光冨郁埜 2015年12月11日23時38分から2016年5月1日17時49分まで ---------------------------- [自由詩]ひとの声/光冨郁埜[2015年12月11日23時38分] 会うことのないひとたちの声 こころの輪郭(かたち)の外がわから (空腹と眠気とにさいなまれながら 物をたたく乾いた風の音と 建物をきしませる低い空がおおう ここから離れた場所 見知らぬひとの (いや生まれる前にどこかであった顔かもしれない その裾にふれてみる ひびわれた街に いく層もの 窓に映るひとたちの輪郭(かたち) 絶えまない車の列に (これは現在(いま)であろうか、それともずっと過去(まえ)であろうか 寸断されては、また繋がっていく 枯れた枝先に空がささる そのかたむく並木道に 茶色の手袋が置き忘れられて ひとの抜け殻がうまれている 会うことのないひとたちの それぞれの温もりに そっと指をおいてみる (その先にある駅の向こうまで (その先にある駅の向こうまで 大きな翼の影に日が落ちて (そむかれる、その白い顔に両の手をそえる 胸に手を置きながら わたしは気づかないふりをして 会うことのないひとたちの声をまとう ---------------------------- [自由詩]夜の子/光冨郁埜[2015年12月20日19時20分] はじめに くらやみがあって (ここまでくるのにながい夜をくぐってきた 一枚いちまい重ねられていく 生まれるまえは まったくの やみだったと うすぼんやりとした  陽だまりの まえにすわって 鍵盤を たたいている ちいさな 私を 私はみた  とざされた 窓を やっとの 思いで あけても そこにはまた とじた窓があり その窓をあけても そのむこうに 窓が いくつもつらなっている たゆたう くぐもった水に うかぶ 子 なにもかも 信じられずに 目を とじたまま 身を ちぢめていた 求めてみても みちたりることはなく それでも 求めることをやめられないのは この地に 私の 居場所がないから と いつのころか うすやみが あって 私のなかの まったくのくらやみが 光る海の 底になって やみが あおく 輝きを はなち 子 が ただよっている うすやみにも まったくの くらやみにも とうめいな 光が さすことを ひとたちは 黙せずには いられない わすれさられてしまった ひとにも 陽の光は ふりつもるのだから 私は ついていくことにした (そのひとは ひとの 祈り だった 陽の 光を みあげる 祈りは しずかに みちていく そのひととの あいだに 生まれる しずまりが 目と口を とじた子 となって 背をまるめ 手足をちぢめて 私のまえに 浮かんでいた その子が くらがりにきえたあと 私は その祈りのひとを ひっそりと 抱きしめていた 重ねられていくのは 私が生きてきた みちすじ 私の 傷あとと その祈り そのひとの よこ顔を 私はみつづける (そのひとは ひとの 祈り だった ---------------------------- [自由詩]ざくろ/光冨郁埜[2015年12月23日21時19分] 呼ぶことのない  部屋のテーブルには ざくろの 割れた実が ひとつ むくれている ざくろには いくつものやみがあって そのうつろに  赤黒い眼がおさまっている ざくろの実に 穿かれた口があって 染まった歯と唇のまから こけむす ざらつく舌が うごめいている ざくろは 皮を 肉のほうから脱ぎ むくりと ひとの顔となる 歎ずる身体のあちらこちらに 隠し切れない  乾くことのない傷痕が ひかりを求めている ざわつく 赤黒い 胸騒ぎをひめながら ひっそりと ひとは 朱に染まった服を まとっている その服の裾から覗く 傷もあれば 下着に隠れる 痕もあって むせぶほどの温もりがあって 水道水をながしつづけ  洗われる傷痕を かかえて  ひとは そこに 立ち尽くしている しだいに服が 紫に 染まっていく ときには 手を振って ひとを はらおうと 歪めながらも 赤茶けた 言葉を発しても 傷つけてしまうのは 叩かれるために 生まれた 子だからか 手を伸ばして 触れることのできる その傷痕が またひとつ 痛みを ともなって 生まれてくる こころをつつみかくして ぶきように微笑んでみても 紫にむくれた 痛みに 耐え切れずに 声を発してみても とどかずに だれもいないほうをみる ほんとうは その先の 言葉も言えずに  またひとを 叩いている 自分の胸に ひっかき傷をつけている 自分の手首を 焼いている ざくろの実の代わりに 落とされた 手首が テーブルに置かれる くもった音がひとつしたきり 閉じていた目が 夜 ひらく ---------------------------- [自由詩]ひとりでスケッチ/光冨郁埜[2016年4月22日23時22分] 鉛筆で、ノートのページに横線を引く。 上に白い入道雲を描く。 太陽は紙の外側にある。 雲と横線の間にもう一本、水平線。 横線と横線の間にあるのは、青い海で、 白く波打つのは風があったから。 僕と白ワンピースの、小さな背中を描くと、 下の線は去年、腰掛けていた、港の岸。 青い空にゆらいでいた白いカモメも描く。 目をとじると、潮の香りと、降りだした雨。 ---------------------------- [自由詩]ふたり旅/光冨郁埜[2016年5月1日17時49分] 白い客船が港に停泊している。 客室に入り、テーブルの椅子に腰掛ける。 君はカメラをこちらに向けている。 さして広くない空間に、 4つの丸いテーブルがあり、 3組の男女があった。 その中のわたしと君も、 博物館となった客船に乗り込み、 これからふたり旅に出ようとしている。 窓の外は青空で、君の顔には通り雨。 ---------------------------- (ファイルの終わり)