれて  びっくりして草をかぶせた。  小さな頃、河縁で遊んだとき、水色のシャツが  長い草の間をぬって、みえた。  翌日の地方紙の見出しに  【痴情のもつれで中年女性殺害される。遺棄の場所は江合河の橋桁の下。】  と、ちんまり載っていた。  田舎では、おばさんでさえも  殺されるくらいの恋愛をするんだな。  それでも刈っていくと  味噌蔵があらわれた。  3人目の祖母が使っていたという、小さな蔵。  今では手入れする人もいなくて  蔵からは痛んだ味噌と  それに混じって骨のにおいがした。  嗅いだことがあってもなくても  人は人のにおいがわかる。  私は蔵にお尻を向けて、今度は逆に刈り出した。  その間にもさわさわさわと草は伸びていく。  たった1?の茎なのに、高いものではもう、トンビにぶつかるくらいまで折れることなく伸びていく。  ところで、この草の正式名称はなんなのだろう。  セイタカアワダチソウ、とか聞いたことがあるが  では、セイタカアワダチソウとはなんだろう。  漢字に直したら  背高泡立草?  背が高くって、泡立つの?  そんなまさか。  まさかを思った瞬間に  遠くへいたはずの、目の悪いついでに耳も悪いじいさんが  背中を向けてしゃがんでいる。  あああうお。あおえうお。あああうお。あおえうお。  じいさんはあまり大きく声が出ないので  耳をよせようと近づくと  ひょいとおぶわれて、脱兎のごとく駆け出した。  アワダツゾ。タオレルゾ。アワダツゾ。タオレルゾ。  じいさんは、ものすごく楽しそうに笑いながら  節々が泡となって倒れていく草を駆け抜けた。  タオレルゾ。アワダツゾ。タオレルゾ。アワダツゾ。  ぴしんぴしん葉っぱが肌をうつ。  痛。  血ぃ出た。  目をあけると、連れ合いが私の親指を吸っている。  「寝ながら血が出るまで噛むとか、ないよ」  目を凝らすと、たしかに立派な歯形が。  「あー夢みてた」  「どんな夢よ」  「合戦」  「合戦じゃぁしかたない」  都会育ちの連れ合いが、なまっ白い手で撫でてくるので  軍手の無い手で目をこすった。 ---------------------------- [自由詩]まぬがれ/錯春[2007年7月5日1時51分]    若い頃の私  若い人と睦みあった が  無知だったので  性欲を昇華する術を持たなかった  仕方なく、一緒に並んで座り  土手の風はさやさやと  耳の中の産毛を撫でながら右から左へ抜けていく  寒い土地だから虫が出るのが遅く  若い私と若い人は暮れるまで河原沿いに  うずくまり  無知だったから風通しが良く  無知だったから膨らんでいた  若い人のゆびは、私のゆびにそっと重なり でも  でも、手に手をとって  手の平をお互いの湿気で湿らすことはなかった  無知だったから  触れるのはくちびるだけで  そこはいつだって火照ってるのに  カサカサに乾いて荒れて    ものすごく潔癖そうな 華奢さの  透ける肋骨が人じゃなくて、草の茎みたいな、魚の  ほね、みたいな  そんな子を愛した  行為は好きですか?と問うと  最後にしたのは3年前で それからはね もう  飽き飽きしちゃった?とはきけなかった  だって若いし  まぬがれないし 私も もう  逃げられないし  そういうのが  イタイ系 とか  えー冗談でしょ? とか  平気に言われる ねんれいになって  しまった  と、おもったときにはもう遅い  まぬがれないなら、この子がいいや  この子で、じゃなく、この子がいいや  やさしくして  きずつけないで  しばらくはしんどいのかな?  とか、そんな切ないことは 恥ずかしく  言えやしないから  まぬがれないなら 押しつぶされるなんてイヤだ  だから逆に乗っかってやった  乗っかってやって  案外 平気かも よかった明日に響かない  なんて安心して溜息を 吐いたら  なんか 勝手に涙が 出てた  自分の下でねっころがってる この子が  泣いていいなんて  わたしひとことも言ってないのに  わたしひとことも言ってないのに  気付いたらわたしも この子も  まぬがれない まま、なすがまま、に  同じ洗濯機でパンツを洗い  ハブラシを並べ  夕飯の支度を し  おもいだしたように 泣いて 語らって  ああこれが  まぬがれない ってことね  皆、まぬがれてないのね  わたしは 恋人という  栓   を 見つけて  風は吹き止まり うずくまり うずまいて  あの土手の風は どこにも もう 吹いていなくて  私の鼓膜の内側だけに 残って  まぬがれなくなってしまった    それは 便利に  呼びかえられる、もの    愛とかに   ---------------------------- [自由詩]頂戴/錯春[2007年7月10日1時23分]    それでは、頂戴いたします。これを    しっくい の如く真っ白くなった 破片を  そっと手の平に乗せられて  魔がさして ぐぐぐぅと  手に力をこめた したらば 瞬時に粉々に  なるわけがなかった  まだこの破片の半分もこの世に存在していない私に  それを押し砕くことなんて  できるわけがなかった。  考えればわかること それはいとも簡単に  10年生きた木を 3年生きた蔓が   絞め枯らすことは できない  そんな簡単なことを 解っているのに  懲りずに 握って、何度も  いつの日か  あの暑い日  飴みたいに やさしく 私にきづかれないように  そっと 溶けて消えた。  破片は 私に忘れられるまで 私に優しかった。  肉がなくなってからも優しかった。  あいたかったカオリちゃん。  すっかり丸刈りになった頭皮を剥きだしの そのまま  虫みたいな線が 深く深く 縦断していて  私は ぼろぼろ泣きそうになりながら  今の医学は 奇跡を起こす と  伯母が泣いている の を見た。  彼氏のマサキ君とはウマクいってるの?  大丈夫 問題ないよ お母さんこれ お見舞い?  これ 頂戴  私は  カオリじゃなく  彼氏も  マサキじゃなく  皆 ちがうのに ちがうよって  もう強く言えなくて なんで?  やはり 現代の医学は 医学だもの  奇跡なんて、起こせないよ。  ねえ カオリ。お母さんもう長くないと思うの。  でもね、お父さんを一人にしないでね。  私は一緒にいられないけど、あんただけは   最後は帰って帰って、帰ってきてね。  大丈夫 問題ないよ  お母さん このビワ、食べていい?  頂戴よ  これ 頂戴  私が 今現在の私が 誰よりも  愛して可愛がって蔑んだ この恋人  恋人なんていやだ  恋人なんて枠が決まったら  愛人が出来るかも しれないよ  信じられないんだ 恋人って 言葉なんて  だって 裏切られてきたんだ ずっと  ずっと 僕はね 愛人だったからね  信じないまま 裏切ってきたのは  お前の方でしょうよ ねえ  なにもいらない 恋人なんてそんな  呼び名いらない  だから 頂戴  いいよ何が 何が欲しい  私、今まで 今の今まで ずっと  もらってばっかだから せめてね  あげるよ お前には皆 欲しいのを  命 髪 言葉 食事 涙 傷   なんでも  そう なんでもあげよう  だからそんなに いつも 泣きそうなのは 困る  頂戴?  くれる?  ほんとに?  ほんと。  だったら  いっしょにいて頂戴  僕を一人にしないでくれる?    ああ  みんな あげると云ったのに  私は  まだ もらってばかり      頂戴。 ---------------------------- [自由詩]ドリーはせせら笑う。/錯春[2007年8月5日1時09分] どうしても顔も名前も思い出せない人がいる。感覚だけが確かで、ただ単に興味が有ったという感覚だけが確かで。  それは片思いをしていたあの隣のクラスの子だったような。ちょっとだけ付き合ってキスも出来なかった文通相手だったような(はたして文通だけで交際した、と言いきれるかどうかは、現代じゃ難しいだろうけど)。もしかして同性愛者なのか?と危惧させてくれるくらいに、気高かった幼馴染のような。    ともかく思い出せない人が居る。  それらの人達は、それぞれ顔は覚えているのに名前が無い。皮膚を覚えているのに温度が無い。瞳を見ているのに影が無い。  でも、思い出せない人達は優しい。  やさしくてきれいな思い出だけを残しているわけじゃない、  だからヤサシイ。  僕は、思い出せない人達に混じって、ふと、ドリーのことを思う。  ドリーは金色の光ファイバーの繊維、食器のように柔らかいカーブを辿る睫毛、そして真っ黒な肺臓。  彼女は肺癌で死んだ。  まだ10歳にもなっていなかった。  子供はいたが、その子の行方は定かではない。  ドリーは世界で一番有名な羊で、その姿はどこにでもいる儚げな瞳を持った羊の姿をしていた。  ドリーは儚げな羊の格好をした、本当に儚げな仕掛け時計だった。  僕は逢ったことの無いドリーのことを思い出す。鮮明に思い出す。彼女は白いドレスを纏い、煙管を吹かし、炎症を起こす関節に障らないように、いつも真紅のソファーに座っている。  ドリー。  ドリー。ドリー。  僕の世界は、僕の見えるところまでしかない。そう、宇宙も見えるところまでしかない。僕は火星人を見れなかった。  昔の偉い哲学者は言ったんだ。そのモノの存在を、姿を、鮮明に思うことができれば、それはもう存在しているのだと。  詭弁だろうか。  ドリー。  睫毛に、夜霧が玉を作って、星を映しているんだ。  僕はドリーに会ったことが無い。僕が会ったことがあるのは、真っ直ぐに立って、暮れていく夕陽に向かって吸殻を捨てるドリーだ。  吸殻は陽の光の逆光を受けて、なのにその影は光に紛れることもなく、どこまでもどこまでも、いつまでもいつまでも暗かった。  あの吸殻が消えたら、  助かるんじゃないかって、そう思ったんだ。  ドリー。  もしかしたら、本当に君はあのドリーだったのかい?  君は2003年のバレンタインを境に姿を消した。テレビでは、誰もが 「かわいそうなドリー」  と言っていたけど、誰の目も涙をためてはいなかった。  あの日、泣いたんだ、僕は。  確かに泣いたんだ。  僕は、あの日を境に、何かが圧倒的に回転してしまったように感じる。  何も変わっちゃいない。  何も変わっちゃいないのに。  マーズアタックは起こりはしなかった。  君は、嘘吐きでとびきり優しかったから 「あの夕陽に見えるもの、あれは本当はね。火星なのよ」  最後のときも、そうやってせせら笑って慰めてくれた。  ドリー。  ドリー。  僕は忘れたくない。  哲学者が言ってたんだ。嘘は信じた瞬間に本当になるって。  忘れてしまった優しい人達に混じって、君に消えて欲しくない。  僕は君を忘れないために、いつでも思い出しているために、今日も朝起きて夜死んでまた朝になると起きるんだ。  優しい人達は、忘れられていく瞬間も、僕を咎めたりはしない。  ただ、そっと、存在すら消えていくだけ。  あれは夏で、蝉が特別うるさくて、僕はいつまでたっても広がらない他人の下腹部をしつこくいじっていた。汗ばかり流れて、苦い失敗の記憶は流れることはなかった。  あれは夏で、クーラーなんてたいそうなものは持ってなくて、若い人達は不自然に豪奢なレースの厚着をして、リストカットを趣味にしていた。  あれは夏で、涙も鼻水も何のありがたみも無く、その宝石みたいな価値もわからずに垂れ流して、罵りあうことこそコミュニケーションだと信じていた。  あれは夏で  僕は  あの夏の優しい人達を  狭い入り口を  饐えた匂いの袖を  キッチンペーパーに沁みた血を  あれは夏で  塩水なんかじゃなく、それは涙だったんだと、  今なら言えるのに  あの優しい人達の名前を  思い出すことが出来ない。  ドリーが呼び鈴を鳴らす。  ドリー。  ドリー。ドリー。  君を忘れるのは嫌だ。 「唇が荒れてるわ。胃が弱ってるのよ」  優しいドリー。  ひづめは冷たくて心地良い。 「本当は忘れてって思ってるの」 「本当はね」 「でも今のところはここにいるわ」 「貴方が呼ぶんだもの」    もう煙草を欲しがらない君を見て、僕は必死に気付かないようにしている。  ドリー。  我侭なのは百も承知さ。  ただ、慰めてよ。  せせら笑って。  僕のドリー。      (クローン羊のドリー、       2003年2月14日、       安楽死で永眠。       ※この詩は       『ドリーは吸殻を捨てる』       の続編です)   ---------------------------- [自由詩]忌々しきは恋の凶事/錯春[2007年8月20日0時19分]     コノゴロ巷デ流行ルモノ     恋スル乙女ノ消失     猛暑ユエ蒸発ノ可能性アリ     マコト 忌々シキ事態デアル  まったく、全然興味が無い文面が、どの新聞を見てもズラズラと連なっていた  コノゴロゴロデルルルモノスルスゴロ  巷猛発蒸発消失  忌忌々シキ可能性ノショウシツデアル  文面はほぼ同一で、同一の文面は繰り返されるサイレンさながらに目蓋にはりつく    恋する乙女のショウシツ……    その文面に漂う色香は只者ではない  おぼこい僕はすぐに熱を出してしまい、畳に倒れた  そんな僕を見て、母は  たぷりたゆとうヤカンを額に乗せてきた  お湯を沸かすためであるらしかった  何事も省エネ推奨される時代である  致し方有るまい  どうもこうも恋というものはまったくもっていいところがない  僕が熱を出すのも、うたた寝から覚めると耳朶から花が咲いていることも  すべては恋愛という凶事の所為である  姉などは、今の旦那との結婚を反対されていた時期は  爪は貝殻に  舌は朱肉に  髪はシルクに  瞳は深海魚の如く深い灰緑色に変わったほどである  ある夜、  肩甲骨が痛いので確認してはくれまいか  と不意に起こされたときは閉口した  白々と月の光に浮き出したその華奢な肩と肩との中間に  カゲロウのそれらしき羽虫の羽が浮き出していたのである  僕は両親の寝室へと一目散に走った  婚約が許されてからも、姉の背中はしばらく戻らなかった  ケッタイなものだ  だがそれは姉ではない  すべての恋がケッタイな所為だ  春志乃(はるしの)という女学生が、向かいの家に下宿をしている  気立てが良い子だ、額も白いし髪も豊かで腰まである  彼女とは近所のジャズ喫茶で出会い  舞踏家大野一雄について大いに歓談したのが始まりである  緑色が透けるような肌色をしていて  その肌色は姉のカゲロウ羽を彷彿とさせたので  まさか 君 虫になろうとしているのではあるまいね  と、問うたらば  きょとん、とした後コロカラ笑い  貧血が酷くて血が止まりませんの  と唇をヒソヒソさせて答えた  それはいけない。こんなところで油をうっちゃってる場合ではない。然るべき処置をするべく医院へ行かなくては。そうだそうだ。餅は餅屋、病人は病院。  僕は狼狽え捲くし立てたが、彼女は吼える子犬でも見るような優しい目つきで    女子には七日血が止まらなくても大事ではない傷口が生まれながらございますのよ  あのときの、淡く紅に染まった目蓋を見たのがいけなかった  目蓋を閉じると魘されてかなわない  最近の女人の深淵はまこと怖ろしいものである  しかし  彼女の姿を最近見ない  もしや流行りのショウシツとやらに飲み込まれたのではなかろうか  いてもたってもいられずに  僕は暮れる道へと乗り出した  すべては恋がいけないのである  すべての女子、男子が年頃になると奇天烈な事象を呼び起こすのも、要因は一概にして恋に他ならない  恋をする若者が可笑しいのではなく  若者が呼び寄せる恋が可笑しいのである  僕の乏しい経験からすると  恋に焦がれる女子は得てして虫になりたがる傾向があるようだ  私は貝になりたい、と昔はよく言われたものだが、  昨今ではそれは最早廃れたらしい  馴染みのジャズ喫茶、色褪せた校舎、河縁にもおらず  僕はもう半ば諦めかけて最寄の神社へ行き着いた  ふと 御神木の麓へ目を向けると  青白く発酵する茸がいっぽん、ひょろりと生えていた  あわや、と駆け寄り掘り起こすと、赤いリボンと一房の黒髪に包まれた蝉の蛹が出てきたではないか  春志乃さんのセーラー服にはためいていた それであった  もう手遅れであったのだ  彼女は想い焦がれて蝉になり、こうして冬虫夏草に寄生され、その花のような魂に、暗い帳を下ろしてしまったのである  ああ やるせない なんとせつない  一体どこの野郎が彼女をこんな姿に変えたのだ  僕は柄にも無くめそめそ泣いた  めそめそ泣いたはずなのに、零れるのは涙ではなく、ヒカリゴケの胞子であった  ヒカリゴケの胞子は土へ落ちる前に ふわり と浮かび上がり  金色の萌黄色の糸を引き、僕の周りを覆った    まぁ なんて見事なヒカリゴケ。  飛び起きると  長かった髪をばっさり切り落とした春志乃さんが、リボンの無いセーラー服姿で しゃなり と立っていた    「おまじないを掘り起こすなんて無粋ですこと。」  シャム猫の佇まいの儘、彼女はカラコロと笑った    「どうして髪を切りなすったんです、辛い恋でもしたのですか。」  「女が髪を切るのは何も失恋に限ったことではございませんわ。」  「だからって、勿体無いほどの緑の黒髪であったのに、切るのに如何程の理由があると言うのです。」  「あら、忘れてましたの?呆れたこと。私の試験が終わったら、暮れた頃に境内で逢いましょうと仰ったのは貴方ではありませんか。」    彼女は僕に纏わりつくヒカリゴケを掻き分けると、僕の手をとり立ち上がらせた  似合いませんこと?短いのもきっと映えると、貴方が仰ったのよ。  彼女の手は変わらず細く、魚の骨のように繊細で冷たかった  よくよく見ると、爪が桜貝へと変化しているではないか   境内の奥、賽銭箱の辺りに 碧く発光する巨大なオニヤンマの羽が落ちているのに気付く  だがそんなことは関係ないのだ 何もかも  ヒカリゴケが鬱陶しいほどにビカビカと光っている   僕は彼女を抱き寄せて言うのだ  「ああ、お似合いですとも。とてもとても見惚れてしまう。」    すべては恋愛という凶事の所為である。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年10月25日18時05分] あるいくつかの凶暴で傲慢な視界について。 団地に女の子が一人、生活をしている。名はモモヨ。彼女は半年おきに形態を変化させる。緩やかに30キロ太り、緩やかに30キロ痩せる。何度もそれを繰り返し、家族も友人もペットもそれが彼女の生態系のひとつだと思って、慣れっこになった。 モモヨは醜いわけではない。かといって綺麗なわけでもない。それでも彼女はヒステリックに騒いだりはしない。どう変化しようと、なりたくてそうなったわけではないが、とくに恐れてもいなかったから。 変わらないのは物心ついたときから長い髪の毛だけ。 彼女の「切らない染めない気にしない」の信念をもとに、一年にきっかり12センチ伸びていく(でも手入れはしている)髪の毛。 偶然にも、彼女の髪の毛は美しく、柔らかく、そして羨望の的にさえなった。 しかし、それも一番最初は彼女の母親の「女の子なんだから」のエゴから始まったことであることを、彼女は知らない。 それは幸いである(彼女は髪にアイデンティティを感じているから) 幸いである(彼女は今しか考えられない、だから今伸ばされている髪がいつのしか陰毛のように縮れて抜けていくことなんて想像しない) 幸いだ(彼女は母子家庭で育ち、田舎を知らなかったので、故に老人を見たことがなかった) 自分の範疇を越えるものを見たことがなかった。 そしてクリーム色の浴室でぼんやりとフトモモを撫でる。 今はそんなに太っている時期ではないが、何度も膨らんでは痩せるから、皮膚は弛んでたぷたぷとしている。 もう長いこと、男の子とデートをしていない。 モモヨは自分が太るのは、男の子との定期的な交際が無いからだと頑なに信じている。恋をしないから、肉体が膨張するのだと。ペニスを刺されることによって、溜まった澱が外部へ流れていくのだと。 (だが、彼女は愚鈍であるが少女ではない。本当の少女というものは、何かの手段のためにセックスを用いたりしないし、例え一度たりともセックスを面倒なものだと思ってはならない) モモヨは夢想する。 まだ出会ってもいない男の子のペニスの味を。 (今度恋をするとしたら、求められるからといっていやらしいことをするのはやめよう。暗闇の中で、どうしても濡れないからといって、こっそり自分の体に唾液を塗りつけて知らん顔でいるような、そんな恋をするのはやめよう) 彼女は浴槽でいつも夢想する。それが胎内にいたころからの癖になっているからだ。 (きっときっときっときっとずっとずっとずっとずっと誰もこともあいさないままあいされないままじんせいがおわったらどうしよう) モモヨは自分のことを、ものすごく可哀想だと思う。そして、こんなにも哀れな自分こそ、誰かに愛されるに値するのだ、とも。 (がむしゃらに夢中になれるものが人が、正直なんでもいいからほしい。そんなことは若いうちしかできない) でも。何かに夢中になるっていうのは、すぐ飽きて嫌になるってこと。 中学生の男の子がいる。場所は、塾をさぼって訪れたコンビニエンスストア。名はハルオ。 彼は大人びた顔をしていて、女の子にもてて、パピコを半分こする親友だって、いる。 それよりも何よりも彼のステイタスとなっているのは、女子大生と交際をしていることだ。 ハルオはものすごく高いプライドを持っていて、それを傷つけない為に、相応の努力もした(それは運動会で一番をとることだったり、皆に嫌われているホームレスを率先してリンチしたりすることだった) 最近の英雄は、正義をだらだら垂れ流すだけではなれない、ということを、生まれたときからよく理解していた。 だから、同級生でなく、幼馴染でなく、女子大生と交際をしたのだ。うっかり自分達のテリトリー内でくっついたりしたら、冷やかされたりノケモノにされたりするだろう。それを熟知していたからだ。 ハルオは中学生らしいリアリズムをもってして、呟く。 (精神の悪いところは、心の中でどんだけひどいことを思っていても、世界には何の影響も出ないとこなんだ) もっと簡潔にいえば、身体感覚は自分を裏切らない、ということらしかったが、そこまで斜に構えるのは恐ろしかった。 一種のブランドのように、彼は年齢を認識している。 社会に出たらそんなことは問題無くても(つまり年齢なんかよりももっと残酷な目で評価されるということ)、今、彼は年上の女子大生と交際をしているということに意義を感じている。 要はその女子大生が何者なのかは関係が無い。 彼は恋をしらない、愛も。だからこそ、自分がもてていることに気づいていない。 (やろうと思えばいつだって、恋愛なんかできるんだ) なんの疑いも無く、そう考えている。 それがとんでもなく無様で、彼にとっては「敗北感」に近いものであるということを彼は知らない。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年10月27日12時29分] 混乱と欲望はとても仲が良いことを理由に疾走する視点について。 マリオは疲弊していた。指名が途切れてようやく休憩にありつけた彼女は、他の女の子逹とべちゃべちゃ話すのが嫌でひとりぼっちでビニールマットレスの上に体育座りをしながら、冷凍食品のエビドリアを手掴みで食べていた。 彼女の口はたった15分前も白いべちゃべちゃしたもの(それは男が放出したものであり、彼女はそれを吐き出す)を受け止めていた。 今も口の中には白いべちゃべちゃとしたもの(それは清潔な工場のラインで製造されたもので、彼女はそれを吐き出さない)を頬張っている。 マリオは口の中にホワイトソースを溜めながら、そっと窓を開けて空を見る。 (今頃、私の小学校時代の同級生のうち何人が洗濯物を干して昼ドラを見てるのかしらん) マリオは半月前に同棲していた男と別れたものの、今更守るべきものなんて無いので、未だに名前も知らない他人のペニスを口に含む仕事を続けていた。 大体の男逹は彼女を説教する、又は馬鹿にした(男逹は嘲笑えない存在を愛せないので、その点において彼女は愛玩されやすい性質だった) マリオは裸の尻の下に、湿ったビニールマットレスが貼り付くのを感じる。 (なんでもっとはやいうちに、沢山本を読まなかったんだろう。あのときの自分に言ってやりたい。今頃後悔してること) 彼女は間違っても自分がいましている仕事の不潔さや後々どう感じるかについて考えあぐねたりはしなかった。 それは聡明さの証でもある。 その証拠に、彼女は幼い頃からちゃんと本を読んでこなかったことを何より後悔していた(今、彼女と同じ年齢でそんなことを本気で思う女の子が何人いるだろう)。 そして自分が頑丈で、他愛ないセンチメンタリズムで見せしめにリストカットをしたりしないことを知っていた。 (やんなるわ。泣けもしないのよ、空が青くても恋人がいなくても。ああ、あの娘なんて他人のちんぽと愛情を混同しちゃって振り回されちゃって、深夜の新宿カラオケ舘のトイレで泣きながらゲロっちゃってたぐらいなのに) マリオは名前も思い出せない皮膚が不自然に弛んだ女友達のことを思い出す(名前が思い出せない相手が友人としてカウントされるか否かについてはまた別の話) 気が付くと、いつの間にか口の中のドリアは消えていた。 意識しなくても、身体は食物を飲み込めるのだ。 (私、こっからの人生で悲しくてゲロ吐くくらい泣くなんてことあるのかしら、なんて。多分、いやぜったい?いーや、ずっとねーよ) 自分で自分を卑下しても、涙が溢れないのは、マリオが巷の女の子と同等の幸せにありつけないことの証だった(何故なら大体の女の子はヒロイズムに弱いから、一番心地好く泣けるのは自分で自分を哀れむことだ)。 彼女は稀に思い出す。 中学時代にとことん苛めぬいた同級生のことを。 あのときほど、周囲の期待に沿う行動をしたことがあっただろうか? そして、自分がどうしたらギャラリーの皆さま方(いじめられっこ含む)を愉しませられるか、考えたことがあっただろうか、と。 (何が悪いことで、何したら地獄に落ちるか、わかんないなあ。今だって、ビニールマットも嫌いじゃないし、ご飯は食べれるし、別に不幸じゃないからバチが当たったって思えないし) そもそも、彼女は大概のことでは傷付かない、傷付くことができない。 都合良く傷ついたふりをして、悦に入ったりできない。 でも、世の中に何人の人が、自分のしてきたことを、ここまで素直に受け止められるだろうか。 そして、彼女はきっと簡単には愛を得られないだろう(巷には勘違いと考え違いを導火線にした恋愛が呆れるほどドラマチックに大手を振っているから) その代わり、真実の愛という、天然記念物みたいなものを手にする権利を持っている。 それも彼女がビニールマットレスの上に飽き飽きしてから(また飽き飽きすることができれば)の物語。 カンスケはベランダに座っていた。 びたみんでぃー、は、日光浴しないと作られない。 そんな理由をあとづけして、今の状況を楽しもうと努力していた。 部屋の中では、友人カップルが仲直りのセックスの最中で、別に仲間に入っても良かったが、正直そんなに好きなことでも無いので、こうしている。 カンスケは、タバコも酒も読書も出来ない自分を、こういうとき本当に嫌になる。 さっきまで暇潰しになると思ってやっていたセックスは、友人カップルのセックスが始まったことで中断になってしまった(友人カップルの女の子の方がねだるので、カンスケは何となくセックスを始めてみたのだが、途中で友人カップルの男の子の方が泣きながら訪ねてきたので、急いでパンツをはき素知らぬ顔をしなければならなかった) (不完全燃焼は一番いくないのよね) ポケットに入っていたミルキーを舐めながら、カンスケはズボンの中で萎え掛けのペニスを思い出す。 彼の顎は尖っていて、浮かび上がる骨は茎のようだった。 「生々しくないこと」は彼の魅力であり、また愛されにくさでもあった。 彼は、性別問わず、何人かの人間と恋人になったことがあった。 それは彼が優しくて、その気になれば誰とだって恋愛ができたということになる。 つまり、誰も愛していないから、誰だって愛せるということなのだ。 (超超超超超ヒマ。なんだってこんな良い天気に、俺は朝から女の子の涙を見たり、行き場をなくした精子をなだめなきゃなんないんだ。あーあーあ、せめて料理ができればいーのにな。あいつらが済ますまでに、俺は美味いカルボナーラをこしらえてやんのにさ) カンスケは心の底から友人カップルのセックスが早く終わることを祈った。 彼は優しいが、他人のセックスに対して、どうしても辛口に批評してしまうのが人間だから、その苛立ちも致し方無かった。 (なのに、カンスケの安いパイプベッドの上では未だ合体の気配は無く、いまだにねちっこいシックスナインが繰り広げられていた) 彼は思う。 なんて、人間のセックスは、グロいんだろう、と。 また彼は思う。 でも、動物だって言ってることが解らないだけで、言語が同じだったら、同じように気味がワリイもんなんだろな、と。 彼は「えーぶい」が嫌いだったが、自分がセックスをするのは可能だった。 何事も、自分が関わると、冷静に見れないから。 彼はそこらへんの微妙な心理を、熟知していた。 (ここで「本当はお前のことが好きなんや!」って、この窓を思い切り開けたら、あいつらびっくりして膣痙攣起こしたりするかしらん) 愚弄なことを考えながら、カンスケは向かいの大きな一軒家を眺める。 一軒家には、色素が薄い、線の細い、顎が尖った、浮かび上がった骨がシャーペンの芯のような、そんな子が住んでいた。 つまり、その子が男か女か解らなかったが、そんなことはカンスケにとってはどうでも良かった(実際彼はどちらともセックスの経験があった) ピンと来たのは、自分と似ていると思ったからだ。 人は似すぎていると愛し合えないが、そこそこ似ていないと会話すらできないことを彼は知っていた。 (部屋の中では、唇をアルファベットの「O」の形に歪ませた女の子が、何らかの後ろめたさによって、男の子のペニスを膣で絞り上げようと、両足をピンと伸ばして脂汗を流していた) カンスケは口の中のミルキーがいつの間にか消えていることに気付く。 無意識でも、人間は食物を飲み込めることにも、同時に気付く。 空は雲ひとつ無い。 なのに、別段美しいとも思わない。 肌の上ではびたみんでぃーが生成されていく。 要は完璧な悲劇に遭遇できないことが、僕らの悲劇の最たるものだ。 なんて、 ちんけなリアルを呟いて安心できるほど子供ではない。 (ベッドのバネが軋む音が静まる) カンスケのペニスは痛いほど勃起していた。 向かいの大きな一軒家のあの子と、一発ハメテみたいと、無意識に願ったからだ。 彼は自分のペニスを「困ったもんだ」と軽蔑する。 (ああそうですよ、あの子とエッチしたいです。明日のゴミ出しのとき、偶然会えたりしないかな。そしたらなるたけ人懐こい笑顔で挨拶しよう。不純でしょーか 神様?) 誰も咎めたりはしない。 もとより、多くのことは今更咎められたりはしないのだ。 神様をみだりに呼んだりしても。 それでなくても彼の願いは純粋だ。 「ホテル代、昼飯おごってちょ」 カンスケは窓を開けて、下着だけをまとった友人カップルに笑いかける。 なぜ、彼は窓を全開にしたか。 ただ単に。 空気の入れ換えをしたかったからだ。 精液と潤滑液と唾液の臭いが染み付く前にすみやかに。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年10月29日1時01分] 緩慢な衝動を抑制する際に生じる痙攣的な視点について。 何度呼び鈴を鳴らしても、つい数時間前まで恋人だったはずの人間が電話に出ることはなかった。 ミカヨはうんざりしていた。 身体中から魚を炙ったような臭いがしている気がしたからだ(実際には、それは魚ではなく紛れもない人間の体液から発する臭いだった) 世の中には、何種類か人間がいる。 ニキビができやすい、とか。痔になりやすい、とか。やたら愚痴をこぼされる、とか。陰口を言われている場にうっかり遭遇、とか。妊娠しやすい、とか。あと、何か色々諸々。 ミカヨは、輪されやすかった。 直接的な言葉を使えば、彼女は今回でレイプ経験が三回目だった。 (……普段はしらんふりしてるのに、こういうときだけカチカチになって、最悪っす) それは彼女が人並みに愛らしかったことと、包容力が有りそうに見えることにあった。 ミカヨは決してアバズレではなかったし、ビッチでもなかったが、少しだけ雰囲気が緩かった(事実、彼女を散々楽しんだ輩は、レイプ犯であると同時に、親しい男友達でもあった) 彼女は自らに原因があることにうすうす勘づいているが、それを呟いたりはしない。 (だって、口に出したら、音になって自分の鼓膜に届いたりしたら、みんな事実になっちゃう気がして恐いじゃん) そう、どんなに分かりきっていることでも。 自分がそっぽを向いていれば乗りきれることを、知っていた。 ミカヨは携帯を放り出して、エビアンのペットボトルを口につける(それは彼女の顔に精液をぶちまけた男の子が、全部終えた後に、やっとのことで思い出した優しさで与えてくれたものだった) (なーにが三人も相手にして疲れたでしょ、ごめーんね、だ。一回くらいならやってもいいと思ってたけど、今回のことで金輪際ヤらないって決めたからな) ミカヨはボタボタ涙をこぼした。泣くのは楽しい。泣くのは疲れるけど、身体がしんどいときは、きちんと涙を流さなくては駄目だ。精神がしんどいときは、ただ痛み入ればいいだけでとってもお手軽だけど、身体に起こった痛みは、身体を通して処理をして然るべき。 よく、はき違えて発散している人を見掛けるけど、それってものすごく不健全。 (でも、こんなんでも半年後にはまた次の片思いとやらをちゃっかりエンジョイしてたりすんの。げんきんだなーあたし) ミカヨは、何人もの雄に交互にペニスを突っ込まれたことを、動物に置き換えて考えてみる。 繁殖期の猿や鳥は、何匹ものパートナーをとっかえひっかえらしいけど、その猿や鳥逹はいちいち名前を呼び合ったりはしないし、時間差で突っ込まれたからと言って、錯乱して弁護士に電話したりしないだろう。 いちいち、生殖にこだわりすぎるから、いらぬことまで悲劇に仕立てあげてしまうのだ、と(だが、彼女は人間が個々を判別するべく名前という薄皮な個性を用い出した瞬間に、同時に自分だけの悲劇をも欲したことを知らない) ミカヨはもう恋人の名前を忘れていた。 彼女の恋人は、彼女を自らの完全な所有物とするために、友人らに彼女の身体を提供することを許可したのだ(もちろんそんなことを彼女は知らない)。 それによって彼女が永遠に離脱してしまうことも予測できないほど、恋をしていた。 または、悲劇的な自分を夢見ていた。 (会いたい会いたい今すぐ会いたい。胸の底からほどけていって、息すら止まってしまうような、あの人に会いたい。 でも、いったい誰に?) 彼女は見当もつかない。 (仮に思い出せたとしても、それは彼の植物の茎のような骨、また臭いを感じさせない無機質な肌) 彼女は、自覚していないだけで、ずっと煉獄のような恋をしていたのに。 (思い出せないのに、変なの。ナンセンスだっちゅーの) ミカヨはティッシュペーパーで鼻を噛む。風呂に入らなければ。もう冬なのだから、裸のままではいられない。 そして、彼女はバスタブにお湯を溜めきる前に、この恋をまた忘れてしまう。 そう、いつだって。 大切なことは、一番始めに忘れてしまうのだ。 だけど心配する必要は無い。 真に大切にするってことと、近づかないのは、何が違う? 鉄棒で足掛け前回りの練習をしている、中学生が独り。ケイシは運動が嫌いだ。だが、体育のテストで馬鹿にされるのはもっと嫌いだったので、必死に練習をしていた。 確実に失敗をしないと確信できるまで、あともう少し練習した方が良さそうだ。 ケイシは、その年頃の中学生がそうであるように、ある種の病的な、または荘厳なる精神を持って、ひとりぼっちでグラウンドにいた。 ざわざわ鳴るのは、ケヤキの樹か、それとも、土手を隔てて広がっている茅の群れか。 ケイシは、ため息をついて、鉄棒の上に腰かける。 (桜の木の下には、死体が埋まっているていうけど、地球上に生命が存在してから、死体が転がらなかった場所なんてあるの?) ケイシの妄想は、口に出すのも恥ずかしいくらいに、甘口なロマンティックさを持っているように思える。 だが、彼は実際に死体を見たことがある(それは高齢の親族との離れが進んだ現代では、とても珍しいことだった) しかも、それは昨日の夕方のことだ。 (すっかり理科の標本みたいになってたけど、もっと早く見つけてれば) なぜ、「もっと早く」と思ってしまったのか、彼には解らなかった。 つまり、彼にとって、死体はリアルではなかった。 網膜にいくら焼き付けても、気配はアメリカンジョークのように、彼を通り過ぎた。 (彼は無意識の内に死に動じない自分を否定しようとしていた。彼は死を禍々しいモノだと教わりこそすれ、こんなにもニュートラルなモノだとは教えられなかったから) 彼はいちいち同じ国の人間が1人死んでいたからといって、騒ぎ立てるつもりは無い。 もし、目の前に質量を伴った存在が現れたことに動揺なんてしてしまったら、テレビの向こうの悲劇は、最早悲劇ですらなくなってしまう。 何より、彼はニヒリズムを気取りたかった。 (僕はアレを警察に届けるだろうか。それとも、女子大生と付き合ってることをひけらかしてるクラスメイトを連れていって、度肝を抜かさせて遊ぶのかもしれない) 彼はまた、自分の行動を自分で予測することも好きだった。 ケイシはふと、バランスを崩し、転倒を避けるために、グラウンドに飛び降りる。 そこでようやく頭の端に、今日は絵画の塾の日だったことが思い出される。 彼はしぶしぶリュックを背負い、鉄棒に背を向ける。 (いや、やっぱり忘れることにしよう。あの茅の中に、僕は何も見なかった。または、見たとしても、それは何でもないつまらないことだった、なんて) 忘れること。 それは彼にとって、今すぐできる最高にクールな行動であるかに思えた。 事実、皆が騒ぎ立てるニュースになる可能性を秘めた出来事に遭遇しても、「何ともない自分」を想像することは、凄く格好良かった。 だが彼は、自分が必ずしも自分の思い通りには動かないことに、まだ気付いていない。 彼が、今後とるであろう行動。 ?絵画塾の前に、もう一度見に行く ?やがて本当に草木が枯れる季節になるまで、通い詰める ?彼と同じく、偶然死体を見つけた誰かと遭遇する ●そしてすべて忘れてしまう。 ???は、彼がこれから起こすこと(もしくは彼に起こること)。 ●は、彼が一番望むことだが、彼はそれを実行できない。 それは、彼にとって、やはり死体はアメリカンジョークであり、大切なことではなかったから。 大事なことだけが忘却に値すること。 彼はそれに気付けないがために、しなくても良い苦悩に苛まれることになる。 だがそれも、 恋愛や、 ちんけなリアルや、 コンビニエンスな感動が、 数年後に彼にふりかかるまでの僅かな間の物語。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年10月30日1時26分] 倒錯する渇望の交差する点のみを見据える視点について。 醜く醜く醜くあるように。 美しく美しく美しくあるように。 それらはとても似ている。ミナは実際にそのどちらの欲望も持っていた。彼女の生まれ着いての情緒不安定さが、夜布団に潜り込む前に、決まってそれらの呪文を唱えさせる。 (明日は今日より醜くあるように) 夜の暗さがミナを自虐的な方向へ押しやるのではない。夜になると、暗さに紛れて地べたにベトベトと癒着していく若者(またはその若者達の汚れた爪の垢、また、露骨なスケベ心)が、彼女の敏感な神経を削りたてて、それらの呪文を唱えさせる。 ミナの姿を文章に比喩させようとしたとき、大概の人々は彼女の髪型や服装から、彼女を切り取ることを始める。 彼女は、特に特徴のない、問題のない、いわば普通の(彼女は嫌がるであろうが、彼女は彼女の最も嫌がる若者達と大差ない)顔を持っているからだ。 彼女は己の容姿の平凡さを呪うわけではない。 彼女が願うのは、自分がこれ以上くだらないこと、容姿や恋愛沙汰に囚われないことを願って、それらの呪文を唇の内側で反芻する(なぜなら彼女は、失恋したばかりだったから)。 (明日目覚めたら、ランコムのパックでも半身浴でも、RMKのファンデーションでもどうしようも出来ないくらいに、私の顔が崩れていますように。具体的には、ぱんぱんにまぶたが腫れたり、にきびが一面に出来たり、真っ黒いクマが染み付いていますように) ミナは自分の顔が、その平坦さ故に、どうとでも変化することを自覚していた。 自分が一昨日カフェテリアの隅っこで恋人に振られたその瞬間、自分が陶酔してきた数々のことがすべて道端の虫の屍骸以下にどうでも良いことのように思われた。そしてそのとき思ったのだ。 「もう二度とこんな浅はかなことに巻き込まれるのはゴメンだわ」 そして、それらの煩わしいことに取り込まれる原因が、一概に自分の容姿の平凡さにあることに気づいた。 人は同じような人としか、触れ合うことが出来ない。 平凡な容姿であり続けることは、おのずと多くの平凡な方々に取り込まれやすいということでもあった。 ミナは日本人らしい考え方で、夜眠る前に呪文を唱える。 (もうあんな人達に弄ばれるのも、相手にするのもまっぴら。蔑むことすら馬鹿馬鹿しい。あーうん、でも、私がもの凄く綺麗か、もの凄く醜いか、そのどちらかだったら、なんらかの運命の相手とやらと、出会いやすくなるかも。どうせ綺麗になんかなれっこないから、この際醜くあろう。落ちることは簡単だものね) ミナは、運命と極端さを混同していた。 彼女は自分で自分を納得させて、また息を吸い込む(何度も呪文を唱えるために)。 (醜く、醜く、醜く、あるように) (そして願わくば、そんな醜い私に、唯一無二の運命の救世主があらわれますように) ミナは姑息にも、神様すらだまそうとしていた。 でも、彼女は重大なことに気づいていない。 救世主は、自ら墜落した雛鳥を、その手で救い上げることはない。 そしてもう一つ。 美しさは特別である。 ミナはそれは痛いほど理解していた。そして自分の平凡な容姿がその特別さを得られないことを(そもそも思想の段階からスタートしない時点で、その美醜はまがい物である)。 そう、そこで、 醜さもまた赦されたもの達だけが持ちうることである。 タマトは自分が約●千分の一の確率で存在する代物だということを、早々に理解していた。 どこぞの偉い心理学者の方が仰ることには、 「幼少時、母の裸を見てペニスが存在しないことを知り、トラウマになる為、男性はフェチシズムを持ちやすい。女性は逆に母を見て同体とみなし、故にフェチ癖等は希薄になりやすい」 のだそうだ。 理論として、その意味は全くわからなかったが、彼は自分が何者にも焦がれたことが無いのは、なるほど、そこに要因があるのだ、と素直に思った。 タマトは、もう十七歳になるのに、自慰をしたことがない。 物理的な刺激以外で、快感を得たことがないのだ。 タマトは、女性ではない。 彼は、股間にペニスと膣、その両方を持ちうる存在だった。 (欠損、去勢を恐れる精神が、その病的な固執、フェチシスムを生み出すとしたら、僕はどちらも得ているから、恐れるとか、そういうの、感じないのかもな) タマトは貧弱な胸を摩りながら、そっと向かいのアパートを見上げる。(向かいのアパートには、タマトと同じくらいの若者が多数住んでおり、時折、セックスに勤しむ裸の尻が窓から見えたりした)。 タマトは己の身体のことを、あまり深く考えない。考えれば考えるほど、安っぽいナルチシズムに食い荒らされる気がしたからだ。 タマトは、自らのペニスを扱きながら、カレンダーの日にちを数える。次の生理が来るまで、あと数日だった。 (僕は一生セックスなんて出来ないのかもしれない。多分、僕が僕の裸を見たら、ドン引きするし。いや、僕が僕を見ても変わりないか。僕が女か男で、女でも男でもない僕を見たら……やっぱりドン引きするよな) タマトは自分のことを決して「男でも女でもある」とは考えなかった。 「男」だの「女」だのといった概念は、なんらかの欠損によって成り立つものであるからだ。 どちらも得ていることは、どちらも得られないことと一緒だった。 (タマトは自らのペニスの下にある膣が、自慰の刺激によって少し潤んでくるのを感じる) 向かいのアパートのベランダに、いつの間にか半裸の男の子が座り込んでいる。 タマトはぼんやりと、視力の弱い瞳でその男の子を見つめる。 男の子の肌は自分と同じくらいに白く、滑らかそうだった。 (アイツはきっとセックスしたことあるんだろうな。羨ましいな) 素直な羨望の感想を述べて、タマトは自分をいじくる指の動きを早める。コスプレ、陰毛、肉体改造、獣姦といったフェチシズムが存在しない彼にとって、セックスにおける劣等感がもたらす羞恥心が、自慰の一番のオカズだった。 (明日、ゴミだしのとき、もし誰かに声を掛けられたら、そいつとセックスをしてやろう。それが男だったら、僕が膣口を、それが女だったら、僕がちんちんを使えばいいことだ。うん。あー。だめだめ。イキそう) タマトは放出の快感に身体を痙攣させる。 いつの間にか、向かいのアパートの男の子の姿は消えていた(ちょうど昼時だから、カルボナーラでも食べに行ったのだろう)。 彼は涙をたたえた瞳で、手のひらの精子を見る。 彼は決して浅はかではない。 性行為は常に涙と共に存在する。 (……なーんてね、そんなこと、あるわけない) そして、発射後の冷静な頭で、数分前の自分の誓いをあざ笑う。 しかし、彼は聡明である。 性別がなんらかの欠損を元に形作られること。 そして、性別にはもう一つ、その存在の立証の方法が存在する。 それは自分が欲する他者の為に、自分の性の役割を認識すること。 彼の自慰行為の最中に咄嗟に思った妄想は、それを暗示しているものに他ならない。 (タマトは、ペニスの処理を終えたあと、トイレへと立ち上がる。 濡れた膣を、ビデで洗浄するためだ) 果たして、彼は明日、いつものようにゴミだしをする。 そしてそこに誰が待っているのか。 それとも、誰にも遭遇し得ないのか。 どちらでも構わない。 そのどちらにしても、彼にとって、自分の性器から逃れられる期間なぞ、限られているのだ。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年10月31日1時28分] 驚愕が飽和した視点について。 常にマスクをしている少女がいる。彼女は、カサついた頬を風にあおられながら、息を殺して川辺の茅の中に紛れている。 はじめは花粉症だった、が、気付けばもう長いことマスクをつけている。彼女が通う絵画塾のクラスメイト逹に、彼女のことを尋ねれば、「ああ、あのマスクの」と相づちを打たれるくらいに長く。 彼女の名前はキヌホ。 彼女は、口元に、言い表しがたいコンプレックスを持っていた。 骨の一部を露出して、粘膜をべろんと突き出せる場所なんて、他を探しても見当たらない。 (気味悪い。なんで皆へーきな顔してグロスや口紅を塗りたくれるん?なんで、粘膜をイビツにすぼませて、ゲラゲラゴロゴロゲラゲラゴロゴロ……) 思春期に等しく訪れる潔癖症に、キヌホは苛まれている。 彼女は、その瞬間に感じた不快感を不満として言葉に出すことはできたが、自分が果たして何に対して根元的な不満を感じているのかは、口に出すことができなかった(多くの少女は不満を持つ。それは時としてその衝動の激しさで少女自身をも燃やす)。 彼女は、あるひとつの、猛烈な意思を持って、呟く。 (私、今、誰のことも好きじゃない。きっと自分を好きじゃないから。なんて。あーぁ、あーぁ、何でこんなに寒い?何でここにいる?このまま風邪をひいて、肺炎おこして死んで、そしたら皆すぐに私のことを忘れる) キヌホは破滅する自分を想像して、樮笑むことが好きだった。 今、彼女のマイブームは、「忘れ去られる自分」を想定すること。 (人は二度死ぬ、一度目は肉体的に、二度目は忘却されて) 使い古されたフレーズだったが、今の彼女の少女らしいレースで編まれた絶望には、おあつらえだった。 (キヌホは、行き場をなくして茅の中を歩いているうちに、なにかを踏みつけて立ち止まる) (それは、グレーの色褪せたパーカーに包まれた、上腕骨) (肉が消え失せたそれは、キヌホのスニーカー越しに、湿った温度を伝える) そこにようやく、少年が到着する。 少年は、キヌホを彼(もしくは彼女だったもの)に会わせるために、彼女をここに呼び出したから。 少年は、足元の白っちゃけたカルシウムの塊に視線を落とすキヌホに、じっと目を凝らす。 キヌホは、考える。 (とっくの昔に、少年が背後に立っていることに気付いていた) 死体の持つ、ネガティブでパワフルなインスピレーション、そして衝撃。 死体との遭遇で、壊れてしまうことは、少女にとってふさわしい破滅かに思えた。 (だが、あらかじめ予測できた流れを自然と呼ぶならば、彼女が直面した事実は、破滅ではない。 希望、もしくは純粋な哀願。 しかし、それはあくまでも「ふさわしい」枠組みである。 そして、名前は必ずしもふさわしくある必要は無い。) 彼女は思う。 (人がどこでどうやって死ぬかなんて、よほどのことが無い限り、わかんないし。ここで偶然死んだとしても、それって全然自然だし。死んだら腐るのも自然だし。こうならない方がおかしいし) そして、彼女は振り返る。 順当な流れで、少年(彼は絵画塾のクラスメイトで、今、この瞬間に初めて声を交わそうとする)と出会う。 (死よりも生よりも、不自然なことが始まろうとしている) ねえ、キスとやらを、かましてみようか? キヌホは微笑む。 踵に妙に軽薄な骨の堅さを感じながら。 彼女の微笑みは、マスクを通して少年に伝わる。 色褪せたシーツの上に、ケイタは大の字で寝転んでいた。 女の子は、30分前に帰ってしまった。 (カラオケ付きとか言われても、今更1人で歌うのもなー) ケイタはうんざりしていた。 なんで自分は女の子に優しくできないんだろう。 もとい、なんで女の子に触りたくないんだろう。 (めんちいのよね、いちいちキスしたりおっぱいしゃぶったり。されるのは平気なんだけど) 彼は優しくないわけではない。ただ、女の子に「アンタって優しくない」といつも言われるので、自分のことを誤解しているだけ。 だが、彼に責任はない。元より、愛していない相手に、触れと言う方が無茶な話なのだ。 (女の子の方も、勿論それを理解していないわけではない。ただ、行動について、常に明確な理由を求めることが、女の子には多いだけだ。たとえそれが虚偽だとしても) ケイタは枕元に転がったコンドームを手に取る。 中にはまだ暖かい精液がたぷたぷ揺れていた。 彼はのそりと起き上がり、ジャグジーバスへと歩み寄る。 (しなくていいならしないのがいいよ。ほんと。俺はwiiとか、PS3とか、X-BOXとか、そーゆーのをしたいの) コンドームを蛇口にくくりつけて、ゆっくりと水道を捻る。 ケイタは、女の子逹に対して、申し訳なく思った。 自分がいつも悪者にされるのは、自分がペニスという凶器を持っているからなのか。 では、膣は罠に他ならないのではなかろうか。 そんなことを考えないでも無かったが、今では顔も忘れてしまった女の子逹を呪うには、彼はあまりに優しすぎた。 コンドームが水を飲み込み、大きな滴型になって、蛇口に垂れ下がる。 (でもね、おねーちゃん逹。俺、アンタ逹とやったこと、忘れてあげないよ) 忘れないということは 思い出してあげないということ。 ケイタは膨らんでいくコンドームを眺めながら、裸のペニスを撫でる。 肛門が少し痒かったので(興奮した女の子がべちゃべちゃ舐めたことが原因か)、裸なのを良いことに、ジャグジーバスに身体を沈めた。 目の前でコンドームはどんどん膨らんでいく。 なにかを孕むかのように。 ケイタは大切なことだけ、忘れることにしていた。 それは授業参観のときに珍しく白粉をはたいた母親の顔だったり、やたら「ごめんね」を繰り返しながら処女をくれた同級生だったりした。 (あー、俺もはやいとこ「初恋?そんなこたぁ忘れたな」とか、ほざける男になってみたいでちゅ。なんちて) 彼の当面の目標は初恋を忘れること。 きっとそれは、思い出した際に、甘美な痛みを与えてくれるだろう。 だが、それもすべては憶測。 だって彼は恋をしていない。 (不意にコンドームの皮膜が限界値を越える。破裂した水と精液は瞬時に飛散して、狂暴な霧になる) いひゃしゃひゃしゃひゃ!! ケイタは思い切り笑ってみた。 ここは笑うところかな?と思ったからだ。 (だがそれに応える者はいない) 彼はたまに、こうして無理をする。 孤独であるときに、そんなことをする必要は無いのに。 ジャグジーの泡の中で回転するゴムの脱け殻を見つめながら、彼は夕食を誰と食べるか考える。 (焼き肉、そーだ七輪焼き肉食べに行こ。どーせあいつのことだから、きっとヒマしてるに決まってる。何だかグロッキーだから、とびきり楽しく肉を焼こう。 ところで、精液風呂ってお肌に良いの?) ケイタは風呂から上がって、早々に部屋を出る準備をする。 こんなとき、俺のことを「お前サイテーだな」って言ってくれる友人がいて良かった。 (俺が悪くて、そーゆーことにしとくのが一番いいんです) それは自己犠牲の精神。 神様には嘲笑されるかもしれないが。 彼はその精神のおかげで、今日も誰も呪わずに、眠ることができる。 腹の虫が鳴る。 ケイタは、これで空腹という調味料を手に入れて、満足に焼き肉を食べれることを確信する。 (それでいーじゃん?充分じゃん?) ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]昨日は孤独な世界?/錯春[2008年11月1日12時47分] 延長線上にある行為の変質を目の当たりにしてしまった視点について。 電話されやすい人間と、メールされやすい人間は、確かにいる。 それは頼りにされているとは限らない。 はけ口にされているのだ、端的に言うと。 リマは携帯を耳から少し話して、頃合を見計らって、「うん」「マジかー」「ちょ、へーきなん?」と適当な相槌を打つ。 (何が失恋だよ。どうして終わってしまった物語を垂れ流す?誰かに何かを話すことは、その物語も何本も伸びていくことなのに。この娘達ってそこらへん理解してるのかね。それとも、知っておきながら、周囲を楽しませる為に一大エンタティメントにするべくふれまわってるの?) 毒づきながら、ブスブスと何かが焦げ付くのを感じる。 傷つくのは誰にでも等しく与えられた権利だから、それを使ってストレス発散しようというなら、好きなだけすればいい。 でも、アンタタチがいつまでたっても同じような悩みで、電波に悲劇を乗せているのは、ひとえに真剣ではないからだ。 今回の電話だって、友人が本気で悲しんでいたとしたら、リマは電話なんかやめて、居酒屋へでも誘っただろう。 だが、その悲しみも、ロクシタンのボディクリームを塗ってうっとりすれば、すぐに跳ね除けられたりするんでしょう? リマの住んでいるアパートは築40年で、傾いた階段の下には、いつも猫餌が詰まった歌舞伎揚げの缶が放置されていた。 雨が降っても降らなくても、猫餌はぶよぶよとふやけていて、ゲロにそっくりだった。 リマはたまに、その猫餌をこっそり捨てる。 実際に猫餌を補充している誰かと遭遇したことは無かったし、食べている野良猫の姿を見たこともなかったので、捨ててもかまわないだろうと判断したからだ。 彼女は環境愛護の精神でその行為をするのではない。 かといって、チープな動物愛護の精神を非難するためにその行為をするのでもない。 (嫌なんだよね。誰かの親切心が、こうやってぶちゃぶちゃに汚れて腐っていくのを見るのはさ) 彼女は純真と言える。 誰かの傲慢な思いやりは、時がたてば往々にして単なる腐敗したものへと変わりうる可能性を持つこと。(自分が気持ちいいから、垂れ流すのだ。それは排泄と大差ない。だからこうやって虫が湧く。) リマはそんなことは考えたくも知りたくも無かった。 まだ、何か確かなもの(それは愛じゃなくても構わないから)が、あるに違いないと、信じていたから。 リマはコンビにへと足を向ける。 コンドームが切れたから、買いに行くのだ。 彼女には彼氏がいない。 だが、特定のセックスの相手はいた。 自分の身は自分で守る、の精神で、リマは背筋を伸ばしてアスファルトを踏みつける。 (私が悪いなんて、言わせない。絶対) 携帯の向こうでは、女友達が「私が世界で一番醜ければよかったのに」と昼ドラ真っ青の台詞を吐きながら、鼻をぶひぶひ鳴らしている。 (そんなんだから、いつも自分が一番かわいそうって、勘違いすんだっつーの) 会計を済ませ、部屋の前まで戻ると、男の子が一人、ドアの前にしゃがんでいる。 彼のPコートからは、炭火焼肉とキムチのにおいがする。 「誰から電話きてんの」 「アンタがこないだ別れた子」 「どれのことよ」 「しんない」 リマは彼を伴って部屋に入る。 携帯はいつのまにか切れていた。 (私はいつコイツと別れるんだろう。いや、そもそも付き合ってないから別れようがないのか) リマはタバコを吸う男の子のうなじを眺めながら、深呼吸する。 (友情とセックスと軽薄さ。コイツは私が人間に求めるもの全部持ってる稀有な奴だけど、いつ憎み出すんだろう。それとも、憎む前には愛さなくちゃいけないのかな。でも、アタシにはどっちがどっちなんだか、よくわかんないや) 「あ、猫」 「いたの?」 「今、声がした」 「そう」 「ここ、猫多いのかよ」 「しんない」 彼女の頭の中で、行き場をなくした誰かの親切心が、どこかへ着陸する。 猫餌を掃除すること。 女友達の彼氏(元)とセックスをしていること。 変質を恐れるのなら、眼をそらすことも必要だろう。 だが、彼女は自らそれを見定めようとしている。 無自覚にも。 それは時として望まない物語を、彼女に与える。 数少ないいくつかの、純度の高い結晶のような、悲劇にカウントされるのだ。 天国のようなお花畑が好き。シロツメクサの冠。たんぽぽの首飾り。耳の上にはレンゲを乗せて髪飾り。 (全部、ちーちゃなアブラムシがたかってるに決まってんだけどね) ヨウイチはお花畑が好きだった。「男のくせに」と罵られるのが怖くて、一夜限りのセックスの相手にさえも、その祈りを聞かせたことはなかった。 今、彼は雨の中、500円のビニール傘を片手に、片田舎の道路を歩いている。 彼は終わらせようとしていた。 ある一つの、彼を少年たらしめる要因を、自らの手で絞め殺そうとしているのだ。 (しろつめくーさーの、はながさいーたら、さぁ、いこーぉ、オスカール。アンドレー!!……違うか) 鼻歌を歌いながら、一人道を歩く。 都会では鼻歌を歌えない。 他人との距離が近すぎる。 ヨウイチは、人口は飽和した都会とは異なった空気に、知らず知らずのうちにハイになっていた。 それでなくても、今の彼はアップダウンが激しい。 すべて貢献したつもりだったのに、そう思っていたのは自分だけだと知ったからだ。 (好きと言われたから好きっていって、たずねられたことにはすべて望むとおりに返せたと思ったのに、いきなり切れるんだもんな) 「うんざりなのよもうやめてそうやってあなたがこたえるたんびにアタシはすりきれてせかいにさらされるのよこたえなくていいのにほんとうにばかなんだから」 少しアルコールが入った彼女は、涙も流さず一息でそう言った。 少年期の終り。 (うかがいしる能力が長けていることは、大人の証ではない) いつしかヨウイチは、周囲を樹木で囲まれた土地に出る。 目の前には沢山の腕輪のようなモノが詰まれて、山になっている。 (それらの色は様々で、ざっと見ただけでも24色の色鉛筆はくだらないくらいにある) ヨウイチはそれらの一つ、水色のモノを手に取る。 雨で湿ったそれを、山の頂上へと投げる。 ぽそ、と微かな音がする。 かつて、ここは天国みたいなお花畑だった。レンゲとたんぽぽとシロツメクサと生命の塊みたいなアブラムシが点在する、ありふれたお花畑。 今は、屠殺された家畜(主に牛)の、鼻輪を廃棄する場所となっている。 (べつに夢見てたわけじゃないよ。ほんとだよ) 彼は自分で自分に言い訳をしながら、その大きな山(または塚)を眺める。 灰色の空とカラフルな鼻輪の山のコントラストが、廃墟の遊園地のようにも思えた。 (人は稀に、自分自身で己の幻想や思い出、観念を廃棄するべく、挑もうとする。それは運命や思い出、トラウマなどがあげられる。大概の人は上手にそれらの廃棄を済ます。廃棄の必要があるかは別として) ヨウイチは、お花畑のお墓を見に来たのだ。 お花畑と一緒に、自分をリセットするために。 そこには、お誂えにも、既に立派な塚が立っていただけのこと。 彼は自分の期待が、期待以上に具現化されていたことに多少面食らう。 (でも、そもそも自分以外の何かの終末を見たって、それで何が終わるわけでもないんだよねー。ドラマや映画を見て、感情移入して泣いたりするけど、悲しいのは僕じゃなくて、ヒロインなわけで。うん。やっぱり、感情を共有しようなんて、驕り高ぶりってヤツ?) ふと。 足元を見やる。 茶色のラインの入ったスニーカーに、ぐっしょりと雨がしみている。 そして、小さなスミレ。 ヨウイチは頷く。 傘に雨が当たる音が、響く。 (終末が、始まりの交換条件ではない) ヨウイチはかつてお花畑であった場所を去る。 (彼には時間がない。センチメントな気分は小さく丸めてポケットに押し込み、再び性器をこすり合わせる相手を探さねばならないから) 何らかの結末が彼に訪れたのか否か。 新たな自分などという、滑稽なものが、観念が、今後彼に降りかかるのか否か。 勘違いをしている。 それ自体が、勘違い。 (終末が始まりの、交換条件ではない) ---------------------------- [自由詩]ジェラルミン・キス/錯春[2008年11月3日17時00分] 最近空を見たんだけども、いくつもの、ちらちら光るモノを久しぶりに見たよ それらは俺の見ていない時間でも、ずっと光っているらしい そんなこと、そんな素敵なことを、信じられるわけねーだろ 光り輝くモノはいつだって、 拒まないかわりに冷たい手触りばかり残して ねぇ ロックシンガーが、俺の尊敬するアメリカのシンガーが あいつらは輝くばかりで近づこうとしないって 嘆いてた 当時付き合ってた女がそれを罵倒してね んで別れた ああそんな話じゃないっけ? ロックミュージシャンは憤ることはあっても嘆きゃしないって でも俺には嘆きに聴こえたんだ (すっかり汗をかいている、グラスの珈琲。頼んだスクランブルエッグチーズトーストはまだ来ない) とりあえず落ち着きな こんな寒空の下そんな汗だくになってあんな顔しないで 最近、俺、明太子とカモミールティーに手を出したんだ 酒が旨くって、酒が、旨くって 公園に昔小さなパイナップルの香りのする雑草が沢山咲いてて BB弾くらいの花を指先ですり潰して遊んだよ いい匂いがするからって その気配だけの為に あんな残酷なこと平気でさ ねえ (煙草が火をつけられたままフィルターぎりぎりまで燃えて灰殻になってぶら下がっている) 感傷的な話はやめようか いくらでも出てくるから 最近はどーだい めっきりおとなしくなって ぶっちゃけ ね 怒るのも疲れるんだ ああ ぶっちゃけ、る、なんて言葉は大仰過ぎるな もう若くないんだよ つまりはねそゆことなのよ (不意にジェラルミンの手触りが蘇る。よりにもよって寒い季節に限って。唇が覚えてる。あのとき) あのとき俺はいったい何にキスしたんだろう つめたいシーツの隙間に挟まるのが好きで でもさ 冷たい人間の皮膚って なんでこんなに寂しいのかって ずっと目をそらしてきたのに両手でこすってもいくらこすっても 温まらない指先を、映画の猿真似で、ひとつのポケットに突っ込んで いっちょまえに 切なくなっちゃって でも俺はオシャレな、BARとか、そんなん知らんくて 結局すぐにモーテルってこと ゼブラ柄の室内に1本のバラが指してあった 白いバラで 美しくて 俺がそのモーテルに入る前から、部屋の電気を点けるまえから バラは咲いていたんだ 信じられるかい そんな素敵なこと 悲観的なことばかり考えていられるほど 俺は暇じゃないけど 自分だけが不完全って いったい誰が 誰が決めた (煙草、どうだい 吸うかい  トーストは来なかったね すること無いけどいかなくちゃ ジェラルミンの肌触りで ポケットの中に ずっとしまってある  ろくなもんは無いけど、そんなもんしかないけど) 空の下はいつだって ジェラルミンの感触 屋根が無い場所は 苦手で だって 俺らはずっと 飛散して キスしていいかい? なんて せめて君の しけもくをくれよ 少し酔ってるんだ カモミールよりもカールズバーグを買いに行こう 俺の宝物見せたげるから (ポケットの中にはカチカチになったミントガム) 悲観的な話をしてるわけじゃないさ ただ世の中にこぼれてる 君が見逃してる ことを 信じられないだけ さ ---------------------------- [自由詩]卵百景/錯春[2008年11月10日15時08分] 頭上に無数の血管が走っている 赤と紫色と灰色の線が網目状の影をアスファルトに落とす 空は脈打つ彩りに覆われていくつにも分断され そのどれかひとつすら私のものではない 都会は大きな卵型をしている 5年前上京したばかりの頃は驚いたりもしたが 今はそんなことよりも気にすることが出来たので そんなには気にならなくなった 私たちは忙しい 誰かが今日もどこかで 意識的に鈍感であろうとしている 冷めたトーストを齧りながら 仮病で小学校を休んだあの子 ママは目一杯の愛を置き去りにして 仕事にいってしまった 孵化しかけのガチョウの卵を 蒸して食べる料理がある 私は上野の地下商店街でソレを見かけた 殻を剥くと 内側には無数の血管と翼の生えた胎児が眠っていた 血管は都会の空を覆うソレと同じで ちいさなジオラマを見ている気分になった 俺も若い頃ぁそういうふうに思ってたこともあるさ 皆そういうんだよ 田舎もんの方が空模様に敏感らしい と、店主 ひび割れた窓のごとく 赤い亀裂の走る空の中で 私たちは 決して訪れることが無いであろう 黄身まみれの羽根が乾くことを夢見て ひざを抱え、ぢっとしている 寒々しい片田舎では ブラウン管に映る都会は天国のようでした 天国は夢と希望と挫折がいっぱい 天国は怠惰と苦痛と笑顔がいっぱい 君が欲しがる身の丈に合った感傷も あの子がねだった凶暴な接吻も 天国はなんでも揃う 天国は退屈がいっぱい 都会は大きな卵型をしている その殻を撫でに端に行ってみたいけれど なんとなく気兼ねして 訪れたことは無い 帰省するとき 東北新幹線に乗りトンネルを10個抜けると いつの間にか空は再び融合して 土下座したくなるくらい蒼く寝転がった こたつに入りアンコウ鍋をつつきながら ニュースに映る都会の空を見る やっぱり血管が脈打っていて 死なない為に必死で躍動しているようにも思えた 都会の空の中は 冷たくてうら淋しくて 私たちは羽根を濡らした雛鳥 未だに愛を 愛することを知らない ---------------------------- [自由詩]研ぎ澄まされた湖のために/錯春[2010年7月5日14時37分] 石を投げても 光の輪が邪魔だった それほどまでに 私の研ぎ澄まされた湖 凍りついた透明 そこに蹲っている、もしくは うつぶせている、あるいは 待っている 私は 私の研ぎ澄まされた湖を たちどころに溶かす それが出来る 故に、私の湖は私のもとに (凍っているのは水?)     ある幼い旅人が言った     一切の角が無い、まるまちい罪作りな指先が     蟷螂(カマキリ)の背中を挟んでいた (よく、ここに来るの?)     私の答えを待たずして、旅人は言った     びきびきと空気を戦慄(わなな)かせ     蟷螂の折り紙細工のような段々腹が盛大に破けた (私は、きっともう来ない)     旅人の唇が割れ     鼻腔が繋がり     いたる所に水掻きが現れ     臍(ほぞ)から鎖が流れ出し     やがて蝋細工のオタマジャクシに成り果てた ……蟷螂に寄生し、水辺へと差し向けるのは、ハリガネムシだったろうか……?     破けた隙間から、髪の毛ほどのナイフが零れた     ナイフは私の研ぎ澄まされた湖を打った     燃える羽根を振り、湖から飛び立つ梟(ふくろう)達     棗(なつめ)色の嘴が宙に舞う   そして湖は炎上する。 そこに溜まっているものが何なのか 知らない知ろうとも思わない それは水だろうか 掬い上げると指の隙間から必死で逃げ出し 冷涼な感触は時として私の食道を潤し ひたすらに澄んでいた、あれは 水だったろうか けれどもそこに魚の姿はなく 泥の舞台で尻を振る吸血虫の鼓動もない 私の砥ぎ澄まされた湖は ガソリンに似て 私の研ぎ澄まされた湖は 揮発性の液体が持つ独特な潔癖さがあった 私の 私の研ぎ澄まされた湖は 轟々(ごうごう)と上がる火の粉は 雷神の髪の毛を彷彿とした やがて細かな耐熱ガラスの結晶が 空気中に小さな渦を作った 上がる火の粉を瞳に座らせ 騒がしい湖を見た 水面下は未だに澄み渡り 蒼ざめた水中がどこまでも見通せた 泥の裂け目から観覧車の先端がこちらを窺っている                 これは悲劇だろうか      それとも災難だろうか      決め兼ねて炎上する湖を眺めている      湖は      私の研ぎ澄まされた湖は      快感に身悶える処女にも      火刑に処された救世主にも見える       指の隙間から覗いてみた 瑠璃色の晴れ渡った空に神様を見た 退屈そうに私と私の研ぎ澄まされた湖を一瞥し 遠く海を隔てた場所で幽閉されている皇女へ気を取られた。 水面は凍りながら燃えている 焔(ほのう)がギロギロと私を睨む それは水だろうか? あれは焔だろうか? 私は 私の研ぎ澄まされた湖のことを想った 悴(かじか)む指先で言葉を千切った いつしか記憶は 塊になり 破片になり 粒になり 粉になり 砂になった 私は 土と混じった魂を掴み 湖と混じった魂を掬い どちらがどちらかわからなくなり どちらも私のものではなかったと そこでようやく気付いた 砕いたものを寄せ集めても 私の研ぎ澄まされた湖は煌めくばかり 戻せはしない産み出せもしない 私は 私の研ぎ澄まされた湖を見る いつものように 慈愛と疚(やま)しさを蓄えて わなわなと震えながら 指の隙間から見る 私の 私の研ぎ澄まされた湖は燃えている 今も燃えている あれからずっと 凍りついた泥の裂け目から 舌先で訪れた女の足首が突き出している 私は 私の研ぎ澄まされた湖を どうすることも出来ない そもそも美しいものに 何か出来るわけがない 私は 記憶を軽んじ 言葉を失くした 最後の最後に 聴こえなくなった耳と 虫歯だらけの乳歯と シミだらけの眼球が残った 私の研ぎ澄まされた湖のために 見届けることしか出来ない 私は 見届けることが出来る 私の研ぎ澄まされた湖を ---------------------------- [自由詩]私以外の誰かに/錯春[2010年7月10日12時29分] 君の人差し指と親指には一筋の花の茎 梔の香りが一斉に私の鼻をついた 茶色く錆びた真珠色 梔では月並みだからグロリオサにしたんだよ、と 差し出された指先と 指先からひとつづきになった花の茎を見ている そんなものは受け取れないっていつ言おう 君を愛している 私ではない誰かが 私よりも適切に 私よりも君を喜ばせる方法で 私ではない誰かが君を愛しているのが 私には匂いでわかる 寒空の下を並んで歩くと 風が耳の中から脊髄へと吹き荒んだ 私達はまるで処刑されているようだね、と そんなことは言えるわけがないけど すれ違う老人の唇から かつてあったふくよかさは薄れ 年輪を切りつけた裂け目みたいだった 早く帰らなければ 君は一刻も早く帰らなければ 行き場をなくしたグロリオサはすっかり青ざめて 君の指先にぐったりと身体を預けていた 新鮮なうちに花瓶にさせば きっと生き返ることだろう そしていつしか誰かの手に渡る 私ではなく 君を愛する誰かの手に渡る 夕暮れどきの軒先から 沸かした味噌の匂いがする 堤防を歩く テトラポッドの曲線 苔だろうか貝だろうか 影がすべてを真っ黒くするから 君が振り向いて聞く フジツボかなぁ?イソギンチャクかなぁ? 誰も正解を知らない だって海は黒いんだから そこに何があるかなんて好きに決めていいんだから 答えないで笑ってみる 真っ黒い君の後頭部 それともこちらを向いているのか 波に乗って反芻される フジツボかなぁ?イソギンチャクかなぁ? 背を向ける君の指先で 手遅れのグロリオサが溜息をついた また今度、と君が言い そのうちね、と私が返す これが最後だなんて言わないでね、と お互いの顔に書いてある また会えるよ すぐ会えるよ わかりきった言葉は 言わずとも構いはしない それが一番悲しいのに 私も君も悲しがるのが好きだ 明日にでも君は愛され 私以外の誰かに愛され すべての恋人達がそうであるように 愛し合う者達だけに許された決闘が始まり やがて断りもなく傷ついて死に絶える その傷は鮮やかなことだろう 血潮は陽射しを吸ってポカポカと温かいだろう 私は君以外の誰かの横で 君以外の誰かのことを考える 君を愛さなくて良かった 君をこの手で殺さずにすんで良かった 君をあのとき 抱きしめてやれば良かった ---------------------------- [自由詩]ニッケルオデオン/錯春[2010年7月18日12時54分]  随分と前に上演は終わっていた  ビラビラと焼ききれたフィルムが背後で回って  煙を上げる端くれをクロールするように回転させながら  真っ白い幕には無数の砂粒が踊る (お楽しみになれましたか)  映画のセリフか  はたまたアナウンスか  鳴るのを聞く    私はコーラを持っていなかった  私はルートビアを持っていなかった  ポップコーンは元から苦手で  ポン菓子はとっくの昔に飼っているハムスターにあげた (お楽しみになれましたか)  性懲りもなく鳴った  私の右手には  育った土地の海に似た  灰色がかった翡翠色の  まばらに白と黒の斑点が浮いた  十年前に死んだ祖父の汗のニオイがする  温かな卵があった  カラカラビラビラと映写機はいっそう激しくバタフライを始め  私の周りには煙とも霧ともつかないものが漂い始める  手の平で卵はトクトクと頷き  綿毛のような魂を預けている  幕にぶち当たった瞬間  何の音もしなかった  砂嵐の中  翡翠色の破片がやけにゆっくりと飛散し  一瞬だけ海の気配が漂った  橙色をした艶やかな魂が  粘っこい戯言を撒き散らして  ポタポタ滴った (お楽しみになれましたか)  煙とも霧とも、魂だったのかもしれない  靄が立ち込める館内を後にする  閉じられた扉越しに歓声が沸きあがった (これからがお楽しみです)  上演が始まろうとしている ---------------------------- [自由詩]曖昧な、/錯春[2010年7月25日18時43分] いつも息継ぎを意識をして まったく君は注意深いな それを芸術なぞとほざいてみる 嘯いてみる 息巻いて蟹のように 音を荒げる横顔を流し見、 「ラフロイグ下さい」 なんて、味もわかりゃしないのに 女の癖に飲むなよ蒸留酒を 味も匂いも歴史も知らないくせに、と わからないから飲んでると答えたところで それを粋だと思ってると思ってると思ってるんだろう? 蟹のように繰り返すばかりで まったくお話にならない まったく 「けなされるのも才能だからさ」 と、言い訳じみた台詞だった 白い背中は温度を持っていることが不思議なぐらい陶器の光で とりあえず頷いておいた センチメンタル 浮世離れ 暴力 どんな言葉も たった一回の一発を終えた後では 気だるくてどうでもよくなった 「誰かが見ててくれるんだよ」 「けなしたくなるぐらい見ててくれてるんだよ」 そうだね そうすか とりあえず頷いておいた 慰めも励ましも何が美しいかなんかもどうでも とりあえず眠りたい とりあえず 「無くても生きていけるものに取りすがったりしないで、」 の、次に続く言葉を思い出せないので 私はあの子の恋人失格 そもそも資格なんてものあったか 恋なんてものは言葉を持つ生き物に必要だったっけ? はて、 さだかではない 難しい話は戦後の人達に任せて 自分は読んだこと無いけどね その爪、塗るのに幾ら掛かるの? その服、どこの駅ビルで買ったの? その指、関節は何箇所あるの・ 興味があるかないか さだかではない 話題に事欠かない世の中で恵まれてますね 「まったくだね」 とりあえず笑顔 目覚めると独り 独りじゃないことなんかあったっけ? 何かに傷つけられたり励まされたり裏切られたり、されたっけ? 思い上がりだよ、って 涙は出るけど 悲しいのやら嬉しいのやら さだかではない ---------------------------- [自由詩]17時27分/錯春[2010年8月28日17時25分] 厚く垂れ込めた雲の上に もうひとつ、血色に染まった鮮やかな雲が たなびいているのを 私は知らない 知らないままに見えないままに 鍵を開けて ただいま 散らかった部屋 私と家族で散らかした床 綺麗なものも汚いものも 冷蔵庫の中 卵ばかり 冷蔵庫にある ドアポケットのみならず 野菜室も冷凍室も 無数の様々な姿形サイズの卵が ドアを開けると雑談をやめる 入れっぱなしで霜が積もった 冷凍室の詩集 中学のときに書いた ジャポニカ学習帳に綴った詩集 罫線は格好悪いから わざと自由帳に書いた レールを探して曲がる文字列 傷まないように 痛まないように 凍らせても 消費期限はやってくる 男なんて知らないくせに 恋の詩ばかり書いて 他人の唇も知らないくせに 苦しい恋の詩ばかり書いて あの頃 世の中は汚いものに溢れていて 同時に綺麗なものが何か知っていた あの頃 凍りついた言葉は 取り出すとすぐに融け始めた 私はジャポニカ学習帳を片手に 裸足でベランダ 洗濯物がベラベラ笑う バスタオルがベラベラ笑う 詩集を放り投げる 最上階のベランダから 飛んだ詩集は一瞬笑って 一瞬燃えて 灰になった 炎は黄緑色だった 冷蔵庫が悩んでいる ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴーーーーーー…… 卵が噂話をしている あと 三時間もすれば 夫が帰ってくる 洗濯物を 風呂を 夕飯を 支度 済ませなければ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴーーーーーー…… ●●が ●●と 付き合ってるんだって さ ほんと へー ●●ちゃんは もう ヤッちゃったらしいよ  うっそ どこで ラブホ? 公園で マジ バリアフリーの おっきな個室あんじゃん ゲー ねえどうだった?  痛かった? 死ぬかと思ったー もう 別れたけど ははっ かっけー  私は 雲が染まるのを知らない もう二度と あんな気持ちで 恋をすることもない  泣けないのは病気ですか 随分ホッとしています ---------------------------- [自由詩]俺の名前など知りたくもない/錯春[2010年8月29日18時25分] 運転免許は持ってない 船舶 重機も持ってない 空を見上げてやるせない 煙草の煙も舐めれない ああ ロハスって言うな! 虚弱なだけ カルトって言うな! 皮肉屋なだけ 脳 欲しいか 知恵 が よ 蛇口捻ってごらん いくらでも出てくる イエー ああ ああ 背骨丸めて息吐けば 誰かに かまって貰えるだろう 寂しいときはリモコンまわせ どこかの局で誰か泣いてる 画面が光って 電灯いらず 誰も笑わせてくれない うん だね 画面越しの恋 アイツを泣き止ませる 俺の代わりの誰かが アイツの涙を止まらせる 馬鹿 この寒いのに ビキニなんか着やがって! ああ 今日 歯の詰め物が取れた ああ 改行のタイミングが大事 もう 俺達は擦れ違った でも 別に重大じゃない あーあ。 ---------------------------- [自由詩]寝不足/錯春[2010年9月3日19時43分] 片手間で 爪を塗る彼 片手まで で 諦めた 根性無し 「キキナレテル」 左手だけの塗られた爪で 平気で女を 殴る 殴る 平気のヘイサで しごく しごく 別腹だって ほざく はじく はじけた笑い アイツはモテる 俺がどんなに清潔で 俺がどんなに優しくて 俺がどんなに どんなに 純粋に お前を愛してやれるか 知らないもんな 女は 清潔ってこたぁ 童貞ってことで 優しいってこたぁ 愚鈍ってことで お前は昨日殴られた 医者に行かなくてもいい程度に 注意深く慎重に お前はそんなアイツの狡さを 眼帯にスッポリ隠れる程度の気遣いを 優しさとはき違えて お前は馬鹿か 阿呆か間抜けか 明け方のサイゼリアで 俺から何を搾りたいんだ 片手間で 頷いて 片手まで アザだらけ 結局は顔の問題 果たして 惜しむまでもない操 お前は 「イイヒト」って言葉で 俺もアイツもヒトククリ 結局は顔の問題 果たして 局部に大差は無いから お前は誰に愛されても 「イイヒト」って 片手間で頷くんだろう ところで今何時? ああそうもう6時? とっくに始発出てんじゃん 俺は明日も仕事じゃん オッパイのヒトツも揉ませてくれない ---------------------------- [自由詩]あぐら/錯春[2010年9月23日13時08分] 久々に実家に帰省したのだった 父は朝と晩にサプリメントを大量に噛んでいた 母は髪が抜けて いよいよレディースアートネイチャーが必要なのかもしれなかった 「おめ、売れでんのか」 父が言った 「おめ、今もまだ文章書いでるらすーが、そんで稼げっか」 父が言った 「おめ、どげに色んな賞に応募しで、ためぇに紙面さ名前載っだりすでても、受賞すてプロさなんなぎゃ意味ねんじゃねっきゃ」 父が言った 自分は一人っ子で 周りを本に囲まれて育った 三歳の頃には大抵の本や漫画を読み 小学生で乱歩と外国文学を読み 作文で表彰され新聞に載ったりもした だが 「ハタチスギレバタダノクズ」 どんなに書こうが 今となっては小手先なのだった 正社員に就けたこともなく 自意識という贅肉で重くなった身体のフットワークは最悪だった かつての神童は社会に出たら単なるショーモナイ、ドーショーモナイ、人間だった 父はそんな愚か者を一度も責めたことはなかった 父は、晩年授かったこの親不孝の愚か者を それでも一度も責めたことはなかった 「稼げるように、なんのが」 それは叱咤ではなく 心配と慈愛に満ちた質問 「わからない」 正直に答える 「先のことは、わからない。でも、これからも書き続ける」 ぶっきらぼうな返事に、父はホッとしたような、諦めのような、 穏やかな笑みを漏らした 「変わんねな、おめは、幾つになっでもよ」 父と2人、発泡酒で満たされた湯のみを傾ける お互いに見合って笑った 笑っていないと、どうしてか涙が溢れそうだった 父よ貴方は私を責めない 貴方が一度でも「ヤメロ」と言ったなら、受け入れるだろうに それぐらいの脆弱な人間であるのに 貴方は私を決して責めない 私は生欠伸をして目頭を拭い 溜まった涙を誤魔化す 正解なんかわからない ただ、これからも書き続ける ---------------------------- [自由詩]そこらへんにいる女/錯春[2010年12月16日14時05分]      その女は      目も耳も鼻も利く      しかし      見たことにも      聞いたことにも      嗅いだことにも      関心がなかった。 女の背後では物取りの手が蠢き 耳朶には猥雑な言葉の羅列 周囲をケバケバシイ臭いが覆い      女はいつも ひとり      女はいつも 騒々しかった。 「死んだような顔で味噌汁が沸騰しています」  女はひとり  たったの ひとり   それでも生きていた     今まで 生きたことしかなかったので 死に方がわからなかった。  飯を炊き、    汁を炊き、     菜っ葉を炊き、        魚を炊いた。      女の台所には味噌と塩しかなかった。      全ての食事を洗面器によそって食った。 誰も 誰も 叱ってくれなかった。 「味噌汁が吹き零れて焔とまぐわいます」               女         女として産まれた幸い と 災害         物言わずとも         利便性 機能性 耐久性 に 優れた         新鮮な血の通った洞穴     ぼんやりとした顔してますがこれでもNo.1の姫           女 が      背骨を曲げて 跪く その姿は        まるで股間に許しを請う        ようにも                  人の中に還りたがっている ようにも 見える。          慈悲深い笑みをたたえた神々しく力強い雄 達(されどザーメンの前では無意味!!!!!!!)      恐ろしい物語      寒々しい物語      残酷な      悲劇的な      猟奇的な 物語      女 は      哀しみもせず      恋しがりもせず      家賃を実直に払い      虫が湧いた米を丁寧に とぎ      人生は!      終わらない!      いつか終わるくせに! (執行猶予ですから)     未だ終わらない!      女!       すべて 奪われて      すべて埋め尽くされて      !!!!! (情状酌量ですから)      女 は      与えるものが      未だに 涸れない       「恐ろしい 話だ。 性病よりも 恐ろしい 話だ」  女はまだ健やかに生きている  彼女の笑顔は聖母のよう。  聖母のよう。   ---------------------------- [自由詩]元気です/錯春[2010年12月19日19時07分]  先日死にましたが誰も全く気付いてくんないのは俺が元気だから。よく食うし、仕事にも行くし、バイトだけどフロア仕切らされてるし、こないだは彼氏と喧嘩したって女の子を慰めて、憂さ晴らしのエロスにも付き合ったし、俺が元気だから。黒歴史ですってニヤついて、体中に散った傷跡を見せ付けるのも、皆がそれを「おえー!セルフカットかよ(イタイ子な意味で)!」ってドン引くのを見て、実は中学時代にうっかり自転車で米屋のガラスに突っ込んだだけなんだよねーって脳内で嘲笑するのも、俺が元気だから。動物ものの映画に弱くて、今は何でか放送されなくなったけど、ムツゴロウ王国で毎回大泣きしてたのも、俺が元気だから。今日、一週間ぶりのクソでケツが切れたのも、俺が元気だから!  俺が息をしてるからって、それが生だと決め付けない  まあそれは俺が勝手に決めたことだけど  俺が死んでるからって、  それが肺呼吸して、新陳代謝してないって思い込まないよーに  安易な信心は  テメエの首を絞めますぜ?  大学で同じサークルの、同じバイト先の、腐れ縁の、同級生の、友人の紹介の、親の算段の、遅刻しそうな道端で鉢合わせた、  あの子との切ない恋愛。  あの子との切ない失恋。  調子のって生肉食って、プリントの端で指切って、バイクで事故って、百万人に一人の難病で、過保護な両親に刺されて、  キッツイ身体の痛み。  キッツイ心身の痛み。  全部、それは共有できるってことを知って、俺は死んだ  そのルサンチマンもーナルシシズムもーヒロイズムもー、  はいっ  手を叩きましたよ今  今、皆にそれが伝わりましたよ  ホラ  なんにも変わんないし  あそこのバカ共は、懲りずにベロチューしてるでしょ  怠惰だってこと無関心だってこと悲しいですねー  でも全部俺だし、お前のことだよ  不快になったら、お気の毒  胸糞悪くても元気  まず飯が旨いしね  元気にやってますよ  バカだけど心配しないでって  全部特別じゃあない 残念  死んだってイケメンにゃなれない けど  俺にはそれが希望に見える! ---------------------------- [自由詩]耳にタコを拵えてあげよう/錯春[2010年12月21日0時19分]  気の利いた言葉をどうにか捻出してみた  ちんぷんかんぷんな比喩  それでいてきらびやかな比喩  女のテンションが干潮みたいに引いていった  いつだって女の方が頭が良い  賢いかは別にして  女は  俺の考えた言葉を  捻り出した一呼吸を 「超メジャー」  って  斜め上から無残に袈裟切り      俺が  俺だけの思いつきで言ったはずの言葉は  どうやら紙の上や地デジ放送の まな板の上で  散々ネチャネチャ切り刻まれた  傷み掛けの言葉だった 「今どき、そんなこと言わないでしょ」  って  面と向かって 俺の言ったような言葉を  聞いたことあるのか お前  自分だけに 届けられた手紙の中に  見つけたことあるのか お前  そこらへんに   甘味を搾り取られて石化したガム みたいに  石化した   でも俺には とっても 素敵に見えた  女いわく超メジャーでミリオンヒットに ありふれた言葉  その言葉は 確かによく見かけた  でも俺には とっても素敵に見えた  俺は   そんな言葉を 自分が言えたら  とっても  素敵だなぁ、と  ボケが    俺の言葉  素敵だと信じていた俺の言葉  よくあるフレーズと同じ音  ウンザリした女の顔    俺が  発した言葉は  女には届かない  よくある話ねバリアー!  わかってるんだ  全面的に俺が悪かった  もうとっくに  言葉をきちんと考えることが怖くなっていた  クソが  乱暴で粗雑 それでいて 添加物過多  しかし口ざわり と 香り は 最高  深く考えるのは怖い  というか   そういう筋肉鍛えてないから  巷で大盤振る舞いされている  俺の言葉  言葉は鍵で  俺はこの鍵で 女の  俺と同じ 素敵なものを 見えるように  盲いた部屋の扉を開けてやりたかった  (下品)  ああ  口が半開きだぞ  どこにでも液晶の  洗礼みたいな 清潔な光は クセになるだろう?  俺の言葉は  俺にしか届かなかった  バカ  伝えなきゃ  使わなきゃ鍵じゃねえだろが  俺の言葉に  俺だけが被爆した  傷つけるつもりじゃないのに  ひとりは寂しいよ  いや そこで笑うなよ  そりゃ無視されたって 酒飲むし カラオケ行くし  何だかんだでセックスもするし 飯も食うけど  ひとりは嫌だよ  ひとりは    ひとりは 寂しい   ---------------------------- [自由詩]冷酷/錯春[2010年12月26日10時10分]  ?…… アンタが今 そこにいるってこと 教えてくれ。 アンタが今 生きているってこと 教えてくれ。 大好きだった祖父さんも、 死んだら優しくなかった。 死んだら もう 頭を撫でてくれなかった。 大好きだった 血が繋がってなかった祖母さん。 血が繋がってないことを  よりによって葬式で知った祖母さん。 俺が泣いて、 血なんかどうでも良いよ と 祖母さんの優しさが  血と同じぐらい 俺の体を廻った、と もう血も涙も無くなってしまった祖母さんに 聞かせたくても。  俺は聞かせたかったよ。 耳も消えて 全部 死んだら酷く焦げて、 弔いは優しくない。 生きている奴等は 皆 優しくなかった。 生き残ったということは、 優しくない証だった。 優しい人は皆 死んだ。 死んだら その優しさも死ぬのに、 死んだら、 優しく してやれないのに、 俺も生き残った。 最悪の事態だ。  ?…… アンタが 俺と同じく 今、生き残って アンタが 俺と同じく ただ、怒るなら 俺が優しくしてやる。 俺が聞いてやる。 きちんと頷いてやる。 だから 向かい合って、膝つき合わせよう。 誰かの羨み。 誰かの悪口。 誰かの噂話じゃない、 他でもない 自分の話をしよう。 自慢話でも、 苦労話でも、 住んでる部屋の間取りの話でも良い、 他でもない、 アンタの話を聞こう。 俺は優しくしてやろう、 何もしてやれないし 綺麗なものも買ってやれないよ。 でも時間だけは腐るほどあるから 俺の傷みかけた時間を アンタの為だけに使う。 他に使い道もないし。  ?…… 期待に胸を膨らませて目を覚ますと 決まって 皆は外に遊びに出た後 母親は抱きしめてくれたか 父親は叱ってくれたか それで満足 できるか ? 欲しいのは優しさ 優しくしたいんだ 愛は足りているから 「良い子」 「可愛い子」 「愛しい子」 じゃなくて 優しいねって 言われたいだけ  ?…… 彼岸の墓参りだった。 見慣れた墓地。 いつも一番 綺麗で。 掃除されてて。 花も 芳しかった。 あの墓。 線香をあげに来るのは盲人の老婆だけだった。 老婆は萎びた指で色褪せた菊だけ選んで荼毘にふした。  ?…… 思いついたか 時間は 充分あっただろ、 時間は 充分与えただろ、 そんなに怒るなよ、 怒鳴らないでくれよ、 携帯を手放せよ、 アラームは解除して、 たまには炊飯器使って、 できれば味噌汁もつけて、 泣いたってろくなことないけど、 何もしないよりマシだろ、 乱暴な言葉、 残酷な言葉、 悲観的な言葉、 感傷的な言葉、 センチメンタルな言葉、 メメントモリな言葉、 語尾に「!」ばっかり で、 自虐的な笑い、 良いんだよ、 何を言ったって、 全部聞くから、 真剣に見詰めるのは、 優しくないって? よく言われる、 俺は 慰め方を知らないし、 俺は 褒め方を知らない、し 全然 上手に、笑えないし 誰かを 喜ばせた事 なんて、 ないかもしれない、 それでも、 教えられたのはコレだけ、でね、 真面目にしか出来ないんで、ね 俺は、アンタに優しくしたい、  ?…… さあ、教えてくれ。 時間はドッサリあっただろう? 俺はアンタに優しくしたい。 アンタは何がしたいんだ。 ---------------------------- [自由詩]改札/錯春[2011年1月9日14時44分]  骨を押しつぶす音が聞こえた  あれは傷つける音だ  あれは私を悲しませて、悼ませる音だ  あんな音は聞いてはいけない と  耳を塞いだ  自分か 娘か 迷って、娘の耳を塞いだ  嗚咽を  体液を撒き散らす痙攣を  聞かせてはならないと思った  私の 娘の 全ての 体から  そう 唇から  止め処もなく溢れる木枯らしを  私は聞かないように振舞った  無駄と知っていて  そう、わかっていて  雑踏が  あの雑踏に紛れてしまえば  何だかぜんぶが聞こえなくなってくれる気が  、して、  ポケットの小銭ぜんぶ集めて〜♪といった  JPOPが昔はやった  私の小銭はいくら集めてもなくならなかった  いつまでもいつまでもポケットの暗闇から  いつまでもいつまでも沸き出でて  まるで  どこまでもどこまでも逃げろと  いつまでもいつまでも逃げろと  急き立てられているようだった  轟音の中  あれは、轟音だった、そう、騒音  私は耳を塞いで 娘の耳を塞いで  手指の湿疹が疼くのを堪えながら  血が通った残酷な音の中を  恐れながらも進むしかなかった  ふと、  うつむくと  私に娘などいなかった  止め処ない音の群れ  私は涙が 眼から 鼻から  滴り落ちるのを感じた  裸足の踵はヒビ割れて  膿が路上に零れ出た  肩が震える度に  ポケットの小銭が鳴る  ここも  どこも  私の場所ではない  娘は いない  どこかに辿り着く切符が  切符が欲しい  私の息だけ白かった  誰も  だぁれも 気付かなかった。 ---------------------------- [自由詩]ノンカロリー/錯春[2011年6月3日17時08分] ええやないか 傷つかないように生きたって なるべくずるがしこくやろうや どうやったって ボロボロにはなるんやから 甘い菓子の話 アンタが好きか嫌いか知らないが 俺の好きな菓子の話 名前を忘れちまった 夢の中で喰った 母さんが正面に座っていて 「甘いかい?」 と聞いて やすっぽい語意でGo しめっぽい語彙でGo 何人にも輪姦(まわ)されて よく火が通ったレトルトでGo パチもん 何が悪い 唇から魔法は 肺から押し出された途端に死亡 甘ったるくいこう なめらかプリンでいこう 俺はワラビ餅が好きだな 甘ったるくしよう 教訓 説教 労り を さんきゅー 擦り切れちまった語彙でGo 責めてるわけじゃないんだ 怖がらない世界にGo 語意にカロリーは無いから 好きなだけ糖分過多でGo 脳がゲップする 御客様 ご注文の品は あちらになります 今ちょっと手が離せないので 自分で取って勝手にお召し上がり下さい。 夢が見たいよ 甘やかしてほしい 夜ばかりズルズルと引きずって 脳がゲップする ---------------------------- (ファイルの終わり)