塔野夏子 2019年4月17日15時48分から2020年10月23日14時36分まで ---------------------------- [自由詩]春の脈拍/塔野夏子[2019年4月17日15時48分] やわらかな緑の丘の上に 少年たちが一列に並んでいる 一人ずつ順に チューリップに化けてゆく そしてまた順に 少年へと戻ってゆく 少年たちの頭上には 半透明の心臓がひとつ浮かんでいて とくん とくん 春の脈拍を打っている ---------------------------- [自由詩]Dance Ephemeral/塔野夏子[2019年5月1日13時41分] 蒼ざめた夢を見つづける者だけの胸に結ばれる純粋星座 いつからか閉ざされたままの実験室 硝子器具たちのあいだの恋の囁き 解かれてはならない方程式を無造作に壁に書きつけ 夜明けに扉を開けて去った あれは誰だったか 巨きな天秤が双つの皿に音楽と色彩とを乗せて 虚空で揺れている 霊感と追憶との交点 常にうつろう美しき座標 ---------------------------- [自由詩]舟の歌/塔野夏子[2019年7月7日11時56分] 私たちは舟の上で恋をした 舟をうかべる水面はきららかで 私たちを祝福しているかのようだった 私たちはあまりにも 恋することに夢中だった 時が経ち 私たちはどこかへ行ってしまった けれど舟はまだそこにあり 水面はやはりきららかだ 私たちが 舟の上で 夢中で恋したことを 忘れ果てても 舟はなおそこにあるだろう 水面はいつまでもきららかだろう ---------------------------- [自由詩]邂 逅/塔野夏子[2019年7月19日14時00分] 身の内に云い知れぬ狂おしい憧れを 抱いている者どうしの 身の内に暗く轟く世界の崩落を 抱えている者どうしの 目くるめく共振 其処から次々と幾輪もの蓮の花がひらく 互いのそれまでの日々が尾を曳いて舞いあがり 天空で新しい星座を描く 数多の仮面(ペルソナ)が砕け飛び散り 無垢な貌が見交わされる 聞こえるのは はじめて聞く だがかぎりなくなつかしい楽の調べ――   それは束の間の夢かもしれない   それでも あるいはだからこそ   互いの存在を   この上なくあざやかに   深々と 証し合えるのだ ---------------------------- [自由詩]Happy Birthday/塔野夏子[2019年8月3日11時22分] あの夏の朝に 私が見たものは何であったか まばゆいかなしみがほとばしり そして私は そのまばゆさのままに 一心に 泣いたのではなかったか        * あ  あ あ     あああ これは夢の中の昏さです 誰か 応えてください このかたちのない昏さの中の 標をください あ あ  ああ あ   ああ      あ        * ちがうちがう 数えきれないノイズ をかき分けて泳ぐけれど さかなのかたちにはなれないまま ただ心は云いつづけている ちがうちがう これじゃない ここじゃない けれどノイズは 増殖をやめない        * 充溢した箱庭 空虚な箱庭 充溢した箱庭 空虚な箱庭 の市松模様        * もう忘れ去られたメッセージと 未だ届かないままのメッセージとが はるかかなた うす青くさびしい空間で ひそやかに 口づけをする        * 祝福された午睡の中に滴る蜜        * 僕は遊歩する 遊星の上を遊歩する 遊星は 僕を乗せて 座標にあらわし得ないところへと 遊離してゆく        * さあ ここへおいで 目の前には あふれる花と果実 頭上には みずみずしい星々 そして何よりも とっておきの贈り物は その白い箱の中に入っている あけてごらん 極上の 純粋な 忘却だよ        * かえりたい どこへ わからない でもたぶん それは遠い処 ただひたすらになびく せつないなつかしさ いつからか心に流れる かすかな歌 かえりたい どこへ わからない それはもう かえれない処なのかも しれない それでも せつないなつかしさが ひたすらに たなびきやまないから        * 薄紫の結界の中で 壊れてしまった玩具の天使を眠らせる ひしゃげた光を放つ 灰色の月が視ている        * 絵を喪失した額縁たちが ただ何も云わず 街路を行進してゆく 絵たちはどこへ喪われてしまったのか それをもう誰も 問うこともない        * 君が居る 君が君であるままに まじりけなく其処に居る そんな君に対峙するには 僕の持つ仮面の数は あまりにも多すぎる ただ其処に君が居る そのことだけを ただしずかに心に映す        * 夏が歌うから 私たちも歌いながら歩いた 夏の歌は まるで終わりがないようで それでいて最初から 美しくものがなしい終わりに満ちていた        * おそるおそる触れる そっと触れる 手のひらでではなく 指さきででもなく この心の いちばん繊細微妙な やわらかいところで 祈りのような気持ちで そっと触れる 震えながらそこにある たましい という言葉に        * 青いしずかな夜明けです 別れを告げるのに なんとふさわしい情景でしょう 私は手を振ります さよなら さよなら 私 また逢う日まで もうひとつの誕生日が この世界に降り立つまで ---------------------------- [自由詩]真夏の秘密/塔野夏子[2019年8月9日22時40分] 真夏という結界が解けないうちに その中で身体の輪郭が 虹色に光っているうちに 口づけを交わすがいい せつなく囁き交わすがいい 夢幻のようであればあるほど あざやかに灼きつく一刻一刻 遠雷の不穏な響きさえ 甘やかな戦(おのの)きと化して 真夏という結界が解けるまでの 狂おしく果敢(はか)ない儀式に すべてを捧げ尽くすがいい 醒めた後の果てない空虚を かなしく予感しているとしても ---------------------------- [自由詩]静 物/塔野夏子[2019年8月15日10時51分] わたしという器に 一塊のさびしさが盛られている それは 昏い色をしているのだが 光の当たりようによっては 時に ほのかに真珠光沢を帯びる箇所があったり ほのかに虹色を帯びる箇所があったり ところで わたしは この一塊のさびしさを容れている器なのだが とすると このさびしさを 描写しているのは 誰 なのだろう ---------------------------- [自由詩]晩夏の雨/塔野夏子[2019年9月1日11時34分] 濃密だった夏が あっけなく身体からほどけてゆく 世界から色を消してゆくような 雨が降る 雨が降る あの光きらめく汀を歩く 私の幻は幻のまま それでも 夏はこの上なく夏であったと 青い頁に記して いつのまにか其処に出現していた 静かな九月の扉に ためいきとともに そっと手をかける ---------------------------- [自由詩]夢見る観覧車/塔野夏子[2019年10月9日11時56分] そこは見わたすかぎりの平原 誰もいない 誰も来ない その平原のまんなかに 円い緑の丘 そしてその上に観覧車 誰もいない 誰も来ない のに ただ静かに回り続けている 観覧車は 待っているのだ いつか誰かが来て 乗ってくれるのを 誰かが来て 乗ったなら 観覧車は見せてくれるのだ そのゴンドラの窓から その人がいちばん見たかった景色を 今は 誰もいない 誰も来ない けれど 観覧車は静かに回り続ける いつか誰かが来て 窓から見える景色に ゴンドラがひとめぐりするはかないひとときでも うっとりと見とれることを 夢見て ---------------------------- [自由詩]秋の思惟/塔野夏子[2019年10月23日11時06分] 秋の思惟が コスモスの群れ咲く上を流れている うす青く光りながら ゆるやかに流れている それは誰の思惟なのか 知らない……ただ秋にふさわしく さびしげにうす青く光って ゆるやかに流れてゆく もしかすると 私を知る誰かの思惟かもしれず 全く知らない誰かの思惟かもしれず あるいは遠い秋の日に 私みずからの心を 流れ出した思惟が めぐりめぐって今此処を流れているのかもしれず いずれにせよその思惟は うす青くさびしく光り 群れ咲くコスモスの紅の濃淡と 囁き交わすようで その色あいのうつくしさを 今はただ じっと眺めている ---------------------------- [自由詩]星空への螺旋階段/塔野夏子[2019年12月31日20時38分] 頭上にはきらめく星に満ちた夜空があり その夜空へと向かう銀の螺旋階段があった その螺旋階段を のぼってゆく二人がいた それもワルツを踊りながら くるり くるりと 軽やかに優雅にのぼってゆくのだ 息を切らすこともなく ただ軽やかに優雅に 夢のようにのぼってゆくのだ くるり くるりと…… うっとりと見とれているうちに いつしか二人の姿は星空へと消え 銀の螺旋階段も消え失せていた あの二人はもしかして かつての純粋だった自分と その自分が恋したひとではなかったか などと 思ってはみない方が 銀の螺旋階段と ワルツを踊りながら軽やかに優雅にのぼってゆく二人の イマージュは美しいのに違いなかった 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[自由詩]浅い春/塔野夏子[2020年3月19日11時26分] 浅い春が 私の中に居る いつからかずっと居る 浅い春は 爛漫の春になることなく 淡い衣のままで ひんやりとした肌のままで 佇んでいる (そのはじまりを  浅い と形容されるのは  春の特権でありましょう) 鴇(とき)色の雨を あるいは真珠色の日射しを ながめながら うっすらと微笑みながら けれどどこか うつろな眼差しのままで かたわらにいつも 菫の花を咲かせて ---------------------------- [自由詩]銀 化/塔野夏子[2020年3月31日14時56分] 外へ 外へと 言葉が拡散してゆくとき 内へ 内へと 深く問うものがある あの日の歌が回遊してくる おなじ言葉に あらたな意味を帯びて 今はただ あらゆる方向を指し示す 矢印たちのあいだをすり抜けながら かぎりなく自由な 精神のダンスを試みる 聖者が来ようと来まいと 救いはもたらされねばならない と 誰かが云った 遠い過去のこと あるいは未来のこと 外の混乱 内の混沌 そのはざまから透明な帆をあげて 進んでゆくもの 数知れぬ引き裂かれた叫びと 沈鬱な だが不思議に美しい旋律が 夢の中に幾重にも谺した 外へ 外へと 言葉が旅立ってゆくとき 内へ 内へと 深く訪うものがある 錆びた日々 うち捨てられた日々 その感触を 消えない傷にかなしく歌わせて 重い夜に思う 深く深く埋もれた何かが いつか幻よりも美しい 多彩な光を放つことを 古代硝子の銀化のように 今はただ あらゆる方向を指し示す 矢印たちのあいだをすり抜けながら はてしなく自由な 精神のダンスを試みる (透明な帆をあげて進んでゆくもの) 遠い過去のこと あるいは未来のこと 救いは思いがけないところから けれど気づかれないかたちでもたらされる と 誰かが云った あの日の歌が回遊してくる おなじ言葉に あらたな より広く深く響く意味を帯びて ---------------------------- [自由詩]春の福音/塔野夏子[2020年4月9日11時43分] 其処で揺れているのは 硝子細工のチューリップ 君のだいじなチューリップ どんな色の風が吹いても 春という季節のために 其処にただ咲いている いつか君の心臓が やわらかな福音を脈うつ その日まで ---------------------------- [自由詩]彼方が生まれる/塔野夏子[2020年4月17日11時42分] 詩を書くと 詩のなかに彼方が生まれる その彼方について詩を書くと そのまた彼方が生まれる 身体は此処にとどまったままで 幾重もの彼方の谺を聞く ---------------------------- [自由詩]薫る夜空/塔野夏子[2020年5月7日11時05分] 月が薫っている 星たちも薫っている 今夜は月と星たちだけでなく とりどりの薔薇窓が 大きいのや小さいのや しずかに廻転しながら いくつも空に浮かんでいるよ    この夜空のどこかで    シグナルとシグナレスのダンス こんなにも夜空が薫るから 夜空の下のたくさんの心から 甘やかな秘密が ささやきながら立ちのぼるよ 透きとおりながら 夜空を潤ませてゆくよ 月と星たちは薫り とりどりの薔薇窓たちは しずかな廻転をつづけ 夜空は数多の甘やかな秘密を抱いて まるでやさしく 波打つようだよ    この夜空のどこかで    シグナルとシグナレスのダンス 薔薇窓:ステンドグラスで作られた円形の窓。主にゴシック建築の聖堂などに見られる。 シグナルとシグナレス:宮沢賢治の童話のタイトル。鉄道の信号どうしの恋物語。 ---------------------------- [自由詩]マスカレイド・デスパレイト/塔野夏子[2020年5月15日17時47分] 踊れ   踊れ 誰も皆仮面(マスク)をつけて 踊れ   踊れ とめどなく流体化する世界の中で 踊れ   踊れ どのリズムで どのメロディーで それは好きに選べばいい 踊れ   踊れ ユートピアとディストピアが くるくると反転をくりかえす中を 踊れ   踊れ 思いがあるなら その思いのままに 思いがないなら その空虚を 踊れ   踊れ 踊れる時が 踊れる場所があるかぎり ただ決して 仮面を外すな   外したならあっというまに   そこから君の存在は脆く崩れ去って   とめどなく流体化する世界へ 呑み込まれてしまうのだから ---------------------------- [自由詩]共鳴する黄昏/塔野夏子[2020年5月27日16時30分] 幾重もの黄昏が 共鳴する中を歩いている 自分の黄昏 知っている誰かの黄昏 あるいは知らない誰かの黄昏 数知れぬ意識の黄昏 黄昏てゆくのは今日という日 あるいはなんらかの時世 あるいは遠い未来 夢 予感 いずれにせよ 幾重もの黄昏は共鳴し その中を歩いている その共鳴が美であるのか 黄昏てゆく先にある夜が どのような夜なのか知らず ただその夜はまたきっと 幾重にも共鳴するだろうことを思い 月と星の出現を待ちながら 歩いている ---------------------------- [自由詩]微睡む窓/塔野夏子[2020年6月13日11時02分] 微睡む窓から 静かな私が飛びたつ 静かさに沿うかぎり どこまでも遠くまで飛んでゆける さえずりや せせらぎや さざめきや ざわめきや を 内包しつつも 静かさは静かさのままで そのなかを 静かな私は静かなまま 飛んでゆく 飛んでゆく 静かさの浮揚力で どこまでも どこまでも 時と風がからみあう またほどける からんではほどけ 流れてゆく どこまでも どこまでも 微睡む窓が 微睡みからさめるその時まで ---------------------------- [自由詩]夜の襞/塔野夏子[2020年7月5日11時24分] 部屋の片隅に 壊れてしまった時がいくつか 転がっている それらは この夜に 透明な襞を寄せてゆく やがて その襞は 包んでゆく 君の記憶を あるいは予感を あるいは 記憶と予感とが 交接して生まれる何かを それは透明な襞に包まれて やわらかく息づいている その息づかいを感じるほどに この胸は薔薇へと変わってゆく 夜が果てるまで咲きつづけてゆく 幾輪もの薔薇になる ---------------------------- [自由詩]夏への自由/塔野夏子[2020年7月25日11時33分] ふたたび 夏への自由が 窓辺で翼をひろげはじめた   欲しいのは何   疾走感   浮遊感 誘われ 委ねゆこう 痛みの暗い罅を 抱いたままでも 夏への自由が 窓辺で白銀の翼をひろげてゆく 虹を滴らせながら   疾走感   浮遊感   お望みのままに ふたたび ひらかれた瞳で ふたたび 繰りひろげられる景色の中へ 誘われ 委ねゆくよ 痛みの暗い罅が なおも深く 疼いたとしても ---------------------------- [自由詩]夏の練習曲/塔野夏子[2020年8月5日11時09分] 清い流れに沿い 鶺鴒(せきれい)が閃くように飛んで 揺れるねむの花 ねむの花はやさしい花 と 誰かが云った 小さな手が生み出す 鍵盤の響きはたどたどしくても その無邪気さで 天使の声を紡ぐ 小さな嘆きにも 予期せぬさようならにも いつかは なぐさめが優美に降りたって 夏が来ると ことさらになつかしい帰り道 たどたどしい練習曲が 聴こえる ピアノの初心者によく使われる「ブルグミュラー25の練習曲」からいくつかの曲タイトルを詩の中に入れています。現在出ている楽譜では、タイトルの訳語が変わっているものもあるようですが、私が習った当時のものをここでは使いました ---------------------------- [自由詩]夢海月/塔野夏子[2020年8月23日11時14分] 晩夏の 午睡の 淡い緑の濁りの中を 海月が漂う 一匹 二匹 三匹 四匹…… 海月たちは 優婉に 漂っている 半透明のからだを ときおり 仄かに虹色に光らせて 一匹 二匹 三匹 四匹…… それは優雅な 舞のようで けれどわかっている 手をのばして 触れてはいけない 毒の痛みにうたれて 目が覚めてしまうから あるいは 夢から覚められなくなってしまう から 海月たちは 淡い緑の濁りの中を ときおり 仄かに虹色に光りながら 幽遠に 漂ってゆく…… ---------------------------- [自由詩]ローグ/塔野夏子[2020年9月19日11時28分] 其処は中庭 周囲がすっかり閉ざされて 何処から入ればいいのかわからない中庭 其処で プロローグと エピローグが 手をとりあってくるくると回っている モノローグと ダイアローグが 寄りそいあい接吻を交わす ローグ ローグ ローグたちは 其の中庭でとりとめなくとめどなく 戯れあう 時に互いに際立ちあい 時にまじりあい融けあい プロローグはエピローグに モノローグはダイアローグに いつしかなりかわっていたり ローグ ローグ ローグたちの 変幻自在なダンスは続いてゆく 何処からも閉ざされているのに すべてが通過するその中庭で ---------------------------- [自由詩]乾いた音階/塔野夏子[2020年9月27日12時05分] 九月が 群れをなして飛び去ってゆく 胸には 乾いた音階 湖畔を歩きながら あのひとと約束した ――次に会うのは オールトの雲あたりで やわらかな忘却が 夢のふちで微笑んでいる 空虚と諦念 その裏の炎と水 あのひとの瞳に映る空と虹と 闇と光と 花々をそよがす風と 霧に包まれた街路と そこをゆく人の背と ――次に会うのは 彫刻室座超空洞のまんなかで 乾いた音階から 音符がひとつひとつ はぐれてゆく 何処へ 空虚と諦念 けれど その裏に炎と水 やわらかな忘却を眠らせて あのひとの瞳が映したあらゆるものを またあらたな音階へと 紡ぎゆける日まで ---------------------------- [自由詩]長い夢/塔野夏子[2020年10月11日11時49分] 長い夢を見ていたようだ 白い陽が ハイウェイの彼方へ落ちてゆく 言葉がひとつ ふたつ 淡く発されては消えてゆく 別離の色彩が こんなにも静かでやさしいことに 少しとまどいながら 長い夢を見ていたのかもしれない 君のいくつかの無造作な覚醒 無邪気な忘却 透明なフィルムになり胸を流れる ひとつ ふたつ 互いに淡く発する言葉は まるで遠くから聞こえてくるようだ 別離の色彩は ただやわらかくにじんでゆく ああそういえば 景色のどこかに いつも桟橋が見えていた日々だった 長い夢であったならよかった のだろうか 白い陽が 巨きく虚ろな秋の彼方へと ゆっくりと落ちてゆく ---------------------------- [自由詩]セルロイドの秋/塔野夏子[2020年10月23日14時36分] 多分 午睡の夢に 君がくれたセルロイドのホーリーカードが 舞い込んだんだ だからほら 空は薄青いセルロイド 雲は白いセルロイド どちらも淡く虹色を帯びて 道の両側に咲く ピンクのコスモスの群れもみんなセルロイド だけどこの光景に とても似合うだろう君はいない だからひとりで ずっと歩いてゆく それともこうして歩いてゆけば 君のいるところへたどり着くのかな 目をさますと 君がくれたセルロイドのホーリーカードに 白い薄陽が ななめに差していた ---------------------------- (ファイルの終わり)