千波 一也 2015年11月18日16時28分から2020年1月17日13時18分まで ---------------------------- [自由詩]つばさ候補生/千波 一也[2015年11月18日16時28分] つばさ候補生たちは まだ知らない おのれがためのつばさには 成り得ぬおのれであることを 知るはずもない つばさ候補生たちは まだ知らない 他人がためのつばさにならば 成り得るおのれであることを 知る由もない たまたまの 愛しさ、勇気、うつくしさ たまたまの 恥じらい、偽り、負け惜しみ いくつかの 正しさ、清さ、潔さ いくつかの 過ち、後悔、逃げ口上 めぐり来るすべてと まだ来ぬすべてとに 背負われ 背負う おのれであることを つばさ候補生たちは まだ知らない ---------------------------- [自由詩]みかた/千波 一也[2015年11月19日10時57分] ひとつまみで 一生を切られてしまう虫けらは 気の毒だがね わたしら人間の縄張りに 勝手に入り込んでしまったのが 運のつき 虫けらと わたしらの共通点は 命のあること 早い話が 尊重しあう存在だがね ほんの ささいなことで 敵対関係に 早変わり 待っているのは ひとつまみのうちの 殺生というわけさ それを いちいち 顧みてなんぞいられないけどね 人間同士なら そうはいかないけどね どうだかね ---------------------------- [自由詩]少年という瞳/千波 一也[2015年11月20日12時06分] 少年という瞳によって 護られるものがある 少年という瞳によって 救われるものがある 少年という瞳は なにをも滅ぼさない 彼自身が 砕かれることはあっても ---------------------------- [自由詩]肩車/千波 一也[2015年11月29日21時32分] ひょい、と おまえを肩に乗せると よりいっそう にぎやかな 居間になる わたしには さほど高くない いつも通りの目線だが おまえにとっては 宇宙ほどの 高みであるのかもしれない ひょい、と おまえを肩に乗せたはいいが 次第にうっすら 汗がにじむ けれど もう少し見せてやりたい そこからの 生まれてはじめての 世界の眺めを 大発見を もう少しだけ おまえに見せてやりたい ---------------------------- [自由詩]雪雲/千波 一也[2015年11月30日21時59分] 雪をふらせる雲を 「ゆきぐも」と呼ぶのだ、と あなたに教えられて それが すっかり 気に入ったので つい独り言してしまう 「あれは雪雲だろうか」と 冬をうつした窓辺で わたしがすきだったのは あなたの教え方だった 「ゆきぐも」の響きもいいけれど それをすきになったのは いつだったか どうしてだったか 覚えていない あなたの 雪をふらせそうな体温なら ようやく忘れかけた 近ごろだけれど あなたがついた 真摯な嘘に息づく季節に ほんとうの季節に抵抗するように わたしは 呼んでいる 雪雲を呼んでいる もう、 後悔さえもまとえずに ただ呼んでいる ---------------------------- [自由詩]すり替え/千波 一也[2015年12月4日22時51分] わたしの味方は誰だろうか、と 指折り数えて 早々に ぴたりと 指は止まる 味方と信じて疑わない あいつや あいつが まさか 本当のところは 敵意を抱いていまいか、と いとも たやすく 信頼に影を落とすことができる 言動について 表情について 噂について わたしの 指は 数える役目を再開する なんの 確証もない裏切りを 不意の 一時の 出任せの感情にしたがって 次々と 思い浮かぶ顔に 当てはめる 「良かったね、わたしの指よ」 「数える役目がなくならなくて」 わたしの味方は誰だろうか、と わからないものを 探す途中で わたしの敵に違いないはず、の わからないはずの わからないゆえの 実数に 支配されてしまう ときどき 欲にあらがえず ---------------------------- [自由詩]砕けたしずく/千波 一也[2015年12月8日1時17分] 頬をつたって 涙は 地面へ落ちる 落ちながら、砕ける、 落ちて、 砕ける、 その 砕けたしずくに映るのは 砕けた我が身に あらず 砕けたしずくに映るのは きらきら綺麗な ひかり達 きら、きら、 哀しい、 一瞬の群れ ---------------------------- [自由詩]鍵穴/千波 一也[2015年12月9日21時33分] 鍵穴を覗くと 真っ暗です わたしにとっての鍵穴は 鍵穴にとってのわたしは 見えずともよい間柄 なのでしょう 互いが そこに 在ることを知ったうえで 見えずともよい間柄 なのでしょう 鍵を仲立ちに つかの間だけつながって ときに つかの間のつながりさえ 感じぬままに 気づかぬままに ---------------------------- [自由詩]還流/千波 一也[2016年2月4日22時24分] ひとの 内側をみていたはず、が ふと気がつけば 己をみている 遥か 一等星に焦がれていたはず、が 暗がりに安堵している いつのまに わからない 未来に震えていたはず、が ふと気がつけば 思い出の中 もう 捨ててしまったはず、が ぎゅっと握られていた いつの日も あやまたず 正しさを求めていたはず、が ふと気がつけば 許しを請うている ---------------------------- [自由詩]過言でしょうか/千波 一也[2016年2月5日23時13分] 僕が空に明るくなったのは 君のため、です 僕が 空に溺れてしまうのも 君のため、です もしも 君のいない僕ならば どれだけ不幸で どれだけ幸福だったことでしょう その確かめようの無さを 希望と取るか 絶望と取るか いずれにしても 時間は過ぎてゆきますね 生きている僕、でも 生かされている僕、でも 大差はないと思うんです 生きている君、でも 生かされている君、でも 僕の目に その違いは 映らないのと同じことです 誰のためでもないものが 誰かのためになるのなら 捨てましょうか、愛を 拾いましょうか、 憎悪を 君のためになるはずが 君のためにならぬなら 辞めることも 出直すことも 僕には できるので 過言でしょうか いいえ、まったく ---------------------------- [自由詩]太陽/千波 一也[2016年5月18日22時22分] あなたの厳しさに育てられたわたしは 厳しい人になる途中 あなたの優しさに育てられたわたしは 優しい人になる途中 あなたに注がれた愛情そのままに わたしが継げているかどうかはわからないから いつまで経っても 親子なのですね 空を見上げれば そこには必ず太陽がいてくれます 良いとか悪いとかではなく そこには太陽がいてくれます その有難みがわかる頃 真実に、その有難みがわかる頃 わたしの父母は行くのでしょう 太陽のそばへ そっと行くのでしょう 習わしの ごく浅いところで わたしは思案している 正しさや過ちや 愛しさのこと 至らないこと 透明に編まれる おだやかな時の波間で いまは、まだ きっと ---------------------------- [自由詩]レンタルしてもいいですか/千波 一也[2016年5月21日1時15分] 自分とは違い過ぎるものの考え方や 受けとめ方や立ち振舞い 自分には思いもよらない 大胆不敵や厚顔無恥 ああはなりたくない、だとか あんな世代と一緒にはされたくない、だとか 心密やかな吐露に満ちる悪意や侮蔑は だれにも誉められるものではないね だれにも勧められるものでもないね 自分とはまったく遠い人たちが 時々うらやましかったり 時々頼もしかったりもする 1週間では長過ぎるから 2泊3日くらいが妥当な期間だろうか その身体と精神と境遇を レンタルしたい、とふと思う 彼ら彼女らの描く 幸せや苦悩や願いや純真無垢 なにか切実なるものを なにか秀麗なるものを 重ねてみたい だから、 レンタルしてもいいですか 身体と精神と境遇と 例えばあなたの自己中心 例えばあなたの結果主義 レンタルしてもいいですか 例えばあなたの権利主張 例えばあなたの自信過剰 はからずも 同じ時代を生き合う身なら ---------------------------- [自由詩]空をください/千波 一也[2016年6月6日23時04分] 空を、ください だれにも消せない どこにも消えない あの空を、 わたしだけの物には成り得なくても わたしだけの物と覚えておけそうな あの空を、 許さないでください、どうか いままで願った一切と 願えなかった一切のこと 命とよばれる一切が 空から降りて 空へと帰する 手筈なら みだりに 偽り合いたくない、と思うのです 空をください、 一言のうちに尽きて 一言のうちに渦巻く永劫の 哀しみをください、 歓びをください、 優しさを脱いで 厳しさを着て 清澄の果ての汚濁のような 穢れの果ての灯りのような あの、 空をください 共鳴のひとつ、 朗詠のひとつ、 聡明のひとつ、として 例え それが誤りであっても 知らず知らずに仕組まれた 仰ぎ方と 伏せ方で まったく同じ まったくの他人の あなたの、 声と、 腕と、 丈と、 胸で、 あの、空をください ---------------------------- [自由詩]緑の繁栄/千波 一也[2016年6月8日23時34分] 緑の繁栄を聴いている ただ、ただ、 聴いている ひとに 負担をかけないような 当たり障りない言葉たち ひとの 望みを絶たないように むやみに明るい言葉たち 緑の繁栄が目になじんでくる 知らず、知らず、 なじんでくる ひとに ふるまう笑顔のうらには どんな涙があるのだろう ひとを 温めようとする腕のなかには いくつの痛みがあったのだろう わかりやすい総てには名前があって 総てきちんと知られていて そうではない総ては 危険とみなされて 不要とみなされて 不正解とみなされる 緑の繁栄に囲まれている いつからか、いつまでか、 すっかり囲まれている もともとの 可憐な形は忘れ去られて まるで知らない 強固な形が 緑を支える 支える形は変わっても 緑は緑にちがいない、と ますます緑は 繁栄する ---------------------------- [短歌]◆ニュアンス入門/千波 一也[2016年6月15日17時15分] 「私」でも「ワタシ」でもなく「わたし」です、「あなた」のそばに寄り添えるのは 許さない、許したくない、許せない、あいつに宛てて最終校正 「きみのため」「きみだけのため」あぁそうか「きみのためだけ」上出来、上出来 キスしよう、口づけしよう、なぜだろう「接吻しよう」は賛同しかねる レディースもミセスもガールも「メス」だけど、そう呼ばないのがオスのたしなみ ボーイズもサラリーマンも乳飲み子も「オス」と呼ぶのがメスの習性 にっこりと笑顔をつくる人あれば、つくれない人、つくらない人 とりあえず「昔」と言えば過去になる、「未来」を人はどう語るのだろう ---------------------------- [自由詩]うりふたつ/千波 一也[2016年6月17日23時13分] いつからだろう 大きな自分にあこがれている いつまでだろう 小さな自分にすくわれる自分を 受け入れずにいる 燦々と 太陽のような眼差しと ぬかりなく 闇夜のような眼差しが ひとつの命を 支え合う ほら、 放っておけない背中が 見えないか 聞き捨てならない傷みが 聞こえはしないか 互いに まるで異なるくせに そんなところが 互いに まるでそっくりで みんな、うりふたつ 到底 自分ひとりだけでは うつしみることの叶わない 顔を 持ち合って みんな、別々に てんでばらばらに いつからか、いつまでか うりふたつ ---------------------------- [自由詩]流木/千波 一也[2016年6月18日10時50分] 波打ち際のおまえの姿を なんと形容すれば良いだろう 哀れな末路 閉じた夢 干からびた声 孤独の極み 寄せる波に素足を任せると わが身の所在なさが あらわれてゆく 消せない願い 置き去りの熱 待ちわびた翼 錆ついた鍵 どの形容も正解に値しない 遠くも近くもなく ただ、値しない そんな一握りの望みを わたしはようやく思い出す ---------------------------- [自由詩]円周率/千波 一也[2016年6月19日23時32分] 3・14から始まる円周率は 無限に続く わたしが生まれた瞬間から 円周率を言い始めたとして 数十年を経た今も それは言い終えられないことになる そして、わたしがこの一生を閉じるときにも 言い終えられないことになる (年齢換算は出来ないけれど それでもわたしより遥か年上に違いないのが 円周率 いや、円周率さまと呼ぶべきか) 数字なんてものは 表せる範囲・空間に 限りがあるものと決め付けていたけれど 円周率を 文房具屋に並ぶすべてのノートを使っても 書き終えることはない 地球上の道路のすべてに書き付けても 太平洋・大西洋・インド洋を凍らせて その表面に書き付けても 書き終えることはない (円周率の身長・体重は計り知れないが 少なくとも、わたしなどが 及ぶべくもない 神様あるいは閻魔様さながらの 到底あらがえないのが 円周率であり ひとつの信仰となりうる 概念であろう) 数字は宇宙だ 円周率は宇宙を超える宇宙だ ところで ひとの瞳がまるいのは何故だろう さくさくパイをかじりつつ わたしは自在に視界を旅する ---------------------------- [自由詩]濁るよりほかに/千波 一也[2016年12月23日0時10分] 濁るよりほかに 生き延びようがなかったから 水を欲して、 水を求めて、 ここはさながら渇きの底 濁るよりほかに 明るい方向を知らなかったから 黒を試して、 黒を重ねて、 うつむくことばかり 得意になった 純真な願いほど 傷みやすくて汚れやすい 弱さも、 脆さも、 それ自体には罪などないから 他を巻き添えに 膨らんで、 連鎖して、 忌み嫌われる塊になる 生まれつきにない 罪を分かち合って 塊になる 濁るよりほかに 誤りようがなかったから わたしは残って、 わずかに残って、 完全に 不完全な 原点のような何かを 失わずにいる 失わずに すんで いる ---------------------------- [自由詩]クリスマス・ファンタジー/千波 一也[2016年12月25日23時17分] 試してみたい嘘があるなら 今夜がチャンス 少しばかりの灯りを演出できたら きみの孤独はそっと 消えるよ ◆ 吐息が白いのは きみのなかの火のせいで きみが探し続けるかぎり けっして消えない まもりの火 探し物が何だろうと、ね ◆ なにか 失くした、と思うなら 空をごらん 失くした、のではなく 返したわけでは ないのかい ◆ その 忘れっぽさに救われる人がいる その 頼りなさに救われる人もいる プラスマイナスなんて 結果論 そんな気がする ホワイト・クリスマス ◆ 嫌いなら 嫌いでいいから ひと休みしようよ、しばしの間 信じられない気持ちも 逃げ出したい気持ちも 爆発しそうな気持ちも ひと休みしようよ、しばしの間 ◆ プレゼントは包み物 包み隠された物 見つけてほしい誰かさんが 一生懸命に黙りこくって その解放を 待っている ◆ 優しくなりたいなら 冬風に身を預ければいい 寒さに気づけたのなら それだけで十分 きみは十分 優しいひとだから だれかを守ってあげようね ◆ 消せない夢は イルミネーションの向こう、 星のかなた まだ見える、という事実だけを しずかに届けてくれる ---------------------------- [自由詩]情けない舟/千波 一也[2016年12月27日23時47分] いくつになっても おとぎ話から離れられなくて きっと そこに善し悪しは無いのだろうけれど 少しばかり塩辛くて 気づけば周りは海だった かつて 思い思いの夢たちを見送って この身も まぎれなく そこに含まれるだろうことを わかっていたはずなのに もう だれにも頼れない まして いまさら弱れない けれども どこへも往きたくない 喜び勇んで 流れてきたのに 迎え願って 流れていたのに わからないものだね 簡単に呼べたつもりの すべてのことは あまりにも 重かった かろうじて沈まずに その 軽さに今 全身で揺れている ---------------------------- [自由詩]ひとりひとり、ひとつひとつ/千波 一也[2016年12月28日23時16分] ひとは ひとりでに 悲しくなったりしない ひとりでに 消耗したりもしない 誰かがいるから 誰かがいたから ひとはその作用をうける ひとは ひとりでに 尖ったりしない ひとりでに 凍えたりもしない 息をあわせて 歩調をあわせて ほころび合うのが、ひとだ 息をあわせて 歩調をあわせて いつわり合うのが、ひとだ その 非力さゆえ ひとは求める ひとを求める たったひとりでは生きられない、と 生きるすべを 生まれながらに 知っているのがわたしたち いつのまに ひとは力を得たのだろう いともたやすく 他を軽んじたり 他を切り捨てたり そんな おそろしい力を いつのまに得たのだろう ひとは いつのまに 富める生命に成り果てたのだろう ひとは ひとりでに 咲いたりはしない ひとりでに 包み込んだりもしない 誰かをおもって 誰かがおもって ひとは時とともに こころとともに変わりゆく どうか 明日は晴れますように あるいは風が起きますように はたまた雨が降りますように きっと 誰かの願いが聞こえる一日でありますように 空でつながれますように ---------------------------- [自由詩]ハートを撃ち抜いて/千波 一也[2016年12月29日21時45分] ハートを撃ち抜いて つまり、死なせてちょうだいってこと ハートを撃ち抜いて わかりやすく言うとね なんだって委ねちゃうってこと あなたにだけは ハートを撃ち抜いて 遠回しに言うとね 責任もって、一緒にずっと、 生きさせてってこと わたしのすべてと引き換えに あなたをちょうだいな ---------------------------- [自由詩]悲しい頁/千波 一也[2017年4月26日1時38分] あたらしいのに懐かしい うららかな春のもと、 わたしに添う目と わたしに添う声 なつかしいのに新しい 穏やかな春のなか、 わたしを迎う目と わたしを迎う声 めまぐるしく、時にながされて いつかわたしは 思い出すのだろう なんの変哲もない、ただただ幸福な この春の日を やさしさの日を それは果たして こそばゆい頁になろうか にぎやかな頁になろうか 或いは 悲しい頁になろうか、と わたしは寒さを ひとり、怯える ---------------------------- [自由詩]愛する/千波 一也[2017年4月28日22時40分] わたしの 拙い手のひらに 留まるものなど知れているから ひとつ残らず 惜しみたい だから わたしは定義しよう 愛することは得ること、と 疑わずにいよう 花びら一枚ほどの 頼りなさがわたしでも 花であることを 貫き通せたならば なにか 遺るにちがいない 花であることを まもり通せたならば なにか 継げるにちがいない だからわたしは 咲いていよう 愛することは得ること、と 過たずにいよう ---------------------------- [自由詩]難解な話/千波 一也[2017年4月30日21時53分] 語彙のとぼしい おまえの話は実に難解だ 実に難解だが 実に、真っすぐでもある 何か、 大発見があったのだろうか きらきら輝くその目に 応えてやりたくて 必死に推理する おまえの 伝えようとするところを 必死に推理する 言葉の順序なんかは どうでもいい 使う言葉の正誤なんかも どうでもいい ただ、 伝えずにはいられない健やかな能動と 応えずにはいられない真摯な受動 そのふたつさえ在れば 暮らしは容易に相違ない 実に、難解な話など 無いことになる ---------------------------- [自由詩]美しい一滴/千波 一也[2019年12月3日14時54分] 不意に 思いもよらず突然に この胸を満たすワンシーンがよみがえる なんの前触れもなく 伏線もなく なにかを思い出すとき わたしたちはようやく心あたる それを忘れていたことに 心あたる 努めて ひたすらに呪詛を唱えるように 忘れようと励んでも それはきっと離れてゆかない 忘れようとしていたことすら 遠い岸辺になり果てた頃に わたしたちは ふと気づく 願ってやまなかった忘却のなかに わが身のあることを ふと 告げられる なにかのはずみで ささやかな時刻と再会するとき わたしたちは「忘れる」という魔法の 結実のなか 華やかさはなく 凄みもないけれど その愚かしさゆえにこそ その哀しさゆえにこそ 疑いようもない循環の 確かな一滴としての 美しい日々が キラキラと 生かされてゆく  流れつくさなかに多くと出会い 流れつくまでに総てを忘れても わたしたちはみな 美しい一滴 偽りようもなく あらわに ただあらわれてゆく 小さな小さな祈りを載せて ---------------------------- [自由詩]半月/千波 一也[2019年12月4日15時50分] 半分満ちてる月かしら 半分欠けてる月かしら 半分輝く月かしら 半分隠れた月かしら あなたの空の半月は どう呼ばれるのが良いかしら 半分足りない月かしら 半分進んだ月かしら 半分淋しい月かしら 半分愉快な月かしら わたしの空の半月を みんなはなんて呼ぶかしら 半分不思議な月かしら 半分綺麗な月かしら 半分途切れた月かしら 半分そろった月かしら ---------------------------- [自由詩]ひとの背中に書かれた文字を/千波 一也[2020年1月17日13時16分] ひとの背中に書かれた文字を読めていたならば 放ってはいけない言葉を慎めたかも知れないけれど 触れてはならない傷を避けられたかも知れないけれど 読めないほうが幸せだと信じていたい ひとの背中に書かれた文字を読めていたならば どんな願いごとを秘めているのかが明るみになるけれど どんな期待を背負わされているのか明るみになるけれど 読まれないほうが有難いに決まってる ひとの背中に書かれた文字を読めていたならば ひとのこころを知るための道のりは易しかっただろうか それともそんな道ごと消えてしまっただろうか ひとの背中に書かれた文字を読めていたならば わからないことに悩まずにすむ喜びが待っていただろうか それとも喜びなどは失せてしまっていただろうか ---------------------------- [自由詩]水のうた/千波 一也[2020年1月17日13時18分] いつかどこかで嗅いだような 懐かしい匂いの言葉がある いつかどこかで聞こえたような 懐かしい響きの言葉がある わたしの中を言葉はめぐって 言葉の中をわたしはめぐって わたしが歌っていたのか 言葉が歌っていたのか もう、わからない 乾いた身体に水が流れるとき 命が目覚める音がする まるで水自身が乾いていたかのように みずみずしい喜びが満ちて流れる それゆえわたしの愚かなうたも小さなうたも いつか許されるに違いない わたしの知る容易さよりも遥かに容易に わたしの知る複雑さよりも遥かに複雑に いつまでも どこまでもしあわせな 水のうたを編んでいるかぎり ---------------------------- (ファイルの終わり)