のらさんきち 2017年11月18日17時36分から2017年12月25日4時39分まで ---------------------------- [自由詩]種を蒔く人/のらさんきち[2017年11月18日17時36分] 三万粒の種を蒔こう 言の葉を繁らせる たった三本の木のために 三百の花を摘んで捨てよう 人の心を蕩かすような たった三つの果実のために その一つは 時鳥に啄まれて逝った またもう一つは 知らぬ間に腐れて堕ちた 残されたただ一つの粒を 柔らかくもいで、両の手に包む 差し出すべき人を、両の目で探す ああ、幾時が経っただろうか! 誰も受け取らぬ甘き実は 熟れ爛れて今や 手の中で崩れんばかりだ もう一度、彼方を見遣る 右を見る、左を見る そして遂に 泣き顔のまま、むしゃぶりついた 手の中の醜い果実 酩酊を誘うような甘い汁に 塩辛い涙が入り混じって 顔中が、びしょびしょになる …… やがて、全てが無くなった 一粒の種だけを残して むせ返るような甘さも忘れた頃 その種を蒔いてみるのだ ---------------------------- [自由詩]詩は言葉に、それとも心に宿るものか/のらさんきち[2017年11月19日22時52分] 語り過ぎるのだよ いつだって 僕たちは ---------------------------- [自由詩]孤独と呼ぶには幸せ過ぎる、或る日のこと/のらさんきち[2017年11月21日15時15分] 十一月十八日の雨の中 独りで街を歩く 私はひどく寒そうにしていた 晩秋の冷気は 誰の肌にも等しく訪れるというのに 片や暖かさは 幸せを選んで賢く舞い降りる 洒落た厚手のコート 小さな姉妹のお揃いのフード かじかむ手と手を絡ませて歩くデート 鉛色の街にはぽつりぽつりと 鮮やかな心が花咲いていくのだけれど 少しだけ懐の暖かかった私は 私にマフラーを買ってやることにした 上等でもない安物の ワゴンセールの半額品 それはいかにも私に似つかわしくて 私は私に感謝した ---------------------------- [自由詩]失われた雨空/のらさんきち[2017年11月23日15時17分] 雨は止んでいた 底冷えの余韻もなく 左手にはぶらぶらと きまり悪そうに一本の傘 軽やかに往く人々が 刹那の訝りを湛えた一瞥を そっと私に投げかけて去る そうか、彼らは知らぬのだ まだ幸せな眠りの内にあった頃 幾万粒もの氷が解けて 天から地上へ降り注いだことを その中を 傘の内に身を縮めて足早に歩く 見知らぬ他人がいたことを ああ、何と美しい空だろう! 溢れ返る光子が 次々と網膜へ飛び込んでいく それらは忽ちのうちに 一日のプロローグに記された 悲哀の影を消し去ってしまうだろう そしてまた 幸せしか知らぬ世界の幻を 眩しさの中に描いて見せるだろう ---------------------------- [自由詩]朝食林檎ヨーグルト/のらさんきち[2017年11月24日20時45分] 艶めく林檎の滑らかな膨らみに 包丁の刃を当てて一息に押し切る 迸るエチレンの醇香 生まれ立ての双子は 仄かに黄味がかった白い果肉を 更に真白な俎板の上に 投げ出していた あられもなく 僕は無慈悲にも その片割れをうつ伏せに押さえ付けて 次々と刃を這わせていく 初めは優しく 撫でるように奥へ やおら猛々しく 一気に手前へと引き切る ひとつはふたつに ふたつがよっつに まるであどけない櫛 そのひとつひとつを抱き上げて つんと尖った尻に刃を差し入れ 強張った芯を抉り取る そして僅かに纏った紅い衣の下 包丁を滑り込ませ なだらかな曲面に沿って 少しずつ、丁寧に その肌を露わに剥いていく 甘い蜜で微かに濡れた俎板には 横たえられた林檎の裸体 まだだ! まだ、辱め足りない! 満たされない嗜虐の心が 荒々しく刃を駆る 均整の取れた肢体を残酷に刻んで 白濁した発酵乳の泉に沈めていく 次々と、無造作に ああ、慈悲深い神など存在するものか! 救いの手の代わりに差し伸べられた匙は すっかり醜い姿と成り果てた果肉を掬い 救いなく穢れた僕の口へと運ぶのだ 嘗て禁断の果実と呼ばれたそれは こうして自らも 楽園を追われし罪人の一部となるのだ やがて最後の一片が咀嚼され 僕の内なる暴虐は 満たされて再び深い眠りへと 残された善良なる僕は 器にこびり付いた白い残滓を 淡々と洗い清める まるで何事も無かったかのように そして朝刊を広げる 天気予報が晴れを告げている 良い一日である ---------------------------- [自由詩]死を語るなら/のらさんきち[2017年11月25日12時13分] 生きていたいという人に 死にたい人の心が分かるものか 「いつか良いことがあるでしょう」 暢気な予言者よ 骨は軋み、心は張り裂けんばかりの明日を 迎える準備はできているのか 死んでしまいたいという人に 死にたい人の心が分かるものか 「ああ!俺もこんなに苦しい思いをしているよ」 悲運の英雄よ 一時の恋を失っただけの幼い孤独に 頷く準備はできているのか あるいは 家族を、全てを奪われた果ての絶望に震える肩を 抱き止める準備はできているか 死は野辺の草とこそ語るがいい 渇きや病に見舞われようとも 生命が破壊されるまで死ねぬ草と 傲慢な靴に身を踏み折られようとも 抗い逃れる術を持たぬ草と あるいは森の木々とこそ語るがいい 親しき虫や、草や、鳥たちの死を見送るばかりで 我が身独り立ち続けねばならぬ木と 傲慢な人の営みを支える優しさを チェーンソーで切り裂かれてなお黙する木と ---------------------------- [自由詩]命の忘却/のらさんきち[2017年11月29日7時29分] 鳩が、轢かれていた 先刻まで内臓であった、肉であった 暗い紅の塊を 透明な青空に晒して 恬淡として流れる時の何処か 羽ばたく命として「いた」それは 一瞬を境に おぞましい塊としてそこに「あった」 ああ、何故だろう! それが穢らわしく思われるのは 目を背けたくなるのは 命とは そんなものなのか! その物体は雄弁に死を語っていた 街行く人は、急ぎ足で通り過ぎていく 耳を塞ぐように 何も無かったかのように そして僕も… 夕暮れ あの物体は消失していた 何も無かったかのように いつか僕の神経回路にそれは 初めから無かったモノとして 永遠に記録されるのだろう そしていつか 僕も… ---------------------------- [自由詩]惑星外生命体/のらさんきち[2017年12月3日12時21分] 「私ハ正直者ダ」ト言ウ人ヲ 信ジテハイケナイヨ 真実ヲ語ル人モ 偽リヲ語ル人モ 同ジコトヲ言ウモノダカラ 「私ハ嘘ツキダ」ト言ウ人ヲ 信ジテハイケナイヨ 真実ヲ語ル人モ 偽リヲ語ル人モ ソンナコトハ言ワナイハズダカラ ソンナコトヲ言エルトシタラソレハ 違ウ世界ニ生キル生命体ダロウ 例エバソウ、 えいりあんカ アルイハ地球人グライサ ---------------------------- [自由詩]1/365歳、年をとる/のらさんきち[2017年12月4日7時47分] 重力に引かれて眠りに沈みゆく 数多の追憶の断片を けたたましく喚く時計が 力任せに引き戻そうとするものだから ほら、シナプスが千切れてしまったじゃないか 無垢な朝の光に出会うたび 鏡の向こうに また少し劣化した僕の貌を見る ---------------------------- [自由詩]明日も働く者のための麦酒/のらさんきち[2017年12月4日23時41分] プシュッ! プルタブを引く音が一日に楔を打つ ネクタイを少しだけ緩めた 午後十一時 泡立つ黄金色の液体を流し込んだ 喉が苦味で灼ける 祝祭とは程遠い 労働の味 それはワインであってはならない 擦り減るような一日の応急処置 それは燗酒であってはならない 闘いはまだ終わっていないのだ それはウイスキーであってはならない 私は身一つで日々を生きる者 ほろ苦い血が体中を巡り 私の脳を問いに沈めていく 私はよく努めただろうか 私はよく務めただろうか 明日はよりよく生きられるだろうか ひと缶の中身はやがて 私の体に丸ごと移し替えられて ままにならない明日を予言する 働くとは、そういうことだよと 微かな甘みに追記して 今日も一日、お疲れさま ---------------------------- [自由詩]齟齬/のらさんきち[2017年12月5日19時04分] 詩というものに憧れてみた その時から 心は言葉の奴隷になった 紛い物ばかりが見えるこの眼球を 抉り出してしまいたい 記号しか聞かぬこの耳を 削ぎ落としてやりたい そんな戯言を繰る僕は 下手な嘘が上手くなっていくばかりだ ---------------------------- [自由詩]伝書鳩/のらさんきち[2017年12月6日7時34分] この世で最も不誠実な私の言葉を 不誠実な鳩どもの中でも 最も誠実な一羽を選んで託す 薄汚れた鳩よ どうか届けておくれ この世で二番目に不誠実なあの人の元へ ---------------------------- [自由詩]0.1ミリメートル未満の心/のらさんきち[2017年12月8日18時45分] ノートの一面に書き込まれた文字たちを 消しゴムで斜めに切り落としていく 行き先を失った半直線の切り口から じわじわと滲み出る、意味のドリップ 味気ない線の切れ端だけが残り 毛糸玉のように絡まって悲鳴を上げているね 俺たちに心はあるか? 俺たちに心はあるか!? ワラ やがて帳面は 降り積もった雪のように沈黙し 無慈悲な指が 消しゴムに残る僅かばかりの残骸をも ひと撫でで拭い去る 誰も知り得ぬものがこの世にあった その証さえも忘れられていく 心なんて 見えるはずもない ---------------------------- [自由詩]勝鬨橋/のらさんきち[2017年12月12日19時46分] 此岸から彼岸へと 車の葬列が往き過ぎていく 勝鬨橋の寂しいど真ん中 ぬばたまの闇色鏡を 滑っていくあれは屋形船か はたまた精霊船だろうか 城塞の如く聳えるビルの窓には 煌々と点された幸せの灯 送り火のように 死んだように横たわる橋の背を まだ生きている私が歩く 私の訪れを待つ人達の許へ それは幸せなことだろう 生きる理由こそが 私の命を削るのだとしても そう言い聞かせながら 足裏に地を踏めと命じるのだけど ああ、彼方には炮烙の如く 赫々と灼ける東京タワー 足掻けども足掻けども 此処は煉獄か 間近に見えるひと際巨大な城塞では 幸せを抱き締めて焼け爛れる者が 後から後へと、引きも切らぬ 哀しみを映す暗い川の水面だけが その魂を受け止めてくれるかのようだ 見上げれば 闇夜にもまた数多の灯 還るべき空は閉ざされている 立ち止まる者などいない 生ける者も死せる者も 川風に吹かれて漂うばかり 生死が危うく交わるあわいには 打ち棄てられた自転車ひとつ 来るとも知れぬ主の迎えを待つばかり ---------------------------- [自由詩]Misery Christmas/のらさんきち[2017年12月25日4時39分] ネオンサインの海を往く もじゃ髭の老夫 くたびれた大きな袋を引き摺るように あの中には 子供たちの願いと、欲と 資本主義が入っている、らしい その重みは絶えず 彼の腕を苛み 老いた腰を軋ませる   サンタ・クロース   あなたはこの聖夜に何を望む   誰もあなたを知らないくせに   誰もがあなたを愛している 煙突さえも見下ろす高層マンションを ひと部屋、またひと部屋と巡り歩く 彼の腰は悲鳴を上げる かの子供らは明くる朝 目覚めて喜びの声を上げるだろうか 十二月、僅かに増えたお小遣いに マンションの陰には 隠されたようにひしめき合う 小さな家々 父を知らぬ子供らが 寝床で母の帰りを待っている 来るはずもない彼の訪れを待っている 彼は 悲しそうに首を振って 暗がりの中へと消えていくだけだ   サンタ・クロース   あなたはこの聖夜に誰の笑顔を望む   誰もがあなたを愛しているのに   誰もがあなたの愛を貰えるわけじゃない 全ての贈り物を吐き出してなお 袋の重みはいや増しに増す 残された最後の仕事は この札束を届けることだ 摩天楼にまします 彼の主の元へ その重みは一層 彼の腕を千切らんばかりに苛み 老いた腰を砕かんばかりに軋ませる   サンタ・クロース   あなたはこの聖夜に誰を想う   誰もがあなたの愛を貰えるわけじゃない   また、あなた自身さえも 時計の針はとうに十二時を回り 魔法の解けた老夫は 今やただの老いぼれに戻る 家路にて 半額品の萎びた唐揚げと 缶チューハイを買って帰り 独りで今日の仕事の疲れを癒やすのだ 誰もいない クリスマス・ツリーも無い部屋で ---------------------------- (ファイルの終わり)