キクチミョンサ 2017年5月23日6時03分から2017年6月15日5時16分まで ---------------------------- [自由詩]トロンプルイユ/キクチミョンサ[2017年5月23日6時03分] 母国語の外へ 逃げ出したくなるときがある 意味の染みこんだ服を脱ぎ捨てて なんとなく笑っていたい それはカン違いのようであればあるほどいい ぼくの思想や肉体は貧弱でも それが白日のもとへさらされているのを 想像すると、ことばがぼくを超えてゆくのを感じる きみは嘘つきじゃないが 嘘に近い何かでできている きっとほんのちょっとした目の錯覚みたいなものなんだ 夏の暗がりに立ち尽くして愛の断末魔を聞いた 形而上的セルフネグレクト、待てど暮らせど 痛みは痛みのまま、文脈を突っ切って ぼくの知らない場所へ帰ろうとする アルファベットのなかにいないひとと 五十音で解き明かせない謎がねむりにつく ベッドのうえは黙りこくった血だまりでいっぱい 意味の色じゃない赤い赤い「わからない」 笑えない 母国語の外へ 逃げ出したくなるときがある けれど 痛みだけは無言で その横を通りすぎて ぼくの知らない場所へ帰ってゆく ぼくもまた何かしらの嘘でできている   ---------------------------- [自由詩]テンペスト/キクチミョンサ[2017年5月23日20時39分] 夜があけて 生乾きの服もすこしは からだから離れてくれたかい 地球の表面をなぞりながらねむるような そんな孤独はなかなか慣れてくれない あらしのようなひとに恋をした やけにしゃべりたがる憂鬱だけ 膚を洗ってくれるが口許はひわれたまま ここにいるということが ぼくをどこへも行けなくさせる ことばになんか 見つけられなければよかったな あらしのようなひとに恋をしたのは 船が沈む五分前のこと 東京の夕方は居酒屋のなかで暮れていった 当然ぼくらそれを見れずじまい なんにも知らない顔で 東京の夜、みじかい旅をした 意味がなにか連れてくることはあっても 先立った妄執のほうがきれいだ 雨はふっていなかった とても平凡な夢の続きだった   ---------------------------- [自由詩]血と水/キクチミョンサ[2017年5月27日4時48分] 血なんて単純な道を流れてるから つまらないな 迷いもしないし行き先をうしなったら 帰る場所しかみえないじゃないか うすめたって飲めない話がある うすめたからこそ飲めなくなったぬるい愛情 最高のパーティの端っこ 取り換えのきく飾り付けみたいな顔で笑ってた きみをぼくは忘れはしないよ あんなに雨がふったあとの水たまり なにもなかったように歩くひとがすき 歩くひとがすき   ---------------------------- [自由詩]she/キクチミョンサ[2017年5月28日0時59分] さみしい、のかたちに 折り重なって死んでゆく ひとりごとのなかに わたしと似た顔をみつけた タイムラインの流れにそって 点々と血が湾曲している スワイプ、画面越しの愛撫 暗がりでしか光らない祈りもある そのうち屍が増えすぎて さみしい、はずいぶん崩れてしまった 読み取れないこともない 日焼けした余白に そっと息を吐く 殺し合いのようなセックスがしたい     ---------------------------- [自由詩]忘れたころにかえってくるよ/キクチミョンサ[2017年5月28日20時04分] 腕を切らなくするのが ずいぶんとうまくなった 彼女の シャンプーの においの横でねむる ひっかき傷がふさがるくらいのあいだ 夜と朝を交換した気分で うすい耳たぶを噛んだ おもったよりしょっぱかった 懐かしい、以外どこかへ出かけていって 戸惑ってしまう ぼくはまだ知らないけど かなしみも苦しみも 忘れたころにかえってくるよ 朝食のかわりにすこしだけ長いキスをする あなたの住む街は あんまりきれいだから 嘘や勘違いでできているとわかる さわってみなくても、わかる かさぶたのように乾いて 何気ない顔で濡れている はなしのつづきはほどほどにして 裸のまま踊りたい ぬるいコーヒーを淹れて 天気予報をぼんやり追っていた きのう外れた明日の雨も 遠くへいったあの季節も ぼくがまだ知らないだけの かなしみや苦しみも 忘れたころにかえってくるよ     ---------------------------- [自由詩]午前3時の吉本隆明をぼくは忘れない/キクチミョンサ[2017年5月30日16時29分] 午前3時に凍った血が ことばの触手から逃れようとして 室外機のかげで汗をかいている ぼくもまたひとつの原像 群衆の波にうもれているうち 体温はすこし 上がったみたいだ 敗北の構造は ゆがんだ背骨に似ている 祈りはそこをすべりおちて ちいさく光ったあと 地べたへ吸い込まれてゆく 片結びにしてしまって ほどけない靴ひもとロジック いつのまにか身体は冷えきっていた 夜明けが近づいても この場所は真っ暗なまま 午前3時の吉本隆明をぼくは忘れない   ---------------------------- [自由詩]今夜のぶんだけワインを買って/キクチミョンサ[2017年6月3日19時46分] 今夜のぶんだけワインを買って うちへ帰りたい きみに仮借した表現でいえば 69本は余裕があるけど そういうことじゃない 点滅する光の端と端をぐっと握って 無理やりむすんでしまえるような 最後の合言葉 ほんとうに聞こえなかった 王様は星座をつくり ぼくは地上で酔いつぶれる 今夜のぶんだけワインを買って うちに帰りたい うっかり 回収日をまちがえて ゴミに出した 気持ちみたいな澱が増えた あしたの朝 うっかり となりでねむっていたら 手をつないでいようね ちがう血と血の輪郭がすこし 馴染むように 王様の星座は消えて ぼくは地上で酔いつぶれている   ---------------------------- [自由詩]どうにかなる日々/キクチミョンサ[2017年6月15日5時16分] 冷え切ったラザニアを フォークで突き崩して 手応えのないやわさと固さに そこで満足した フェイク・プラスティック そんな顔しなさんなって、あやふやな初夏の断面 冷蔵庫になんて入らないまま なんとなくふたりで ゆっくり死んでいこうぜ ぼくの名前は嘘にかぎりなく近く 愛を語るときもっともそれに似ていた つきつめれば白色と赤色でできてる ありあわせの食卓、地味な柄のテーブルクロス ささやかな晩餐会 血と肉の味を同時に呑み込んで もうしばらくなにも口にしない たわむれにキスでもしてはくれまいか さんざん殴ってきたのに 壊れないものだから あなたが生きていたのか ときどき不安になる フェイク・プラスティック 賞味期限を忘れてしまったので おそるおそるふれてはいるのに 相変わらずいい匂いがする やわらかな乳房、かたくなな背骨 冷え切ったラザニアを フォークで突き崩す たいてい予想通りの なんてことない日々を なんとなくふたりで それでも なんとなくあなたとぼくで 死んでいきたいとおもったのだ   ---------------------------- (ファイルの終わり)