田中修子 2018年3月24日1時10分から2018年8月17日17時00分まで ---------------------------- [自由詩]さようなら秘密基地/田中修子[2018年3月24日1時10分] 灰色に枯れかけた景色を あるいてったさきを (記憶のおくのほうで化石になってくれていた はやあしのおと) どうしたって ぜったい壊れちゃうんだけど あったかい秘密基地がほしくってさ ちょっと古いにおいのするベッドがあって どんぐりやビーズを散らかしていて みんなが忘れちまった ともだちの遺影に野の花を 飾り気なく 飾るんだ いつだって わたしだけがね わたしのことをいる きみがいて (そんなの 溺れない翡翠色の 冷たい なみだ) ガッコの帰り うす水色のゆうぐれに スケッチブックを持ってって きみの横顔描いたんだ きみはずっと すうっと刷毛ではいたように 薄くながれる雲を見ていて わたしをみてはくれなかったが あごの輪郭とってもきれいで うしろすがたのかじかむような (記憶をさぐるとき 薄い瞼のした きょろんとうごく眼球で) いつのまにやら わたしのこころが秘密基地 薄れた こすもすのいろとにおいと さようなら ともだちよきみよ さようなら あれだけ欲しかった かけぬけるよな 秘密基地 ---------------------------- [自由詩]童話の指輪/田中修子[2018年3月25日16時21分] 新宿の伊勢丹の いいお店で働いていたときに うんとお買い物してくれたおばさまの ぜんぶの指にひかる指輪みて がっかりしたの わたしの中には スニフの落ちたガーネットの谷から拾い 長靴下のピッピのお父さんのくれた金貨溶かして 金にガーネットひかる うんとしっかりくる指輪がとっくに どっかにあって 働いてお金ためて買いたかったが (なぜだか王子様がやってきて捧げてくれる 予感はなくて) どうもそんな指輪はこの世にないと 気づいてしまったときだったのよ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]かしゃん星/田中修子[2018年3月30日20時33分] 僕の体の中には沢山のコップがあって、塩辛い青い涙や大輪の向日葵みたいな喜びや夕日の落ちる切なさがそれぞれに詰まっている。コップは多分千以上あってそれぞれの感情を綺麗に整理してくれるんだ。必要なときに必要なだけ涙や、笑みを供給してくれて、その中には君への恋心もちゃんと入ってる。恋心の色はとても複雑だよ、暖かくて冷たく、まばたきごとにうつりかわるよな金色まじりの夕暮れさ。 だけどなんでだろうね。最近君へのコップがわけもなく暴れだすんだ。いちばん薄玻璃のに選んで入れたのがよくなかったのかな。たとえば君が煙草を吸っているとき、僕の体にしなだれかかってくるとき、先にひとりで眠ってしまうとき、体の中からゴトゴトと音がする。覗けば、僕の中の君が夕暮れにうんと跳ねて、コップを揺らしていて、その飛ぶ姿に見惚れちまって涙も出ないよ。 予感なんだ。予感がする。近いうちにコップが倒れて、中身が流れ去っていく。 君はほかのひとを好きになるようなことはしない、真っ直ぐな瞳をしているからそんな汚らわしいことは出来ないだろう。そうしてその瞳が僕を裁くのだ。君は何時気付くかな、僕がとても汚れているということ、自分で自分の周りに張り巡らせた繭のような白いガーゼに、もう赤い汚れは染み出ていた。君はもう軽蔑し出している。僕は君よりも先に君の気持ちに気付いていて、終わらせようね。 脆い硝子の、コップが、崩れ去ろうとしている。ひとつの軽やかに張り裂けるくらい甘い終わりだよ。 コト、コトコトコト、かしゃん。 ああ、青い夕暮れに一番星きらきらと光る。 ---------------------------- [自由詩]卯月のゆめ/田中修子[2018年4月13日0時46分] ねぇ おぼえている この世におりてきたころのこと あしたが待ち遠しかった日々のこと まばたきするたび うつりかわって 桜の花びら 糸と針でネックレスにして 穴あけたところから 次の日にはちびて朱色がかって けれど かなしみ ではなく ふしぎ であった日々のこと うんちもおしっこも しゃっくりもくしゃみも せいいっぱい していたのよね 心臓が早鐘を打つ ああ そうだった たくさん泣いていたころ まばたきのあと まがりかど ねむりのあと いついつまでも 花散り緑はひらける すべては高鳴る そんな 卯月のゆめ だった ---------------------------- [自由詩]葉桜の数式/田中修子[2018年4月23日22時58分] やがて宇宙が滅びることは数式に証明されちゃったらしい 終末のラッパはとっくにわたしの中に高らかに吹かれてた 人も言葉もすべては星の爆発の灰燼に帰すのかしら いえ、きっと 書かれた人読まれた人の 記憶も燃えて粒子になりチリチリと散らばって あらたに構成され再現される日がくるのです 新宇宙の入学式 元素記号の美しく強い組み合わせ 目のまえのお酢 や さく酸が CH3COOHならば 花は葉っぱはいったいわたしは 夜ごとの星がおしまいの記憶なら じつはいまここにいるわたしが かなしみにくるしみによろこびにやけついたオバケでないこと だれか証明できるのかしら ああ 危うい指 机の指紋、言葉つらねたノートよ パラッ ラッタッター あざやかにインターネットごしにあなたの 疑似科学的な記憶細胞に 欠片として散らばるわたしは ああ 入学式にはたいてい散ってしまっているの 桜の花びら ---------------------------- [自由詩]名も知らぬ国/田中修子[2018年5月4日12時23分] to belong to ということばのひびきはあこがれだ (父のキングス・イングリッシュはほんとうにうつくしい) 遠い、遠い 名も知らぬ 国を想うように to belong toをくちずさむ 遠い 遠い あこがれの 魚泳ぐきらめく碧い海にも 雪の白にも染まる山にも近い カフェがある図書館がある老人も子どもも遊んでいる そこにははまだ ゆけぬようだ 目をひらけばことばの浜辺だ 浜にうちあげられたひとびとの よこがおを盗みみた みなちょっぴり孤独に退屈している顔をしている そうか、わたしはここからきたのだ そうしてどこかにゆくのだ それでよろしい 遠い、遠い わたしのなかに在る国の 男たちは労働のあいまカフェで珈琲をのみ庭の手入れをしている 女たちは子育てして洗濯物をはためかせ繕い物をして花を飾っている 読書は雨の日のぜいたくだ その街角にながれる なつかしいはやり歌をうたうように to belong toを口ずさむ わたしのはつおんはよろしくない ---------------------------- [自由詩]滲む記憶/田中修子[2018年5月8日2時59分] ねぇ、おとうさん なんで 戦争反対をするの / 次世代のこどもたちが徴兵されるからだ / なんで そんなふうに思うの / 新聞を、読んだからだ、たくさんの人にあって活動していたからだ / なんで 活動することになったの / おかあさんを好きになったからだよ / なんで おかあさんをすきになったの すごく輝いていたからだ / なんで 輝いているおかあさんをすきになったの / 主婦のおふくろより社会貢献していたからだ / なんで おとうさんのおかあさんを否定するの / おふくろとおやじは戦争反対をしなかったからだ / なんで そのことが気にかかるの / 学校の先生に教わったんだ日本がそんなにひどいことをしたと、夢にも思わなかった おふくろとおやじに言ったよ なぜ反対しなかったのかと そうしたら 「な、〇〇ちゃん、戦前は気づかなく、戦中はそんなこと思えなかったと」 ぼくは恥じた / (わたしが父になぜわたしが苦しかったのを気づけなかった と 問い詰めたとき 父は 「な、修子ちゃん、ぼくが働かず貧乏なほうがよかったか!」、と一喝するよに言ったのを わたしの耳はおぼえている そう 父の父 が「な、〇〇ちゃん」と父に一喝したことは わたしの血に記録されている そしてわたしは反論できなかったし 父もきっと) / なんで 戦中でも お金に不自由させず しっかり育ててくれたという おとうさんのおとうさんとおかあさんを そんなふうに恥に思うの?  おとうさんは 黙る そうしてあかるく つぎの奥さん候補のことを語りだす (否認の感情が とても つよい) しっかり育ててくれたと父は 思い込もうとしている けれど父は それ以上記憶を戻れない  否認をした 壊れてしまうから いちどもおかあさんにもおとうさんにも叱られたことがなかった お手伝いさんや親せきや父の姉が 彼の面倒をみたが かんしゃくを起こしては道でひっくりかえって泣くような子どもで 心配はされていて 父の父は 彼に成功へのレールを引いた なんなら奥さんまで 用意されていた わたしが分析家なら 白い部屋でかれを長椅子に置き リラックスさせて 目をかろくつむらせて 容赦のなく なぜそんなふうに思われますか と耳になめらかな声で続ける お父さんは今日もわたしにお寿司を御馳走してくれながらコスタリカのことを語り わたしは舌になめらかなアイスクリームをすくって舐めてのどに滑り落とす あさって、わたしはカウンセラーにつぶやく 「わたしは だれにも 愛されていませんでした 愛ということを知らない人々の塊のような子です わたしは」 じぶんのこころをじぶんで なんで なんで なんで 切り刻み切り刻み 分析しても 分析しても 涙が出るだけ 滲む涙で 詩を書こう わたしは おとうさんを 壊してしまいたい 愛してほしいから おとうさんの母像を父像をコテンパンに破壊して ゼロからつくりあげて…… でも壊れてしまうのね わたしは 愛している 愛しているということに ようやくすこし 手がとどきそうよ 愛しているということは お母さんはお父さんと性行為をしてわたしを 産んだけれど わたしは 本質的には 愛されていなかったということを受け入れるということ なんで 愛されていなかったの それは 父の母がね 父の父がね 母の母がね 母の父がね…… (すべての記憶は折りたたまれながら 地層の脳にある 宇宙の、神の、人類の、生誕 アカシックレコードと呼ばれるものは ひとりの脳にあるでしょう しかし たいていは 人として壊れてしまうから 思い出さないふりをしようか) それはわたしの わたしに連なる生の すべての否定 愛は 死だ ---------------------------- [自由詩]小鳥と少女の呟き/田中修子[2018年5月17日0時33分] ひさしぶりに そうして はじめて おともだちとあって 懐かしいように つばめグリルでごはんとお茶をした。 三時はなんだかさみしい おひさまがさがって 夕暮れがくるから おわかれ 淡いピンクや金にきらめく頬をしてみとれた 人にたくさんみちを譲ってきたひとの 優しい皺をしていた わたしたちはくすりを飲んでいる。 からだを ことばに ゆだねるみたいにして 綴ること わすれることのありませんよう 自分の音色で 囀りたいんだ。 広いお城でひとりぼっちでいた 少女は 鳥かごに入れられてひとりぼっちだった 小鳥と おともだちになりました ふたりは詩でギュウっと 手をつなぎました。 「being いま生きているということが 神さまなんだよ!」 ああ、小鳥のような声が 耳元に きこえる。 うれしくて 泣きながら ふといままでこれまで あなたをわたしをとおし 見てきた 感じてきた もの世界中すべてと ほんとには手をつないできたこと 気づいた夜中の卓上ライトのオレンジいろ。 まじめに詩を書かねば生きられないような人が目を惹く時代は たぶん むなしい さみしい 時代です どこにもよりどころのないひとが 言葉の上にやさしい かなしい 秘密基地を編むしかない これからおそろしいことがくるかもしれない だからこそわたしは平穏を連ねよう。 わたしは あなたに会えました。 そんなちからが 詩にはありました それはあなたです。 ---------------------------- [自由詩]下弦の恋/田中修子[2018年5月18日0時57分] ッポン ッポン スッポンポン ちょっと不安な夜はね お月様に弦をかけて 愉快にかきならして御息所を追い出すわ 獏 パクパク かあさんてばアマテラスだったのよ かっこつけすぎひねくれすぎて おかげで娘はアメノウズメじゃ お酒に飲まれてスッポンポンにあの浮かれよう 豊穣で自然なこのからだをみよ ボインのタワワな余韻 ムッフーフーがワッショイ ワッショイ 天岩戸をひらいたら かあさんをだきしめて揺れ動く 思想のははにうまれた詩のむすめじゃ ッハイ ッハイ 月は叢雲 しとやかな浜辺におどるように 揺れ動く中空の神 もういさかいはおしまいだ かあさんととうさんがお互いを捧げあうダンスをして わたしがうまれたこと かあさんは忘れちゃったみたい こりゃァ ちっとした 奇跡だァってのになァ 困ったもんだァ 夢の中で折れるナイフ ヴィクトリア時代のあのおはなしがとても好き 殿方が家具のエロティックなおみあしに欲情してしまうから ピアノにもカヴァーをかけたという わたしは淡いピンク色のつむじ風になって ゼウスのごとくありとあらゆるカヴァーを まくりまくり ひらひらひらめく布布から ルルルンルンっとかわいい音階 下弦の月の恋に痩せ細る 悩ましげなため息 ---------------------------- [自由詩]こおり/朝の空/鏡/田中修子[2018年5月20日1時34分] 考えてみたらあたりまえだけど 詩をかくひとにも なにかしら毒のようなものをまとう ひとがいた 目立ちたいひと 偉くなりたいひと 人を貶めたいひと なんだか スンと さみしいきぶん 澄んだ 冷たい こおりになって ?み砕かれたい / 詩人と名づけられたとたん わたしはなにもかも 分からなくなってしまう それらしきものに変化するのは むかしからとても得意だった そうでなければ生きられなかった いい子になる 優等生になる 職場でいちばん頑張っている人になる なりきったとたん つかれてしまう そしてわたしは 言葉の浜に うちあげられた 私はただの生きている人 ひとりぼっちなひと 風が鳴る 空が青い 朝の空がにがてなのは なにも隠せなくてこわい / ことばが好き すべてを反射して 醜いわたしも 戸惑うわたしも ごまかせない 本日 ことばは 鏡 わたしはだれ 冷ややかに じっとみいる わたしの顔を映す 自分を偽るなと わたしがわたしをはたいた ---------------------------- [自由詩]鳥葬/田中修子[2018年5月30日0時45分] 眩しい なにもみえぬ夕暮れのなかに 鳥葬の塔 アーチ型の風雨にいたんでいる木製ドアを開けよう 耳に痛いちょうつがいの音がして少し赤錆がおちる 取っ手にはこれまでのすべての 怯えている指紋がこびりついてギトギトとしている 灰色に芯まで冷える石畳には 無数の澄んだあなたの骨が 血の滴りのような薄灰色の糞にまみれて 散らばっていた 鳥がわたしの中に巣をつくり囀り産卵している わたしは柔らかいところからついばまれている わたしの まだぬくい コロンとしているこの目 波打っている破裂しそうな心臓の筋肉 赤いただれた花のようなはらわた 射貫かれた悲劇の王のように からだを広げて倒れているかなしい道化師のわたしの まるまるとした頬に 塔のある黒い森に通ずる 白い光る道ばたに落ちていた母の口紅で描いた 涙型のところをとくに念入りに 食ってあの 痛いような空へかえしておくれ すべて声を失った鳥よ 羽ばたきだけがあなたの存在を知らしている お願いだわたしがまだ娘として みずからの 口を縫う痛みに 耐えられるうちに わたしはまだ生きている死体としてこの森に この空に そびえ立つ あなたの嘴に 唇を捧げよう 口を噤もう さようなら わたしに殺された 父よ ---------------------------- [自由詩]空だまり/田中修子[2018年6月1日23時39分] ごめんねとあなたにささやいて いつも唾でやさしい嘘をなぞっていた ほら、耳をふさいでしゃがみこんで はねつけろよ いつからわたしの舌は こんなにも何枚もはえてこっそりと赤い棘で みなをわらわせることができるようになったんだよ 肋骨からいじわるなことがわいてくるのは もうだれも痛くしたくない 包帯で首をつってしまいたい みぐるしい叫び声で灰色の空の玻璃をわってしまおう ……ぱらぱら……ととと……っつっつ 傷ついた鳥とともに空の破片が落ちてきて 立ち竦むわたしのからだを傷つけていった ふと見下ろせば足元にきらめく空だまりがあった ---------------------------- [自由詩]初夏の奇跡/田中修子[2018年6月3日22時59分] 雨の日のあくる日 学校のうらの公園に みずたまり ができていたよ みずうみ みたいだったよ みずうみには ケヤキの葉っぱが陽に射られてみどりに きゃあきゃあと光っていたよ 女の子が自転車のペダル漕いで 澄ましたハクチョウみたいに 尾を引きながら みずうみをわたっていったよ くつしたをぬいで みずうみをわたったよ 初夏 足のゆびが冷えるぞ どうだ ミラクルだ ぼくをみよ くつ くさい ---------------------------- [自由詩]きみのとなりにユーレイのように/田中修子[2018年6月10日12時22分] きみのかあさんになりたい お洋服を手縫いしたり 陽に透けるきれいなゼリーをつくったり おひざにだっこして絵本を読んだりする いつも子育てのことで はらはらと気をもんでいる きみのとうさんになりたい 上手な火のおこしかたナイフの使いかたを教えよう 子育てノイローゼ寸前のかあさんを 「こら ちょっとやりすぎだ」 と抱きしめて デートにつれだしたりする きみのばあちゃんじいちゃんになりたい かあさんもとうさんも苦しそうなとき ちょっぴり預かって あくまでこっそりと いつもより贅沢な 歯の溶けそうなチョコレート菓子を 買ってあげたりする 内緒ですよ きみのともだちになりたい かあさんにもとうさんにも なんとなく話せない あのことを ひそひそ話すんだ なん時間だって きみの先生になりたい しかめつらしながら授業するあいま 生きることにほんとにひつようなことを ボソッともらして 校長先生にしかられる きみの 恋人になり……はべつにいいかな わりとテレビとか本とかに載っているし でも、空想と現実はちがうのである ガッカリするでないぞよ きみがもう だれかの かあさんでありとうさんであり ばあちゃんでありじいちゃんであり ともだちであり 先生であり 恋人……はいいんだった で、あるとして それでもぼくは ひつようなときに ひつようなだけ きみのそばにいよう ---------------------------- [自由詩]丸鏡の向こうのわが家/田中修子[2018年6月14日0時47分] うつくしい家にかえる 秋の赤みをおびた夕暮れ色のレンガをふむ 玄関にはアール・ヌーヴォ風の 金色のふちの大きな丸鏡にむかえられる この丸鏡の前に花瓶をおき 庭に咲いた花を飾る と鏡の向こうの玄関にも花が咲く (いまの季節なら手まり咲きの まだ緑色のところがうっすら奥にのこっている この株の大きくなりすぎた青い紫陽花 おとなりにはみ出してしまいそうな枝のを) 母と父 祖母 妹と兄 すべてのあこがれがこめられたこの家の 胸に閉ざした 秘密 この家はわたしの家ではない あのころ見捨てられたわたしはいまもどこかで やさしいほんとうの家族に見守られながら 眠りこけているだろう 夕暮れ色の煉瓦の階段から続くバルコニー 淡いきみどりののハナミズキの葉影に おだやかに泳ぐ甕のめだかたち 白いドアをひらき 金色のアール・ヌーヴォ調の鏡 ただいま ---------------------------- [自由詩]永遠の雨/田中修子[2018年6月21日0時31分] いつくしみを ぼくに いつくしむこころを ひとの知の火がなげこまれた 焼け野が原にも ひとの予期よりうんとはやく みどりが咲いたことを  アインシュタインはおどけながら呻いている  かれのうつくしい数式のゆくすえを あなたがたの視線はいつも ぼくらをすり抜け よその とおくの つぎの  ちいさなヒトラーが泣いている  打擲されてうずくまっているあわれな子 ここにいる ここにいるのだよ ぼくは そうして きみは 母の父の わらうクラスメイトらの まるで 業火のような そしてこのようなひ ぼくのことばもまた  あのひとびともまた かつて  愛情を泣き叫び希う  子らであったことを  ぼくに あのひとらに  おもいださせておくれ 雨よ、ふれ 六月の雨、紫陽花の葉の、緑けむる 淡い水の器がしずかに みたされてゆく あふれだす色の洪水で ぼくの 母の父の クラスメイトの 科学者の独裁者の兵士の 胸に焼け残っている 優しいものだけ にぶくかがやく砂金のように とりだしておくれ  絵本を破ることのできるちからづよい  手をくるめば  ぼくは  いまここで、永遠に  だきしめられた きみもまた永遠を かならず 与えたひとであったのだ ---------------------------- [自由詩]失くしたらくがき帳/田中修子[2018年6月23日1時02分] ずいぶん歩いて歩いて、ひざこぞうはすりきれて足ひきずるようになったよ。 いくど、ここは果ての先だ、と思ったことだろ。 らっぱのみしたワインの瓶、公園のひみつ基地のしたでねむった夜、あったかそうな飲み屋でカクテル飲んでる外国人のすこしぶれたタトゥーが泣けるくらいまぶしく見えた。 ガッコってへんだ。個性的になれっていうから、うんとうんと本読んで文芸部の冊子にけっこういいのを書いて嬉しくなって先生に見せたら「ふーん、いいんじゃない」褒められたあと「でもさ、こういうのやるのって大学行ってからだよね」って釘をザクっと刺してくる。「そっちが本音ですか」ってきいたら「考えすぎ」。 どうしたらいいんだい? 笑いたくなっちゃうじゃんか。 化学反応の青色のきれいさとか、日傘は黒よりは白のフリルのついたほうがやっぱいいし、髪をどれだけまっすぐさらさらにできるか、なんてことをずうっと話してたあの子はきゅうに、「勉強していたらなにも考えなくてすむから」って。 -屋上 うっすらと寒い風、白い雲、青い空 反対側には都庁 たったひとり- そんなふうな呟きをノートにらくがきしていたあの子の横顔はほんとに、いまだ目をとじて薄暗闇に浮かび上がらせるほど、きれいだったのに。 大学行って、働いて、眠れなくなって、落とし穴に落っこちて、そうしていま、這いあがって、また。 ぼくは、なにひとつかわってやしない。 いまだ、背の伸びるような骨が軋む音がする。 そんなの、よくないのだけどね。ぼくの、このおさなさは、じぶんですらひどく気味のわるい、こっけいじみたものに思えるときもある。 (ほんとはちょっとずつ、背骨の折れてる音だったらどうしようか。 コキリ、コキリ、コキリと澄むような。歩けなくなったら? そのときはそのときさ、さらさらの骨もけっこう砂みたいできれいさ) ……おとなになったからとて、なにかうつくしく、すばらしいものになるわけでは決してなかったのだ。やりがいのある仕事や勉学にすべてをなげうち、家庭を持ち、芸術を愛し、人のいうことにおだやかに耳を傾け、正しい決断をするひとになれるようなひとはごくわずかだった。また、そういうふうにみえる美しい庭のある家に住む子どもがまた、いたましく傷つけられていたりする。 ぼくが知るのは、おとなになるにつれて何かしらとてもたいせつなものを失っていくことがある、ということだ。失ったものの取り返しのつかなさを知って、ぼくはなんだか自分が死んでしまったような気分になるほど、あんまりおおくを失ってきてしまった。 それでも、ピンクと青の入り混じった夕暮れに染められた雲が浮いているのを見るときに、ああ、あまりにも凄絶なものを見た、と息を飲むことがいまだにある。雨だれがひとしくつややかな緑の葉をうつような、もしかしたらもう二度とすれちがわぬ友とのこころやすらぐひとときをおもえば、すべてが黄色い煉瓦の小道…… 手のひらを貝のように丸くして耳をふさぐと、海の音がする。 胸のあたりが淡く靄がかって、息苦しいから心臓を引きちぎってたたきつけて、赤く破裂したのを、蝶の標本みたいにきれいに、あの子との想い出にして。 ぼくにはそうやって、こころにしまってある失われたらくがき帳が、うんとたくさんあった。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]きみはなにに殺されたんだろう/田中修子[2018年6月26日1時24分] きみはなにに殺されたのだろう。 この日付、六月二十六日という日付のほんとうすら私はもう忘れつつある。きみの命日そのものだったのか、それともきみが死んだことを私が知った日だったのか。 おそろしい、と思う。時が流れるのはやさしく、かなしく、そしておそろしい。ぞっとするような気分になる。 私は毎日きみのことを思い出していて、けれどそのたびに死にたい気分になることもなくなった。 この日、私は過去に戻る。過去に戻って、ひとつひとつのことを考え直す。 それでもこのことを、こんなふうに書く日がくるとは思わなかった。淡々と、まるでもう終わってしまったことのように。わたしのからだにはあの日たしかに穴が開き、その虚無にずっと吸い込まれてしまった気がしたのに、いま、くりぬかれた空白のまわりの線を、どこかにむかって説明している。 あの頃の記憶は血の色だ。一滴ずつ、ポタリとあるのを数えていく。 「死のうかと思ってるんだ」 きみは何回も笑いながら言っていた。 「私もそう思う」 私もそう言ったしほんとうにそう思っていた。きみは私を称賛した。 「そのまま自殺できるよね、修子さんは。そうしてほしいな」 「わたしもヴィジュアル系すきじゃないけど、よろしく」 「会おうか」 「電話代がさ、かかるの。好きな人に電話すると。月三万円」 「修子さんのサイトデザインいいね。わたしのサイト作れる?」 「アルバイト、300コくらい応募したけどさ、家が山奥でバス代のほうが多くかかるからさ、通えないんだよね」 「へー、ウィスキーってこんなに酔うんだ」 「精神科で、医者に椅子投げたんだ。そうしたら薬増えた」 「んー、弟がさ、なんてか、ふつーに育ってくんだよ。父親がアル中で暴力ふるってきて、わたしが高校に行かないで守ったんだけどさ、彼女もできてさ」 「母がさ、親戚の家行けって。宗教の上のほうの人で、えらいから、預かってくれるらしいよ。行きたくない」 「わたしビアンだし、結婚しないでいいから子どもだけほしいよ。そしたら生きられる気がする」 「詩人になりたい。出版社にいっぱい応募したけど、みんな落ちた」 「おばあちゃんが死んだ」 「好きな人がさ、なんか家族で夜逃げするって。でもどうしても逢いたいんだ、理由聞きたいんだよ。一緒に会いに行くのについてって」 「二十歳に死んだら天才になれるかねぇ」 そうして二十歳できみは死んだ。 いまの精神科ならば出さない致死量のある薬を飲んだ。 黒い流れるような髪と、まるで吸血鬼のようにとがった白い八重歯をおぼえている。 私たちふたりはこころのかたちがよく似ていた。あの頃家にいられなくて、かといって家から出ることも恐ろしくてたまらず、けれど家に帰らないことも許されず、生ぬるい日々の中を窒息しながら漂流しているように生きていた。 母に似てきみを愛さなかったその恋人のつぎくらいに、私はきみのことを知ってたんじゃないだろうか。 たくさん私にサインを出してたんじゃないか? いや、出してたじゃないか。 きみがからだをなげだしてきみがまもった家族も、きみの親戚の宗教の上のほうの人も、人助けが趣味の私の両親も、きみを見落とした。 私も見落とした。 金が、地域性が、学歴が、酒が、あわない精神科医と投薬が、宗教が、セクシャリティが、なりたかった職業が、祖母の死が、恋人との別れのタイミングが、年齢が、もしかするとろくでもない私という友人との出会いが、きみを殺した。 この世でいちばん不幸だと思い込んでいた私の頬を、きみの死がひっぱたいていった。 アルバイトできていたこと、からだを本格的に壊したときに両親がかけれくれた金、精一杯診てくれている主治医、そのほかのたくさん。 私が生きているいまここにたどり着くまで、どれだけの分岐点があったろう。そもそも産み落とされた場所は選択できなかったろう。 なぜ? 私ときみとの違いはなんだ? 私はたしかに、ふつうの幸福な人生を歩んできたとは言えないし、よく死ななかった、というくらい、いっぱい、ろくでもないことがあった。だれかにきみを投映して、ほんのすこし助けたつもりになって、だれのことももほんとうには助けなかった苦々しさ。 けれど、この日を迎えて、このようにひきつる指でもちゃんと動くこと。 ひたすら息をしてきて、枯れていく花を見て、死んだ鳥を、そうしてずうっと私の上には空があった。ほんとうに限界のときには海を見にいって、そうしてなにもかも思い直した。 いま、花の蕾や満開の様子を喜んでみられて、鳥のうれしそうな囀りや羽ばたく音を耳にできる。 毎日ほどほどに家事をできて、詩を書いたり縫物をしたり趣味のことさえできるようになって、食事がうまくて、やはり、うまくは言えないが、すごいことだと思う。 だれかに、「あなたは幸運だったのよ」と軽々しく言われたくない。だれかに「こんなに悲惨な子もいるのよ。あなた恵まれてるでしょ」と言いたくもない。 「救いを」「鬱なんて生きてたらなんとかなる」「弱者や貧困層にスポットライトをあてて」なぜだか分からない、ほんとうに吐いてしまいそうになる。 それでも、私にできることはないか? なにを通してできるんだ? 思い出した、君の誕生日はバレンタインデーだった。 ひたすらに、きみの空白が残るだけ。私はそれを書くだけ。 ---------------------------- [自由詩]ぱじゃまものがたり/田中修子[2018年7月3日23時33分] あたしは きふるされて くたくたになりすぎた 白地に青い花柄の 綿のぱじゃま ひとめぼれされて このおうちにやってきたわ このひとと ねむるときずうっといっしょ かなしい夜さみしい夜 たくさん見たふしぎな夢 こぼした涙のぶんだけ染み込んでいる あるひ なにをおもったか 黒い糸をとおされた 銀色の針がやってきた ちくちくぬいぬい されている そで えり すそ そでぐち ちくちくぬいぬい へんなきぶん 「もうしばらくいっしょにいて ぱじゃまさん」 とりあえずソファのカバーになってあげる 黒い糸はアクセントに しかしこころがまがっているからか まっすぐに縫われていないわ しかたないわねえ さいごは ぬいぐるみになってあげるわよ そうして また いっしょにねむってあげるわよ ---------------------------- [自由詩]父さんをすてた日/田中修子[2018年7月7日23時46分] ふんふんふんふん どうしたってさ いろいろあるよね びっくりさ 父さんに捨てられた ぼくが 父さんを捨てたひ ね、笑うかい イデアを宝石と呼ぶ人(注:瀧村鴉樹『胎児キキの冒険』)がいてぼくは すっかり感心してしまった ぼくのうつくしいイデアたち 言葉の浜辺でひろいあつめ お気に入りのブレスレットにした 満月の夜には光にさらして それぞれに浮かぶ文字 暴食 色欲 強欲 憤怒 怠惰 傲慢 嫉妬 ……色とりどりの   底にひそむやさしいもの…… 抱きしめよう だって泣いているじゃないか 笑うかい 永劫回帰 天にもゆかず つぎの生にもゆかず いまのこのぼくの人生が 永遠につづくとして 縋らぬように もう少し待ってください 革命の見果てぬ夢をみて子を捨て 妻も 友も さきに逝き 老いた体にふときづいて おそろしがっているぼくの父さん! あなたをゆるす日を ぼくがあなたの太母になるというのか (だから母さんはぼくを殺したのだけれど) それでもやがて その青い鳥の羽ばたく音は きっとおとずれるだろう ……母さんの死骸にありったけ   そそいだ   ぼくのひかる血を目印にして…… ---------------------------- [自由詩]クローズド/田中修子[2018年7月15日16時19分] わたしがおばあちゃんになるまで あるだろうとなんとなく思ってた レストランが 「閉店いたしました 長年のご利用をありがとうございました」 さようならのプレートが 汗ばむ夏の風にゆれてた 鼻のまわりの汗 うー 小学生のとき おとうさんと あたらしいお店さがしをしていて みっけたのだった テーブルの上にいつも ほんとうのお花が飾られていて お水はほんのりレモンの味がした お客さんの声がざわざわして 子どもがさわいでも音楽と混ざり合って 耳に楽しくて 緑に花柄のテーブルクロスはたぶん ずうっと洗われてつかわれていて 少しずつ色褪せていく様子が とてもやさしいのだった ということに いま気づいたのだった わたしは おとうさん や おにいちゃん 死んでしまったおかあさんとおばさん に電話をして あのお店がなくなったことを ともに悲しみたいのだけれど あれからほんとにいろんなことがあって ありすぎて 戸惑った まんま ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ちょっぴりゼツメツ寸前の詩をめぐる冒険◆詩をへだてるベルリンの壁/田中修子[2018年7月16日16時30分] プロローグ ◆ 詩っぽいものを書きはじめて二年、あたらしい世界をみつけてわくわくしている人間のおぼえがきです。 とおもって書き上げたら、「ただの身内の交友日記じゃないか」と自分にツッコミをいれてしまいました。いえ、そうなのです。いまや現代詩人は絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)になってしまいそうな趣があります。いや、もしかしたら詩人とは昔からそういう存在だったのかもしれません。過去のひとがやたら輝(かがや)いているように見えるだけで、どの時代も息も絶え絶えに「詩を……詩を残そう」というひとがなんとかぜーぜーしながら守り抜いてきた詩なのかもしれません。 今回は、そんな詩の内側について、本来小説書きをこころざしていた私だからこそ見える現状とか、そういうものを、オモチロオカチク書いていこうと思います。だいたい詩というのにいちばん足りていない要素は笑いであります。 お名前の出ている方はご本人に許可を頂いております。 ◆壁 さて、やっと本題に入ろうとしています。 「詩をへだてるベルリンの壁」このネタがすぐはいってくる人はどれくらいあるでしょうか。 ベルリンの壁というのは1989年まであったドイツを分断していた壁のことです。あれこれ述べれば大変難しい問題がありますが、「そういった問題意識を持った人にはたいへん深刻だが、関係ないと思う人にはたいへんどうでもいい」というところが「現代詩を書いている人には深刻だが、現代詩など関係ないという人にはどうでもいい」あたりが、なんとなく現代詩に似ている気もします。 つまり、当事者やそれについて問題意識をもった人は目の色をかえて論争する。歴史の話を持ち出す。遡って第二次世界大戦第一次世界大戦、ソ連とアメリカのなりたち、果ては人類生誕についてまでテツガク的にギロンすることとなる。 そうして、それにうまく入っていけない普通の人が、「すーっ」という感じでいなくなる、そういったことが現代詩で起こっているのではないかしら、と近ごろ思うのです。 ◆よんほんの壁 さて、ごくごく最近知ったのですが、私はどうも ■テキストが強い 詩を書く人に分類されるらしいのです。 さいしょ、 「なんじゃ?」 という気分でありました。 テキストが強いとはなんだ? おそらく「書き言葉系」ということで間違いないようです。私にとって、詩とは書き言葉であることは当たり前のことだったのですが、どうも、そうではないらしいことが分かりました。 そう、 ■テキストが強い=書き言葉系のみを想定した詩 ■ポエトリー・リーディング ■朗読 ■即興詩 というジャンルが、「現代詩」のジャンルにあるようです。 以下、この四つを巡る私のこころの冒険を。 □朗読については、「ある人がこころをこめて書いた詩を、こころを込めて朗読すると、その人の詩句と友達になれる」という現象があることを、詩について教えてもらった中学の朗読の授業で知りました。 たとえ死んでしまった詩人の詩句でも、より、こころにとどまるのです。 その、朗読の選択授業には、「ダサくて内向的」なひとしかおらず、私はそのなかでいちばん、そうだったと思う。 宮沢賢治の「よだかの星」の描写部分を朗読し、よだかと友達になったような気がしたものです。 また、朗読しやすい詩とは、書き言葉が優れている詩であるということも、なんとなく感じるこの頃です。 □ところで、ポエトリー・リーィングのことを、私はものすごいヘンケンの目で見ていました。Youtubeにもアップされているようですが、絶対に観ない、観るのならリアルで、と決めていました。 なぜならば、まず、カタカナの「ポエトリー・リーデイング」というのが胡散臭いではないか。 詩は日本語であるべきである。せめて朗読であってほしい。 英語では"poetry reading"と書くのだろうか、それにしたって「ポエトリー・リーディング」とカタカナ英語にするなんていっそのこと許せない、という色眼鏡でした。 ところが、実際に、ネット詩出身の方が朗読会をひらかれて、タムラアスカさんというポエトリー・リーディング出身の方とお会いし、彼女のリーディングを伺って、私の偏見はガラガラと音を立てて崩れていきました。 小柄な体から繰り出される、ふしぎな言葉のリズム。 感情の昂るとき、すこし揺れるこぶし。 ファッション。 儚い、うつりゆく都市の情景。都市のなかで繰り広げられている、刹那の出会いや別れ。 そういったものが、彼女のからだから、もあもあ湧いて、私のなかに入ってくるようでした。 彼女の詩は、とても儚いものかもしれない。 ご本人もコンプレックスにされていたようですけれど、もし彼女を知らず、テキストだけで読むとすこし意味が通らないかもしれないところがあります。 彼女のすべてがこもってこそ、こころにひびく詩として成立するもので、かつ、舞台の雰囲気に左右されるのかもしれない。 よほどいい録音や映像でなければ、再現することもできないだろう。 しかし、だからこそ、とても愛しいな、と感じるのです。 □即興詩については、これはまったく、はじめてでした。 なんと、この世には、お題を出されてその場で即興でそらんじる詩というものがあるらしい。 それは、中世ヨーロッパにいたという、吟遊詩人がやるもんじゃないか? 日本におるんか? という感じでした。 ところで、ツイキャスというものがあります。インターネットを利用した個人のラジオですが、三人まで会話することができます。 そこで、文学極道という詩サイト(スルースキルや、かなりの遊び心がためされる)が、「文極ツイキャス」というこれは司会のかたの采配がしっかりしているので安心できる番組を開催されていて、それを聴いたり、一回参加してみて、これもなかなかオモチロイものであるな、という感じがしました。 お題を出されて、その場で詩っぽいものをそらんじてみる。 本人の声質・喋り方の癖が生きてくる。 上手な方は、「豆乳」というお題で「豆乳がたくさん売られている町を歩いている」という設定で即興をされ、町の光景や、湯葉の浮いた豆乳の味が口のなかにありありと浮かんで、唾が出てくるようでした。 また別の機会に、黒崎水華さんという、恐らく普段はすこし耽美な世界観のあるテキスト系の作品を作られるかたのツイキャスに遊びに行って、「お題をどうぞ」ということなので、思ったものを出したら、彼女の世界観で即興詩を作ってくださいました。 私の出した単語が、彼女の詩のなかに生きている。 そうか、即興詩とは、「死んでいる詩」ではなく、双方向の「生きている詩」であるか、と。 ◆◆◆ そうしてこの四つのジャンルは、人によってまたがって存在している。 私は、■テキストが強い=書き言葉系のみを想定した詩 ■朗読 向けの作品がやはり分かりやすい。 けれど、その他のジャンルの人にも、尊敬する人がいる。 そういった感動を記録すべく、この雑記を残します。 また ■テキストが強い=書き言葉系のみを想定した詩 のなかにも、さまざまなジャンルがあるようですので、いずれ続きを書くかもしれません。 ---------------------------- [自由詩]きらめく深づめの記憶/田中修子[2018年7月22日19時43分] 文字の海に溺れる すべて かつての 少年少女 酔い醒まし 夜を仰げ 幾百の まなざしは 三日月を交わし 空たかく白色にまぐわい しいか宿る卵から 乱反射する 燦燦の 万葉の 衣ずれの音が また うまれだされることを けっして叶わぬ ときめきよ 宿れ うしなわれたひとにこそ 孕め つやめく黒の夜を あおげば 勾玉のよう きらめく 深づめの三日月 ---------------------------- [自由詩]とりどりのいき/田中修子[2018年7月24日15時13分] 名も付けられぬとりどりの色をしている砂の文字列に埋もれて やわい肉を縮めこませ 耳を塞ぎ あなたに握りしめられればその途端 脆くパリンとわれてしまうような うす青い貝になってしまいたいときがある いびつな真珠 海岸に打ち上げられた心臓の、血管まで浮かび上がっている塩漬けのかたくて軽いクルミ 骨董屋さんで300円で買った花のような透きとおるガラスのプレート ヘンリー・ダーガーの画集 いま夢らしい夢から すこし、そう二、三歩距離を置いたようにベビーベッドがあり 血が乳になり 久しく流したことのない涙のようにあふれ あのひとは 母乳をあたえなかったが きっと乳房の痛みを 父に隠れ うめいて職場でしぼりだしたことだろう 日日 何百枚も 恋人たちや 春をひさぐ女と春を買う男が ねむって よごれたシーツを 中国人やベトナム人とにぎやかな怒声を交わしながら かえ 八階建てのビルの従業員階段をかけあがる きみ 何百枚も雪崩来るお皿を赤く腫れてボロボロになっていく手で 現実味をうしなうほどに洗っていたようなころがいちばん生きていた 金に換算されていく体の時間は濃くて 空想に埋没し 逃避するうす青い貝殻がうちがわとそとがわから破られて 赤く青く黄色く電球の 点滅するこの都市のなかに ぺたぺたと肉の足音を立てて また肉体の壊れるように 鮮烈に 呼吸をし 衰えていきながら 生きる文字を綴る日が いつか来るだろうか ---------------------------- [自由詩]跳ねるさかな/田中修子[2018年7月25日10時47分] 青灰色に垂れ込める空や 翡翠色のうねる海や 色とりどりの砂の浜を 灰色の塩漬けの流木や 鳥についばまれてからっぽになった蟹や ボラが跳ねる 「あの魚は身がやわらかくてまずいんだよ」 きん色に太陽が落ちて水平線に溶けてゆき 真っ黒く陽が落ちれば 向こうのなだらかな山に 青色の人の家の明かりや きらめくオレンジ色の発電所が 光り 月が出た 血のにじむ世を照らす キーボードにぱたぱた跳ねて 風景をえがきだすわたしのこの指 近所のスーパーとこのアパートとの往復 公園への散歩 病院へいくこと ほんのときたま旅をする ありふれて穏やかな日日のなかで 父母の指し示す天に向かって飛ぼうとし 溶けて地上にたたきつけられた ロウでできた羽に また火を灯し夏の夜に置いて 風景を点と点とで浮かび上がらせようじゃないか どこまでも どこまでも 飛びたって浮きたって まなうら火花 海水のまとわりついたからだを真っ暗な冷たいシャワーで洗い流す 友人のしなやかな冷えた魚の肢体がすこし見える まっ黒な夜に浮かぶ月 夏でも寒いこの浜辺にお別れをいう 頭のなかに言葉が滴り その雨音に耳を澄まして 日常の隙間に ちいさな手と洗剤にあれた大きな手と つないでお昼寝をしながら ああ、言葉が尾ひれとなって どこにでも泳いでゆけた ---------------------------- [自由詩]むつかしいこと/田中修子[2018年7月27日22時52分] テレビニュースは ほぼ ほぼ 悲しい事件ばっかりで埋まるが きょうの夕暮は オシロイバナに染まった指先を 落ちてゆく太陽に透かしたよな かがやく むらさき色で たくさんの人を乗せた きん色にひかる電車が ゴウゴウ走ってた 醒めた色の紫陽花が 川辺に白く項垂れながら 反射しているのは 神話の一頁 かなしいこともくるしいことも 指に余るほど いっぱいあって こわだかにきこえてくるけど ふつうの、いつもの、町角の景色に よろこぶって ひどく むつかしくて かんたんな こと ---------------------------- [自由詩]にがい いたみ/田中修子[2018年8月3日15時01分] 乱れ散る言葉らに真白く手まねきされる 祖母の真珠の首飾り  記憶の そこ 瞼のうらの   螺旋階段を 一歩ずつ 一歩ずつ くだる    (そこで みた おそろしいことは 忘れます)     コツ コツ コツ ルビーの靴 黄色い煉瓦をふみ      バッヘルベルのカノン       幾度も乱反射する        蓮華の花言葉と 式子内親王が         「 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 」          (三、二、一) しろい へや           狭い窓 夏の夕暮は大火          赤い雲の けむに まかれた         いちばん そこで みたはずの        幻に 喰われた       いますか? ここにいますか?      あなた の そこ に います      道草に散らばる    四つん這い で かかとを 鳴らす   ランドセル  骨 骨 骨 忘れられきった 音符たちのよう こわれた真珠の首飾り おひさまに近づきすぎて溶けた?の羽根 ※るるりらさんの詩から、羽のかたちにするアイディアを拝借しました。 ---------------------------- [自由詩]ちいさなちいさなことばたち/田中修子[2018年8月11日23時19分] 「錯乱」 しをかくひとは 胸や、胴体に肢体、に まっくらな、まっくらな あなが、ありまして のぞきこむのが すきなのです のぞくとき、 のぞきかえされていて、 くらいあなからうまれますよ 母や父や人魚のなみだや 星のうく夜を さんらん します あなた 「花よ咲け鳥よ飛べ」 体を引きちぎりたい にくしみも うらみも かなしみも 生きておればこそ 死んじまったあの子らの 想い出を 背負ってゆけるのも 生きておればこそ 死にたいのも 生きておればこそ いつか 叫びつづけ流しつづけた 悲鳴は涙は 火が虫が 地に返してくれるから いつか 花の咲くように 鳥の飛ぶように --- 「ふりかえる」 じょうぶな みひとつで どこどこまでも そらをつきぬけて ひとのあいだをただよい うみのはてさきまで いきてゆけていた くるしみの ひびが ただひたすらに なつかしい --- 「麦茶」 五月の 雨の翌朝に 冷蔵庫で冷えたキュウリを かじると 歯が シミシミした おなかが クルクルした 麦茶の湯気 --- 「ねどこに花は散って」 終わってしまえば いい生き方だったと 老兵の 死ぬように 毎夜眠る 今日友とした ふしぎな語らいを 思い出す 一輪の花の 散るように --- 「少年兵」 おかあさん 愛して おとうさん 見て と叫んだ ところから、首が、千切れたよ ろれつはまわらない ふりつもる雨みたいな サラリとしたてざわりの 言葉でくるみたい おやすみと囁きたい 母父を失った だきしめる あんしん、あんしん だきしめられている 愛してる とても なによりも だれよりも --- 「端午の節句」 ニラが ニラニラ笑ってる やだな 今日はニラ風呂か ニラが ニラニラ笑ってる ちがうよ きょうは 菖蒲風呂 ツンツン ジャブジャブ 菖蒲風呂 ごがつ いつか --- 「うた」 ツツジ らっぱっぱ らっぱっぱーのら コウモリ ぱたぱた虫をたべ 汗ばむ青い五月の夕暮れだ おふろのにおい 石鹸の 赤ちゃんあくびで 猫わらう --- 「海」 かわいそな かあさん あなたのこと 愛してた だれよりも 海の中から だれよりも --- 「テンテン」 きょうもこれまた いちどかぎりだ いちどかぎりだからこそ つらねてゆきたい がっかりもわるかない のほほんもなかなかよい ギラギラではなく キラキラしたい 点点でだいぶ かわるものである ふしぎなものだ --- 「深呼吸」 うまれたことや まだいきていることの おかしいわたしだ なにができるか できないのか なにをしたいか したくないのか ときどきふっと たちどまる でもどうせまた あゆみだす --- 「ひかる心臓」 私の心臓の中に 持ってる宝物 なーんだ あなたの心臓の中に 持ってる宝物 なーんだ こうかんこは できないけど かなしい、さみしい、ひとびとは ひびくよに互いの心音 きくことできるんだな --- 「氷のトンネル」 両親や教師のあつい語らいに当てられ わたしは冷えてしまった わたしにはひとり穿ちつづけた 透きとおった氷山のトンネルがある 氷山を、海を、浜を 庭を、一輪の花を 恥じらいながら もくもくと探検していた おとなたちもいるときく あなたのみた すばらしいひとりの風景を わたしは聞きたい --- 「皿洗い」 涙をぬぐうように お皿を洗った 傷をふさぐように やわらかい布でお皿をふいた お皿は ほのかにあたたかくて キュッキュと鳴った --- 「浮かぶ骨」 青い赤い金のピンクの 息飲むような夕暮れに いまだ怯え泣く 木に逃げ遅れた友が家族が 獣の歯に 食われたのをみたのだ 猿をとらえ食いちぎり 共に家族に分けあたえ やせおとろえ 飢えて倒れたのだ 最後の吐息の記憶よ 夕暮れ わたしの血肉 夜に薄っすら浮かぶ白い月 わたしの骨 --- 「空と月」 空はこんなに青かったっけ 月はこんなに白かったっけ いい夕暮れ まいにちまいにち一回こっきり --- 「フトンのきもち」 お布団が明るいおひさまあびて 香ばしくよろこんでいる だから夜フカフカの お布団もぐると わたしもキャイキャイ 喜んじゃう 気のせいだろか 気のせいかもな 黙ってぬくたい風に揺れる お布団はえらいな --- 「たんぽぽ」 おてんとさまの花 ハラランラン 錆びたフェンスだって フワワンワン 今日も笑ってるかい ムーッフッフゥ --- 「どこか遠く」 ひとりひとり くるしみをかかえていて なのにどうしようもなく わかりあえなくて そんなものかかえながら まわっている地球さん 空と風 鳥と花 どこか遠くでとどろいている海 どこか遠くで輝いている月と星 --- 「二子玉川」 家へ帰る人や仕事へ行く人の 金色の電車が夜に走るかわべりに はんぶんこの月が出ていて 星もチラチラ 金星かしら くらやみに黄色の菜の花揺れてます 夜の明かりはきれいだな わたしもユラユラ揺れてます ここですこうし光ってます --- 「ねんねのにおい」 かあさんのお膝で まぁるくなって ねんねしながら お花見できたらすてきだな 桜が散ってさみしけりゃ さらさら髪を撫ぜられて まぶたウトウト花びら落ちる ねんねのにおいは桜もち --- 「ぶらんこさん」 ぶらんこさん 今日は桜が満開だ 桜飛び越えて 月へと飛ばしとくれ 握るてのひら赤錆のにおい ぶらんこさん --- 「夜桜ラムネ」 好きな人どうしても欲しくってさ ラムネ瓶叩き割って ビー玉だしてしゃぶってた もう蓋開いて取れるんだって したら欲しくなくなっちゃって 薄青甘い味 記憶の舌 記憶だけ溶けない えいえんに瓶の中 --- 「お船とお花」 壊れて空き地に捨てられた 錆びだらけの ちいさな漁船によりそって 菜の花が笑ってた ムラサキハナナも揺れていた 向こうに海の音もした たくさんたくさん働いて いまはきっと虫や猫の寝床だろう いつか壊れてしまうなら あんながいいな --- 「花曇り」 薄曇りの日は きぶんがなんだか ドヨドヨ ドヨヨン ドヨヨン ドン ムームー の 御機嫌ななめ やんなっちゃう あらあらあら桜の蕾が パラパラ パララン パララン ラン ムニャムニャ ウフフ もうちょいで ヒラヒラ ヒララン ヒララン ラン 爛漫 爛漫 --- 「くりがに」 じぶんで 死んでしまうのは なかなか なんぎなことである いやしかし うまれないほうが よっぽどきらくで あったような などどモニャモニャ思いながら 生きているくりがにを 味噌汁にしていたら なんだかたいへん 申し訳なくなり せめておいしく いただいたのだ うーん おいしかったぁ そんな毎日である --- 「菜の花の味」 ひとはひと ひとり その透きとおるような さみしさを かろやかにさばけるようになったのは いつからか 菜の花がうまくなったからもう春だ --- 「椿のかけら」 好きよ好きよ 生きるって好きよ 地面に落っこっちゃっても なかなかやめらんないんだもん 生きるって罪だわ あたしからのチュウ --- 「鳥」 おいちゃんはもう歳だから こんな日は いちにちじゅう 鳥をみているだろう なにを考えているのかと すると なにも考えてないんだな 鳥は 人が想像しているほどには おいちゃんが人でいるのも あと少しだ 枝垂れ桜 ---------------------------- [自由詩]星/田中修子[2018年8月15日11時45分] いまおもえば 恋人だったようなひとに レイプされていて いたくていたくて ともだちのなまえをさけんだら もっと興奮させろと はたかれるのだった 腕は血まみれになって心臓が痛いのだった おなかを石で思いっきり殴るのだった お母さんとお父さんが 「ふたりのため」と へやをくれ 「うちにはぐあいのいいときだけおいでなさい」 って 仕事が終わると 帰るところがなくて 真冬で、公園で ブランコこぎながら ビールを飲んでて みあげたら 頬を切るような風がふく深い夜に めくばせくれる星があって 星になれたらいいなぁ と 公園のくさむらで ありったけ 薬をのんで ねむろうとしたら 葉擦れが囁いてくれて ねむれずに なみだがあったかかった わたしはまだ生きていた お母さんみたいに高圧的 お父さんみたいに依存的 あなたお母さんとお父さんを 恋人みたいなひとをとおし ほんとに命がけで 愛そうとしているけどそれは愛ではないのよ と 継母がくちづけてくれて ゆめからさめたゆめ というよな話しをしたら昔はよく 「可哀そうだから 記憶を塗り替えてあげるよ」 とからだに手を差し伸べる人が あんまり多くて ずうっと 舌を食んでいたのだけれど このごろ、ただひたすらに こわかったのを想ってくれようとする 友だちができて かなしかった わたしは とても いとしい ---------------------------- [自由詩]あの子/田中修子[2018年8月17日17時00分] おとうさん おとうさん ね、なぜ泣くの わたし 涙も出ないで ゴミを見るような 凍える目をしていた という 金色の夕日が差し込んで 葉っぱが 秋色に染め上げられていく 一瞬の絵 瞼のきりとる だって他人だしね わたしの 自分を愛する力は カウンセラーさんから 自分を守り、築きあげていく力も カウンセラーさんから 辞められてしまって どこにいるのかも もうわからないんだ あなたがたの娘はとっくにいなくて わたしはいるんだけど いったい だれかしら あの子 どこにいったのかしら きっと泣いてるわ 青い鳥は あの子 だったでしょう ---------------------------- (ファイルの終わり)