たりぽん(大理 奔) 2010年7月1日23時17分から2019年2月10日1時20分まで ---------------------------- [自由詩]ねむれたか あさまで/たりぽん(大理 奔)[2010年7月1日23時17分] ベットソファ 枕元のくずかごに ティッシュを捨ててしまったので 熱射病気味のわたしは ひと晩中、このかおりの 林をさまよう夢の中でした 不器用に明るい下草を踏みしめると やわらかく沈み込む 五本の指が露に湿って はじめて、午前五時四十三分のそらの あの明るさだと気付くのです コンビニのおにぎり棚は 捨ててしまった本棚のように空っぽで 満たすものは冷たく凍りつき 電気仕掛けのあしたが 今日と変換されます 靴底を張り替えた それでも履き慣れた靴で バス停に立つと 誰かの吸い殻を つま先で蹴飛ばすのです そろそろ不機嫌に 迎えに来るのでしょう ---------------------------- [自由詩]夏の朝に似ている/たりぽん(大理 奔)[2010年8月6日23時14分] 汗ばむいつもの朝 あの夏の積乱雲 輝く輪郭に隠された いくつかの胸騒ぎ 終わるのでも始まるのでもない そんなめまいだけの朝に 散りばめられた笑顔の なんと残酷なことだろう いらだつ夏は ぐるぐるとまわるだけの 病の床のぬるい氷まくら 思い出せない夢の熱量が ただただそらに積み上がり いつか 音速で激しくそらを割り 季節は還ってゆく それはまばゆい夏の あの胸騒ぎ 昨日を凍らせる冬が来て そのまま雪が覆いつくしたなら 誰も見なかっただろう景色 だけど夏 何もかもが似ている 終わるわけでもなく 始まるわけでもない そんなめまいだけの朝に のどが渇く のどが渇く それだけが夏 奪われずにあるものが 笑顔のように 散りばめられて 安っぽい拡声器から いつもとかわらぬ 祈りが聞こえる ---------------------------- [自由詩]ねったいやのよかん/たりぽん(大理 奔)[2010年8月17日23時52分] 奉る灯りの夏の星 あまりの暑さに消えかけた 高層雲の秋かすみ 季節を越えて幾たびの 三等星たちが 高圧線をでたらめに弾き 管弦楽も知らないくせに なにやら口ずさむ ホオズキ色の教室のうた 懐かしい記憶ばかりを閉じ込めた風船を 星が染み出す夕闇に 今日、ひとつ放つ するりと手のひらに触れながら 遠くへ消えた指先のように ためらいも、声もなく 私はそれを忘れることができる 悲しみは重力にひかれるけれど 風船は高層雲のもっと先で 自由に黄道線をつま弾くので 私はもう、しあわせに ちかづけたのだろうか 祭灯りの街の夜 なるべくたくさんの風船を、と 両手をあげて からだを軽くしていた 風船を失ってしまったので 重い靴底を減らすために 私は地下鉄へとかえっていく いいかげんなオーケストラの ドラムの音ばかり響く あのねぐらへかえっていく あしたからの ねぐらにかえっていく ---------------------------- [自由詩]口笛についての/たりぽん(大理 奔)[2010年9月2日22時27分] 口笛についての十箇条 という本を手に取る 森は今日も図書館だ また迷い込んでしまう 薬研堀の夜景は夜飛ぶ鳥たち、の巣 漏れ出したようなかすかな星空よりも 営みの湿気をまとった森の夜光虫たち 頁をめくりながら獣道を踏みしめて 歩き煙草の煙にむせる もう生きているかどうかの自信がないので とりあえず一番綺麗だと思った花に 少し水を注いでみると 今日が明日にかわるのを 感じることができるかも知れない それでからだを取り戻せるなら そんなに嬉しいことはない また頁をめくる 図書館がいつの間にか 場末の万華鏡になってしまったので ぐるぐると 本を頭の上で回してみる 今日の口笛は六箇条しか守れなかったけど どうだろう 漏れ出したようながなり声よりも 夜飛ぶ鳥たちの さえずりのように聞こえないだろうか そんなものだろ そんなものだろ ---------------------------- [自由詩]ひとりしばいのけしょうどうぐ/たりぽん(大理 奔)[2010年9月12日22時18分] けさ見つけた虹の分光率を 記憶のプレパラートに照らし合わせます 虹は厚みを持たないので それがふさわしい隠れ家なのです もっとも似ている屈折率を 大地の公転軸に合わせて傾けながら 夕日に透かすようにかざしてみます 薄っぺらなものはなんて綺麗なんでしょう 赤方偏移したまま ずるい感じで濃紺色の冷却層に そんな実験です   傷つくのは私一人でいい どうも信号の分離が悪いようです 試料をそろそろ片付けましょう 綺麗なものだけを保存するために 液体窒素だって用意しています   つめたいだけの 貼り付けた虹が割れないように 一日かけてゆっくりと冷やしていきます 薄っぺらで儚いものは こんなにも美しいのです   分離され薄らいでゆく私のかげ まだ半透膜フィルターが安定していないようです   虹色のシャツがとて   も似合っていたね 凪いだ夜は再利用可能エネルギーの電圧が不安定です   髪の長さも切り過ぎな   んかじゃないよ 保存庫の温度が上昇してしまっています   あったかいね 今日の実験は失敗のようです 副作用を私は覚悟しなければなりません すべての電源を落としたら 暗闇に寝床をおき横になって けして目を開けてはいけません けして目を開けてはいけません まぶたの裏の残像を寄せ集めて また明日のために きわめて薄っぺらでとびきり美しいものを 手に入れられないから美しいものを むねの奥に隠すのです ああ、また 傷つくのは と ---------------------------- [自由詩]駅・上郡/たりぽん(大理 奔)[2010年10月2日23時44分] そのまま東へ進めば 青春時代を過ごした街まで たどり着くのだろうけど 特急が進行方向を変えたら あの北の雲の先に 私の帰る場所がある 中途半端に古ぼけた駅舎の 売店はもう閉まっている土曜の午後 人もまばらなプラットホームで 二両編成の特急スーパーいなば 車掌と運転手が慌ただしく交代して 低く唸るディーゼルエンジン 生温かな輻射熱に汗ばむ 自分で決めた行き先なのに なにかにゆだねたような 焦燥感でのどが渇く そうか いつだって渇いていたな だから 寒く湿った波の先を ずっと防波堤で見ていたのだったね 文字だけになってしまったいまでも 「こっちはもう寒いから、なにか羽織ってきてね」 私はどこに帰るのだろうね 車内アナウンスを車窓の遠くにききながら 私はどこにかえるのだろうね ---------------------------- [自由詩]ある日の夜明け/たりぽん(大理 奔)[2011年1月8日21時55分] 夜明け前の街に出ようと ドアを開けると 遠くでクラクションが 冷え切った空気をカサカサにします なにかに溶けていく夢を 見終わる前に目覚めたようです 夜明け前の街に出ようと思ったのは こんな日だからかも知れません コンビニの駐車場で 中身の残ったコーヒー缶を蹴飛ばしてしまい ごろごろって湿って 昨夜の私のようです よろめくほどに後ずさり 臆病な犬のように目を背けるのです それでも 私は自分を捜したりしないでしょう だって、晴れた夜に星座を読めば どこに立っているかだってわかるでしょう? 輪郭が曖昧なまま 生まれたのは こんな日だったかも知れません そらを雪雲が低く覆っているので こんなにもうっすらと 行方をぼんやりとさせるのです   世界と自分を隔てていたものが   この皮膚ではないと予感したから   何も捨てることなく   そのドアを開けて出かけるのです 薄暗い街で ぼんやりとした今日の始まりを いつもの歩幅で切り取りながら   始発の路面電車が弦で火花を散らして   湿った汽笛を鳴らしたようです   ---------------------------- [携帯写真+詩]窓の向こうに/たりぽん(大理 奔)[2011年1月12日22時53分] 飛び込みたくなるような星空 私は綺麗なものを手に入れる事はない ぼんやり窓のこちら側で輪郭を失うだけだ ---------------------------- [自由詩]冬の眷属/たりぽん(大理 奔)[2011年1月23日21時48分] 寂しかった日のように ひと晩で降り積もった雪が きれいな景色だけを水銀灯に貼り付ける 夜明けすら凍らせようと 港では恐ろしいものが渦巻いている (賀露の蟹漁船は眠りにつくころ) わたしを捕らえて縛り付けようと 激しく涎を風に散らせながら 獲物を隠そうとする冬の眷属の影 雪起こしの稲妻があぶり出す 家路につくわたしの足に絡みつき (寂しかった日のように) こんなにも荒くれた季節をとおり抜けて このまちを離れるということは 温かい笑顔と音楽から逃げだし 冷たく掴まれた足首がしびれても 足跡が吹雪にかき消されても (わたしを捕らえて縛り付けようと) カモメも消えた トンビも消えた クスノキも消えた イチョウも、 消えた (こんなにも荒くれた季節をとおり抜けて) それでも透明に埋もれた 凍えたわたしのこの胸をとかそうと あなたはbourbonを湯で割って 少し細身のグラスに注いでゆく 湯気のような雪煙にむせる (カモメも消えた) 三連風車も消えた 灯台の灯りも消えた 滑走路の星座も 路地裏の看板も、 消えた 蟹漁船が眠りにつくころ それでもわたしは逃れるように 家路につこうと雪を踏むと 小さな悲鳴たちが この胸を、また凍えさせる ---------------------------- [自由詩]まひるのりんかく/たりぽん(大理 奔)[2011年2月27日21時09分] うすあかるい 海風が流す真昼 爪のように剥がれ落ちた 湿った雪がすべてを埋め尽くそうと 降りしきっています   昨夜の暗い雪雲の切れ目に凍えた   遠い闇に抱かれた青白い星が寂しすぎて   眠れないとメールをくれた君は   きっといまごろは曖昧なこの昼を過ごし   雪原という名の鳥取砂丘に   わたしが立ち尽くしていることなど   思いもしないでしょう 帽子にも、肩にも、背の低い松にも その存在を埋めてしまおうと 雪は無情すぎるほどに冷たく降りしきってはいるけれど ぼんやりとした私のかげを埋め尽くせないことに びゅうううと、風がいらだっているようです かげは私の輪郭。 誰にも消すことのできないそのままの立像 踏みつけても投げ出しても この世に私を縫い付ける、私だけの投影 たとえば、あなたのかげが重なって ふたりという輪郭をこの世に縫い付けようとしても 重なりきれないかげの濃淡が そのままフラクタルな明日や明後日に むなしい言葉を生み出すだけなのです だからかげのない暗闇で 私たちは重なるのですね   凍える指で   眠りたい、と私はあなたに返信します   埋もれてしまいたいのだと雲に願います   うずくまる防砂林   まっくろな防砂林 うすあかるい真昼に ぼんやりとした輪郭すら埋め尽くせない雪 不機嫌に、ごおおと波のように唸って、 沖にむかうランプ漁船が 影踏みする子供のように 見えたり隠れたりしているのです ---------------------------- [自由詩]あのポスト( 2010 )/たりぽん(大理 奔)[2011年3月8日23時05分] あなたへ宛てた私の言葉は 文字になってしまったせいで ひどく真ふたつに折られて ポストの暗闇にゆだねられる 会えないひととの こだまではかる、距離 夜半、玄関先の物音を待つ ああ、そんなふうには 届かないのだ 届かないのだけれど ---------------------------- [自由詩]遙か、月虹。/たりぽん(大理 奔)[2011年3月21日14時05分] 密やかに正体を薄らげる かすかな雲に七色のにじみ 月はいつもひとまかせで 美しい虹色の夜景を照らす ネイルを数えるように なにもかもを数える声 それらすべての合計は 生まれた数に等しい 月虹、 重さが知りたいだけ あなたを照らすものを知りたいだけ 聖者のような警告も聞き飽き ほんとうの暗闇を手に入れれば 街灯が僕を照らす ひとまかせな、かげをまわす 今生きているぼくは 生まれたボクに等しいだろうか 密かに正体を薄らげて なにもかもを 数える声 ---------------------------- [自由詩]駅・江波/たりぽん(大理 奔)[2011年3月21日23時47分] 広島で一番 遠いところが見えるのはどこかときくと 君はちょっと首をかしげながら 「江波山」だねって答える 去年だったかな それっきり忘れてたけど 遠くが見たいと考えた途端に 君の怪訝な顔と一緒に思い出す 木の床のオイルの匂いが懐かしい けれども現役の単車が けたたましく停まるとそこが終着駅 山にむかって歩き出す 山頂には気象台があって レストランがあって 瀬戸内海が見えて 自動車運搬船が見えて ふもとには一番うまいとはなしに聞く ラーメン屋もある 夕暮れだったせいか 思ったほど遠くは見えなかったけど 目を閉じると ずっと遠くが見えた気がした 北風が寒くて 少し震えても抱く肩もないから 観音様の脇から小さな漁港にむかって 斜面に張り付く集落の 路地を小走りに駆け下りる (犬がワンワン吠えている) なにか海臭い生き物の匂いが 工事中の高速道路をさえぎっている 振り返って気象台を見上げる どこまで遠くが見えるのかな そんな独り言にはおかまいなく 横川行きのパンタグラフが ビシッと激しくスパークすると また君を思い出す (もうすぐ山桜かな) 今日は川沿いを歩いて帰ろう ---------------------------- [自由詩]ひるまっからそらが/たりぽん(大理 奔)[2011年5月22日21時55分] 昨日が楽しすぎたから 今日こんなに寂しいわけじゃない 嘘をつくのだって ほんとうのせいじゃない 雲が浮かんでいるのではなくて 空が高いだけ そうやって そらをはみ出していく そうだろ 、とり   ちっぽけなかけらを   この川に浸しておけば   どんな結晶になるんだろうね   それが   胸元に揺らせるぐらい透明なら かぜが湿っぽいね 遠くで雨が降っているようだ 傘のように守ろうか それとも はみだせないそらから ひるまっからへんなまぼろしだ 昨日が楽しすぎたから、 そうじゃなくて そらが高いだけ そうだろ、そうだろ? ---------------------------- [自由詩]朝・七時五十三分/たりぽん(大理 奔)[2011年8月6日8時59分] ちーちゃんの誕生日の朝 いつものように洗濯機のスイッチを入れる 昼前には電話をしよう 生まれてきたことをお祝いする日だ。   ぽかんと夏空がおおいかぶさり   蝉は式典に関係なく鳴き続ける   赤いコーラ缶片手に   短パンを履いた外国人観光客が   爆心地を写真におさめる   言葉だけでは救われない傷が   みどりの心臓には刻み込まれている   通勤で毎朝見かける朝の清掃   公園は綺麗になっていくのに、   だのに、世界はどうだ。   やりきれない体温で乾いていく   カサカサと   折り鶴が風に音を立てる   繰り返す、哀悼の音だ 今日はちーちゃんの誕生日 妙に蒸し暑いよるのせいで 汗をたっぷり吸った下着を放り込むと いつものように洗濯機のスイッチを入れる 服が綺麗になった分だけ 水が汚れていく 生まれてくることだけが抗える 届かなければつなげばいい 蝉だって鳴くし、ネコだって鳴く そして ボクだってなくのだ 昼前には電話をしよう そして、未来の話をしようよ ---------------------------- [自由詩]ふりつもるものに/たりぽん(大理 奔)[2011年9月6日0時37分] 雨や雪やもしくは火山灰 降り積もるものに閉ざされるとき あおぞらに解き放たれた高層雲が眩しいとき それら、数え切れない ゆえに無限に近いものを見上げるとき からだは静かな楽器になるのです 鼓動の数を数えはしないように 星の数を詠んだりしないように 手に触れることの出来る命しか知らないので ひとりぼっちで生まれてきたことを 時々かなしんだりします どんなに皮膚の外側で 明日について楽譜がかかれても 生温かな液体に満たされて 静かな楽器は身勝手に音を奏でます 聞こえますか、灯台の先で砕ける声が 行く先を示そうとするものに打ち付ける でたらめなうた それが昨夜のわたしです 秋波を乗り越えながら 舟がどこまでも どこまでへもたどり着きますようにと 降り積もるものに 解き放つものに 冷たく包み込むその指先に ただ想う、あなたに やさしい夜がおとずれていますように それであればこのまま わたしは、数え切れないものに 閉ざされたままでも それはそれでしあわせなのです ---------------------------- [自由詩]駅・東花園/たりぽん(大理 奔)[2011年9月24日20時54分] いつも七時二十四分発の各駅停車 難波行き二両目のいつもの扉の列で 君を待つのがボクの日課だった 布施までの短い時間の満員電車の距離が ドキドキする未来の始まりだと信じて アルバイトが早く終わった日は 恩地川沿いの堤防にバイク止めて 君の部屋の灯りがともるのを待ったりして また明日の朝会えるのに なんだか生駒山の稜線がぼんやりとして 高架になってしまうと 君を待った構内踏切も無くなってしまうね 遮断機が上がってボクを見つけたときの 笑顔のように どこかに消えてしまう ときおり、改札横の食堂で食べた 学食とよく似た味の玉子丼の 安っぽいしょっぱさが懐かしくなる なんでかな、いま、そんな味がしている ---------------------------- [自由詩]鈴月はしらない/たりぽん(大理 奔)[2011年11月20日21時07分] 夏を忘れたように 川面は揺れています 秋柿色に灼ける西のほうこうに 知っているそらはありません 路面電車を染める透明や 季節を渡っていく雲も 映す川面を揺らす風 みんな、私の知らない後ろ姿 まるで 綺麗とおもってしまえば 見えなくなる うつむいた三日月の 照らされぬ昨日です 雨の日はあの鏡も 濡れるのでしょうか 季節の雨雲のむこうで 怒りや淋しさに似たひとりぼっち そんなものに濡れるのでしょうか 誰にも見せることのない その滴を胸に流して 月だっていつか生まれたはずです 誰にも知られることない闇夜に だから、いまだに 私の知っている月はしらないでしょう あなたはそこに そのまま在っていいのだと 在ってほしいのだと 見上げたそらに姿を探せずに 淋しさや虚しさにこの頬を濡らして 誰にも知られずに叫んだ その言葉を 月は知らないのです ---------------------------- [自由詩]セントエルモ・シンドローム/たりぽん(大理 奔)[2011年12月19日0時24分] いつかうみに流れつく 地下水を求める根のよう 暗闇の先に 冷たい潤いを求めても 指先、未完成のまま そらに手を伸ばす枝 遠いひかりをからめて(雲に内緒で) 無性に全部、欠けてしまったら それは 欠けていないことに気付いて 結局影ばかりを追っている 夜が眠らないのは やさしく寝ているやつが居るからだ うみが眠らないのは やさしく寝ているやつが居るからだ そして許して 眠らないものは いつしか明日という別名で やさしさだけではとどかない行方に 薄っぺらな切手を貼って 投函する 根は届くだろうか枝先よりも遠くへ そらへ飛び込む鯨のように 息苦しい勇気 涙じゃない しおからいうみから そらへ生まれただけ さあ、鳥たちの星座盤をまわして 指先でひとつづきの物語を追う旅に出る 嵐は来るだろう? そんなことは とうの昔に知っているさ ---------------------------- [自由詩]十六時になったので/たりぽん(大理 奔)[2012年1月14日16時50分] 十六時になったので この川沿いのベンチから立ち去ろう 綺麗な夕日を 今日は見たくない 宮島行きの遊覧船が けたたましく船着き場を離れてゆく 週末は車が通れない元安橋 センターラインを踏んづけながら それでも 夕日の方向に歩いてゆこう 写真を撮る人はみんな望遠レンズ ほんとうに近づくこともなく 思い出だけを切り取ってゆく リベットだらけの本川橋を渡るころには 十六時六分 花屋の前で知り合いの女性とばったり出会う 同僚が風邪で倒れているので 食事を届けるのだという 「やさしいね」って手を振り 十六時十四分 横川行き電車をやり過ごすと 振り返ってボクは バイバイってつぶやいてみる 言ってしまうと未練が残るのに 埋み火のぬくもり 信じていたくて ---------------------------- [自由詩]なまえ、こおらせて/たりぽん(大理 奔)[2012年1月28日21時10分] さらさらとやさしいおとで 雪が全てを覆いつくそうと 冷たく白く、暗転の月夜で ひと滴ずつ凍りついています 道端にうずくまり 街の中でこごえながら 凍ることなく頬をつたうものを 故郷の名前に埋めるのです 遠くの三連風車や 夜桜のように雪をまとった桜並木 嵐のように激しい稲妻が 雪起こし、とやさしい名前で呼ばれたりします 口に出してしまった名前も 凍ることなく頬をつたうので 私は、降り積もった雪にそれを埋めて 毎日、まいにち 粉雪がそれを深くふかく凍らせていくのです 雪どけの季節になれば ゆっくりととけだして 桜を見上げるだれかの耳に その名前は届くでしょうか それが 鳥の鳴き声のようにきこえて欲しいと やさしい鳥の鳴き声に 指先を息でとかしながら 暗転の月夜をふり仰ぐと ひと滴ずつ凍結したものが 私の頬でとけだすのです そして 粉雪がそれをまた 深くふかく凍らせていくのです ---------------------------- [自由詩]エフビー・シンドローム/たりぽん(大理 奔)[2012年2月4日22時56分] 年賀状が届かなかった そんな知り合いたちが増えていく 高校時代にはじめて付き合って 胸かきむしるように別れた女性から 朝食のサブウエイにいいね!って そんなに乾くほどの時間が過ぎてしまった あいつが死んでしまったときに 連絡がつかなかった後輩から 見つけました!って18年ぶりのメッセージ 伝えたかった訃報はもう何年も前で 心配してたよって返すのがせいいっぱいで 昨日の居酒屋で燻されたマフラーから 煙草の香りが消えてしまい いつかはみんな言葉だけになって 伝えたかった言葉が 自分という井戸の底をのぞく三日月になって 揺らめきだけを縁取る つながることがすばらしいことだと 思い出すように、つぶやくだけなのに ---------------------------- [自由詩]夕焼けのあとは藍空/たりぽん(大理 奔)[2012年6月30日9時27分] また夏が近づいて 文字だけになってしまったあいつが 梅雨が穿った水溜まりで 湿った革靴に弾かれる 激しく、なにかにあこがれて そう信じて為すことの結末を嘘とはいわないけど 積乱雲越しのまばゆい落陽が 明日が来ることのほんとうを この頬にしょっぱく刻む 電停で路面電車に飛び乗るように 切符もなしで会いに行けはしない 文字だけになることは そういうことだ いつも同じ顔ですましている その横顔はほんとうじゃない 薄汚れていても 嘘つきでも 涙もろくても 寂しがり屋でも おまえのほんとうをカバンに詰めて 越えていきたかった ずっとずっと ほんとうのまま いっしょに越えていきたかった そんなに高いところで 笑うなよ ---------------------------- [自由詩]そんなまちにすんでいる/たりぽん(大理 奔)[2012年8月19日22時45分] いまだに焼かれている 真夏の紫外線に焼かれている 皮膚を失ったその石積みが 角質化した褐色のコンクリートが 汗ばむのは 放射熱、反射光 白いテントで防げないその閃光に 遠く台風雲を浮かばせる落陽に ハンバーガーをかじりサングラス 七分丈のパンツをはいた白人も シーバスを釣る釣り人も 北海道から反対に来たという 婦人の日傘も いつも反対が仕事の人も 悲しむ人も、笑ってる人も、怒ってる人も ガソリン焚きながら クーラーのきいた涼しい部屋で もうそんな世界は来ないとあきらめてる人も 灯篭を流す人も、儲かった蝋燭屋も もうずっと真夏だ のどが渇く真夏だ デンキがないと困る夏だ 発電すると怖い夏だ 夏だ、夏だ、 あの日からずっと夏で いまだにずっと やかれている びょうどうに やかれている ---------------------------- [自由詩]駅・広島/たりぽん(大理 奔)[2013年3月24日14時10分] 昨日は三川町の小料理屋で待っていました 結局、あなたは来られなかったけど ずっと想っていられたその時間だけが 私に届けられた贈り物だったのだと そう思うのです。 去ると決めたら懐かしくなる それがふるさとなのでしょうか? きっと、それは間違いで 自分が成長したと思える街が 私のふるさと。 今日は部屋を片付けています たどるように、紐解くように あなたのことすら 私は箱に詰めていく 旅立ちは残酷です 次の週末に 降り立ったときと同じように改札を抜けます ずっと、かわらなかった 猿猴橋町も生まれ変わろうとしています いつかまた、この街を訪れたら 今度は約束もせずにあなたを待ちましょう 贈り物を紐解いて 私の旅を終わらせるために ---------------------------- [自由詩]明日の忘れ物は今日に/たりぽん(大理 奔)[2014年3月2日19時47分] 生まれてきたときに、私はどこから来たのかと 問いはしなかった たぶんこの世からわたしがいなくなるのは どこで、とは問いもしないだろう 「忘れられないこと」が大切なこととは限らないように 「大切なこと」は忘れてしまったとしても たいせつなことには変わりがないので わたしは幸せでいられる 明日になれば今日は忘れ物 だけど「あしたも大切なこと」よりも 「きょうだから大切なこと」を忘れてしまいたい 毎日がたいせつな忘れ物になれば わたしは幸せで ---------------------------- [自由詩]雲の隙間を再び照らしている/たりぽん(大理 奔)[2015年6月11日0時42分] 誰かのせいであればよかったのにと 雨雲は思ったりするのだろうか ちぎり捨ててしまったカレンダーのすきまに 見える青空は私ではないけれど 月が反射するものを遮るもの もしくは雨粒が激しく歪めるもの 直線など存在できないと知っていながら そう仮定することで安心する ほんとうに思いのとおりならば 雲は白いままで雨を降らせたいかもしれない いつもとちがう軌道をたどって 自分だけの方法でたどり着きたいと 誰かのせい 私のせい わたしもだれか 月は反射された光なのか、反射する鉱質なのか くものすきまはそらなのか ぐるぐると はてしなく風が巻くので 「えいえん」などと、呪いをはいてみる 誰を呪おうか、そんなことも決めていないから それすら誰かのせいであれば 私はここにいなくてもすむのに ---------------------------- [自由詩]深度/たりぽん(大理 奔)[2015年7月26日1時12分] 目を細めてゆくと 遠くのものがはっきりとみえる 焦点を深くして 見通そうとするけれども 僕たちは 反射するモノのかたち 明るく、はっきりとした存在を競い 遠くとおくへ届こうとする 光年の光を覆い隠す   簡単なことだ   輝けばいい   自らをもやして   ただ   かたちだけが   うしなわれていく 一瞬にあろうとすることと とおくに届こうとすることが 同じ場所にとどまれないのは 月を輝かせるものが 不在の夜に気づく夜盗の気配   さあ、深度をとれ   深くふかく見つめて   誰かを大切に思うことは   夜道に影をひくこと   湿ったかおりのため息も   伝わらないことばも   ほんとうにあることに焦点をあてて   ありのままをみつめて 視界のすべてを そのときこそ みひらいた瞳で 焼け付くその瞬間に   伝えて、ことばで    ---------------------------- [自由詩]おれのたんじょうび/たりぽん(大理 奔)[2015年11月24日0時30分] 生まれました もうずいぶん前のことです そして、それを思い出す日です そんな日は 誰かの死ぬ日でもあります また、だれかが殺されたりもします そして、それを思い出す日です 命を大切にすることと命を奪わないこと 命を救うことと心を救うこと 同じなのでしょうか、ちがうのでしょうか ああ、そんなくだらない事を思いながら 夜明けを迎えてしまうのでしょう 今日はわたしとだれかのたんじょうび このよに生まれてきたことを思い出す日 生きるということがはじまった そんな日なのです ---------------------------- [自由詩]隠された、かくされた/たりぽん(大理 奔)[2019年2月10日1時20分] 誰にも見ることのない深淵で それは気づくこともない隠された場所で 寿命を終えた星の残骸を探すと言うことだ 望遠鏡をのぞくものには とても美しく、そして寂しく思えても それはとっても遠くにあって 僕たちは手に触れることもない そこから生まれた光はどうだろう 放たれた場所を失って旅するのは どんなに悲しいものだろう どんなに恐ろしい事だろう 戻れない旅は道のりを失い 還れないとわかっていてもその日を懐かしむから 僕たちは前に歩いて行けるのに 道はいつも小さな明かりに照らされても 明かりは誰にも照らされず 闇だけが、それをそっと受け止める くらく、隠された行方に ---------------------------- (ファイルの終わり)