どん底 2005年4月3日17時50分から2005年5月15日12時46分まで ---------------------------- [自由詩]露命/どん底[2005年4月3日17時50分] 逆巻いてゆく梅の旋毛の音 毛羽立ってゆく空の繊毛の音 双生の呼吸は必然と呼応し震えあって 楽想となりまだ鋭い風に乗る 独り春の闇を知らない その冬化粧がだいぶ薄れた君の横顔 ふいに孤をなぞって流れるもの それは涙ではないような気がして 地に近づいてゆくほどに漉されてゆく 独りうすく折りたたまれてゆく冬 ざわめく梅と空 折り目はその震えに寒さをおき去りにし だまってそれを君は見て 非力な手をかかげ風にそよいでいる 独り足音を偲ばせ啼く闇 ざわめく梅と空 大気はその震えに淘汰され だまってそれを君は見て うつろな声をささめき風にそよいでいった 独り時はながれ続けていた 君の姿はもうない ただそこには幽かな震えだけが 淡い色をつけ棚引いていた 楽想は君には届いたのだろうか すると鋭い風が朧気にうそぶく 彼女はもう人ではなかったと 全てはすべてを放し隔てそして離した もうその楽想を知るものは誰もいない そう一人その地で濾過された何かをのぞいては ---------------------------- [自由詩]マーク/どん底[2005年4月17日20時23分] 重く重くぶれた日の或るひかり カーテンのない窓辺には マークと名づけた鉄線の花が一鉢 そのひかりを啄ばんでいる 今日お母さんの夢をみた あたしを掬いあげてほほ笑んでいた ああ、あたしは腐った水だったんだ (あたしとの視線はひとつもあわなかったけれど) でもお母さんはほほ笑んでいた 今日お父さんの幻をみた あたしを吸いあげてほほ笑んでいた ああ、あたしは腐った空気だったんだ (あたしとの会話はひとつもなかったけれど) でもお父さんはほほ笑んでいた 今日あたしは あたしという現実は ああ、たしかに腐っている お母さんは背中しか見せないけれど ああ、たしかに水を掬いあげて食器を洗っている (あたしの食器は一つとてないのだけれど) お父さんはあたしが見えないけれど ああ、たしかに空気を吸いあげて煙草を燻らせている (あたしのお腹は煙でみたされているけれど) ああ、それはあたしではないけれど ああ、そこにほほ笑みはないけれど ああ、たしかに視線も会話もなく ああ、たしかにあたしは腐っている 重く重くぶれた日の或るひかり すきま風が吹く窓辺には マークがその鉄線の花の字のとおり ちいさなバリケードを張って わたしをそのひかりから守ってくれる 今日あたしは本当に消えてなくなろう あたしはここにいるけれど あたしはあたしじゃないから あたしはもう消えているけれど あたしはあたしとして消えてはいないから だから今日本当に消えよう 重く重くぶれた日の或るひかり くもの巣が掛かった窓辺には あたしの嫌いなでもどこか望んでいたひかり マークはそのひかりを啄ばんでくれる ねえ、マーク あたし消えるよ せめてあなたの肥やしとして だから示してほしい あなたがあたしを吸いあげて あなたがあたしを掬いあげる その道しるべを 今度はもっとたくさんの 花びらの生えた風車の花となって ねえ、マーク はやく空たかく飛ぼうよ あたしが大好きなあのひかりのもとへ たとえその日が重く重くぶれていようとも ああ、もう腐りはしないよ 今はあなたが誰よりも あたしのそばにいるのだから たしかなあたしがここにいるのだから あなたにはあたしが要るのだから あたしが要るのだから ---------------------------- [自由詩]爪音/どん底[2005年5月15日12時46分] 君よ ひつぎに爪をお立てなさい 嗚呼 なんといびつに枯ればむ狂騒よ 爪音に滲む土のにおいよ かなで落つるすべての草花と樹木の根のねいろよ 毟れたその爪よ 寂びた血で凝固したその爪よ 君よ ひつぎに爪をお立てなさい  森のけものたちの逆巻く感覚に似たその背骨よ かなたで脈打つ清水のしなやかさに似たその鎖骨よ 腐植土の中とうとい孤独に湿る葉かげに似たその肋骨よ 骨髄にしみわたるバクテリアのこわねよ 軋みこすれる磨耗の音楽よ  はてしない君という音吐よ 君という大気のふるえよ 君よ ひつぎに爪をお立てなさい なんと望まれないたましいよ 狂おしいほどに醜く その穢れは太古のみどりのように あやしく ひそかに 濃く 酷に酷に 然れどなんと美しくかなでられるたましいよ 君よ ひつぎに爪をお立てなさい はてなくかもし熟れゆく旋律よ はてなくおいしく腐れゆく戦慄よ とりどりの生の空音も死の遠音も すべては君へとつたって 嗚呼 なんとおもくにぶく澄みわたる音楽よ 君よ 僕のいとおしい爪音よ ---------------------------- (ファイルの終わり)