きるぷ 2013年10月25日7時38分から2015年4月15日0時46分まで ---------------------------- [自由詩]1/きるぷ[2013年10月25日7時38分] いつもの帰り道なのに そこがどこだかわからなくて 途方に暮れてしまう 風景がぐるりと回転して 馴染んだ世界の裏側に放り出されてしまうあの瞬間に、 いつもの空はいつもの空でないように青黒くて 見知った猫はいつも以上によそよそしい そのような感受の形式の中で 一々を括弧の中にとじこめ、 肩甲骨をこまかく震わせながら、 圧倒的に目覚めている ぼくは家に向かっているのだ ・ 裏返しの風景の中で 何もかもわからないくせに ひとつ灯った明かりのように ぼくは懐かしい孤独をみつける そういえば、 すべての道は帰り道だったのだ このようにわからなく、 途方に暮れてしまうまでは ---------------------------- [自由詩]2/きるぷ[2013年10月29日3時00分] 終電近くの私鉄に揺られながら 天使と呼ぶに相応しい存在を数えていた、 つまり地を這う目線から 多くを見ることを教えてくれた存在について そして余りにも多くの天使たちが 空に落ちていったことを思い出しながら、 泣かずにはいられなかった、 酔っ払っていたに違いなかったが ・ 泥まみれの天使たちが 軽やかな皮肉をリズムと結びつけたとき、 ぼくはうつくしいということの ほんとうの定義をたしかに何度も手に入れたのだ 彼(女)はぼくとおなじように酔っ払い、 下品な言葉ばかりを口にし、 そしてぼく同様にくだらなくしかもげろを吐いた でも天使がいるとするなら、 きっとそのようにくだらないのだ、 ぼくは酔っ払っているのに違いないのだが ・ 終電近くの私鉄の窓の向こうで あまりにも多くの天使たちが空へ落ちてゆく 酔っ払っているに違いないのだが、 どうしてそれを悲しまずにいられるだろう? ---------------------------- [自由詩]3/きるぷ[2013年11月1日6時11分] 日曜の早朝のように 不穏な静けさのうちに固定された記憶のかずかずが、 箱のなかの玩具のように あたまのなかに乱雑につめこまれている 手に取ればその一々は あれもこれも絵になっていて、 額縁に収められ、 ときにはタイトルまで付されている 絵であれば鑑賞すればいいのだが、 しかしなにかが決定的に欠けていて、 その欠如したものこそが 忘れたい当のものであったのだと気づくとき どういうわけか、 不穏を先鋭化させるラッパのひと吹きで この静けさが掻き乱されればよいのにとおもう そのような一瞬さえも しかしすぐに忘れて、 やがてはあの日曜の早朝の絵の中に 穏やかなひかりの一片として描き込まれてゆく ---------------------------- [自由詩]4/きるぷ[2013年11月6日4時10分] 木々の青はかなしい言葉のようだった 葉がつよい風に群れさざめくたびに、 胸の内壁を乱暴にくすぐられるようだった ぼくはまるで、今日はじまったみたいだった 先触れのない多幸の感覚が、 不穏を湛えたあれやこれやを とりどりの色をもつリズムにすりかえた そのようにして五月の公園は、 幾千もの歌にみちていた ・ ベンチに座って数時間を過ごす 誰かを待っていたようであったのは、 他人の夢がぼくの内面に彫り上げた、 いつわりのない気持ちのせいだった、 そして誰も来なかった ・ 木々の枝が重なって成るいびつな格子、 その格子を浮かび上がらせる日の光、 それらが羽虫と共に宵闇にまぎれようとする頃に 夜目の利くなにものかが ぼくを遠くから見つめていることをはっきりと自覚して、 ぼくは慄えた ---------------------------- [自由詩]5/きるぷ[2013年11月8日4時01分] 幾度も飽きずに眺めたあの絵を 休日の人ごみの中に探していた さーっとなにかがあたまをよぎって、 その時にはもう それがどんな絵だったかも忘れていたから、 やっぱりいつもこんな意味のない時間ばかり 繰り返してる気がする 星が周り季節が周り、 風景もぼくも周って、 輪っかのなかにとじこめられて、 この阿片窟のような休日には、 みんながみんな、 粘性の夢のようなものを吸っては吐いているのだろうか (ぼくはラッパの音を想像している。  存在しないものであるから。  ラッパの音は鋭く大気を裂いて、  おそらくはただそれだけなのだ。) ・ 昔よく積み木で遊んだ。ぼくは好んで城を作った。敵に見立てたプラスチック製の小さな人形を、幾つも城の周りに配置する。そしてぼくに見立てられたやはり小さな人形は、城の奥で彼らの襲来を迎撃すべく備えていたのだった。コーヒーカップの表面に照り返る電球が揺れるのを見ていたら、そんなことを思い出した。積み木は星の配置に絵を見出す作業にすこし似ている。そんな連想をしながら、星座を見出したひとたちの想像力のことを思った。 ---------------------------- [自由詩]6/きるぷ[2013年11月10日10時19分] 外国から封書がとどいた ギリシャ文字の切手に、 数ヶ月前の消印が押されていた 知り合いは元々すくないし、 海外から手紙をよこす人間といえば もう何年も会わないあの人ぐらいだった ・ 目を通すと、 やや神経質な声が耳元で聞こえるような尖った筆跡が すでになつかしかった なんてことない挨拶と日常のはなし その中に挟まれた、   こっちではタコが大変美味しいです。 という一文にぼくは笑った 何かを一緒に食べている記憶ばかりがあるな、 と思った ・・ 雨は今日も続き、 夜になると激しくなったから、 時々どこにいるのかわからなくなる現実感だった そういえばあの人とは けんかをして会わなくなり、 以来あまり思い出すこともなかった それから数年の年月がある意味でひとしく流れ、 そしていま、この投げ出されたような部屋と 明るいギリシャとのあいだを 大変美味しいタコのイメージが隙間なく埋めている そう思うことは、 なんだか不思議だった ・・・ 雨は降りつづき、 つよい風が雨戸を音をたてて揺らした 忍び寄ったなにかに執拗に見つめられている気がして、 ぼくは思わずそのほうをふり返った ---------------------------- [自由詩]7/きるぷ[2013年11月12日5時42分] 部屋の隅であなたが死んでいるから ドアが開けられない ぼくは部屋から出られない せめてもの暇つぶしにと 本を探したが、 あったのは『謎の男トマ』だけだったから 窓のそとを眺めてたら、 あー、 なんて沢山の天使的形象が今日も ・ 窓を開け腕を伸ばし、 その一匹をつかまえて ぼくは空へと叩き落した また世界にほほえみがみちた 十一月だった ・  「木の葉が舞ってきれいだね みてごらん!     こんな時期も すぐ過ぎるんだね」(dulcemente) 動かないあなたは死んでいるから ぼくは沈黙をただしく解釈して 部屋をあたためる 話しかける 気になってしまう 苛立ち、 妥協点を探り 蹴っ飛ばし オーティス・レディングの音楽を流し、 しかるのち甘言を弄し、 何度目かの手をさしのべる それでもあなたは死んでいるから ぼくはドアを諦めて 窓から外に出ることにした そうして無数の天使的形象のひとつとなって 大気に四散する 死人を殺す方法を考えるほどには やさしくはなれないのだ誰も ---------------------------- [自由詩]8/きるぷ[2013年11月15日8時13分] むかし、 最初の言葉が毀れたとき つまりひとりの身におとずれるさまざまな死の 最初の一日に触れたときに その裂け目から吹く風を迎えすぎたのだろうか あるいはまだ ふさがっていなかったのだろうか あの子のくちびるに なりそこねた言葉か あるいは堕落したひかりが 落下したあのときは 沈黙と沈黙のあいだを 飛び石でも踏むようにして進むぼくは 笑われでもしたような気分だった リズムの取り方が下手だと言って ・ 迂回せず 先からわかりきった方角に向けて 軽やかに歩みだし消えていった そのしなやかな指先は 帰り道を確認しない潔さをもっていた 時々思い出す あの子のことを 静かな夏の日に見た 木陰の 積極的に実体性を主張する 深い影の印象とともに むかし 最初の言葉が毀れたとき 聞いたのかもしれない風の音とともに ---------------------------- [自由詩]9/きるぷ[2013年11月18日15時10分] 誰かによってすでに忘れ去られ 行き場を失ったおもいでが 枯葉のように不規則な落下をして ぼくの背中に貼りついた 軒の低い屋根 が向こうまで続いた商店の群れ の隅のうす暗がりからやはり かすかにも動かずに 行き交うひとを眺めているのは これも誰かの何かのようで ふしぎな街だここは そんなものたちを めざとく見つけ捕らえては ポケットを膨らませ 歩いた休日の夕暮れは とても愉快だった ゆるい傾斜の坂を下り 左へ曲がると  「オムライス500円」  「スパゲティボンゴレ600円」  et cetra... 手書きされた値札と 35年前の、紙粘土でつくられた商品見本が ウィンドウの中で妖しげに浮き上がっては とうがたった娼婦の秋波を送る午後六時半だった ・ 帰り道 ポケットの中の亡霊どもを取り出して 風の向きを見計らいながら 再び大気の中へとばらまくと それらは 透明な無数の花びらのようになって どこへやら散り飛んでいった そのなかにはきっと ぼくのこんな一日も 混じっていたにちがいないのだ ---------------------------- [自由詩]10/きるぷ[2013年11月21日4時57分] つまり...そう わかるよね ぼくには何も わからない...きょうはとても疲れていて、ねむりが...眠くってさあ、 かんがえてるけどね うん...努力はね、そりゃ...ほら、なんていえば、いいかな? うん 考えてる。 それで、かんがえてるんだけどねむくて どうしてだろうな... ききたくないって訳じゃあ ない それで、疲れてさあ (いわなすりーぷらいかろぐ) うん、のんだ、飲んだよ でもすこしだけ...眠らせて...じゃなくて、そう、 飲んでさあ、 でも少しだけマイク...まいくって言ったかな、クリスだったかな、ノルウェイじんの しりあってさ なんかはなして 何をって、そりゃあ....なんでも、ほら、 酔っ払ってるからさ...ねむくって...え? ああ、そう、そうだ 知らないからさ、のるうぇーのもりしか、んで...のんで、 あいわんsはだがーるおあしゅだいせいsheわんsはずみぃっての ああ、 そうかしらない...で どこ出身なん?って、そしたらノーウェアなんていうからさ、あ、 そうか...なにいってんだとおもったけど、 今考えれば、のーうぇあ じゃなく、 のるうぇい ああ、そうじゃ。なにがノーウェアだって...!って、ちがうくって、ゆあのーうぇあまん?HA HA あい、しーなんて、いやばかだった...うん もうなんか え? ああごめん...読んだし、うん......いまきいてるじゃんか ねえ ねむらせてすこし...こっちも、こっちで、あるしさあ、ほら...いったじゃんこのまえの...そんでさあ、すこし いらついて そんでにほんご、にほんごね、重いから、そのね、やっぱり じぶんのも...ひとのも...えっ? かんけい?関係。うむ。あってさあ いや、あって かんけいが おもいからさあ ほら 軽いでしょう容器として...がいこくごは、つかってこなかったから きおくといいますか ぽたっぽたっとだんだんね 溜まっていきますね、それは...だから ええ? うん そう わからないんだよ、 だいたいね、そんなことをいうあなたは...いったいだれなんだ、神のようなかおをして... もう いいから、ねむりたくて、 ほら...とても今日は疲れてるからさあ... ---------------------------- [自由詩]11/きるぷ[2014年8月16日21時58分] 二人称だった、ぼくは今日。涼しく朝には吹いた。それを感じた。風を。歩いて、まだわからない。なんのために?思うとそうだ。風を。猫はまだあそこで寝てる。ソーダ、記憶。島の。歩いて鉄条網、看板を、ぼくはわからない。思い出してる。その日、乗っていた。音がして、飛んでいた。とんびが輪を。何度も何度も。寄せて、そうして乗っていた。歩いていた。しらす干し。匂いがして、来た。終わろうとしていたのか。意味もなく、ありようも。何度も、島の。あなたが、風の、吹いた、匂いがして、来ようとしていた。引いて、いて、そこに何度も。飛沫を今日は歩いて向かった。その奥に光る眼の、風鈴が錠前をおじさんの同じ場所で。風を。バスの。何度も輪を描いて、いた、そこに。ブザーが鳴る。いつものことだった。今日、そこには、いつだったろう。帰る。そこで撮影する。引きずっている、今日はとても闇に浮かび上がって。泣いていた、変わって。わからない。島の?輪を、上を見ながら、啼いていた。見えるような気がした。そんなふうに時は過ぎた。風を。こんにちは。  ほとんどすべての物が感受へと手招きする、  曲がりかどごとに吹く風がささやく、思い出せ、と。  わたしたちがよそよそしくやりすごした一日が  未来のなかでふと贈与へと決意する。 思い出したかのように、後ろへ長く伸びたほうから出来事はぼくへ向かってさっと振り返り、唐突に挨拶をする。それをやはり曖昧な、層をなす一瞬の重さのなかでぼくは捉え、その無邪気な仕組みには傷つく他はないのだ。まだ知らないほうに向かって怯えながら、もう知っていたほうから脅かされて。 ---------------------------- [自由詩]12/きるぷ[2014年8月24日23時24分] 目が覚めて ぼくはそのことを新たに自覚し直すと やらなくてはならないこととして すべてのあなたを 丁寧に土に埋めた 庭の木の 葉群が揺れる音以外には 何も聞こえないかのような よく晴れた静かな休日で 土曜日は確かに壊れ始めていた ベースボール・キャップを被った少年が 自転車に乗って こちらへと向かって来たが 見る間に横を通り過ぎ 遠くに去って行った それはまるで風のようでもあり 時間のようでもあった そうだ、何も起こらないのだ こんなふうに たぶん今日のように 部屋で いつ買ったのかも忘れた古い写真集をめくり 愛する者の目によって写されたに違いない どこかの誰かの後ろ姿を 眺めつづけていた ---------------------------- [自由詩]13/きるぷ[2015年3月23日2時07分] 日曜日の街は凪いだ海のように静かだった わたしは子連れの夫婦や 恋人たちや老人の集団が 誰も彼も一様に楽しげであることや そのような人々の賑々しさの中にいるにもかかわらず これほど自分だけが静かな気持ちであることを 不思議に思った 薄暗い部屋の窓から よく晴れた庭を眺めているとき やわらかい風が吹いて 樹木が揺れる、 するとそれに応じて 蜘蛛の巣のような樹影も揺れて かさかさと葉の擦れる音だけが いつまでも耳に残っている そんな感覚を薄く引きずりながら 待ち合わせの場所に向かうためにわたしは歩いていた 昨日は攫われる夢を見た 夜、眠ろうと試みているとどこからかそれがやってきて わたしは遠くに攫われた しかもわたしはわたしが攫われてゆこうとしていることを はっきりと自覚しもしていた 目が覚めれば わたしはわたしが攫われたことで すっかり前のわたしとは違ってしまっていることを知るだろう そのように思いながら 眠りの中で眠りにつく夢だった 今日の気分も そんな夢を見たのが原因なのかもしれなかった 彼女とは東口で待ち合わせていたが 時間になっても彼女は中々来なかった 会うのは久しぶりだったが それはいつものことだった 時間をつぶすために喫煙所で煙草を吸っていたら 急に周りの音が尖って聞こえてきた だまし絵の図と地が入れ替わるように わたしの世界が反転し 急激な不安がやってきた いつもと違うのはわたしだった 彼女は二十分遅れて到着した 春物のコートの裾がなつかしい調子で揺れて こちらに向かって来る様子を眺めていたら 何かに許されたような気持ちがした ---------------------------- [自由詩]14/きるぷ[2015年3月24日2時54分] 東口から出て 街道沿いにしばらく歩いたところに喫茶店があった 煉瓦製の防空壕のような店だった バータイムになると円い小さなテーブルやカウンターの上に 高価な猫みたいな目をした店員が ひとつずつ小さなローソクを置いた 昔の音楽を聞くともなく聞きながら ときどきそこで聞いたことがあるようなカクテルを飲んだ 一人のときもあれば二人のときもあった 二人のときは大抵静かな声でぽつぽつと 意味があるのだかないのだか よくわからない話をするのが常だった 一人のときは大抵 ローソクの火が揺れるのを眺めていた それくらいしかすることがなかったから ローソクの火は 手懐けられた破壊というようすで どことなく可愛らしく見えた これと同じものが山や草原を焼くというのが わたしにはうまく想像できなかった それでも時折 ふとした瞬間に どこか体の奥のほうの薄暗い場所から 喚び声が聞こえるような気がすることがあった ときにはこの、 掌におさまるサイズの暴力を導きとして モローの描いたサロメを連想することもあった その印象は喚び声と連れ立って わたしに何かを教えようとしているようだった そんな感覚も 勘定を済ませて窮屈な階段を上り 雑踏のなかにまぎれてしまえば いつもどこかに消えてしまった ---------------------------- [自由詩]15/きるぷ[2015年4月15日0時46分] 運河沿いの斜面に座って ビールを飲んだ 目の前をくすんだ色の船が 行き来した 昔の音楽ばかり流れるラジオ番組を聞きながら 休日に凭れかかり (潮の匂いは 遠くの国の話のよう  あなたのことは はるか先の未来のよう) 小さく流れるピアノの音が 散歩する犬の吐息と混ざり合い 休日は昨日と明日のあいだに 溶けてゆこうとしている 座りながら それでもかろうじて 眠りこまずに しかしはっきりと 薄れてゆくのを感じながら ---------------------------- (ファイルの終わり)